第5話 雨と涙 ★
鳩尾の痛みに悶えること数十秒。
ようやく痛みが引き始めたところで立ち上がる。
女の子はフードを目深に被ってさっきよりも髪を見せないように警戒している。
どうしてそこまでして隠そうとしているのかわからない。
きっと聞いても彼女の口からは教えてくれないだろう。
もともと口を開かない彼女だ。
今ので余計警戒されて絶対会話なんてしてくれない。
「えと…あの、ごめんなさい。」
しかしさっきは驚かせてしまった。
髪を隠す為とはいえ、いきなり服を脱がされるなんてそりゃ怖いよね。
だから素直に謝る。
それで許してくれるとは思わないけど。
いわゆるケジメって奴だ。
女の子は反応無し。
もういちいち動揺なんてしない。
彼女はそういう子なんだろう。
無口無表情キャラ。
そう考えれば納得いく。
でも、やっぱり全く反応無しは辛いかなぁ…
マネキンに話しかけてるみたいでちょっとね…
まぁ喋れなんて強制するわけにもいかないし。
僕もそんなことしたくない。
いくらこの世界が僕の作った仮想世界であったとしても。
…仮想世界って言うと、なんだか全てがまがい物みたいで嫌だな。
確かに作られた世界だけど、今僕はここに立っている。
風を、匂いを、音を、目に見える全てを、感じているんだ。
この感覚は偽物なんかじゃない…と思う。
自信ないけど。
そんなこと考えている間にも、彼女は微動だにしない。
なんか怖いくらい無言だな。
これはもうキャラとしての認識だけで良いのだろうか。
喋れないとかその手の病気なんじゃなかろうか。
というかそもそもなんでこんなところにいるんだっけ?
あ、さっきもそんなこと考えてたな。
結局、全然分かりゃしないんだけどね…と、
突然、空から雫が落ちてくる。
それにつられて空を見上げると、さっきまでの青空が、いつの間にか雲の灰色に染められていた。
「あ…雨……」
落ちてくる雫は、だんだんと量と勢いを増していき、瞬く間に土砂降りになる。
急いで帰らないと。
そう思い足を家に向けようとしたところで、未だに立ちつくす女の子に気付く。
雨が降っても動かないの?
君は一体何がしたいのさ!
「君、家はどこなの?」
話しかけるけど、その声は雨が地面を叩く音で散らされる。
それでもきっと届いているはずの言葉にも、彼女は応えてくれない。
「早く帰らないと、風邪をひくよ?」
彼女は動こうとしない。
ただただ僕の言葉に首を傾げるだけ。
…ああもう!
「とりあえずうちに行くよ!!」
考えたって仕方ない。
あまりにも動かないので手を掴んで家に向かう。
彼女は今度は抵抗しなかった。
というより、これも無反応だって考えたほうが正しいのかな?
でもこのまま放っておいたら、ずっとあのまま突っ立ってそうだったから。
そんなの、見過ごせるわけないだろ。
無理矢理にでも連れて帰る。
話を聞くのはそれからでもいい。
そもそも話をしてくれるかどうかはわからないけど。
そんなことだって、帰ってからいくらでも考えられる。
考える前に行動だ。
動かない女の子を連れて、ようやく家にたどり着く。
途中、ぬかるんだ地面に何度も転びそうになったりしたけど、無事に帰ることができた。
お姉さんはまだ帰ってきてないみたいだ。
とりあえず濡れた身体を拭く為に、自分の部屋に行こう。
女の子も一緒に。
どうせほっといたらそのままなんだろ?
じゃあ僕が動かなきゃ。
…まるで保護者だ。
一応、初対面なのになぁ…
なんでだろうね。
自分の部屋のタンスからタオルを取り出す。
まずは女の子の方をどうにかしよう。
彼女の濡れた身体を拭くには、まずローブを脱がさなければならないわけで。
…さすがにまた脱がしにかかるのは気が引ける。
というかまた鳩尾に肘食らうのも嫌だ。
「…頭拭くから、フード外してくれる?」
無反応…かと思いきや、
「……やだ。」
きゃああああしゃべったあああああ!?
とまぁ冗談は置いといて。
…て、あれ、やだって言ったこの子?
彼女はふるふると首を横に小さく振っている。
「そのままだと風邪ひくよ?」
「…いい。」
「駄目だよ?ちゃんと髪乾かさなきゃ。」
「…いい。」
「だから、風邪引いちゃ駄目でしょ?」
「…いい。」
だぁーもー!!
話が進まん!!
こうなったら荒療治だ。
まだちょっと心に抵抗があるけど、無理矢理フードを脱がす。
鳩尾に肘食らうとか気にしてる場合か。
そんなことより目の前の女の子をなんとかすることだけ考えろ。
「……っ!」
女の子は脱がせまいと必死にフードの端を掴んで離さない。
「ちゃんと拭かなきゃ!駄目でしょーが!!」
それをさらに力ずくで引きはがしにかかる。
「…やぁ…!」
彼女はイヤイヤと首を振りながら抵抗する。
……さっきもあったけど、これセクハラでもイジメでもないからね?
だけど、女の子が男子の力に勝てるわけもなく。
再び白銀があらわになった。
女の子は今度は髪を見せまいと両手で頭を抱える。
なんでこんなにも隠したがるのか全くわからない。
両手の間から覗き見える銀髪は、露に濡れて幻想的な色をしている。
こんな綺麗な髪を、なんで?
とりあえずさっさと拭いてしまおうとする…と、
女の子の頬を、雫が伝った。
改めて女の子の表情を見ると、彼女は泣いていた。
…うん知ってる。
僕が泣かしたんですよね?
あんなに無理矢理フード引っぺがしにかかられたらそりゃ泣きますよね。わかります。
ごめんね。そう口にしようとした瞬間。
「……も、やだ…こんなの…」
彼女が、泣きながらそう言った。
最初は僕のことを言っているのかと思っていたけど、どうやら違うみたいだ。
彼女は自分の髪をくしゃりと手で乱す。
「…こんな髪…嫌い…」
最初に見た時の無表情が、今はこんなにも涙で歪んでいる。
「……どうして…?」
自然と口からでていた言葉に、今度は答えてくれた。
「……これ…皆、ヘンな目で…」
とぎれとぎれの言葉に、僕は理解する。
ああ、そういうことか。
今日1日で見てきた村の人達の容姿を思い出す。
彼女は、自分の周りと違うこの髪の色に、コンプレックスを抱いているんだ。
だからあんなにも頑なにフードを外そうとしなかったんだ。
彼女は僕に髪を見られたくなかったんだ。
僕にも周りの人と同じように、変な目で見られるんじゃないかって。
…悪いことをしてしまった。
この子の気持ちを考えずに、理由も聞かず、問答無用で。
彼女はずっと頭を抱えながらぽろぽろと涙を流している。
その姿に、僕は。
そっと、抱きしめていた。
考えてやったわけでもなく、本能的に身体が動いていた。
自分が今どれだけ恥ずかしいことをしているのか、そんなこともわからなかった。
どうでもよかった。
ただ、出来うる限りで彼女を慰めたかった。
この子をこれ以上悲しませたくなかった。
「………!」
女の子は驚いて、僕を押し退けようとしている。
しかし、その両腕に力は入っていない。
僕は、そのまま話しかける。
「もう大丈夫だから。」
その言葉に、女の子は硬直する。
さっきまで押し出されていた両腕もピタリと動きを止める。
さらに僕は言葉を続ける。
「もう誰も君を変な目で見たりしない。そんなこと、僕がさせない。」
女の子が何か呟いている。
「……どう、して…?」
彼女のか細い声がそう言っているように聞こえた。
だから僕は。
彼女の背中に回していた手を、抱きしめていた身体を離し、そのまま両肩を掴む。
緊張でちょっと震えてるのが自分でも分かる。
こんな所でも僕は人見知り効果が起こるのか。
コミュ障が出て来ちゃうのか。
だけど。
これだけは、伝えなきゃ。
もう嫌いだなんて言ってほしくないから。
もっと自分を好きになってもらいたいから。
彼女の目をしっかりと見て、言う。
「だって、僕は君の髪の色、好きだから。」
驚きに目を見開く女の子。
再び翡翠の瞳から涙がこぼれ落ちる。
果たしてそれは悲しみの涙なのか。
女の子はコクリと頷く。
「良かった。…さっきはひどくしてゴメンね?」
さっきは言えなかった謝罪の言葉を口にする。
すると、今度は彼女から抱き着いてきた。
瞬間、体温が急上昇しかけるけど、なんとかそれを抑え込んで静かに両手を彼女の背中に回す。
「……ありがとう」
小さく彼女が言葉にしたような気がした。
良かった。
なんとかなったかな。
そう安心しかけた瞬間。
ガチャッ
「ひゃーすごい雨!急に降ってくるんだもの!マオ君は大丈夫だっ…た……」
リディアお姉さんが帰ってきて、僕の部屋を開けた。
今お姉さんの目には抱き合っている僕と女の子が写っている。
僕はこの状況に身体が硬直している。
女の子はどういう状況か分からず抱き着いたまま首を傾げている。
「………ご、ごゆっくり…?」
パタン
扉が閉じられた。
「ほぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああ!!!?」
この後誤解を解くのに30分かかりました。