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あにまる☆はうす  作者: hibana
序章の序章
8/184

ねづみのはなし――回想終――



 まだ秋とはいえど、夜はそれなりに肌寒い。


 「あーさむさむ……」


 案の定、熊野が震えている。

 乾たちは、ある豪邸の前に来ていた。今夜、鼠屋が盗みに入るらしい豪邸である。まあこんな豪邸なら入られても仕方ないな、と乾はぼんやり思った。


「ねーボク帰っていい?」

「いいわけねぇだろ。元はといえばお前がプーだからこうなってるんだぞ?」

「ボク、熊野プー。はちみつ食べるぅ?」

「黙れ」


 乾は短くそう言い放った後、トランシーバーに耳を傾けた。何かが聞こえる。


「宇佐木、トランシーバーはマイクじゃない。 歌うな」

『ああ、済まない。そういえばこんなのどこから?』

「オレは警官だ」


 乾が警官だから、まったく関係ない現場にも首を突っ込めるのである。

 しかし、もし泥棒を捕まえたら乾の手柄にはしてはいけない。なぜなら懸賞金が手に入らないからだ。こういうときコイツらは便利だな、と乾は思った。


「ボク、お巡りサンって嫌い」


 熊野が腕を抱きながらそう言う。


「だからお巡りサンに協力する義理もない。ということで」


 熊野は手をひらひらして踵を返した。乾はそれを止める。


「何が『ということで』だよ。別に警察に協力しろとも言ってないし、警察になれとも言ってない。ただ泥棒を捕まえて金を巻き上げろって言ってるんだ」

「乾ちゃんはなかなかブラックなお巡りサンだね」

「乾ちゃんじゃない。ちゃんづけするな気持ち悪い」

「うわ、気持ち悪いって言っちゃったよ。いいじゃない、ほらボクのことも熊野ちゃんって呼んでごらん」

「はあ? なに気持ち悪いこと……」


 そんな生産性のない話をしていた時、二人の真横を何かが通り過ぎていった。違う場面なら猫か何かだと思っただろう。それくらいすばしっこい動きだった。


「オイ熊野ちゃん、今のは……」

「そうだね乾ちゃん。今のはきっと」


 熊野は、ニヤリと笑って人差し指を立てた。


「サンタさんだね。追いかけよう」


 乾はトランシーバーに耳をあててみた。健やかな寝息が聞こえる。

 先ほど連絡を取った、ものの数分。何があってそんなにすやすやと眠れるものなのか。律儀な奴だがぬけてるんだよ、と乾はため息を吐いた。


「……宇佐木は、寝てるな」

「こんなとこで寝たら凍死するでしょ」

「アイツは頭の中まで白いふわふわが生えてるからあったかいんだ、きっとな」


 熊野は腕を組んでしばらく考えていたが、笑顔で顔を上げた。


「行こう。もともと宇佐木に泥棒を捕まえたりするなんて、合わなかったんだ」


 それもそうかもしれない。

 乾と熊野は宇佐木を寝かせておき、泥棒を追うことにした。

 二手に分かれた方がいいような気もしたが──熊野もそう提案してきたが──熊野が一人で帰ってしまう可能性を考えると、乾は一緒にいて見張るということをしなくてはいけなかった。

 二階に上がると、小さな物音がした。二人は視線を合わせ、音を立てずにそちらに向かう。

 半開きの部屋に、二人はすっと入った。部屋にいた男が、立ち上がって懐中電灯をこっちに向ける。

 ああそういえば懐中電灯を持ってくるべきだったな、と乾は思った。


「オイ泥棒。悪く思うなよ。こっちだって生活費が……」

「目が! やめてっ! 痛いから! 光!」

「は……?」


 横を見ると、熊野が必死に目を押さえていた。どうやら懐中電灯の光が強すぎて前が見えないらしい。

 しかし泥棒がそんなに明るい懐中電灯を持っているはずもなく、それは弱々しい光である。

 乾は慌てて熊野をなだめた。


「熊野……大丈夫だ。ゆっくり目を開けてみろ」


 そんなことを言っているうちに、泥棒は扉を強行突破していた。乾は走る。熊野もついて来た。

 泥棒は走りつづけ、しかし行き止まりで止まる。乾は減速し、その後から熊野がぜぇぜぇ言いながら走ってきた。

 ニートは基本、運動不足である。

 二人は少しずつ距離を縮めていき、泥棒を捕まえるポーズを取った。

 その時、泥棒はすぐ後ろの窓を開ける。

 まさか、と乾は腕を伸ばした。まさかヤケになって飛び降りるんじゃないか?

 思った通り、泥棒は窓から飛び出した。しかし落ちてはいない。泥棒は上へ行ったのだ。


「な……登ってったのか!?」


 乾の横で微動だにしていなかった熊野が動く。窓から身を乗り出し、乾が何か言うひまもなく熊野の姿が消えた。

 乾が窓から上を見ていると、熊野が意外に軽々しく壁を登っていた。泥棒が下を見て言葉にならない声をあげる。

 まさか壁を登って追いかけてくるとは思わなかったのだろう。しかもなんの準備もなしで。


「アイツ、ニートのくせに負けず嫌いだから厄介だな」


 こうなったら仕方がない。乾は窓から身を乗り出し、上を見上げた。熊野に出来たのだから自分に出来ないはずがない、と乾は自分を鼓舞する。

 外に出ると、風が強く、手がかじかんだ。なんでオレがこんなことをしなくちゃいけないんだ、と乾は思う。

 やっと上まで登ることが出来た。この家が二階建てで本当に良かった、と思う。

 登りきると、泥棒は驚いたような表情のまま眉をひそめていた。


「なに、お兄さんたち頑張るね。おいらみたいなチンケな泥棒にここまでする警察はお兄さんたちぐらいだよ」

「言っとくけどボクはお巡りサンじゃないよ。ただこのままだとご飯にありつけないって乾が言うからさ」


 熊野がそう言うと、泥棒は懐中電灯を熊野に向けた。熊野は慌てて手を目の前にかざした。


「それヤメてよ。光が痛いんだよ」


 よく見れば涙がにじんでいる。どんだけ目が弱いんだよお前は、と熊野に呆れながら、乾は泥棒に近付いていった。泥棒は背中を見せ、駆けだす。


「あ……まだ逃げる気か!」

「えーまた追いかけっこ? 勘弁してよ」


 そう言いながら熊野も走る。しかしここは屋根の上だ。一体どこに逃げる気なのか。泥棒は端まで行って、消えた。

 今度こそ落ちたか?

 熊野はまだ走っている。何やってるんだアイツは。今の見てただろ。

 ……見えなかったのか!


「熊野、目を開け! 危ない……」


 忠告は少し遅かったらしい。すでに熊野は屋上から飛び降りる格好で乾の方を振り向いていた。


「乾ー、後で助けてねえええ」


 妙に間延びした声。あまりに危機感のない声だったので、熊野は空中で止まったんじゃないかと乾は思う。次の瞬間、水しぶきの派手な音がした。

 プールがあってこその豪邸。とにかく熊野は戦線離脱した。


「いやぁ、あの人ムチャするね。泥棒だってあんなこと出来ないよ」


 泥棒がまた屋根に登ってきた。どうやら屋根の裏側に張り付いていただけらしい。


「アイツは、度胸はあるらしいんだがノープランなんだ」

「無計画の勇者ほど怖いものはないよね」

「敵でも味方でもな」


 乾は深くため息をついてチラリと泥棒の顔を見た。


「よおスリ師。お前鼠屋だったのか」


 泥棒は、この前宇佐木の財布をすった金髪の青年だった。


「いいのかよ、逃げなくて」

「お巡りさんと、話したかったんだ」

「オレとか?」

「うん。自慢じゃないけどさ、スリしてるときに気付かれるの、俺はじめてだったわけ」


 確かに青年の手口は鮮やかだった。もし乾がすられたのなら、わからなかったかもしれない。そう伝えると、青年は「それでもスゴいよ。もっと上手くならなきゃって思った」と真面目な顔で言った。もっと上手くなられても困るのだが。

 青年が他に何か言おうとしなかったので、乾は気になっていたことを尋ねてみようと思った。


「どうしてお前は盗むんだ?」


 青年は考えているようだった。人なつっこい笑顔を浮かべている。

 乾は、学校をサボっていた少年を補導している気分になった。コイツが鼠屋なのか。


「俺はね、あるべきところに返したいだけなんだ」


 乾も一応は警察官だ。鼠屋の噂も耳にしている。時には『義賊』と呼ばれていることも。


「なんのために?」


 青年は黙った。にこにこと笑ってはいるが、ここからは入らせない、という強い意志を感じた。乾はまたため息を吐き、自分でも予想していなかった言葉を発していた。


「ウチに来ないか」


 瞬間、青年が何か聞き間違えたような表情をしてもう一度同じことを乾に言わせた。二回も聞いて、聞き間違いではないと知った青年は、「なに言ってんのお巡りさん」と目を丸くする。

 本当だ。なにを言っているんだ、オレ。

 乾は空中ブランコで受け止める側がいないのに飛び出してしまったような後悔を感じていた。


「お前、帰る場所はあるのか? オレたちにはある。だからな、なんて言えばいいんだ……とにかく帰る場所が欲しいんなら、オレたちについてくるのもアリってことだ」


 自分がどこに向かおうとしているのか、もう皆目わからないが、飛んでしまったからにはしょうがない。自力で向こう側まで飛ばなくてはいけないのだ。


「……どうして?」


 青年は心底不思議そうな顔をした。だからそれはこっちが知りたいんだっつうの。どうしてだよ、オレ。

 乾は舌打ちしたくなった。


「警察官として、泥棒をそのままにしておくのはマズいだろう? だけど人の考えをよく聞かずに潰すのも心苦しい。だから、ジタクカンサツってとこだな」


 青年は考えていた。考え込んでいた。しばらくして顔を上げた青年の顔には、笑みが消えていた。


「どういうつもりなの?」


 どういうつもりなのか聞かれても、乾にだってわからない。


「いきなりウチに来ないかとか、俺信じられないし……なにが目当てで?」


 乾は気付いた。青年はとても不安そうな顔をしている。どうせ裏切るんだろ、とその目が責めていた。

 乾はきっぱりと告げる。


「お前みたいなガキに何も期待してねぇよ。それからアイツらは、お前のことを裏切らない。宇佐木はバカみたいにお人よしだし、熊野だって人を裏切る時間があるなら寝てたいような奴だ。美談でもなんでもなくアイツらは、人を裏切ることが楽しくないんだよ。そんな暇ないんだ」


 それから一言つけ加えた。


「オレだって、そんなに暇人じゃない」


 青年は困ったような顔をした。理解不能のようだった。

 乾も、ハウスで暮らすようになった当初はわからなかった。信じられるとかそういう次元ではなく、コイツらは人を騙す必要性を感じていないのだろう、と乾は最近知った。


「俺でも、大丈夫なの?」


 顔を上げた青年には、照れ笑いが浮かんでいた。


「それを決めるのはオレじゃないんだが……大丈夫だろ」


 青年は嬉しそうに笑った。何かが変わる、という希望を素直に喜んでいるようだった。


「あーあと、一つだけ聞いてもいいか?」

「なに?」

「ここのプールは温水だろうか」

「さあ……普通のプールなんじゃない?」

「そうか。プールに浮かんでる男を助けてやってくれ。溺れ死にはしないと思うが、凍死はするかもしれない」


 それからプールに落ちてプカプカ浮いていた熊野を助け出し、すやすや寝息を立てていた宇佐木を担ぎ、乾と根津見は家路を急いだ。





 そして次の日、青年の背中を叩いて前に押し出しながら、乾は宇佐木と熊野を見ていた。


「っ、てことだからお前らヨロシクやれよ」


 乾が真顔でそう言い放つと、宇佐木は目を見開いて乾と青年を見る。


「端折ったというレベルじゃあないな。何もわからない」

「まあいいじゃない宇佐木。つまりは新しい仲間ってことでしょ」


 熊野が柔和な笑顔で、静かに言った。乾は驚く。

 確かに熊野はこういう時、反対をするタイプではない。しかし笑みを浮かべながら積極的に賛成するタイプでもなかったはずだ。しかも熊野はこの青年のせいで散々な目に合っている。


「まあ……うんそっか」


 宇佐木も不審そうな顔をしつつうなずいた。最近わかったことだが、宇佐木は他人の意見を優先させるタイプなのだ。

 どうやら受け入れられるらしい、と安心した青年が口を開く。


「どもっ、根津見明っす~」


 乾も青年の名前を初めて知った。


「君は、俺の財布を拾ってくれた若者だね」


 乾たちは総じて黙る。その件についてはノーコメントだ。


「俺は宇佐木優弥だよ」

「ボクは熊野聡太。クマさんって呼んでくれていいよ」

「オレは乾義文だ」

「宇佐木さんに熊野さんに乾さん?」

「覚えるの早いなー」


 宇佐木は感心したようにつぶやいた。乾は少し同情して熊野をちらりと見たが、意外にも熊野はにこにこと笑みを浮かべていた。


「とりあえずメシにするか」


 乾がそう宣言すると、宇佐木が「今日はなんだい?」と聞いてきた。


「うどんだ」

「わーい……それって手打ち?」


 根津見が聞く。


「当たり前だ」

「これから作るんすか……」


 どのくらいかかるんだろう、と根津見が心配する中、熊野が突然「ボクいらない」と言い出した。

 乾と宇佐木が同時に熊野を見る。一瞬言葉が出なかった。

「寝るね?」と熊野が続ける。


「ど、どぅ、どうしたんだ聡太っ」

「おまっ、お前熱でもあるのか」


 何騒いでるんだよ、という顔で熊野は乾たちを見る。


「さっきから珍しくにこにこしてると思ったら聡太、熱があるのか?」

「早く計れ! お前はほんと顔に出ねぇな」


 そんな風に慌てる乾と宇佐木を尻目に、熊野が机に伏せって伸びをした。とろんとした瞳を瞬かせている。


「ここで寝るな!」

「目を閉じそうだ。寝られたら困る……」

「おい根津見、アレ!」


 乾の号令で、根津見は小さなバッグから懐中電灯を取り出し、熊野の目の前でカチッとボタンを押した。それが光った瞬間、熊野は椅子から転げ落ちてそれから椅子を盾にした。


「眩しいッ」


 そして椅子を放り投げて立ち上がり扉まで駆け抜けた。振り返り、人差し指を突きつける。


「お巡りさんなんてだいっきらいだ!」


 そう捨て台詞を吐き、走り去った。


「なんでオレだけなんだよ」


 困惑した乾が呟いたその時、なにか重い物が階段を転げ落ちる音がした。


「そう、たーっ!!」


 宇佐木が叫んで立ち上がる。乾も恐る恐る立ち上がって階段まで歩いて行った。根津見も後ろからついてくる。

 思った通り、熊野は階段のすぐそばで仰向けに倒れていた。宇佐木がどうすればいいのかわからずにわなわなと震えている。乾はとりあえず心音を聞き、熊野が生きていることを確認した。

 不意に熊野が目を開く。


「いぬい、おじやが食べたい。鍋いっぱい作って」


 乾はほっとした。いつものわがままだ。死ぬ死ぬ騒いで宇佐木を困らせている。

 根津見は「なに?」という顔で乾を見た。こういう奴なんだ、とため息混じりに言ってやる。


「乾さん、なに笑ってんの?」


 根津見に言われて気づいた。


「そうか、オレは笑ってたか」


 変なの、と根津見がくすくす笑う。


「笑ってる場合じゃないぞ、義文! 聡太がこのま まだと……」


 深刻な宇佐木の声に同調するように熊野が「そうだそうだ」と言う。


「馬鹿か」

「馬鹿だってー熊野さん」

「き、聞こえてたよ」


 根津見はひとしきり笑って、急に真顔になった。ごめんね熊野さん、とバツが悪そうに言う。


「……なんのことかな? ボクが風邪を引いたのは泥棒のせいさ。別にキミの……根津見のせいじゃない」


 熊野がくすっと笑う。さっきの柔和なものとは違う笑顔だった。もうコイツ治ったんじゃないか、と乾は思った。


「そうだよなに言ってるんだい明? 聡太がプールに落ちたのは泥棒のせいだよ」


 宇佐木は本気でそう言っていた。まあそうだろうなと思った。コイツは世界中が有罪と判断しても本人が無罪だと言えばそれを信じたがる男だ。


「まあ、ボクはもう泥棒のことも怒ってないよ。プールに落ちてもさ。だけど懐中電灯はヤメてほしいな」


 根津見は嬉しそうな顔をして熊野と乾を交互に見た。乾がうなずいて笑うと、熊野が一つ欠伸をした。宇佐木が親しげな笑みを浮かべて、言った。


「ようこそ、ハウス(我が家)へ」


 それが根津見の、四人目の仲間の、ハウスに入ることになった経緯であった。

 根津見くんが仲間入りした日。あるぇ?乾さんと熊野さんがあんまし喧嘩してないぞぉ(笑)

 結局泥棒参戦により家計は安定しました←ダメなパターン

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