Episode-VI:無茶な起死回生の逃走
エドワードは軽機関銃の銃床を肩に引き、伏斜の状態で前を見据えている。
(俺は……造り物?俺は……俺の家族は……)
だが、頭では全く別の事を考えている。
その愚としか言いようのない行為は、戦場では死に繋がる、とは知っているハズだが、思考が止まらない。
エドワードは虚ろな瞳をスコープに近付け、中を見つめた。
光学スコープ特有の緑色の視界が広がる。
「『正体不明』接近、接触まであと一五」
暗視スコープにも似た、特殊スコープをつけた少女はやはり無表情に告げる。
その両手には、重機関銃のハンドルが握られている。
ガイドレールはデパートの床に無理矢理埋め込まれ、固定してある。
デパートの一角に重機関銃が生えている様は、とてつもなく滑稽で笑える。
「……来ます」
少女が告げると同時、エスカレーターから、人型の巨大な正体不明が姿を現した。
瞬間――エドワードの軽機関銃と、少女の重機関銃の凄まじいマズルフラッシュが眼を灼く様に光り輝き、同時に耳をつんざく様な恐ろしい程の爆音が無人のデパートに響く。
あまりの爆音に、エドワードは顔をしかめて耐える。
カチッと、エドワードの軽機関銃が弾切れである事を告げ、使いきった熱いマガジンベルトを取り出し、ポーチに入っている三〇連マガジンボックスと交換し、コッキングレバーを倒して全自動から半自動に切り替わったのを確認し、再び速射した。
ただし、残弾数の問題で狙い撃ちにしなくてはならないので、先程の様な豪快な攻撃は出来ないのだが。
撃ち続けて暫く。
やがて、少女の重機関銃が灼け付いたかの様に止まり、つい先程までアンノーンがいた方を見つめている。
煙幕を張っているかの様な煙――というか埃が立ち込め、エドワードの肉眼では何がどうなっているのか、まるで分からない。
ただ少女は見つめている。
まるで猫が人には見えない浮幽霊を見つめるかの様に。
「熱源サーチ、モニタグラフ起動。視覚ルーチン、ミリ波レーダーモードに移行……アンノーン、来ます」
えっ?とエドワードが伏斜体勢のまま少女を見上げる。
――それと同時。爆煙の中から、いきおいよく触手が飛び出してきた。
呆けていたエドワードは反応が一瞬遅れ、慌てて跳び退くが純水で構成された透明の触手はエドワードの腕を掴み、グンと引き寄せられる。
当然、アンノーンの力に人間が勝てるハズなく、されるがままに足が宙に浮いた瞬間、少女が高次物質形成システム(HIMS)で創り出した突撃銃で零距離射撃を行いアンノーンの触手はちぎれ吹き飛び、デパートの床に無惨に散らばった。
先端部分を破壊された触手は再び爆煙の中に引き戻され、少女はその後を追う様に突撃銃の7.62mm弾を速射する。
触手がエドワードの腕を絡め取るのに二秒、エドワードを引き寄せると同時に少女による零距離射撃が触手をちぎるのに一秒、触手を引き戻すと同時に追い打ちをかけたのが半秒。
合計三秒半のうちに、これほどの事象が起こっていた。
アンノーンの素早さもさる事ながら、少女の瞬間的な判断力の高さも凄まじい。
「クソッ……!」
反応しきれなかったエドワードは体勢を立て直し、立ち上がったまま軽機関銃を構え、半自動を間髪入れずに爆煙めがけて速射した。
世界の全てを怨むかの様に――。
場所はデパート端の広い一本道。
その先は行き止まりで、一本道の両サイドにブティックやらファンシーショップやら、男のエドワードには無縁の店が点々と見える。
左右後ろは壁に囲まれていて前面のみに意識を集中し、敵影を確認したら即時迎撃。
まさに全面防御をする側にとって理想的な地形だ。
だが、戦闘には『専守防衛三倍の法則』というものがあり、これはつまり、防御に徹する時は敵の三倍の戦力を必要とするという意味だ。
だが今のエドワードは軽機関銃は弾切れ、予備も全て撃ち尽くし、少女の高次物質形成システムの火力に頼る他なく、対するアンノーンは半永久的に増殖してくるという反則ぶりを見せている。三倍戦力どころではない、確実に追い込まれている。ジリ貧だ。
全面防御は基本的に救援を待つしかないのだが、一向に現れる気配がない。
アンノーンは大量に現れているのだが。
アンノーンが現れては重機関銃の弾を撃ち尽くし、辺りの壁やらを削っては弾に変換している内にあらかた変換出来る物質もなくなり、しかし全面防御を解く訳にもいかず、まるで蟻の巣を念入りに掘り返すようにエドワード達は徐々に徐々に壊滅に追い込まれていた。
「ダメです!A-32-Mのデパート、近付けません!」
「アンノーンの数が多すぎます!」
「このままでは全滅してしまいます!」
というのは特殊戦闘員らの悲痛の叫び。
通信機から聞こえる叫び声をBGMに、ブリジットは爪を噛みしめた。
ブチブチブチと、頭の血管が切れた様な音――実際は爪が引きちぎれる音――をブリッジ中に響かせながら、ブリジットは目を瞑った。
どこを探しても見つからない標的。
アンノーンの集結率のいい地区。
これが偶然とは思えない。
――いや、偶然だろと言われても反論の余地はないのだが、このデパートを偶然だとしてしまうと打つ手なしの八方塞がりだ。
手も足も出ない、出しようがない。
だからこそ、ブリジットはこのエリアを諦める訳にはいかなかった。
諦めたらこの任務は失敗に終わりそうな気がしたからだ。
しかし現実は厳しく、デパートの中はアンノーンの巣窟の様になっていて、迂闊に踏み込めば全滅は免れない。
任務失敗の上全滅だなんて、末代までの恥だ。
早急に手を打たなくてはならないのだが、如何せん実力差がありすぎる。どうしようもない。
(せめて、中のエドワード・ヘンデルトと連絡くらい取れれば……!)
実際エドワードはデパートの中にいるから間違いではないのだが、ブリジット達にその確証はない。
彼女の脳内ではいつの間にか、エドワードはこのデパートに潜伏している事になっている。
事実だからどうでもいい話だが。
「どうにか……だけど、どうやって……?」
我知れず漏れる声。
方法を模索するが、思い浮かばない。
思い浮かんでもそれは全滅の一途を辿っている。
マズいヤバいどうしよう何とかしなければケドどうやって?迷いの言葉だけが頭を駆け巡り、故にどんどんネガティブな思考の沼に堕ちていく。
任務失敗。それはつまり、一二歳にして気合と根性と努力と執念の力で築き上げた今の地位を全て失うという事。
そんなの厭だ。ブリジットが心の中で叫んだ瞬間
ズドン!という爆音が響き、デパートの中腹辺りから爆煙が立ち上がっていた。
「えっ……!?」
通信機のモニター越しにその光景を見つめていたブリジットは、呆けた様に声を出し、爆煙の中から一つの影が飛び出したのを確認した。
シュタッ、とかなりの高さから落ちてきた影はブリジットの部下に向かって言った。
「……し、死ぬかと思った」
少女に負ぶさった状態でのセリフは、何とも間抜けすぎる。
「ってか、さ」
手持ちぶさたにオートマティックのハンドガンでアンノーンを射撃していたエドワードはつまらなそうに呟いた。
「やっぱ、このまま全面防御してても助からない気がしてきた。どうにか突破出来ねェ?」
「突破の選択肢を取った場合の生還率は七・二%となっています」
「ンじゃ、ここで救援待ちをした場合の生還率は?」
「一二・六%です」
どっちもどっちか、エドワードは頭痛でも起きたかの様にこめかみを押さえた。
どのみち、生還率が低いなら賭けに出てもいい気がしたが、もっと確実な選択肢がないかどうか模索する。
瞑想する様に目を閉じ、あらゆる選択肢を項目に直し、選択してゆく。
ほんの一分間で一〇九通りの道を選り、その内の一〇五通りを削除、残った四通りの中で最も確実なものを選択。
「……となると、やっぱこれしかない、か。クソ!」
片目だけ開き、苦々しく呟く。
「おい、アンタ。この壁、ブッ壊せるか?」
エドワードが背後に背負った壁をポンポンと叩きながら少女を見つめる。
「可能です。ですが、どうなさるおつもりでしょうか?」
「この向こうは空中、つまり外だ」
ニタリと、映画の悪役を思わせる邪悪な笑みを浮かべるエドワード。
ここは六階、生身なら確実に死ねる高さだ。
だが、ここには人間を軽く超越した運動性を誇る少女がいる。
ならば、何をすべきか、決まっている。
「……正気ですか?」
振り向きもせずに重機関銃を撃ち続ける少女。声だけが、答えを求めてくる。
「充分正気さ。この壁、高次物質形成システムで随分と薄くなってる。少量のプラスチック爆弾で破れるハズだ。こっから飛んで着地した場合、生還率は?」
「演算……、終了。確率は八九%です。……なるほど、有効な手ではありますね。流石はマスター・ハロルド、よい洞察力及び推察力ですね」
「ありがとう。ケド、次、俺をハロルドって言ってみろ。スクラップにしてやる」
「可能な限り善処します」
ガチッ、カララララ……。
少女の重機関銃は弾切れらしく、ベルトの高速回転音だけがデパート内に木霊する。
「では、マスター・ハ……、いえ、マスター・エドワード。少し離れていて下さい」
重機関銃の座席から跳躍、着地すると同時に重機関銃に高次物質形成システムを作動、巨大なハンマーを作り上げて一閃。
ズドン、というプラスチック爆弾みたいな轟音。
壁には巨大な穴がポッカリ――いや、ボッコリと開いている。
「……」
「それではマスター・エドワード。掴まって下さい」
「……、はっ!あ、あぁ」
我に返ったかの様に、エドワード。
ひきつった笑みのまま、冷や汗がダラダラと頬を伝う。
(爆弾を使わずに、直接的な打撃で……いくら壁が薄くなってるからって、どんだけ力がかかるんだ?)
エドワードは、先程の
「スクラップ」
宣言を早々に撤回したかった。
が、撤回する前に少女は一向に動こうとしないエドワードの腕を掴み、おぶさせる。
「飛びます」
「……今、思ったんだが、これって命綱ナシでバンジージャンプなんだよな」
チラリと穴から見える景色の下を見つめ、目眩を起こした瞬間、
エドワードを背負ったまま、脈絡なく躊躇いなく、少女が跳躍した。
「NO!!悩!?」
エドワードの叫びむなしく、衛星都市に巡らされた重力体感装置によって生み出された重力に従って、急速に落下していった――。




