第4話 始まりと出会い ★
その後
僕は記憶喪失(設定)で、さらに両親もいない状態だったので、この村に住むことになった。
村の名前はミルラ村というらしい。
らしいというのは、小さな村の名前とかまでは設定していなかったので自分でも知らなかったのだ。
僕はお姉さんの家に住むことになった。
村長の家でもよかったんだけど、ちょうど寝室が余っていたので、そこに住むことに決めたのだ。
まぁ半分はお姉さんが強引にゲフンゲフン自ら立候補したのを村長が流れで決めちゃったわけだが。
村長のノリが軽すぎる。
本当にこれが村長でいいのか。ミルラ村住民達よ。
お姉さん、大きな家に一人暮らしだから寂しいって言ってたけど本当かな?
あの目は、なんというか小さな男の子を愛でることに全力を注いでいるようなそういうオーラを感じる。
…なんかちょっと不安だったけど全然知らない人の家に住むよりかはいいかと思って僕も了承した。
村長の家は…なんというか、村長の趣味なのかどうか知らないんだけど古い道具や骨董品みたいなものが大量に飾ってあって、一部が呪術に使われてそうな物もあって怖くてやめたのだ。
謎の仮面とか謎の木製人形とかに囲まれて毎夜ぐっすり眠れる自信なんかない。
僕の荷物は今日中にお姉さんの家に運ぶことにした。
いつまでも村長の家に置きっぱなしなのもアレだし、僕が持っているのが普通だろうという考えだ。
僕としても魔術書とかいっぱい気になるものがあるから都合が良い。
あと早急にあのノートを自分の手の届く内に置いておきたかった。
誰も僕の黒歴史だなんて知らないだろうけど、それでもやっぱり恥ずかしいから。
お姉さんには仕事に戻ってもらい、自分だけで運び込むことにした。
自分のことだから他人に頼るのは申し訳ない。
これくらいは自力でやろうと思った。
しかし量が多かった。
10歳の身体では一気に持ち上げて運ぶことはできないので、何度も何度も村の中心と高台を往復することになった。
登り、下り、登り、下り。
何度それを繰り返しただろう。
全部運び終わる頃には、全身クタクタになっていた。
やっぱり素直に頼っておけばよかったかな…
大人に頼るのは子供の特権だし。
仕事をする村人の皆さんの邪魔にならないように村の端っこで休むことにする。
家のベッドで休むとそのまま夜まで寝てしまいそうだったのでやめた。
そのせいで夜眠れなくなるとか間抜け過ぎる。
「それにしても…暑いなぁ……」
三月の癖になんて気温だ。
おかげで服の内側が汗でベタベタだよ。
火照った身体を冷ますように襟元を指でつまんでパタパタする。
新鮮な風が通って気持ちいい。
こんなにも激しく運動したのは何年ぶりなんだろう。
そう考えてみると、以前の僕がどれだけ運動不足だったかを思い知らされる。
おそらく、いや絶対に、前の身体であの量運びきるとか無理だ。
いやー、今更ながらこの身体でよかった。
健康体だもん。
動き回るのが仕事のような子供の身体は、激しく運動してもそう簡単にへばったりしない。
筋肉痛に縁がない今の自分、素晴らしい。
大きく息をつき、目をつぶって大自然の空気に身を委ねる。
綺麗な空気だ。
この村で育った子供達はさぞ純粋なまま成長してきたんだろう。
大人達も年上の青年達もいつも元気に、キラキラした笑顔で仕事していた。
ミルラ村の平和な雰囲気は、きっとこの大自然の影響も大きいんだろうな。
目をつぶったままボンヤリとそんなことを考える…と、
不意に瞼の向こうの光が遮られた。特に気にならなかったのでそのまま目をつぶっていると、
ぷにぷにと頬をつつかれた。
これにはさすがに気になったので目を開ける。
翡翠色の神秘的な瞳が、至近距離でじっとこちらを見つめていた。
「にょわ!?」
変な声を出しながら僕は緩い斜面を転がり落ちた。
スカートのような布がちらりと見えたし、おそらく女の子だろう。
ローブを着た翡翠の目を持つ女の子は、斜面の上でしゃがんで僕を見ていたみたいだ。
ていうか、ここからだとローブがめくれていて下着が見えそう。
急いで顔を上げる。
初対面の女の子の下着見るとかどんな変態だ。
女の子は、いきなり転げ落ちた僕を不思議そうな表情で眺めてる…気がする。
気がするというのは、その女の子が表情を顔に出していないからだ。
首を小さく傾げているから、不思議に思っているんじゃないかと感じただけで、実際彼女がどう思っているのかはわからない。
「え、えと…何か用、かな?」
相変わらず初対面だと上手く喋れない。
ようやく慣れてきたと思ったのに、実際は全然克服されてなかった。
ちょっと悔しい。
女の子はフードを被っていて顔がよく見えないけど、さっきから表情が変わっていないように見える。
感情を表に出すのが苦手なんだろうか。
ていうか、全然喋ってくれない…まるで人形みたいだ。
フードの下の顔は肌が白く、あまり外に出ていないように見える。
でもこうして今は外にいる。しかもここは村の端っこだ。
何の用もなくこんな所に来るだろうか?
まさか僕に用でもあるのかな?
…いや、まさかね…。
未だ転げ落ちたままだったのに気付いて立ち上がる。
女の子はずっとこちらを見つめたまま微動だにしない。
しゃがんで、首を傾げて、そのまま。
「えと…あの…?」
もう一度声をかけてみる。
返事がない。
ただの屍のよ…おっと何考えてるんだ。
勝手に殺しちゃ駄目だろ。
現に彼女は今ここにいるんだから。
それにしても、なんでこの女の子は動かないんだろ…と、
突然、強い風が吹いた。
ただの偶然、だけどその一筋の風で、僕と彼女の運命は大きく変わったんだと思う。
風によって彼女のフードが脱げる。その下から、白銀が煌めいた。
僕は視線を奪われた。
フードの下の白銀は、日の光を反射してキラキラと輝いている。
綺麗だ。
素直にそう思った。
白い肌に、銀色の髪、翡翠の瞳。
明らかにどれもが一般の人とは違う。
そう。人の個性による見た目の違いってレベルじゃない。
もっとこう、明らかな壁というか差というか…
そんな風に感じていると、女の子はさっきの無表情のまま、フードを被ろうとしていた。
いや、ただ被ろうとしているんじゃない。
広がった髪を隠そうとしている…?
よく見るとただの無表情でもない。
さっきまでびくともしなかった、その表情が。
怯えているように見えた。
彼女は必死に髪を隠そうとしている。
でも上手くいかないみたいだ。
腰まで届きそうな長髪。
そりゃ、隠すのも一苦労だろう。
でもどうしてだろう。
あんなにも綺麗なのに。
でも本人が嫌がっているなら仕方ないよね。
もうちょっと見たかったけど、隠すのを手伝おう。
女の子の側に駆け寄ってローブを一度脱がそうとする。
一見すると完全な変態行為だが、こういうのは髪の上から着込んだほうが手っ取り早い。
仮に誰かに見られていたとしても今の僕ならただのやんちゃな悪戯にしか見えないだろう。
大丈夫。犯罪じゃない。
決して隠す直前まで銀髪を直に見ていたいとかそういうんじゃ、ないんだからねっ!!
でもまぁ、いきなり服を脱がしにかかられたら嫌がりますよね。
それが普通の反応ですわ。
僕も同じ被害者ならそうする。
今は加害者だけど。
…あれ、なんだか手伝ってるハズなのにどんどん自分を追い込んでる気がするよ?
こんな状況、やっぱり誰かに見られる訳にはいかない。
さっさと済ませてしまおう。
「あ…暴れないで!髪を隠すんでしょ!?」
声をかけながら無理矢理にでもローブを着せる。
後はフードを被せるだけ。
十数秒の格闘の末、ようやく髪を隠すことに成功した…のだが。
直後に、たまたまなのか狙ったのか、女の子の肘が鳩尾に思いっきり入った。
「ぐぇ!?」
突然の激痛に思わずその場にうずくまる。
…そりゃ…そうっすよね……
あ、ちょっと涙出てきた。
「ごめん…なざい……」
痛みに転げそうな所をなんとか堪えながら、なんとか謝罪の言葉を口にする。
こうして、僕は一つ大人になった気がする。
なんでか知らないけど。