Episode-VIII:出港、そして素朴な疑問
「「突っ走れ!」」
軍用バギーがスペースポートに着くや否や、ステアとベルナデッタは叫びながら突撃銃を構え、背後のアンノーンめがけて速射する。
ボパパパパとコミカルな音をたてながら弾けていくアンノーンは、傍目から見ていて気持ちが悪い。
「うひゃあッ!」
叫びながら身を屈め、地面を情けなく転がったのはエドワードだ。
下手くそにもベルナデッタが放った7.62mm弾が肩を掠めたのだ。
士官学校の制服がビッと激しい音を放ちながら破ける。
「ドコ狙ってんだ下手くそ!もっとよく狙え!」
「だ、黙れ黙れ!グダグダ言ってる暇あンならとっとと走れ!あたしらの艦はすぐそこだよ!」
「……」
アンドロイドの少女は叫ぶエドワードとベルナデッタを見つめ、視線をアンノーンに戻して手に持ったグレネードランチャーを放つ。
アンノーンの、純水の身体に着弾した瞬間、火焔と共に鋭い金属片が飛ぶ。
「マスター・エドワード、お急ぎ下さい」
「お、おぅ……」
少女は静かに、しかし決して有無を言わせない雰囲気を醸し出しながらエドワードに語り掛ける。
エドワードがある程度離れたのを気配のみで確認して、ステアとベルナデッタが後退する。
殿を引き受けているアンドロイドの少女は、迫り来るアンノーンと対峙している。
「おい、アンタも走んな!逃げるよ!」
ベルナデッタが少女に向かって叫ぶが、少女は振り向きすらしない。
ただその手に持ったグレネードランチャーをアンノーンに向け、静止している。
シュバッ、と風を裂きながらアンノーンの触手が少女を狙い打つ。
が、少女はそれをダッキング(上体を沈める動作)で華麗にかわし、バックステップする。
バックステップ中、空中でアンノーンに狙いを定め、榴弾を発射、榴弾は見事に着弾してアンノーンの身体が吹き飛ぶ。
「撃破」
空中で崩した体勢を無理矢理身体を捻る事でクルリと一回転し、バック宙の要領で着地した少女は端的に呟く。
「あのアンドロイド……強すぎる」
遠巻きに戦闘を見ていたステアが呆然と呟く。
ベルナデッタも賛同したのか、やはり呆然と頭を縦に振るう。
「あたしらも何度か戦場で戦闘用を見てきたケド……彼女は、格が違う……」
「喋ってる暇があるなら走った方がいいんじゃねェの?」
「……アンタを主人だと言ってるみたいだけど、気にならないのかい?」
「どうでもいい」
素っ気なく答えるエドワードは再び走り出した。
ステアとベルナデッタはその後を追う以外に何も出来なかった。
少女はエドワードとある程度の距離が離れたのを確認し、後退しながらグレネードをブッ飛ばした。
「戦闘員及びターゲットの帰還を確認、α-PEACEより緊急離脱!セレクティブをACM、タイプレッド!」
「システム、オールグリン!セカンドアプローチ開始、α-PEACEより緊急離脱します!」
「7M級アンノーン多数接近、砲撃します!レーザー誘導完了、EFP弾頭八基射出!」
ブリッジに次々と叫び声が響き渡る。
その光景を、エドワードは嬉々として見つめていた。
疑似体験機好きのエドワードとしては、この場にいる事自体が夢の様に思えてならないのだ。不謹慎ながら。
と、急に足場が揺れ、惚けていたエドワードは思い切り尻餅をついた。
「いったた……」
「ヴィーゴ出航しました。……って、大丈夫ですか、ヘンデルト士官生?」
情けない状態のエドワードに振り返ったブリジットが優しく語り掛ける。
「……子供?」
尻餅をついたままブリジットを見たエドワードが訝しげに呟いた瞬間、
ビギッ、というマンガみたいな効果音がブリジットの頭から響いた……気がした。
それ程までに、ブリジットの全身から不穏な空気が醸し出されている。
「……初めまして、ヘンデルト士官生。ワタクシはブリジット・O・ブラッド、この艦、ヴィーゴの艦長です。お見知り置きを」
「……どうも」
ギチギチと、歯を鳴らしながら笑いかけるブリジットは、どこからどう見ても笑っていない。
いや、笑っているのだが、笑っていない……という、何とも表現が難しい表情をしている。
「我々は貴方を歓迎いたします」
言いながら手を差し出してくるブリジット。
「……どう見ても歓迎って感じしないのは俺の気のせいか?」
「何か?」
「いえ何も」
ひきつった笑顔がそう思わせたので、エドワードは最初、ブリジットが差し出した手が握手の意だと気付かなかった。
隣に立つベルナデッタが肘で小突いて、ようやくエドワードはブリジットの、明らかに怒りに震える小さな手を取り握手を交わした。
「本艦はこれより第一戦闘配備に移行します。安全の為、どうか空いた席にお座り下さい」
「……俺には、『邪魔だから大人しくしてろ』って聞こえるんだが」
「何か?」
「いえ何も」
怒らせると怖そうなので、とりあえずエドワードは着座する事にした。
見渡し、ブリッジにポツリと空けた席を発見し、そこに座る。
アンドロイドの少女はエドワードの背後に立つ。
「って、あれ?ここって小佐席じゃねェの?」
エドワードは問いながらステアを見た。
ステアはブリジットと二三話し、ブリッジを出ていった。ベルナデッタもその後に続く。
「えっと、ブリジット艦長」
見上げながら、エドワードが訊ねる。
「ブリジットで構いません」
「あ、そう?じゃあブリジット、ステア小佐とベルナデッタはドコに?」
「ステア小佐とベルナデッタ曹長でしたら、格納庫です」
「出撃するの?小佐なのに?」
本来、佐官位に就任する者は表だって戦闘には参加しない。
そういった戦闘は尉官位の仕事であり、佐官位の者は、いわば参謀だ。
よくよく考えてみれば、エドワードを迎えに来たというのもおかしい。
「ご安心を。ステア小佐はああ見えて、とても優秀なガナーです。ベルナデッタ曹長のコパイ能力もなかなかのものですよ。我々の主戦力と言っても差し支えない程に」
ガナーとは文字通り射撃者である。コパイはコパイロット、つまり操縦士を表している。
「……いいのか、小佐なのに」
「その分、私達が頑張ればいいんですよ、エド」
答えたのはブリジットではなかった。
ブリッジは三段構成になっており、下方がオペレータ席、中方が小佐席に中佐席、上方が大佐席とその副官席となっている。
声が聞こえたのは、下のオペレータ席からだ。
怪訝な表情のまま振り向くとそこには、見知った顔があった。
「マドカ!?」
幼なじみの少女が、そこにいた。
マドカと呼ばれた少女はエドワードに微笑み掛け、再びデスクに視線を戻した。