第9話 求める力
3話の時並に大改造。
悲劇的なビフォーでアフターじゃないことを祈ります
「一体何があったんだい?」
村長が窓から外を眺めながら訪ねてくる。
高台に建てられた村長の家からなら全て見えているのだろう。
もう気付いているはずだ。
村に男しか残っていないということを。
僕は俯いて、ただ膝の上で拳を握り締めることしかできない。
それでも時間をかけながら、この目で見てきた現実を簡潔に伝える。
「…賊が襲ってきて、女の人達が皆、捕まっちゃった…」
村長が目を見開くのをちらりと見ながら、何故こんなことになってしまったのかを思い出していく。
遡ること数時間前。
僕は日課として始めたランニングをマリナとこなして、家の中でのんびり過ごしていた。マリナは何故か村長の家からこっちの家に移り住むことになって、お姉さんはすごく喜んでた。
基本的に子供大好きなのね、お姉さん。
で、その肝心のお姉さんは早朝からなぜかわざわざ徒歩で隣街へと買い出し中。
村長はどこか別の大きな都市に、数日前から遠出をしていた。
僕は暇だから絶賛魔術書の解読中。
ベッドに腰掛けて膝の上で重い書物を広げていた。
マリナも横で魔術書をじっと見ている。
前の世界とは明らかに違う文字なのに、自然と読めているのはこの身体の前の持ち主の影響だろうか。
そんなことを考えながらパラパラとページをめくっていたその時。
ドガァン!!
と、遠くの方から何かが爆発するような音が耳に叩きつけられた。
「な…何!?」
思わず魔術書を床に落っことしながら窓から音のした方向を見る。
村の入口付近から黒い煙が立ち上り、煙の根本から突き破るように十数人の人が押し寄せてきていた。
遠目でも村の人間じゃないことが分かる。
服装は獣の毛皮や骨を装飾品とした、見るからに野蛮そうなイメージ。
三角巾みたいなマスクで口元隠してる人もいるし、山賊か何かだろう。
ってか、ヤバい。
何がヤバいって、今ちょうど男手が村にほとんどいないということが。
大人達は狩りをする為に森の中に入っている。
1時間前に出発していったから、帰ってくるのにまだ数時間かかる。
村が襲われる音に気付くのにも、よっぽど耳のいい人でも注意しない限りはすぐには気付けないだろう。
賊達は、女の人達を中心に襲い掛かっている。
しかもただ襲い掛かっているのではなく、武器を突き付けて無力化した後、手足を縛って、拉致しているようだった。
村の入口付近には次々と捕らえられた村人達が集まっている。
外に気を取られていると、不意に服を引っ張られる感覚。
振り向くとマリナが無表情に僕を見つめていた。
でもこれはなんとなく分かる。無表情の瞳の奥には、微かに、でも確かに不安の色が見えている。
僕はマリナの頭を撫でると、安心させる為に言った。
「大丈夫。いざとなったら僕が君を守るから。」
そう言ってまた窓から外を見る。
すぐに目を離したからマリナが今の言葉にどう反応したのかは分からない。
とりあえず安心していてくれることを願おう。
それにしても何故襲い掛かってきたんだ?
人質目当て?それにしちゃあ確保する人数が多過ぎる。
さらに言えば、この村は小さ過ぎることはないけど比較的大きいというわけでもない。
食料や金目のものなどの貯蓄を狙うのだとしたらどう考えたってリスクの方が大きいだろう。
…もしかして、狙いは貯蓄ではなく人質そのもの?
もしそうなら、ここでじっとしてるわけにはいかない。
次々と村人が捕らえられていくのを見ながら、必死に考える。
村の男の人の殆どは村の東側…村の入り口から村の最奥にある森の奥にいる。
なんとかその森の中に入ることができれば、狩りをしている大人達にこの状況を伝えられるし、匿ってもらえるだろう。
しかしどうやって?
外に出れば、すぐに奴らに見付かる。
既に賊の連中も村全体にまばらに散っていて、全部の視線を掻い潜るのなんて僕には到底できやしない。
万が一見つかったとしてそのまま森の中にまで逃げ込めるとしても僕はともかく、マリナは走っても追いかけられてきたらすぐに捕まってしまうだろう。
くそっ何か手はないか…!
そう考えているうちにいつの間にか時間が過ぎてしまっていたのだろう。
マリナが再び服の裾を引っ張っているのに気付く。
「何、マリナ?」
振り向くとマリナは窓の方に指を指していた。
正確には、窓の外を。
その方向からは、男が一人、一直線にこちらへ向かってきていた。
しまった、判断が遅れた!!
「マリナ、隠れて!!」
静かに叫びながらマリナをクローゼットの中に押し込む。
ちょっと荒っぽいけど、今回ばかりはなりふり構ってられない。
マリナは今にも泣き出しそうな顔だ。
「大丈夫。静かにしてればきっと見つからないから。その後で、森の方に助けを呼びにいこう。」
軽く頭を撫で、励ます。
マリナは泣きそうな表情のまま頷く。
と、玄関の方から大きな音がした。
「く…っ!!」
静かにクローゼットの扉を閉め、僕も急いでベッドの下に隠れる。
隣の部屋からは、小さな足音が聞こえてくる。
探し回っている最中なのだろう。
時間が経てば経つ程、怖くなってくる。
確実に、こっちへと近付いてくる実感がある。
心臓がバクバクと五月蝿く鳴っている。
嫌な汗が流れているのが分かる。
叶うならば、この部屋には来て欲しくない。
だが、そんな都合の良い願いは聞き入れてもらえない。
バンッ
ついに、この部屋の扉が開かれた。
おそらく蹴り飛ばされたのだろう。
大きな音は、来ると分かっていてもさらなる恐怖心を植え付けてくる。
男は、しばらく部屋中を歩き回る。
一歩動く度に、心臓が一際大きく鳴る。
あまりの不安感に吐きそうになる。
早く出ていってくれ…!
そう祈りながらひたすら息を潜めた。
数分が経っただろうか。
「…チッ。んだよ、いねぇじゃねーか。」
低く、不快感を与える声。
床を叩く振動と共に、足音が段々と遠ざかるのを感じた。
ベッドの下から見える限りでも、男の足が部屋の扉へと向かっているのが分かる。
なんとかやり過ごせたのだろうか。
そう安堵しかけた。
その瞬間。
…カタッ
息が止まる。
部屋に嫌な静寂が漂う。
頭の中で何度も再生される、小さな、しかし確実に耳に入ってきた物音。
男にももちろん聞こえていたのだろう。
すぐさま足音はまた近付いて来る。
ベッドの下から見える範囲で様子を見る。
男は、物音がしたであろう、クローゼットの前に立っていた。
そして、扉が開かれる音がした。
「おっとぉ?こんな所に隠れてやがったのか。」
再び男の声が聞こえる。
しかし、さっきの低い声とは打って変わって、喜ぶような声色。
そしてすぐにガタガタと物音が鳴り、ついに。
「キャ……!」
小さな悲鳴が聞こえてきた。
(マリナ!!)
飛び出そうと身体が跳ね上がりかけるが、急に身体が硬直した。
全身が重く、上手く力が入らない。
「お、こいつは中々の上玉だな。小さい割に整った顔立ちしてやがる。ちょいと髪色とかにゃ難があるが、物好きな連中には高く売れるかもしれねぇなぁ?」
男が下品な笑い声を上げながらマリナを連れていく。
僕はそれを黙って見ていることしかできない。
目の前で大切な友達がさらわれているのに。
そして、遠ざかる足音はやがて耳に届かないくらい薄れ、消えた。
それからようやく僕はベッドの下から這い出ることができた。
恐怖心に身体を縛られて動けなかった。
そんな自分自身の弱さに腹が立つ。
苛立ちはハッキリとした怒りへ、憎しみへ。
そしてその矛先は、自分自身と、下卑た笑い声をあげたあの賊の野郎へ。
「…あぁ、くそっ!!」
このままマリナを連れて行かれてたまるか!!
無我夢中で壁に立てかけてある剣を引っつかむ。
まだ自分には重く、大きなそれを鞘から抜き、鞘をベッドの上に放り出してそのまま窓から外に飛び出る。
辺りを見回すと、村の入口付近に集められている村中の女の人達。
その集団に向かって歩いていく男と、その男に引きずられていく彼女を見つけた。
もう何も考えられない。
頭の中が真っ白になる。
僕はその男に向かって駆け出していた。
重たい剣を引っぱるように両手で持ち、全速力で男に迫る。
「マリナを…離せぇぇぇええええ!!!!」
喉からあらんかぎりの叫び声を上げながら、剣を振りかぶり、走る勢いを乗せて全力で振り下ろす。
その刃は男に向かって一直線に向かっていき、このままいけば確実に奴を殺せるはずの一撃。
しかし、その攻撃は横からの闖入者によって遮られる。
ギィン!!
大きな金属音が耳をつんざき、続いて両腕を強い痺れと勢いを真っ向から殺された反動が襲う。
コートを着た男が、横から巨大な剣で僕の刃を遮っていた。
「ぅぐ…っ!!」
痺れる両腕でなんとか剣を引き戻し、もう一度、今度は剣を持つ男の方へと振り下ろす。
「そこを…どけぇぇぇぇ‼︎」
しかし、男はその鉄板のように幅の広い無骨な大剣で僕の攻撃を難無く受け止める。
そして、力任せに僕の剣に向かってその大きな剣を凪いだ。
腕ごと吹っ飛ばされるような衝撃で、僕は剣を放り出してしまう。
痺れたままの腕は言うことを聞いてくれない。
さらに男は、振り切った剣をそのまま逆方向に振り、僕の横っ腹に叩きつけた。
片刃の剣なので峰の部分で攻撃されたのだが、勢いとその剣の重さ、刃の分厚さに僕は簡単に吹っ飛ばされてしまう。
「がっ……あがっ!!」
吹っ飛ばされた衝撃と、地面に叩きつけられる衝撃とに、肺の中の空気が全て吐き出される。
ついでに胃の中のものも少量吐き出した。あまりの強い痛みに、身体が痙攣して動かなくなる。
ギシギシと何か嫌な音が軋んでいる。
おそらく骨が折れたのだろう。
前の世界でいう車に吹っ飛ばされた時の衝撃と軋む感覚によく似ている。
男は、それ以上は何もしてこなかった。
剣を背負うと、入口付近の集団に向けて歩いていく。
捕らえられた村人達は、数台の馬車に押し込まれる。
山賊達は各々がその馬車に乗り込み、村を出て街道へと遠ざかっていった。
霞む視界の中で遠ざかる馬車を見る。
手も足も出なかった。
「ち……くしょ……ぅ…!」
そこで意識は途切れた。
目が覚めたのは、それから数時間経過してからのことだった。
大人達が狩りから帰ってきた時に僕は村の真ん中で倒れていたらしい。
それから村長も帰ってきて、僕は村長の家で介抱されて目が覚めた。
そして冒頭に戻る。
襲撃イベントは何話構成にしようか迷ってます。
2か3か……