Episode-VII:愉快で不快な追走劇
「アンノーン、距離二〇。接触まで後二五秒」
「端的に呟いてないでテメェも何とかしろ!」
爆走する軍用バギーの荷台で肩を並べるエドワードとアンドロイドの少女のやり取り。
それに張り付く様にアンノーンが追走している。
「了解。実体化モジュール起動、チェーンガン精製。撃ち方、必中」
ビル間をカーブする際にHIMSを起動、壁を削り取り少女の手には巨大なチェーンガンが一丁。
明らかに少女の身体より大きい。
「ま、さか……」
エドワードが口にした瞬間、
ドルルルルルルルル!!
凄まじい勢いで三〇ミリ弾が射出された。
三〇ミリだ。
当然、凄まじいのは威力だけではない。
マズルフラッシュや銃声はエドワードの視覚と聴覚をとにかく刺激し、衝撃だけでスイカが割れる程のチェーンガンの反動が少女の身体とバギーを通じてエドワードに襲いかかる。
「弾切れ、次の攻撃に移行します」
不意にチェーンガンから奏でられる爆音が途切れ、エドワードが少女を見た時にはすでに巨大なチェーンガンの姿は見当たらない。
代わりと言っては何だが、グレネードランチャーと予備弾が五つ、確認出来る。
急いでバギーの後方を見つめるエドワード。
アンノーンの姿は相変わらずで、数えるのが億劫な程、追走してきていた。
「おい、まだ入出港には着かないのかよ!?」
エドワードが運転席めがけて叫ぶ。すると、
「もう少し待ってくれ!あと少しで着くから!」
運転席から男の叫び声が返ってきて、
「うるせェ!!ガタガタ言ってんなクソガキ!ブチ殺すぞテメェ!」
助手席から女の叫び声が返ってきた。
「ンだと……勝手に人拉致っといてよくそんな事言えるなこのクソアマ!」
「騒ぐなっつってんだろ!ガキは黙って大人に着いてくりゃいいんだよ!任務じゃなかったらテメェみてェなガキを助けるかっての!」
「誰も助けろなんて言ってねェだろうがこの年増野郎!!」
「と、年増……いい度胸だ。今すぐその口黙らせてやる!」
助手席の窓から女が身を乗り出し、エドワードに向けてリボルバー拳銃でスナイプする。
それとほぼ同時にエドワードもオートマティック拳銃をスナイプ。
「いい加減にしないか二人とも!」
という怒声が不意に運転席から聞こえた。スナイプした状態で固まる二人。
「ベルナデッタ、君も冷静になれ!彼を殺してどうするつもりだ!?」
「わ、私は別に……」
女の声が急に大人しくなる。先程までとは比べ物にならない程小さい。
「それに、エドワード君、君もだ。窮屈な立場かも知れないが、もう暫く我慢してもらえないか!?子供じゃないんだ、そのくらいも出来ないのかい?」
「なっ、……むぅ……」
「色々と言いたい事もあるかも知れない。だが、僕らの艦に着いたら事情を話す。必ずだ。だから、今のところは……頼む」
「……分かったよ」
渋々といった感じでエドワードは冷たい荷台に座った。
と、口論のせいで気付かなかったのか、アンドロイドの少女はすでにグレネードランチャーの弾頭を使いきっていた。追っ手はかかっていない。
フゥ、とため息を一つ吐いてエドワードは物思いに耽る。
何でこんな事になったものか――
時を遡る事、五分前。
「で、アンタら何者?」
少女の背から降りながら、それが、デパートから脱出したエドワードの開口一番。
「あっ、あぁ……」
目の前に立っていた男は困惑気味にエドワードと少女を見比べた。無理もない。
男はまだ少し混乱しつつもエドワードに告げる。
自分はステア・サイファス小佐である事。
エドワード・ヘンデルトの身柄を保護しに来た事。
決して怪しい者ではない事。
そして、どうか一緒に来てほしいという事。
全てに措いて信用する要素はなかった訳だが(実際、少女は終始警戒していた)、エドワードとしては一刻もアンノーンの巣窟同然のデパートから離れたかった訳で、さらに男達は軍用バギーを所有していたからエドワードが走るよりは早く安全圏に行ける訳で。
結果、エドワードはとりあえずステアを信用する事にした。
ステアが
「分隊撤退!」
と叫ぶと同時に彼の隊のバギーはそれぞれ散らばって撤退し、エドワードと少女がステアとベルナデッタのバギーの荷台に乗り込んだ瞬間にアンノーンらがエドワード達の逃走に気付き、必死のカーチェイスが始まり今に至る。
過ぎ行く景色を眺めつつ、エドワードは虚ろに思う。
いつも遊び歩いていた街。見慣れたハズの、生まれ故郷。
いつの間にか平穏は崩れさり、友は亡く、見慣れたハズの街は凶々しく歪んでいる。
彼の全ての崩壊は、紙屑の様に儚く、脆すぎた。
ぼんやりと、そう思う。