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あにまる☆はうす  作者: hibana
序章の序章
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あらためて



 どこか慎重な色をはらんだ声で、宇佐木が金子に尋ねる。


「じゃあ君は、ここに住むんだね?」


 もう迷いはなく、金子はこくんと頷いた。


「昨日まで絶対住まないって言ってなかったっけ? 熊野さんに説得されたのかな」


 根津見が眉をひそめると、それ以上に乾は面倒そうな顔をした。


「熊野だろうな。あいつは全く」


 尚も何か文句を言いかけた乾に、金子が吠える。


「くまさんを悪く言うな!」


 全員が絶句し、それから後ろを向いてひそひそと話し始めた。


「聞いたか今の」

 乾が信じられない、という顔をする。

「洗脳されちゃったんだね、可哀想に」

 根津見が心底同情したように言った。

「聡太には無自覚で人を洗脳するって能力があるからね」

 宇佐木は感心したように言う。


「本人にヤル気さえあればだけどね」

「昨日の聡太はやる気ありだったのか…」

「無自覚というのが厄介なんだ」


 話しているうちに話し声はだんだんと大きくなっていく。すでに金子に聞こえるくらいには声が大きい。


「そういえば熊野さんは?」と根津見が思い出したように尋ねた。


「ああ、あいつなら部屋で寝てる。湿布貼ってやったら死ぬ死ぬ騒いでた」


 乾の言葉に、宇佐木は目を丸くする。


「聡太……怪我したのか?」

「どうやら屋根から飛び降りたらしいぜ」


 なんで? と宇佐木と根津見が同時に言った。わからん、と乾が答える。金子を指差して「ちょっとあいつに聞いてみろよ」とも言った。


「え……俺、人見知りなんだよ」


 宇佐木が言う。乾はそれに深いため息を吐いた。


「知ってるよ」


 どうやら自分の出番だと察した根津見が手をブンブン振って、金子を呼ぶ。


「途中から聞こえてたよ」

「それで、熊野さんはどうして屋根から飛び降りたわけ?」

「それは……ちょっとわからないけど」


 金子が唇を尖らせると、根津見は宇佐木にだけひそひそ「わからないってさ」と言った。「いや、聞こえてたよ」と宇佐木が困惑気味に小声で返す。

 乾が腕を組んで、なるほどな、と呟いた。


「納得なのか」


 金子が言うと、乾は少しだけ楽しそうな顔をする。


「あいつなら納得だ」


 重ねて根津見と宇佐木もちょっと笑った。


「熊野さんに訊いても、わからないって言うよ、きっと」

「聡太の行動に深い意味はないんだ」


 金子が驚いて「ないの?」と言うと、三人とも頷いた。


「カッコつけたかったんじゃなーい?」

「それだ」

「それだな」


 金子は呆然とした。

 あれ、全部?

 そんな金子を尻目に、三人はまたひそひそ話をし始める。


「そんなことより、クロ男どう思う?」と言い出したのは根津見だ。

「いいんじゃないか。がいいよ。汚れなき瞳だ」腕を組んで宇佐木がうなづく。

「確かにピカピカしてるな」そんなことを真顔で、乾は言う。


「乾さん、それ違うよ。眼鏡だよ。汚れなき眼鏡だよ」

「いい眼鏡だな」

「いい眼鏡だ」

「それでいいのかい」


 乾と宇佐木が金子に向けて自然に親指を立てる。金子は訳がわからずに当惑した。

 そんな金子を尻目に、宇佐木が口を開く。


「じゃあ改めて自己紹介しようか。俺は宇佐木優弥。ここの管理人だよ」


 次に根津見が大袈裟な身振りで存在を主張した。


「おいらは根津見明! よろしくな」


 乾は相変わらず不機嫌そうな顔をしている。


「オレは乾義文だ。こいつらの世話をしている。お前は世話をかけるなよ」


 それから宇佐木が一瞬上を見上げるような仕草をした。


「知っていると思うけど、君を拾ってきて、今部屋で寝ているのは聡太……熊野聡太だ」


 金子は恐る恐る聞いてみた。


「人間、だよな?」

「え? ここにいるのはみんな人間だけど?」


 そっか、と呟くと、金子は最後に自己紹介した。


「おれは金子博幸……」

「クロ助」

「クロ男?」

「クロ!」


 なんということだ。みんな一文字もあっていない。




☆★☆★




 ベッドの上に横になり、手帳を開く。大してスケジュールも埋まっていないが、手帳を開くのが手持ち無沙汰なときの熊野の癖だった。

 全く、前に持っていた手帳はどこへ消えたのだろう。あれは手帳ではなく日記帳メインであったから、誰かに見られると至極困るのだ。

 部屋を片付ければ出てくるのか、否、出てこないだろう。

 熊野が素晴らしい反語の例文を作り出したとき、扉をノックする音が聞こえた。熊野は慌てて手帳を隠し、どーぞー、と間延びした声で言う。扉が開いた。


「……大丈夫?」


 金子だった。熊野はわざと顔をしかめて見せて、大丈夫じゃなーい、なんて言う。死にそう、とも言った。


「え……そうなのくまさん?」


 そんなたわ言を信じた金子に驚き、本当に自分のことをくまさんと呼んでいるのかとそれにも驚いた。


「キミはびっくりするほど素直だね」

「うん?」


 いや、なんでもない、と呟く。何をしに来たのか尋ねると、犬が……と言いにくそうに金子はもごもごした。


「乾が?」


 軽く訂正しておく。


「今日こそみんなといっしょに食べないと捨てるぞって」


 熊野はガバッと起き上がった。


「大変だ! 早く行かなきゃ」


 捨てられるのは食事か自分か。どちらにしても熊野にとっては生死にかかわる。


「くまさん怪我は?」

「そんなこと言ってる場合じゃない!」


 驚いたのか呆れたのか、金子は何も言わずに熊野の後をついてきた。




☆★☆★




「今日は帰り道、柿の木を見ました。まだ青かったですが、もう秋ですね」


 宇佐木が穏やかに言う。それ以外はしんとして待っていた。


「秋といえばスポーツです。俺は野球少年でしたので、えーこの季節は……でも青春時代に秋は影が薄いもので」


 ガタ、といったので全員で見ると、熊野がテーブルに突っ伏していた。根津見がスッと手を挙げる。


「せんせー、熊野くんが逝きましたー」


 大変だ、と騒いで宇佐木は手を合わせた。


「いただきまーす!」


 みんながそれに続く。乾が箸を持ちながら文句を言った。


「いつも通り熊野が人生からドロップアウトしかけたな。これだから話の長いやつは嫌なんだ」

「そんなこと言うなよ。俺だってえーっと……頑張ってるんだ。教師として長話する練習をさせてくれよ」


 不意に金子は顔をあげて疑問を口にする。


「兎は教師だったのか? というかくまさんが現在進行形で人生からドロップアウトしかけてるんだけど」

「熊野、もう喰っていいぞ」


 熊野が飛び起きて食べ始めた。生き返ったー、と根津見が笑う。

 この人はよく死にかけるんだな、と金子は思った。


「お前、生徒にナメられてるだろ」


 乾が宇佐木に言う。


「黒板消し落としとかやられちゃったりしてー」


 根津見はからかうように言う。宇佐木は手を振って否定の意思を示した。


「いやいやそれはさすがに。扉を開けたら黒板消しが落ちてきたことはあるけど」

「残念だが宇佐木、それを黒板消し落としと言うんだ」


 乾が冷静につっこむ。宇佐木は驚いて目を大きくした。


「え? 黒板消し落としってハンカチ落としの仲間じゃないの?」


 黒板消しでハンカチ落としやったら床真っ白だねー、と熊野は興味無さそうに言った。


「宇佐木さん、どうせひっかかったんでしょ」


 今どきそんな簡単にひっかかるやつはいない、と金子は思う。


「頭にクリーンヒットだったな」

「ひっかかったのかよ」


 金子のツッコミに少し笑いながら乾は「それで?」と訊く。


「次の日、仕掛けたやつに同じことをした」

「低レベルな戦いだね。宇佐木は今年いくつになるんだい」


 熊野が無表情で言う。その辛辣さにも宇佐木は気にする素振りを見せない。


「宇佐木が続けられるくらいだ、教師ってのはさぞ楽なんだろうな」


 重ねるように乾も軽く言う。


「でも宇佐木さんだからね。いいじゃんソレ」


 根津見だけが、楽しそうにそう言った。それに続いて熊野が口を開く。はにかんでいるようだった。


「まあね、それを本気でやるのが宇佐木のいいとこだよね」


 乾も照れ臭そうに、ああ、と呟く。


「いやいや社会人としてどうかと思うけど」


 金子が言うと、宇佐木はなぜだか嬉しそうに、クロは厳しいなぁ、と言った。

 クロじゃないっつーの、と金子は少しふてくされて言う。

 それを聞いた熊野がハッとして呟いた。


「クロ猫……?」


 金子は心底困って熊野を見つめる。


「くまさん……」


 思いつきでこれ以上名前を増やされてはかなわない。



☆★☆★




 食後のリビング。

 宇佐木は新聞を広げ、根津見はテレビを見て陽気に笑う。熊野は伸び伸びと寝息をたてて、乾がそれをパシンと叩いた。

 大の大人が、揃いも揃ってこれでいいのだろうか。金子は呆れて見つめる。熊野はいまだ眠っていた。


「宇佐木さん、なんか事件ある?」


 根津見が不意に、新聞を広げる宇佐木にそう訊ねた。宇佐木は新聞から目をそらさずにうーん、とうなる。


「やっぱり今日も、秋口拓真の殺人と、鼠屋の事件が大きいね」

「いっつもいっつもおんなじような事件だね」


 根津見が考えるようにそう言うと、乾がふん、と毒づいた。


「白々しい」


 なんだよ乾さん、と根津見がすねたように唇を尖らせる。そんな根津見を無視して、乾は宇佐木に新聞を要求した。


「ちょっと貸してくれ」

「ああ、もちろん」


 しばらく読みふけり、乾は口を開いた。


「……これも秋口拓真の犯行じゃないな」

「えー、そうなの?」


 根津見が意外そうに言う。乾は頷いて続けた。


「全く違う人間だ。似せようともしていない。あらかた、よく考えずに関係のもつれで彼女を殺し、有名な殺人鬼に罪を着せようとしたものだろう。こんな犯人はすぐ捕まる。頭が悪そうだ」


 乾が言うと、宇佐木が楽しそうに目を細めた。


「警察官の言うことは信頼できるな」

「え? 警察官?」


 金子は驚いて聞き返す。


「うん。乾さんは警察官だ」


 根津見が少し自慢げに言う。

 それを自然に流し、乾は自分の意見を続けた。


「秋口拓真はもう死んだと言われてるしな。 近ごろ秋口拓真の犯行と伝わっているものは大体それに似せた別人の犯行だ」

「す、すげー……」


 まるで警察だ、と思って、そうだ警察だ、と思い直す。


「それじゃあ、鼠屋はどう? 別人?」


 金子は訊いてみる。すると乾は、可笑しそうに根津見を見た。


「それはお前……本人に聞いた方が早いだろ。根津見、これはお前がやったのか?」

「ええ!?」


 またも衝撃的な事実だ。


「またまた乾さんは~。おいらはやってないって。こんな、犯罪だけど楽しい……いや楽しいけど犯罪なこと、やるわけないよ」


 根津見はひらひらと手を振りながら言った。


「なぜ言い直した。どっちにしても認めてるだろ」

「こいつ……“鼠屋”だったのか」


 ねぇ宇佐木さん、と根津見が助けを求めるように宇佐木の腕を掴む。


「明がやってないって言ってるんならやってないんだろう」


 宇佐木は簡単に言う。


「宇佐木はなんでもかんでも信じるからアホのように見える。ちょっと黙ってれば何もかも上手くいくんじゃないのか?」

「黙れだって、宇佐木さん」

「了解した」

「あっさり了解するもんだな」


 その時、何かに気づいたように乾が横を向いた。


「……ん、熊野どうした?」

「いや、別に?」


 見れば、熊野がぱっちり目を開けていた。さきほどまでは乾が叩いても起きなかったはずだが。


「アレ、熊野さん起きてたの?」

「くまさん、もう起きないかと思った」

「存在感ねぇな」


 そんな失礼な言葉たちを無視して、熊野は呑気に伸びをした。しかし完全に目は覚めているようで、形だけの伸びのようである。


「んんんん……ああのどかわいたー」

「ふぅん」


 乾は心底どうでもよさそうに相づちをうった。宇佐木も笑いながら、寝起きだからね、とつぶやく。


「のどがかわきました」

「そうですか」


 二人ともなぜ敬語? と根津見が面白そうに突っ込む。


「のどかわいたなー乾くーん」


 執拗な熊野の言葉に、根負けした乾が「何が飲みたいんだよ!」とイラついて言う。

「ミルクココア濃いめ」と熊野は答えた。

「のど渇いたときに?」と金子は当惑する。

「常備してると思うなよ!」と乾が怒鳴った。

 頭をかきながら、熊野はしばらく何か考えつつ言う。

「買っといてね」


 どうやら買ってはあったらしく、乾は諦めてココアを用意しに行った。

 それを見送った金子は、熊野ではないがすっかり眠くなっていることに気づく。

 金子が小さくあくびをしたのを、根津見がけらけら笑いながら指差した。


 えーっとね、なんていうか…あのー…

秋だったのかよ!

っていうね、ことですよ、言いたいのは。


 そして宇佐木さんは教師でした。


追記:ちょっと足しました。乾さんは警察官。根津見くんは鼠屋どろぼうでした。

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