Episode-III:確かな恐怖
奇妙な事だった。
何が奇妙かといえば、どこもかしこも奇妙だ。
まず、巨大な『正体不明』は殆ど動いていない事。
遠目からは気付かなかったが、コイツが破壊したのは着地している面積だけで、それもなるべく壊さない様にしているように見える。
次に奇妙と思った事は、アンノーンの身体から分離した分身の事。
何故か、無重力空間を漂う水の様な、丸いゲル状にならずに2・5m〜10mくらいの大きさで人型になっている。
そして、街の壊し方も奇妙すぎる。
まるで何かを探している様に、慎重に壁や屋根をはぎ取っていく。
(何だ、この違和感…コイツらは一体、何がしたい?)広い十字路、5m程の大きさのアンノーンが50mぐらい先に3体。
すでに固着現実化(HNRLM)を行っているので、物理ダメージは通る。
(まだ向こうは気付いていない…)弾道演算スコープのスイッチを入れ、アンノーンに標的を合わせる。
軽機関銃の二脚を立て、伏斜の体勢で軽機関銃の銃床を肩付けする。
広い道路に四人並んで伏斜の体勢を取っている姿は、何とも異様だった。
(照準設定。
距離58.9ヤード。
照星1クリック左、2クリック上。
誤差修正。照門一致。標的・アンノーン捕捉)照準を合わせると、エドワードは躊躇う事なく薬室に弾丸を装填し、重たい引き金を絞った。轟音が鳴り響き、50m先で街を破壊していたアンノーンが怯む。このエリアにはすでに人民はいない。思い切りやれる。激しい衝撃が肩を襲い、つんざく様な轟音が耳を襲い、目映いマズルフラッシュが瞳を襲う。勝負はほんの数秒で決した。アンノーンが純水をまき散らし、跡形もなく拡散して消滅した。これも後の研究によって分かった事なのだが、アンノーンは一定以上のダメージを一カ所に負って菌が死滅すると、共鳴効果で他部分の菌も死ぬ、らしい。だから、なるべく中心部――今の人型アンノーンで言えば胸の辺り――を狙えば、榴弾の様に木っ端微塵に破壊出来ない軽機関銃でも倒す事が出来るのだ。(授業でそう聞いていたけど、でも、これじゃあ――)そう。これでは、生き物となんら変わらない。身体の成分が純水で構成されている、というだけの話。後味の悪さに、エドワードは顔をしかめた。
「おい、エディ。報告しろよ」
「あ、ああ…そうだな」
曖昧に答えながら通信機の周波数を合わせるエドワード。
「こちら32班、A-32-Kブロックのアンノーンを撃破、オーヴァ(どうぞ)」
『了解。次の標的はそこから2ブロック先のA-32-Mだ。8m級アンノーンが5体。35班、38班、40班が現在交戦中、援護に当たってくれ、オーヴァ』
「了解した。32班、これよりA-32-Mの標的の撃破に当たる」
ガッ、とノイズを残して通信が切れた。
エドワードは仲間を率いて、手信号だけで横道に入り路地を進む。
(大体…街を襲うって、一体何が目的なんだ?)路地を疾走しながら、エドワードは考えた。
アンノーンの戦闘力は強大だ。
だからこそ生け捕りにする事が出来ないし、今も防衛ラインを突破してきている。
では、何故こうして戦力を分断してまで襲撃する必要がある?都市の真ん中を陣取っているアンノーン。
あれは、軽く見積もっても巡洋艦…いや、戦艦サイズはある。
鎧を失ったα-PEACEを沈めるというのなら、外部から攻撃すればいい。
わざわざ侵入して、小さな分身を造って、何かを探す様に慎重に事を進める必要はない。
だったら、何故?バカらしい考えが、エドワードの頭をよぎる。
もし、仮に。
アンノーンの行動が、本当に何かを探しているとしたら。
それはつまり、アンノーンには物事を考える脳があるという事だ。
低く見積もっても、猿(IQ.80)程度は。
菌…とはいっても、分からない事だらけだ。
地球を中心とした各惑星を含む連邦。
その全てのデータベースに一致せず、死骸からは何一つ研究対象になりそうなデータの取れない、菌。
『知識』を持つ菌。
いつもならバカバカしいと笑いながら頭を振るだろうが、この状況、到底笑えそうにない。
と、ようやく目的地が見えてきた。
エドワードは雑念を払う様に目を閉じ、開く。
路地を飛び出して、大量に道路に転がる、士官学生達の死体に気付いた。
「…、あ?」
エドワードの思考が止まる。
考えてみれば、おかしなトコはいくつかあった。
ただ、思考に没頭しすぎて、思い至らなかった。
何故、戦場で銃撃音が聞こえなかった?何故、漂う鉄の臭いに気が付かなかった?そして何故、8m級のアンノーン5体を、12人で倒せると思った?先刻の通信では『交戦中』と言っていた。
つまりそれは、敵と正面切って戦っている、という事。
不意をつかず、正面から銃撃戦をしたていう事。
アンノーンは、どういう仕組みかは分からないが、身体を構成しているのは純水だ。
故に、伸縮自在、形状を変える事が出来る。
それはつまり、アンノーンに距離はあまり関係ないという事を意味している。
何百kmも離れているというなら別だが。
どういう経緯にせよ、彼らはアンノーンに気付かれ、対峙した。
そして、交戦した。
彼らは逃げるべきだったのだ。
一面に広がる血の海。
鋭利な刃の様な物によって斬り裂かれた者、クレーン車の鉄球の様な物によって潰された者。
他にも、様々な死に方をした者、いや、人だった血塗れの肉が転がっていた。内臓をブチ撒けながら。
「え、エディ…」
口元を押さえながら、友人が言う。
吐いてる奴もいる。身近の死は、あまりにもリアルでグロテスクすぎた。
「…ちょっと待て」
エドワードがボソッと呟く。気付き、辺りを見渡す。
「コイツらが殺されたって事は…アンノーンはどこにいったんだ?」
――緊張が走る。
と同時に、音が聞こえた。
グヂャッ、という、何かが潰れた音が。
背後から。エドワード達は、恐る恐る振り返り、友人を踏み潰している、巨大なアンノーンを見た。
「ッ――!?」
声さえ出ない。
悲鳴さえ出せない。
動く事すら出来ない、死の恐怖。
踏み潰された友人は、絶命していた。
痛みさえ感じなかっただろう。
それ程までに、瞬殺だった。
それが幸運だったのか、不運だったのか。
エドワードには分からない。
ただ一つだけ分かる事は、アンノーンが目の前にいる、という事実だけ。
「うッ…わ、アアァァアァァァアああぁァア!!」
友人が、恐怖の叫びをあげながら軽機関銃を速射した。
が、その反動でひっくり返った。
伏斜姿勢も取らずにフルオート射撃すれば、普通そうなる。
アンノーンは、まるで聞いていないと言わんばかりに拳を振り降ろす。
グチャッという、友人が潰れた音が、むしろコミカルに聞こえてならない。
「ッ撤退、撤退しろ!!」
「うわァァァァ!!」
エドワードと友人は叫びながら、無人の道路を脇目も振らずに疾走する。
ほんの数秒の間に、親しい友人が二人も死んだ。
それは、エドワードの恐怖心を煽るには充分すぎてお釣りがくる程の事実であり現実だった。
広い道路を全力疾走する二人を、当然アンノーンは追いかける。
図体に似合わず、素早い動き。
だが、エドワード達は恐怖のあまり重大な事を忘れていた。
――アンノーンに、距離は関係ない。
「ギャッ…!!」
肉と骨が裂ける音が背後から聞こえ振り返ると、友人の上半身が足下まで転がってきた。
下半身は忘れられた様に、少し離れたところに立っている。
どうやら、アンノーンは鋭利な刃の様な触手で、友人を斬り裂いていたと、エドワードは冷静に分析した。
何故冷静になれるのか、自分でもよく分かっていない。エドワードは、独りだった。
「…あ」
脱力し、その場に座り込む。
その時の彼は指揮者ではなく、独りの人間だった。
友人を殺された、無力な独りの人間だった。
アンノーンが近付いてきても、立つ事が出来ない。
『mクHy標ハッkえn…』
人外の言葉を喋るアンノーン。
もしこの場に精神状態がまともな人間がいたとしたら驚いただろう。
だが、エドワードにはそんな事はどうでもよかった。
エドワードは、アンノーンが伸ばしてきた触手を見つめ、しかし何も出来なかった。
それは、エドワード達がまだ次の目標地点に到達する前。
凍結状態解除。
オートリメージ作動。
施錠、レベル7。
侵入を確認、抵抗…失敗。
開錠。
ECCS起動…失敗。
『首輪の付いた猫』、強制起動、ハッチ開封。
様々なコードやパイプに繋がれた巨大な機械のハッチが開こうとするが、開かない。
その機械が、太く頑丈そうな鎖によって雁字搦めにされていたからだ。
その機械のモニターには、《DON'T OPEN(開けません)》の文字。
だが――、ガァン!という50口径銃の銃声に負けない様な凄まじい音と共に、鎖が切れハッチが吹き飛んだ。
内側から、強い力によって蹴破られたのだ。
中から現れたのは、少女だった。
首輪を着けた少女は機械から出て、辺りを見渡す。
薄暗い研究所に、人影はない。
「…戦艦クラスのアンノーンの侵入を確認」
何の抑揚もなく少女が呟く。
「…マスター・ハロルドの姿を確認。現在、人型アンノーンと交戦中」
首輪を着けた少女が呟く。
「戦闘レベルS。マスター・ハロルドの安全を最優先に救助に向かいます」
高精度な人形の様な少女が呟く。
「火器制御システム(FCS)オールグリン。反応速度、最低から最高に移行。蓄電機、フル。各種センサー異常なし。多彩センサー、立体。…電磁迷彩(ECS)起動」
パチッ、と。
一瞬、少女の身体から電気が漏れたかと思うと、その場から『見えなく』なった。
『見えなく』なっただけで、声はする。
「復唱。戦艦クラスのアンノーンの侵入を確認。マスター・ハロルドの安全を最優先に救助に向かいます」
言って、少女は研究所のドアを蹴破り、走り出した。