第8話 繋がりの石
いろいろあった朝
とりあえず僕らは今朝食を摂っている。
現在誤解が解け切れていないのか空気が非常に微妙である。
ちなみにマリナはあのあときちんと服を着てくれました。
僕の部屋にある箪笥の中の服を。
若干ぶかぶかで、衿元がちょっとズレている。
ズレた首元から覗く鎖骨が眩しい。眩し過ぎる。
全裸もいいけどやはり着衣の隙間から覗く肌もいい。
チラリズムを忘れてはいけない。うん。
………とんだ変態だな。
我ながら馬鹿みたいだと思う。
それと何故村長が朝食を作っていたのかというと、どうやらお姉さんは朝がちょっぴり苦手らしい。
だからたまに村長が朝起こしに来るついでに朝食を作っていくのだそう。
まだるっこしい。
なんで一緒に住まないんだろう、この人達は、とかちょっと考えてしまった。
料理が上手くて、気配りもできて、爽やかなイケメンとかなんなのこの人。
勝ち組過ぎるだろ。
何がって、存在が。
こう…上手く表現できないけど、とにかくこの村長は勝ち組だ。うん。
誰か分かってこの気持ち。
さらに、なんでマリナが僕のベッドに潜り込んでいたのかというと。
お姉さんと一緒に寝ていたところ、どうやらお姉さんに抱き着かれて寝苦しかったからだそう。
それで逃げ場と布団の温もりを求めてふらふらとこっちの部屋に来たのだそうだ。
それを聞いたお姉さんは苦笑いしている。
ていうか、本当に抱き着き癖あったんだ…。
「でも、だからって僕のベッドに来るかな?」
と聞くと、
「……マオは優しかったよ?」
だそうです。
また誤解を招きかねないことをおっしゃってますが、この子には危機感というものがないのだろうか。
…あれ、てことは僕も寝ながらマリナに抱き着いてたと?
それって立派なセクハr…いやいやいや!
寝てたし!不可抗力だし!
俺は悪くねぇとばかりに首をブンブン振ってそんな考えを吹き飛ばす。
とーにーかーく!
「今後、男のベッドに潜り込むなんて事はしないようにね?」
そうマリナに言っておく。
マリナはどうして?と言いたげな表情で首を傾げているけど、察して下さい。
毎日あんな寝起きだったら僕の理性がおかしくなる。
というわけでこの話題は終了。
これ以上突っ込まれたくないし突っ込みたくない。
僕は紳士の精神を心掛けていきたいだけなんだ。
朝からどっと疲労が溜まったような気もするけど、無事に朝食を終え、食後のまったりとした時間である。
すると、
「さて、マオ君は今日は何か予定でもあるのかな?」
唐突に村長がそう聞いてきた。
うーん…特に決まってはいないけど…
「両親が持ってたっていう荷物を整理したり…かな?」
「そうか…あの、もし君が良ければだけど…」
村長はそこまで言うとマリナの方を見る。
「その子と一緒に過ごしてあげてくれないか?」
僕もマリナの方を見る。
「それはまた、どうして?」
彼にそう尋ねる。
村長は何かを伝えようとしているが、言いづらそうに口をモゴモゴしている。
その視線は僕とマリナを交互に見やり、視線で察して欲しいとばかりに露骨な動きだ。
めっちゃぎこちないけど。
…でも、なんとなく言わんとしていることは分かった。
これまで彼女はほとんど人との触れ合いというものを経験したことがなかった。
村長はなんとかして人の輪、他人との付き合いや関係性を彼女に持たせたかったのだ。
そこにちょうどよく僕がいたということなのだろう。
だから今、ここぞとばかりに僕に彼女と一緒に居させたがるのだと思う。
再びマリナを見る。
彼女は相変わらずの無表情だけど、その奥の翡翠の瞳からは何かを期待するように眼差しで訴えかけてきている…ような気がした。
確信なんか無い。
ただの予感でしかないけど。
「…うん。分かった。」
「ありがとう。よろしくね。」
僕が了承すると、村長はにこやかにお礼を述べてくる。
…まぁ、別に不都合なんてないし。
むしろもっと彼女との距離を縮められる良い機会だとも思った。
その後お姉さんが朝食の後片付けをしていたので、そのお手伝いをした。
幸い、朝の出来事について誤解はしていないみたいだ。
まぁ、昨日の事もあるし、免疫でもついたのかな。
僕は全然免疫ついてないけどね。
「マリナちゃん、マオ君の事が大好きみたいねぇ」
「僕には異性だと思われてないだけのような気がするけど…」
「あら、そうかしら?」
「そうだよ。」
お姉さんの表情は楽しそうで、今にも鼻歌を歌い出しそうな程である。
「何かいいことでもあった?」
「さぁ、どうかしらね♪」
マリナといいお姉さんといい…。
女の人って、不思議だ。
午前中。
マリナは僕らの家に留まったままだ。
村長は一緒に居てあげてほしいとは言ってたし、僕も構わないんだけど、マリナ自身の意思はわからなかった。
さっきの期待するような視線は何だったのかだけ気になってはいたけど、どうやらまだここにいたい様子。
つまり、そういうことだったのだろう。
というわけで今僕は両親が遺したんじゃないかと言われる荷物の山を整理していて、マリナは僕の横でそれを見つめている。
正直、見てるだけなんてつまらないんじゃないかと思ったけど、案外楽しそうに見えた。
段々見慣れてくると、無表情は無表情なりになんとなく読み取れるものがある。
まぁ、気のせいかもしれないけどね。
しかし改めて見ると、すごい量だなぁ。
道具袋の中身も、ひっくり返せば薬やら鉱石とかの素材やらがゴロゴロ出て来る。
種類までは分からないけど、魔物の骨もある。
よくよく見ると骨とかって結構怖いな…。
材質もザラザラのゴツゴツで、ずっしりとした質感もある。
僕の腕くらいの太さを持った骨。
この骨の元の持ち主は一体どれほどの大きさだったのだろう。
想像もつかない。
というかこんなものよく袋の中に入ってたな…。
そんな適当な感想を浮かべながらガサガサと袋の中身を大雑把に掴み取って外に放り出していく…と。
不意に、袋の傍に転がっていた二つのアクセサリーが目に入った。
いや、アクセサリーと言っていいのだろうか。
綺麗に形の整えられた石に紐が通されているだけの簡素な造りのペンダント。見た目のイメージは、飛○石を思い浮かべて欲しい。
まさにあんな感じの形だ。
その石は透き通るような青色をしていて、何かの宝石なんじゃないかと思う。
でも、なんで二つもあるんだろう。
どちらも同じ形、同じ色。
特に見た目の違いは見られない。
まさか、魔物がこんなもの落とすとは思えないし…
いや、ゲームの世界とかだったら、スライムを倒したらどこに隠し持っていたのか分からない明らかにスライム本体よりも大きな宝箱を落としたりするけども。
まぁ大きい割に中身は大抵薬草とかだったりするんだけどね。
とにかく、この二つの石が気になったので、村長に見せてみることにする。
見た目は若いイケメンだけど、村長らしく博識で、この石のことも知っているかもしれない。
◇
「あぁ。それはお守りだよ。」
村長の家まで行き(もちろんマリナもついて来ている)、事情を話してこの石を見せたら、そう教えてくれた。
「その石は君が倒れていた場所に、荷物とは別に落ちていたものだけど、おそらく君の両親の持ち物だろうね。」
成る程。両親が持っていたのなら、一人一つずつとして、二つあるというのも納得だ。
…でも、何のお守りなんだろう。
前の世界では、お守りはたくさんの種類があって、それぞれにまじないがかけられている。
延命息災とか、交通安全とか、子宝成就とか。
この世界にもそういったまじないの類があるのかな。さすがに交通安全とかはなさそうだけど。
「特別な石?」
「ああ。その石は共鳴石というんだよ。」
共鳴石…そんな鉱石考えてあったかな。
自分の記憶には覚えがない。
村長の話によると、共鳴石というのは微弱ながら魔力を放つ鉱石の一つらしい。
魔力を放つ鉱石は特に珍しいという訳じゃない。
それでも高価な素材らしいけど。
例えばミスリル鉱石。
あれは魔力を含む鉱石で、鍛え上げると鉄よりも軽く、鉄よりも硬い武具にもなる。
鉄よりも軽いのは、ミスリル鉱石に最初から含まれている魔力が関係しているらしい。
石に魔力が練り上げられていて、それを精錬することで、見た目よりも軽く、強固な金属になる。
なんだかこの世界に来てようやくファンタジックな話になってきたぞ。
で、この共鳴石。
これも魔力を含んでいるんだけど、特に軽かったりすることはない。
鍛えられるほど丈夫というわけでもない。
だから武具にすることはないのだそう。
しかしこの石には他の鉱石にはないある特徴があるらしい。
それは、それぞれが違った波長の魔力を放出するという特徴。
つまり、採掘された共鳴石は、そのどれもが別々の魔力の波長パターンを持っているということだ。
同じ共鳴石なのに、含む魔力は違うってどゆこと?
「それって別の鉱石なんじゃないのかな?」
「でも、鍛えるには脆いという所は一緒だし、採掘できる場所も同じような所ばかりだからね。それでもかなり稀少なものなんだよ?」
へぇ〜。
不思議な石なんだなぁ。
…この世界って、元々僕の書いた世界なんだよね?
その割には知らない事が多過ぎる。
なんだか自信が無くなってきたぞ。
「で、これは何のお守りなの?」
「共鳴石で作られたお守りは、『繋がり』という願いが込められているんだ。」
「繋がり?」
これまた変わったお守りだな。
聞くと、共鳴石には極稀に、同じ波長の魔力を放出する物が出て来るらしい。
その二つの石をそれぞれ加工してお守りにすることによって、どんなに離れ離れになったとしても、同じ波長の魔力によって、いつか互いを引き寄せ合うという『繋がり』の力が生まれるという。
何だかロマンチックだと思う自分は乙女心を持っているのだろうか。
女々しいとか言われたらどうしよう。
僕、泣いちゃうかもしんない。
と、マリナがじっと○行石…じゃない、共鳴石のお守りを見ているのに気づいた。
無表情の中には興味津々といった、好奇心のような感情が読み取れる…ような気がする。
無表情なのにその瞳はキラキラと輝いているように見えた。
…まぁ、僕が二つ持っててもね。
「…はいコレ。」
手に乗せた一つのお守りをマリナに向ける。
「……くれる…の?」
「うん。あげる。」
そんなまじまじと見つめられたらあげないって言う方が難しいしね。
それに、これでまたマリナと距離を縮められるのなら安い物だ。
…別に攻略しようとか思ってないからね?
マリナは恐る恐るといったようにゆっくりと手を伸ばしてきたので、こっちからマリナの手に乗せて握らせる。
「はい、どーぞ。」
そう笑って言う。
マリナは手元のお守りと僕の顔を交互に見てから、ほんの少しだけ、笑ってくれた気がした。
「せっかくだし、つけてみたらどうだい?」
妙にニヤニヤしだした村長が言ってくる。
マリナはそれを聞き、髪を上げて早速つけようとするけど、もぞもぞとしてなかなかつけられない。
首の後ろで結ぼうとするけど、見えない場所だから上手くいかないみたいだ。
手伝おうか。
それくらいはマリナも許してくれるよね?
…セクハラじゃないということをいい加減皆さんにご理解頂けると嬉しいです。
マリナの後ろに回ってお守りの紐を結ぶ。
マリナはちょっと驚いたようにビクってなったみたいだけど、おとなしく身を任せてきた。
良かった。
肘も飛んでこなかったし、きっとそれだけ心を許してくれたんだろう。
一日で大きな進歩だ。
結び目をできる限り小さく、固く結ぶ。
「これでよしっと。」
ついでだから僕も結んでおこう。
お守りなら身につけておくのに損はないしね。
首の後ろでも僕はちゃんと結べた。
まぁ見えないだけでやることはさっきとかわらないし。
こういうところでちょっとだけ器用だと思うのだ、僕は。
「お揃いだね。」
それがなんだか嬉しくって、僕は彼女にそう言った。
「……おそろい……。」
マリナはその言葉を小さく復唱していた。
何度も、何度も。
喜んでくれたのだろうか。
そうだったらいいなと、僕は内心で小さく願っていた。
◇
それから僕達はまた家に戻って整理再開。
その日はずっとマリナと一緒で、僕もちょっと楽しかった。
途中からお姉さんも参加して、魔導書の読み方を教えてもらったりもして。
今日は得られた物が多く、充実した一日だった。
…最後までずっとニヤニヤしっぱなしの村長だけは気になったけど。
ほんと、なんだったんだあの顔は。
釈然としない。
飛行○もとい共鳴石のお守りには『繋がり』の願いが込められていると書きましたが。
これを異性の人に渡して、あまつさえ互いにそれを身につけるとか、告白どころかプロポーズも同然ですよね。
だから村長ニヤニヤしてたんですね。