第3話 一冊のノート ★
お姉さんに抱きしめられること数分。
頭がやられるかと思ったけどなんとか耐えてくれたみたいだ。
もしこれもう5分続いてたら興奮と緊張で気絶してたと思う。
家の奥から村長ががちゃがちゃと音を立てながら大きな荷物を持ってくる。
その荷物はテーブルの上で広げられた。
「……たくさんあるんですね。」
「ああ。君がいた場所のすぐ側に落ちていてね。恐らくは君のご両親の持っていたものだろう。武器や素材、薬などの、冒険者稼業に必要な物が多く揃ってる。」
確かに見ると中二心をくすぐられるような物がいっぱいある。
僕はその(中二病的価値観で)宝の山から、一振りの剣を取り出す。
するとずしりと細い両腕にのしかかる金属の重み。
忘れてたけど今僕は10歳前後の身体だったんだっけ。
鞘ごと床に下ろして、両足で鞘を挟む形にして固定し、両手で剣の柄を掴んで引き抜く。シャランと音を立てながら現れ出た刀身は、見た目こそ派手な装飾はない。
しかし、その幅広な刀身には、傷一つ無かった。
まるで新品のような刃の輝き。
使い続けたら出来るであろう刃こぼれや欠けた部分も一切ない。
光をギラリと反射していて、切れ味もかなりのものだと容易に想像がつく。
しばらくそのまま観察してみるけど、両手で持っててもやっぱり今の身体じゃ重たいので慎重に鞘に戻す。
狙いが逸れて足に突き刺さるとかいうマヌケなミスはしない。
ていうかしたら怖い。
剣を鞘にしまって机の上に戻すと、今度は古ぼけた書物に目がいった。
手に取ると、これもまた剣程じゃないにしろ、それなりに重い。
ページ数がすごく多い。
見た目的には、小説版ハ○ー・ポッ○ーくらいの大きさ。そりゃ重いよ。
開いてみるとへんな文字列と図式が綴られている。
この円の中に星型の図形、これはまさか……
村長が僕の開いた書物を横から覗き込み、呟く。
「おっと、これは随分と高等な魔術書みたいだね。」
魔術書キターーー!!
すごいよこれ!!
きっと片手で開いてもう片手で魔法を撃つんだよきっと!!
「全てを灰燼と化せ!!」とか言いながら大爆発起こす奴だよきっと!!
よっぽどキラキラした目で僕が魔術書を見ていたからか、お姉さんが、
「マオ君は将来、冒険者になりたいのかな?」
と笑顔でそう言ってきた。
「うん!!」
僕はつい反射的に頷いてしまった。
それも全力で。
うわ恥ずかしい。
でもやっぱり重たかったので再び書物を机に戻す。
もし本当に冒険者になりたいのなら、まず基礎体力とかをつけなきゃだな、これは…と冗談半分でそう考えながら再び荷物の山に視線を向ける…と。
「ん?」
不意に、大量の荷物の中に混じって、不自然な色をした何かを見つけた。
引っ張り出してみると、それは…
「…………ノート?」
この世界には明らかに場違いな、元の世界ではよくある大学ノートだった。
もちろん僕もよく使っていた。
特にピンク色のキャンパスノートにはオリジナル小説の設定とかを書き込んだものだ…って、
「これって……」
僕の手の中にあるノートもピンク色。
ここである恐ろしい予感が頭をよぎる。
震える手でそれを開き、ページをめくると、そこには一つの世界が描かれていた。
真ん中に巨大な大陸。
そしてそれを取り囲むようにして中心の大陸程じゃないにしろ、大きな大陸が四つ、四方に散らばっている。
さらにその大陸毎の周りにも中くらいや小さな島がたくさん。
僕はこの大陸図に見覚えがある。
いや、見覚えどころの話じゃない。
そりゃあそうだろう。
描いたのが自分自身なのだから。
(わぁぁぁぁぁぁぁあああああああ!!!?)
ナンデ!?ノートナンデ!?
異世界に転移したのになんでコイツまで紛れ込んでるの!?黒歴史じゃん!!
恥ずかしくて周りに曝したくないから一人で密かにやってたのに!!
僕は内心で床に転がり回りたい気分になった。
なんとか表に出さないように堪えるけど、全身がぷるぷると不自然に震えて変な汗が大量に出てるのがわかる。
そのせいか、後ろからお姉さんにノートの中身を見られていたことに僕は気付かなかった。
「あら?それ、世界地図じゃない?」
「ふぇ?」
あまりの予想外な言葉に、変な声が喉から出てしまった。
「せ、世界地図?」
戸惑いながら僕がそう復唱すると、「そうだね。」と、村長も同意しながら、また奥の部屋に引っ込んでいった。
しばらくすると村長は丸めた紙を持ってきた。
古ぼけていて、埃臭い紙。
「ほら、これが世界地図だよ。」
そう言いながら村長は丸まっていた紙を広げる。
そこには、ノートに書いてあった世界地図とそっくり…いや、コピーしたかのような丸っきり同じ大陸図が描かれていた。
…………マジですか?
これがこの世界の地図?
ということは…?
僕は信じられないような、ある一つの結論にたどり着く。
この世界は……僕の小説の中の世界!?
ふと頭の中で昨日の出来事が鮮明に蘇る。
僕は寝る直前にこう呟いた。
『小説の世界に入ってしまえば、見た物ありのままを書き綴れるのかもしれないのにな…』
そう、呟いていた。
まさか本当になっちゃうとは思わなかった。
いやだって、普通想像つかないでしょ?
確かに小説の世界に入ってみたいとは言ったけど、それは不可能、夢物語だって割り切ったうえで言ったんだよ?
感覚的には画面の中に入って二次元の女の子と付き合いたいとかそういう類のジョークみたいなものなんだよ?
ジョーク。つまり冗談。
それをまさか実現させます?
頭の中がぐるぐるしだして、パニック寸前だった僕の意識を戻したのは、僕の肩を揺さぶる村長だった。
「大丈夫かい?」と心配した様子で顔を覗き込んでいた。
「うわぁっ!?」
ついつい反射的に一歩下がってしまう。
心配してくれていた村長には悪いけど、イケメンに顔を至近距離まで近づけられて驚きと拒絶反応が同時に起こったみたいだ。
僕にそっち系の趣味はないからね!!
「落ち着いたかい?」
村長はそんな僕の心情に気付く様子もないまま、爽やかな笑顔で問い掛けてくる。
うぅ…さっきの拒絶反応に若干の罪悪感…
本能的な行動だったとはいえ、心配してくれていた村長に失礼だったよね。
僕は平静を装って、「うん。ありがとう」と返した。
村長は満足げに頷くと、僕の頭をわしゃわしゃと撫でてくる。
それはまるでしっかり者の兄が弟にやるような、そんな優しさを僕は感じ取った。
不思議と緊張もおさまり、落ち着いていた。
こんなしょっちゅうパニック起こしてたら身がもたない。
なるべく動揺とかしないようにしなきゃ。
そう自分に言い聞かせる。
まぁ動揺やパニックなんてそう簡単に自分でコントロール出来るようなものじゃないんだけどね。
改めて黒歴史の集大成であるノートを見る。
パラパラとページをめくっていくと、あるページが目に留まった。
それは、名前が書き綴られたページだった。
一番上には、『マオ』、その下には『リディア』と書かれている。
さらに名前の横には、肩書きのようなものまで書かれていた。
僕の肩書きは、『記憶喪失の子供』
お姉さんの肩書きは、『村のアイドル』
……アイドルの部分はスルーすることにする。
と、唐突に
「あぁ、そういえば自己紹介がまだだったね。僕の名前はリゼル。まだまだ若輩者だけど、この村の長をやらせてもらっているよ。」
そう聞いた直後、ノートの名簿ページに新たにリゼルの文字が刻まれた。
肩書きは『村長』。まんまである。
僕は自己紹介を返しながら考える。
なるほど。
どうやらこのページは、僕が関係を持った人の名前が記されていくみたいだ。
どういう原理か分からないけど、まるで、小説のキャラクターを生み出すように綴られている。
つまり、僕がこの世界でいろいろな人と出会えば出会う程、このページは埋まっていく。小説の内容や設定が濃密になっていくということなのかな?
すごい話である。
自分自身が小説の中の登場人物になって、その視点から見たもの、聞いたもの、体験したことをありのままこのノートに刻まれていくのだ。
段々と、心の底から新たな感情がその存在を大きく主張してくる。
それは、この世界に対しての興味。
憧れにも似た気持ち。
面白い。
その一言で全てが片付く。
さっきまでの不安や心配も片付いてしまう。
これからきっと、もっともっとたくさんの人達と出会い、たくさんの出来事が起こり、このノートに綴られていく。
僕がこの世界に存在することで、僕が綴れなかった物語が完成されていく。
今はまだノートはほぼ白紙。
だけど、これからは自分で世界を見て、見たもの全てが物語として記憶されていくんだ。
そう考えると、ワクワクが収まらなかった。