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あにまる☆はうす  作者: hibana
序章の序章
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かんぺきな ひ?


 金子は扉をノックして、トントンという軽い音を響かせる。


「おぅ……入れ」


 乾の声に、金子は控えめな返事をして部屋に入った。しばらくその場で立っていると、乾が眉をひそめて、突っ立ってねぇで座れ、と言う。


「犬の部屋は綺麗だな。物が一杯あるのに」

「乾だ。あんまり触ると崩れるかもしれねぇぞ」


 金子は慌てて手を膝にのせた。


「犬しか入れないな、この部屋。綺麗なのに」


 感心したように金子が言うと、対称的に乾は呆れた顔をした。


「……もう犬でいい。当たり前だ。あのニート熊と一緒にするなよ」

「くまさん?」


 熊野はニートらしい。少しショックだが金子はそれを受け入れた。なんだかそんな気もしていたし。


「あいつの部屋はヒドいもんだな。利便性だけを突き詰めていくとこうなるのか、とむしろ感慨深い」


 熊野の部屋の様子を思いだし、金子は頷いた。それを見て乾が眉をピクリと動かす。


「お前、あいつの部屋に入ったのか」

「うん。もう入らないでって言われたけど」


 金子は肩をすくめながら言う。乾は意外そうな顔をしたが、すぐに納得顔になって何度か頷いた。


「そう……か。まあニートの部屋には入らないのがマナーだな」

「や、やっぱりそーなのか」

「ふざけるな。ニートにマナーがどうの言う資格があると思ってるのか」

「ええ!?」


 矛盾している。戸惑っている金子を見て、乾は気を取り直すように咳払いを一つした。


「ギター……な、あったぞ」

「ホントか」


 目を輝かす金子に、乾は少し笑った。


「ああ。これでニート脱出してくれ」

「あ、ああ……」

「ところで、なにが弾けるんだ?」


 乾の言葉に、金子は小さくわからない、と呟いた。


「わからない? 弾けないのかお前」

「弾けるんだ。弾けるんだけど……なんていう歌なのか知らないし、そんな歌が本当にあるのかもわからない」

「そうか……『名もない歌』だな」


 不意にどこか遠いところを見て、乾は言った。


「『名もない歌』?」

「歌に名前がなくたっていいだろう。存在してないならこれから作ればいい」

「おれが?」


 他に誰がいるんだ? と乾は嫌そうな顔をする。


「でも歌なんか作ったことないし……」

「作ったことがないだけだろう? 作れないわけじゃない」


 金子は黙った。それを見た乾は軽くため息を吐く。


「……宇佐木に会ってこいよ。たぶんあいつは正しい」


 乾の言葉に、金子は首をかしげた。


「なんで兎……」


 しかしどうしてもと乾は促す。そんなに言うならと、金子はその後に宇佐木の部屋を尋ねることに決めた。




☆★☆★




 扉を叩くと、ふぁーい、という力の抜けた返事が聞こえる。


「おれ、おれだよ」


 しばらくの沈黙。扉の向こうでがさごそと音がし、しばらくして独り言のような宇佐木の声がした。


「……まさか家で、扉の向こう側から、 オレオレ詐欺を仕掛けられるとは。振り込むべきだろうか。そうして世界はまわるのだろうか……」


 大変な誤解だ。金子は慌ててつけたす。


「金子! 金子博幸!」

「うん? クロか。最近オレオレ詐欺を教わったからこれかと思った。入っておいで」


 オレオレ詐欺を最近知ったとは、なにかの冗談だろうか。しかし扉を開けて見た宇佐木の顔は真面目そのものである。


「ん……なんだか格好いいもの持ってるね」


 宇佐木に言われ、金子は小さな声でギター、と呟いた。


「うん、ギターだ。それどうしたんだい?」


 宇佐木はのんびりと尋ねる。金子は整理しつつ説明した。


「犬が働けって言って、何が出来るって言って、ギターが出来るって言って、じゃあギターくれるって言って、もらって、何が弾けるって言って、わからないって言って、じゃあ作れって言って、わからないって言って、兎に聞けって言って、だから来た」

「なるほど。クロは歌を歌う仕事をしたいんだな。それで、歌を作りたいのか?」


 うん、と頷くと、宇佐木はくすくす笑った。


「なかなか教えがいのある生徒だな」

「どうすればいい? 犬が、たぶん兎は正しいって言ってた」

「乾が? そうか……正しさっていうのは、 なんだろうなぁ」


 目を細めてどこかを見た宇佐木に、金子は驚いて、え? と聞き返した。なんでもない、と宇佐木は微笑む。


「じゃあ一曲作ってみようか?」

「兎が?」

「なんで俺なんだよ」


 にこにこしながら強めのツッコミをする宇佐木に、金子は戸惑いながら頭をかく。


「おれ?」

「もちろん。曲名は決めてあるかな?」

「……『名もない歌』」

「へえ、いいじゃないか。どんな歌なんだ?」


 よく考えてから、優しい歌、と金子は呟いた。


「そうか……俺はメロディーを先に決めるタイプなんだけど」

「兎は歌を作ったことがあるのか?」

「俺くらいの歳の男は大体みんな学生時代バンドを組んださ」

「ふーん」

「ギターを持って。ちょっと鳴らしてごらん」


 金子はギターを構え、頷いた。


「……わかった」


 ギターを適当に鳴らしていると、どこか心地いいメロディができていた。いいなこれ、とこぼすと、メモするといい、と宇佐木が言う。


「そっか。こうやっていけばいいの?」

「ああ。それを紡いで曲を作る。そうだな……歌詞に入れたい言葉もメモして持っておいで。今度までの宿題だ」


 宇佐木は人差し指を立て、魔法をかけるように言った。


「今度?」

「いつでもいいよ。わからなくなったらおいで。待ってるから」


 そう言って、困ったように笑う。眉をひそめて微笑むその表情は、まるでどんな不幸も仕方がないと諦めているようでもあって、本当は嫌なんじゃないかと金子は不安になった。

 そう思ったのも束の間、宇佐木が、ギターなんて久しぶりだな、と子どものようにギターを鳴らし始めたために思わず笑ってしまった。


「……うん。おやすみ兎」

「ああ、おやすみ」


 宇佐木の部屋を出たものの、さっきまでのギターの音色が耳に焼きついている。金子は自然、そのメロディを口ずさんでいた。そこに根津見が通りがかり、すれ違いざまに軽く笑った。


「ヘタな鼻歌うたいやがって」

「う、うるさいっ」

「は? なんだよ急に」


 文句を言ってただ通りすがる予定だったらしい根津見は、予想外な金子の怒りに驚いていた。


「バカ鼠。おれは寝るんだよバーカ」

「はあ? なんで急にバカバカ言われなきゃいけないんだよ。ヘタなものをヘタって言っちゃいけないんですかー」

「空気読め。おれは今いい気分でこれで寝る前くまさんに会っておやすみって声かけてもらえたらなってワクワクしてたんだぞ?」

「知らないわ。なに言ってんだコイツ」


 嫌そうな根津見の顔を見て、金子はそれ以上に嫌な顔をして見せた。


「お前はおれの完璧な1日を潰した。罪は重い」

「九割お前の勝手じゃん」

「うるさい」


 根津見は機嫌が悪そうな顔をしていたが、不意に真面目な顔になった。


「……で?」

「なんだよ」

「なにか悩んでんなら俺様が聞いてやるぜ」

「なんでお前に?」


 金子がそう言うと、根津見は胸を張った。


「ハウスの先輩として寛容な心で後輩の悩みを聞いてやるって言ってんだよ。早く言えよ」

「悩んでないし。歌を作るんだよ」

「歌?」

「ギターは犬にもらったし。兎に教えてもらってるし。お前が関係することなんて何一つないけど」


 根津見はため息を吐き、なぜか堂々と言った。


「俺はケチな泥棒だぜ? 歌なんか知るかよ」


 なんて無責任な。金子は呆れ果てた。そもそも根津見から「言え」と言ったのだ。そう抗議しても、根津見は涼しい顔で肩をすくめるだけだった。


「だって乾さんと宇佐木さんに聞いたんだろ? 俺ほんと関係ないじゃん。ってか歌かよ。お前が歌かよー、暗いオーラ出しやがって」

「暗いオーラ出してたら歌っちゃいけないのかよ」

「もっとチャラチャラ髪の毛伸ばしてピアスでも開けろよ」

「お前とはちがう」

「んだとぉ?」

「金髪にしやがって」

「地毛だコノヤロー」


 こちとらハーフなんです、と綺麗な青い瞳を細くして根津見は言う。よくわからないが、腹が立った。


「寝ろ暇人」と金子は罵る。

「寝るっつーの。お前なんかに話しかけて完全に時間のムダだったね」負けじと根津見は返してきた。


「こっちこそ時間のムダだった。お前が話しかけてきたんだからな。こっちは被害者だ」


 金子が腕を組むと、根津見はイラついたように腰に手をあてた。


「お前が珍しくイキイキした顔してるから話しかけてやったんだろ」

「おれがイキイキしてたらいけないのか」


 そうじゃねーけど、と根津見は言う。なんだよ、と金子が睨むと、根津見は自棄になったように口を開いた。


「お前の鼻歌、下手じゃなかったよ」

「はあ?」

「お前、たぶん上手いよ。お前の歌、ちょっと聞いてみたいよ。じゃあな」


 根津見はもう、背を向けていた。どうやら褒められたらしく、いきなりのことに金子は目を白黒させる。

 しかし根津見はもう部屋に戻っていて、詳しく聞く相手もいない。仕方なく金子も部屋に戻ることにする。

 自分の部屋に戻る途中、金子は不意に立ち止まった。


(くまさんの部屋だ。おれは通り過ぎるだけ。おれの部屋の通り道なだけ)


 金子は本当に小さな声で囁いてみる。


「おやすみなさい」


 ガチャ、と扉の開く音。


「おやすみー」


 仏頂面で金子を見下ろす熊野。金子は驚きすぎて絶句した。


「あれ、ボクに言ったんじゃなかった? 誰かいたの?」

「い、いや……聞いてると思わなくって」

「トイレに行こうと思って立ったんだけど、おやすみなさいって聞こえたなー。ねこくんじゃない?」

「あ、うん」

「ありがとうわざわざ」


 熊野は口元を歪ませるだけのような笑みを見せる。


「と、通り道だから。おれ今日いい気分だから」

「そーなんだ?」


 熊野は不思議そうな顔をする。自分で自分を苦しめているような気もしないでもないが、金子は必死になって言葉を紡いだ。


「う、歌作るんだ」

「歌……?」


 熊野は初耳だ、という顔をする。


「犬にギターもらった!」

「乾、ね。それ?」


 熊野は軽く訂正してからギターを指差した。


「カッコいいね。大事にしなきゃダメだよ?」

「うん! あと兎に教えてもらう」

「なんかイントネーションが……」


 ぷ、と笑いながらまあいいや、と熊野は言った。


「いいなぁ宇佐木の授業なんて。なかなかないよ。ボクもうけたいけど」

「一緒にやる?」

「いいや、やらない。ちゃんと教わっておいで」


 うん、と金子が頷くと、熊野は無表情で手を振った。


「……おやすみねこくん。頑張ってね」


 おやすみくまさん、と金子は呟く。熊野はもう一度、その大きな手をひらりを上げてみせた。

 頑張ろう、と金子はちょっと笑顔になって、ひそかに心の中でガッツポーズを取る。

 これはこれで、完璧な一日かもしれない、と思いながら。

 全員の職業がわかりました。

 といっても熊野さんはニートですけどね(笑)

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