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あにまる☆はうす  作者: hibana
序章の序章
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はうすというところ

 米俵の要領で緑髪の男は金子を担いで歩く。地味に腹が圧迫される感覚が力を奪う。最後の方はほとんど抵抗せずにぐったりと担がれていた。口から内臓が垂れ流しになりそうだった。

 そうやって連れてこられたのは、大きな白い家だった。目的地についたことで、金子は抵抗することを思い出す。


「離せ!」

「もちろん」


 まるで、今まで自分はそんなことに固執したことはないというように緑髪は雑に金子を下ろした。その乱暴さに、やっぱり自分は売り飛ばされるのだろうかと金子は思う。不意に緑髪が笑ってどこかを指さした。


「ほら、見える? 挨拶してこよう」


 そこには、ホースで花に水をまいている白髪の男がいた。近づいていくと、男が赤い目をしていることもわかった。ちょっとたれ目の赤い目と、整った顔立ちがアンバランスで、背は高く締まった体をしている。こんな男が女にモテるんだろうな、と金子はぼんやり思った。しかし赤い目で白髪なんて、まるでウサギ──


「ウサギーただいまー」


 さっき定位置についた内臓が逆流しそうになった。なぜこうもこの男は、金子の考えていることを先行して口に出すのだろうと緑髪を訝しげに見たときである。

 いっそ爽やかなほどの勢いで、水が金子の顔面をとらえる。眼鏡が飛びそうになった。


「つめっ……!?」

「ウサギ! 水! こっちに向けないでよ」

「ああごめんごめん……」


 ウサギと呼ばれた男は慌ててホースを上に向けた。一瞬のち、水はウサギの頭を直撃した。

 上に向けられたホースは水を放射し続け、そして水はそのまま空に吸い込まれるはずもなく落ちてくる。当たり前のことだが、ウサギを混乱させるには充分だったらしい。慌てて後退りしてホースを踏みつけ、転倒した。

 あの青い空と同じくらい爽やかなズッコケだった。


「う、うわあ!」


 悲鳴をあげるウサギを見かねた緑髪が、蛇口をひねる。ちょっと震えていたウサギも起き上がって髪をかきあげる。その仕草は、今までのウサギの失敗を見ていなかったら惚れ惚れするほど似合っていた。あくまで、先程の惨劇を見ていなければだ。


「もう、しっかりしてよねウサギ」

「助かった」


 どうやら落ち着いたらしいので、金子はずっと気になっていたことを尋ねた。


「ウサギ……? って、アダ名?」


 ウサギが振り向いて微笑む。


「宇佐木優弥です」


 名前、らしい。

 改めて見ると、やはりなかなか整った顔立ちをしている。年は二十代前半と見た。細い眉といい、お洒落で緩い髪型といい、そのカラフルなパーカーといい、センスからも緑髪よりは年下だろうことがうかがえる。

 そんなウサギが金子に微笑みかける。ちょっと困ったように、眉をきゅっと上げて。


「君はお客さんかい?」

「お客さんっていうより、新しい住人かな」


 まったく金子に答える暇を与えず、緑髪が答えた。あまりのそつのなさに、金子も追従のうなずきを見せるところだった。

 一瞬の沈黙。金子はハッと我に返り叫んだ。


「なんだよ新しい住人って!」


 なぜか宇佐木はそうかと納得している。二人とも、金子の言葉に耳を貸す素振りは見せない。

 解せぬ。冗談じゃない。


「おれ認めてない!」

「なに? 承認制? 面倒だな。はい、いいですよ」


 お前の承認はいらねーよ。

 本気で言っているのか冗談なのかよくわからない緑髪を睨みながら、金子は尚も噛みつこうと口を開く。しかし緑髪に制された。


「承認に関しては問題ないよ。だってハウス(ここ)の所有者にも承認とったし」


 緑髪は心底面倒そうに頭をかきながら言った。

 そういう問題じゃない。断じて違う。こいつは間違っている。前提から何から、欠片も合っていない。

 そもそもそんな暴挙が許されるわけがない。


「所有者なんてどこにいるんだよ」


 緑髪が宇佐木を指さし、宇佐木はサッと手を挙げた。


「所有者です。よろしくね」


 ああなんか、こいつなら仕方ないや。

 そんな、なんだか失礼な諦観を抱きつつ金子は宇佐木の顔を見つめる。風に吹かれたら飛んでいってしまいそうなほど、ふわっとした笑顔だった。


「うちは痴漢と俺のプリンを食べたやつ以外なら大歓迎だ」


 そう、緑髪を見ながら言った。笑顔はそのままなのに、責めていることがわかる。緑髪は一瞬で土下座をしてさーせんしたぁ! と叫んだ。



☆★☆★



 慣れたかい? と緑髪がいきなり訊いてきた。

 なににだ。もしもこの状況に、ということならとんでもないぞ。お前も一回拉致されてみろ。

 というようなことを言おうとしたとき、前方からすっとんきょうな声が聞こえた。


「帰ってたのー? あれ、それ誰?」


 金髪に蒼い瞳。真ん中分けで育ちが良さそうな顔をしているが赤いピアスをしている。金子と同じか、もしくは年下くらいの若い男だ。

 目が合った瞬間、金子はわかった。この男とは相容れない。理由などない。根拠もない。ただ金子の審美眼(今まで使ったことはない)が、この男とは馬が合わないぞと告げている。

 向こうも同じだったらしい。先程よりも警戒感を強めた声で、こいつ誰? と言った。


「えっとねー、新しい住人」


 緑髪が言うと、金髪は頷いた。


「ふーん……じゃあおいらセンパイだ。敬え新入り」

「誰が新入りだ。入らねーし、入ってもお前だけは敬わねー」


 ちっ。先制された。負けじと金子も言い返す。一分一秒と苛立ちは増していった。

 あのさー、と緑髪がなにかを言おうとした。それも無視して続ける。


「なんでおいらだけなんだよ!」

「馬鹿だからだ」

「なんだと!? お前わかんのかよ。俺の馬鹿なところ会ってすぐわかんのかよ」


 なかなかにヒートアップしてきた。

 あのさー、聞いてる? と緑髪が遠慮がちに声をかけるも、熱くなった二人には届かない。若さとは時に人を盲目にさせる。

 青春時代の一ページとしてちょっと見守っておこうかと、緑髪が思ったか思わなかったか知らないが、しばらく緑髪は声をかけてこなかった。


「お前の馬鹿さなんて1キロ離れてたってわかるわ。アホ毛すごいぞ」

「そんなに目、いいなら眼鏡外せばぁ?」

「眼鏡ありきだ馬鹿」

「意味わかんねー」


 しばらく「アホ毛!」「眼鏡!」と言い合っていたが、疲れた金子は汗を拭いつつ金髪の胸ぐらをつかむ。金子のほうが金髪よりも背が低いために、思い切り引き寄せなければならなかった。


「とにかくお前の馬鹿さ加減は」

「なんだよ!」


 もう待っていられないぞと緑髪が思ったのか思わなかったが知らないが、いきなり金髪の腰辺りに蹴りを入れた。

 金髪が短い悲鳴をあげて倒れた。が、すぐに起き上がって緑髪に抗議をする。


「なんで! 先に手を出したのはそっちだよ!?」


 緑髪は、ずっと無表情ではあったが、今はどこか苛ついている雰囲気が伝わってきた。


「うるさいな。昨日今日会ったばかりの人に暴力を働くわけにいかないでしょ」


 理不尽だ、と金髪は嘆く。ざまあみろと金子はほくそ笑むが、「こうやって許されるのは今のうちだけだからね」と緑髪に言われて震える。

 入るなんて、一言も言っていないのに。

 緑髪は仕切り直すように言う。


「自己紹介だよ自己紹介!」


 ピアス男が諦めてため息を吐きながら頷いた。


「もう、わかったよ。俺、いやおいらは根津見明。よろしくな」

「あ……ああ。おれは金子博幸」

「じゃ、ねー」


 根津見は早くその場を離れたいというように手を振ってどこかへ消えた。


「根津見くんったら照れ屋さんだなー」

 緑髪は棒読みでそう言った。そんなことは全く思っていないくせに、ちょっと言ってみただけという感じだった。

 金子はそれを横目で見てため息を吐いた。



☆★☆★



 今からでも遅くないはず。逃げるにはどこからがいいだろう。与えられた部屋は……罠がありそうで怖いし、みんなが寝静まるまで気配を消しておくことに決める。

 その時、ガタンと大きな音がした。扉が閉まった音らしい。

 緑髪が嬉々として金子を引っ張って玄関に連れていく。おれは家具の一つだと思ってくださいという空気は緑髪には通じない。気配を消した意味は全くなかった。

 そこにはなんとなく色素の薄い男がブーツを脱いでいた。茶髪が揺れて、上体を起こしたとき、男はひどく不機嫌そうな顔をした。


「お前、帰ってたのか」

「うん、ただいま」


 緑髪が答える。今この時に帰ってきたのは色素が薄いほうの男だというのに、まるで逆のやりとりだ。


「帰らないときは連絡くらいしろ」

「ごめんごめん。心配したー?」


 金子は驚いた。茶髪の言葉からすると、緑髪は昨日、ここに戻ってこなかったらしい。てっきり適当な冗談かと思っていたが、徹夜というのもあながち嘘ではないのかもしれない。


「馬鹿かお前……心配なんてしてないわ。飯が余るだろ」

「余らせとけばボクが食べるのに」

「そう言うと思って、キープしておいた」

「え、ほんと? ありがと!」


 茶髪の男はぷい、と目をそらすと、余ってたからな、と呟いた。それから気を取り直したように金子のほうを見た。


「で、そっちの黒いちび助はなんだ?」


 黒い……ちび助……? もしかして、いやもしかしなくてもおれのことか?

 まるで犬か猫のような扱いに、金子は震える。金子は断じてちび助ではない。恐らく平均値だ。


「ああ、この子、今日からハウスに住むから」


 沈黙。自分は別に背が低い方ではないと自分を納得させていた金子も、正直聞いていなかった。

 たっぷり三秒待って、色素の薄い男が叫んだ。


「はあ!? 馬鹿お前どーしてそうなるんだよ! この馬鹿! 宇宙人馬鹿熊!」

 ハッとした金子は自分が今どんな状況なのかを思い出して、茶髪男に親しみのこもった視線を送る。

 やっと、常識的反応が返ってきた。


「宇宙人馬鹿熊なんて存在しないよ、イヌイ。今生き物がいくつ出たと思う?」

「宇宙的規模で馬鹿な熊ってことだ」


 色素の薄い男はイヌイというらしい。イヌイは茶色の目を細めて舌打ちした。

 今だ。好機は訪れた。イヌイがついてくれればなんとか自由になれるような気がする。


「あの……おれはここに住むって思ってなくて、勝手に連れてこられただけだから」

「そうなのか?」


 意外そうな顔で、イヌイは金子と緑髪の顔を交互に見る。

 当然のような顔をして緑髪は頷く。


「そうだよ。ボクが勝手に連れてきただけなんだ」

「じゃあいいじゃねぇか。もといた場所に戻してこいよ。おいお前、悪かったな。こいつが勝手に連れてきちまって。こいつはもともと変人だから、許してやってくれ。今度のことは災難だったと思って忘れてくれ」


 強い口調でそう言われ、金子は思わず頷いた。もとよりそのつもりだ。

 すると横から手が伸びてきて、金子の頭を押さえた。頷いたまま顔を上げられない。

 見えないけれど、緑髪が唇をとがらせて抗議しているらしかった。


「えー? いいじゃんかー」

「なにがいいんだ。いいのはお前だけだろ。お前も少しは協調性だとかなぁ」

「だって根津見もいいって言ってた」


 そりゃあお前、とイヌイは面倒そうに頭をかく。


「そりゃあお前、あいつならそう言うだろ。なんでもいいんだあいつは」

「宇佐木だっていいって言ってたよ」

「あいつも同じだ。結局のところなんだっていいんだよあいつらは。それにな、人をここに住まわせるのが、どれだけ大変だと思ってるんだ。ポンと放り込んではい今日から住みますね、ってわけにはいかないんだぞ。なんか書類とかいろいろ……」


 そしてその手続きのほとんどを一体誰がやると思ってるんだ少なくともお前はやらないだろわかってるんだよお前のお得意の寝たふりでいつも部屋にこもりやがって……etc

 それをほとんど右から左に流した緑髪は、まったくもうイヌイは面倒だな、と独り言を言った。なんだと、と目を険しくしたイヌイを、緑髪が制す。


「ペットを飼うのにそんな大袈裟な書類とか必要?」


 イヌイも金子もポカンとして緑髪を見つめた。


「この子ボクのペットなんだ。飼わせてよ、おかーさん」


 緑髪は、自分がおかしなことを言っているとはこれっぽっちも思っていないようだ。その表情からは自信があり溢れている。


「誰がペットだ!」

「誰がお母さんだ」


 しかしそれで何かを諦めてしまったらしいイヌイは、盛大にため息を吐いた。


「わかった。大切に飼えよ」

「それでいいのかよ!」


 オレも結局は人のこと言えやしねぇからな、と呟く。イヌイは最後に少し笑ってこう言った。


「乾義文だ。よろしく頼む」



☆★☆★



 これで全員、と緑髪は嬉しそうに言った。一仕事終えた清々しさがにじみ出ている。誰も強要していないし、誰にも望まれていない仕事だ。

 突っ込んだら負け、と思いつつもやっぱり我慢ができなかった金子は、緑髪を睨む。


「どういうことだよペットとかここに住むとか!」

「そのままじゃない」

「お前……っ」


 緑髪の切れ長な目がちょっと光る。


「じゃあキミはどこに帰るつもりで今日のご飯はどうするつもりなわけ?」

「そんなの……お前に関係ないだろ。自分でなんとかする」

「そりゃそうだよ。キミだって男なんだから」


 別にさ、と呟いた緑髪は、どこか遠くを見ていた。


「別に、是が非でも住めって言ってるわけじゃないよ」

「え?」

「キミがしたいようにすればいい。たださ、欲しいものが在庫切れだったら悲しいじゃない。だからボクは在庫を確認してから欲しいと思うようにしてるだけで、キミが住みたくないならいいよ、それで」


 まったくもって意味がわからない。


「ただ、忘れないで。キミが求めるなら、ボクたちはみんな歓迎する。みんなキミを待ってるよ」


 無理やりねじ込んだだけのくせに。それでも、なぜだろう。この気持ちは、なんなんだろう。


「じゃーねー。おちびさん。ボクのことは、くまさんって呼びなさい」


 いやだから、平均値だっつーの。

あにまる☆はうすはこの5人で回ります。というかこの5人しか出てきません。

そしてさらっと進む予定です。彼らの日常なので、とくになんの事件も起きず、ふわふわしたかんじで。

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