第10話 約束
「山賊が…まさかそんな計画的な犯行をしてくるとはね。」
村長は僕の事情説明で事の流れを完璧に理解してくれた。
僕なんかよりよっぽど冷静だ。
見習わないと。
…でも、今はちょっと難しいかな。
怒りと悔しさで握る拳の力がさっきから抜けない。
正直、今すぐにでも助けに行きたい。
でも僕は弱いから、仮に追いつけたとしてもすぐにまた返り討ちに遭うだろう。
弱い。
その言葉がこれまで以上に胸に突き刺さる。
弱いから、彼女を助けられなかった。
あれだけ大見得切って約束したのに。
それが、なによりも悔しい。
ギリリ…と歯を食いしばる。
「…早く、助けに行かないと……っ痛ぅ!!」
村長に訴えかけようと立ち上がりかけた所で横っ腹に激痛が走る。
そういえば、あの大剣を持った男に腹を横殴りされたんだった。
持続的な鋭い痛みに上手く声を発することすら困難だ。
ぶっちゃけ泣きそう。
ていうか既に涙目だ。
そりゃそうか。
骨折れてんだもの。
「あ、動かないで。まだ治療が済んでないから。」
村長がそう言いながら宥めてくる。
それから小さく何かを呟くと、骨が折れているであろう患部…右脇腹の下の箇所に手を翳した。
すると翳した手が淡く光を帯び、だんだんとその光は強くなっていく。
不思議と恐怖感はなく、光には温かささえ感じるもので、それが回復魔法だと気付くのにそう時間は要らなかった。
おそらく、『リジェネレイト』という魔法だろう。
それは、小さな怪我から大怪我まで、身体にある外傷を治す万能の回復魔法だ。
人というのは、本当にもろい生き物だ。
怪我をすれば、出血もするし、傷口から細菌も入る。
思い切り肉体を叩き斬られれば、あっけなくその腕も、足も切り離されてしまう。
前の世界の医学じゃ、千切れた腕や足を傷1つなく完璧な状態で元に戻すことも、細胞組織を活性化させてもう一度四肢を生やすみたいなこともできない。
でもこの世界ならどうだろう?
魔法という奇跡の力がある、この世界なら。
つまりはそういうことだ。
今使われている魔法はゲームによくある体力回復ではなく、肉体的欠損を治す為の魔法。
それが、『リジェネレイト』。
一応、この世界を生み出したのは僕だ。
この世界の常識や一般的な知識は足りていなくとも、こと魔法に関してなら誰にも負けないだけの知識を誇れる自信がある。
今みたいに、実際に目にすれば大抵の魔法は調べずともわかるだろう。
そりゃね、厨二的発想全開で考えたからね。
話が逸れた。
骨折は、ものの数十秒で治っていた。
現代医学者が見たら卒倒ものである。
まぁこの世界には多分いないけどね。
奇跡万歳。
急速な回復である程度身体に違和感はあるけども、まぁ数時間すれば慣れるだろう。
「よし、これで大丈夫。痛みとか、変わったところは無いかな?」
「うん…もうなんともないよ。ありがとう。」
「どういたしまして。…さて、これからについてなんだけど…いいかな?」
お礼を言うと村長は優しく微笑んだ。
しかしすぐに真剣な表情になって僕の目をまっすぐ見つめてくる。
「これから残ってる大人達でさらわれた皆を助けに行く。君はおとなしく家で」「僕も行く。」
村長が言い切る前に被せて言ってやった。
村長は驚いたように言葉を途切れさせたので、こっちから続けて言う。
「僕もみんなと一緒に、村の人達を助けにいく。助けに行きたい。」
「…いや、これはとても大きな事件なんだ。残念だけど、子供がついてきたって邪魔にしかならない。」
「そんなこと、分かってる。分かったうえで、それでも行きたいんだ。」
村長は僕のことを想って言ってくれてるんだと分かる。
だけど僕は、諦めるわけにはいかない。
諦めたくない。
「自分の身は自分で守る。もし僕が襲われてても、無視してくれていい。それでもいいから、僕は行きたい。」
本音を言えば、死にたくない。
こんな所で死んでしまったら、僕の物語はそこで終わってしまう。
だけど。
「マリナは、僕が守る。そう約束したんだ。」
それでも僕には、譲れない想いがある。
村長はずっと黙ってこっちを見つめてくる。僕も言うことは言った。
その想いを込めた視線でこちらも村長の目をじっと見つめ返す。
すると村長は突然柔らかな表情に変わった。
「……覚悟は、変わらないみたいだね?」
僕は、コクリと頷く。
村長は笑って僕の頭を撫でてくれた。
わしゃわしゃとちょっと荒っぽいその手つきに、いつの間にか強張っていた全身から力が抜ける。
「わかった。一緒に行こう。でも、一人で突っ込んじゃ駄目だよ?さっきも言ったけど、君はまだ子供なんだ。」
「うん。気をつける。」
「よし。それじゃ、準備をして待ってて。僕は早くみんなを集めてくる。」
大きく頷き、走って村長の家を飛び出す。
急な斜面を滑るように下り、一直線へと自分の家へと駆け込む。
作戦会議が開かれて、おそらく一時間以内には大体の準備終わるだろう。
その間に僕も出来る限りの準備をしよう。
1つ、悪あがきを思いついた。
◇
予想通り一時間程経過した頃。
救助隊である大人達が集まった。
大人達のうち、数人は村に残るとのこと。
さすがに大人全員が出払ってしまうと、村の警備が0になってしまうからだ。
二度目の襲撃なんて考えたくもないけど、万が一ということもある。
あまり村を空けていられない。
そして出発前。
村長が大声で言う。
「山賊達はおそらく隣町、デオドラドに向かうだろう。相手は山賊だ。非道な行為に躊躇いはない。」
その言葉は、村人たち全員に響き渡り、如何にこれから危険なことが待っているかを如実に知らしめていた。
しかし、と村長は続ける
「だが、それを恐れて怯んでいては僕らは何も出来ない!何としても追いつき、僕らミルラ村の家族を取り戻そう!」
『おぉぉー!!!!』
村長の呼びかけに全力で応える村人達。
団結力が凄い。
人間というのはやっぱり個々の能力より団結する力だよね。
僕も全力で応じた。
大人にも負けないくらいの大声を張り上げる。
戦う覚悟はとっくにできてるんだ。
実力はともかく、やる気と気迫なら誰にも負けない。
救助隊の人達は各々で狩りに使う弓矢や槍を持ち、どこに仕舞ってあったのか、胸当てや軽鎧を身に付けている。
僕の装備は、あの時に振り回した剣と、僕の荷物に混じってた子供用の旅団服を着ている。
サイズはピッタリ。
ポケットが多く、服自体も丈夫な造りだ。
動きやすいように造られているのか、丈の短めなズボンに、柔らかい質の服の上に丈夫な繊維で出来たベスト。
色も茶色などの地味な色合いを意識したデザインになっている。
さらにあと一つ、大きめの荷物も持って来た。
準備は万端。
いつでも行ける。
僕は己を奮い立たせるように、小さく呟いた。
「さぁ、反撃だ。」
それから全員が馬車に乗り込み、全速力で飛ばす。
法定速度なんてこの世には存在しない。
途中で馬の休憩も挟みつつ、半日かかる片道を数時間に抑えた。
そして今。
交易の街デオドラドに僕らはいる。