第6話 友達
あの後一度お風呂に入った。
ちゃんと身体を温めないと、あんなに苦労して拭いても結局は風邪を引いてしまう。
服も濡れてたからね。
一度着替えなきゃだし。
ただ、僕達を一緒にお風呂に入るよう薦めてきてたのは何故ですかお姉さん。
あれ?これ絶対誤解解けてないよね?
リディアお姉さんに事情を説明し終わると、ようやく納得してもらえた様子に僕は安堵する。
ヤバかった…あのまま誤解されてたらイケナイ関係だと勘違いされる所だった…!
「ビックリしたわー。マオ君ったらいきなり初対面の女の子を家に連れ込むだなんて…しかも自室に直行でしょう?」
「すみません…」
ちなみにこの女の子とお姉さんは顔見知り。
詳しいことは何も聞いていないけど、この村の人なら当たり前かと納得。
「いや、いいのよ?私はもう理解したから。見る限りちゃんと優しくしてあげてたんでしょう?」
ヤバい。お姉さんの優しさに涙が出そう。
でも優しくしてたというよりは…
「……ちょっと、乱暴された」
女の子が淡々と呟く。
…ああうん。間違ってないです。
すみません。謝りますからそのジト目をやめてくださいお姉さん。
「…ちゃんと謝ったのよね?」
「…は、はい。」
いつもより1オクターブ下がった声にビビる僕。
でも仕方ないとはいえ、なんだか不服だな。
あのまま放置してたらきっと風邪引いてたんだけど。
「具体的には、何をされたのかしら?」
お姉さんがもう少し深く突っ込んで聞いてくる。
…仕方ない。仕方ないんだ。
何も考えず僕が一方的に暴走したから。
だから、素直にお叱りを受けよう。
椅子の上に正座する。
「……激しくされた。」
とんでもない爆弾投下してくれましたね!?
思わず正座が崩れるどころか椅子から落っこちるところだったよ!!
いや待って!!
具体的な内容という言葉を間違った方向に解釈してません!?
僕そんな変なことしてないよ!?
……いや、よくよく思い出してみたら充分変なことしてるか?
二度も服脱がしにかかったからね。
正確にはローブだけだけど、この際大して変わりはしない。
うん。
確かに変なことした。
けど待って!!
せっかく誤解を解いたと思ったのに!!
ってお姉さんも手で口元を押さえて「まあっ!」じゃないですよお願いです弁解をさせて下さい!!
「…初対面…なのよね?」
その含みのある台詞はなんですか……!!
もうツッコむのも限界があるよ!?
思わず頭を掻きむしりたい衝動に駆られる。
おかしいなぁ…なんでこんなことになっちゃったんだろう…
涙が出て来そうだよ…
「……でも。」
そんな僕達のやり取りを遮るように鈴のように軽やかな声が横から入る。
声の主である女の子は続けて言う。
「…それ以上に、優しくしてくれた。」
そう呟く彼女の表情は。
少しだけ、だけど見間違うことなんてない。
笑っていた。
恥ずかしいのか、白い頬に微妙に朱が混じっている。
僕はその笑顔に見惚れていた。
彼女は続ける。
「私のこの髪を…好きだって言ってくれた。」
その言葉に僕は。
なんだか報われた気がした。
◇
「お夕飯、まだだったわよね?」
しばらくして、思い出したようにお姉さんがそう言った。
そういえばと時計を見ると、確かにもう夕飯の時間だ。
窓の外を見ると、相変わらずの雨模様だけど、さっきよりは幾分弱まったように見える。
でもこのまま彼女を帰すのもどうなのかな。
せっかくお風呂入ったのにまた濡れることになる。
「ご飯…食べてく?」
僕がそう聞くと女の子はコクリと呟く。
どうやらもう警戒はされてないらしい。
良かった。
「マオ君、手伝ってー」の声に応え、台所に向かう。
女の子が何故か僕の後をついて来ていたので、座っているよう促す。
女の子はそれに素直に従ってくれた。
ちょっと離れた場所から見る、椅子にちょこんと座っている銀髪の人形のような女の子。
うん。可愛い。
素直にそう思った。
「……マオ君、ありがとうね。」
突然、お姉さんからそう言われた。
「え?」
覚えのないお礼に、僕は聞き返す。
「あの子、ずっと独りだったから。」
あの女の子のことだとすぐ分かった。
「あの子、あの髪の色じゃない?」
「うん…変な目で見られて…それで、自分の髪が嫌いだって言ってた。」
なんでだろう。
自分の事みたいに、胸がずきずきする。
話せば話すほど、痛みが強まって…
「…別に虐められてた訳じゃないのよ。ただ…あまり見ない容姿だから。それであの性格でしょう?みんな気味悪がっちゃってね…」
お姉さんは下ごしらえをしながらも、その表情は少し暗い。
なるほど。
分からなくもない。
だけど、なんだろう。
それを聞いただけで、だんだんイラついてきた。
仕方ないのは分かってる。
喜怒哀楽を表すのが苦手な彼女を、気味悪く思う人もいるだろう。それは仕方ない。
分かってる。
分かってはいるんだ。
けど、どうして。
なんでこんなにも心の中で怒りが燻っているんだろう。
だけど。
「…でも、あの子は笑ってた。」
さっきまで暗かったお姉さんの表情が、今は嬉しそうだった。
「初めて見たわ。あの子のあんな顔。マオ君のおかげね。」
「…そう、かな…?」
いきなり褒められて、ちょっと照れる。
お姉さんはニコニコとそんな僕を見つめていた。
「…あ、な、名前。あの子、なんて名前なの?」
ちょっと無理矢理気味だけど、話を逸らす。
すると、お姉さんがなんだか難しい表情になった。
「…名前はないわ。」
「………へ?」
思わず聞き返してしまう。
名前が、ない…?
「…あの子はね、君と同じ、記憶喪失なのよ。」
「………!」
息を呑む。
僕と同じ…?
いや、僕の場合は知らないだけだけど。
でも、そっか。
なんとなくちょっと違う雰囲気だとは感じていたけど、そういうことだったのか。
でも、名前まで覚えていないとは…
それは、記憶喪失というより、そもそも記憶がないように思える。
そう考えていると、突然、お姉さんが閃いたような顔をする。
「そうだ!マオ君、名前つけてあげない?」
「うぇ!?」
まるで名案のように言ってくるけど、そんな…
「ペットに名前つけるみたいに言われても…」
「大丈夫よ!見たところ、あの子、マオ君のことすっごく信頼してるみたいだし!」
ええ〜…
そういう問題ですかね?
いくら信用してもらえてるといったって、いきなり他人から名前付けられて、それを素直に受け止められるだろうか?
仮に付けたとして、彼女がそれを気に入るかどうかも分からない。
「大丈夫大丈夫!ものは試しよ!!」
「かなり重大な事だと思うんだけど、そんなノリでいいのかな……?」
夕飯の支度をしている間、僕の心中は不安しかなかった。
◇
『ご馳走様でした。』
夕飯後、お姉さんが後片付けをしてくれている間に、僕は女の子に名前について相談することにした。
「そういえば、君の名前は?」
一応、名前を聞いてみる。
「………名前?」
彼女は相変わらずの無表情だったけど、ちゃんと会話をしてくれている。
うん、やっぱりこうでなくちゃ。
無口無表情・クールでミステリアスなキャラは大好きだけど、やっぱり最低限、言葉のキャッチボールは大切にしないとね!
「そう、名前。僕にはマオっていう名前がある。君は?」
忘れていた自己紹介を織り交ぜながら彼女にもう一度問い掛ける。
しかし。
「……分からない。」
彼女は、少し俯きながら、そう言った。
…お姉さんの言う通りだ。
自分の名前すら分からないのか。
「……じゃあ、君はなんて呼ばれたい?」
ならばと角度を変えた質問をぶつけてみる。
「……分からない。」
これもダメか。
「僕はなんて呼べばいいかな?」
同じような意味だけど、少しだけ方向性を変えて、三度質問する。
「……マオが決めて?」
うわぁお。
本当に自分の名前を他人に委ねちゃいますか。
しかもちょっと上目遣いで言ってくる。
無表情ながらその仕種、目線は効果抜群…!
卑怯だわーそれは卑怯だわー。
断れるわけないじゃない。
「……いいの?」
確認をとる。
彼女はコクリと頷いた。
「後悔しないね?」
再びの確認に、また彼女はコクリと頷く。
「……分かった。」
そこまで信頼されているなら、応えない訳にもいかないよね。
でも僕、ネーミングセンスないからなぁ…。
とりあえず、まずは考えてみよう。
名前を決めるのなら、ちゃんと意味を込めた名前を考えたい。
となると花の名前とかだろうか。
花言葉というものがあるし、丁度いいかもしれない。
僕自身あまり花に詳しいわけじゃないけど、なんとか思い出せないだろうか。
唯一、前の世界の知識が残っている黒歴史ノートを引っ張り出してみる。
何かないか。
彼女を象徴とする何か…
そう考えたところで、ノートに書きなぐってあるメモを見つける。
続けて視線を上げると彼女の白銀の髪が目に留まった。
「あ……」
そして思い付いた。
彼女の名前。
「じゃあ……決めた。」
女の子は表情こそ何も感じさせないが、少しだけこちらに身を乗り出してきている。
そんなに期待されると、ちょっと…いや、かなり緊張しちゃうなぁ…。
でも、これでいいよね?
僕の中ではこれが一番。
「君の名前は、マリナ。」
彼女の目をみて、しっかりと、一字一句を噛み締めるように伝える。
しばしの沈黙。
彼女は、俯いて何か考えているように見える。
いや、何かを呟いている?
口元が少し動いてるように見えたから、多分そうなのかな?
あれ、やっぱり気に入らなかったかな?
急に自信がなくなってきたぞ…
「……どうかな?」
ちょっと不安になりながら聞いてみる。
「……ん、大好き。」
どうやらお気に召したようだ。
良かったぁ…
でもまだ終わりじゃない。
忘れない内に伝えておかなくちゃ。
「名前の由来は、マリーゴールドっていう花。知らないかもしれないけど、その花にはとある意味が込められているんだ。」
彼女は興味ありげに聞いてくれている。
続けて伝える。
「その意味は、『生命の輝き』。これは、君の髪にも意味がかかってるんだよ?」
「私の…髪?」
女の子が自身の髪を手で撫でる。
「その綺麗な銀色の髪を初めて見た時、輝いて見えたんだ。」
「…ん。そう……?」
ちょっと恥ずかしそうに俯いている。
可愛いなぁ、もう。
「だから、輝き。もうその髪のこと、自分のこと、嫌いだなんて言ってほしくないんだ。それに…」
さらに続ける。
「『髪は女の命』って言うしね。でしょ?お姉さん。」
いつの間にか後ろに立っていたお姉さんに振ってみる。
「あら、記憶喪失って言ってたのに、そんなことは知ってたのね?」
ちょっと驚いた様子だけど、どうやら間違ってないみたいだ。
「村長さんに教えて貰ったんだ。」
ここはちょっとだけ嘘をついておく。
あのイケメンならそれくらいは言っててもおかしくなさそうだし。
あと、さらに伝えたいことがある。
「そして、もう一つ。これも知っておいてほしいんだ。」
女の子の方に向き直して話す。
彼女はまた首を傾げながらもきちんと聞いてくれているみたいだ。
「この花にはもう一つ意味が込められているんだ。…『友情』っていう、ね。」
随分長々と一人で喋ってるけど、もう少しだけご静聴願おう。
「僕は、この名前を、友達の証として、君に贈りたいんだけど…どうかな?」
以上の事を踏まえた上でもう一度問う。
そう。これがもう一つ伝えたかったこと。
僕は、この女の子と、友達になりたい。
同じ記憶喪失な人同士とか、そんな間怠っこしいこととか無しで。
女の子はまた少し考えている。
やがて、顔を上げると僕を見て、答える。
「……考えてくれて、ありがとう。…大切にする。」
「じゃあ…」
「……ん、貰う。…友達として。」
ふんわりとした笑顔で、答えてくれた。
改めて彼女に言おう。
「よろしくね、マリナ。」
「…よろしく。マオ。」
ふとノートを見ると、名前の欄に新しく追記がされていた。
『マリナ……………初めての友達』
小説の為なら乙女なジャンルにも手を出すマオ君。
『生命の輝き』+『銀髪の輝き』=『髪は女の命』とは、またややこしいこと言いやがりますねマオ君は。
しかも若干気障っぽいし。
ちなみにマリーゴールドの花言葉には他に
嫉妬
濃厚な愛
勇者
変わらぬ愛
悲哀
なども含まれています。
嫉妬とか、まだまだネタになりそうですね。
修羅場ネタとかに。
ついでにマリーゴールドには「ターゲテス、タゲテス(Tagetes)」という属名があり、その属名はエトルリアの美の女神である「ターゲス、タゲス(Tages)」の名前に由来しています。
マリナを名前に恥じない美少女だと考えた上でマリーゴールドをあてたのか。
マオ君…恐るべき(その乙女な知識が)
さて、ここから全くネタがありません。
いくつか候補は無いことも無いのですが、やはり時間がかかってしまうと思われます。多分。
なのでここから一気に更新ペースが落ちるかもしれません。
数少ない読者様には大変申し訳ありませんが、ご了承頂けると助かります。
これに飽きず、これからもよろしくお願いします。