Episode-II:戦略的希望(タクティクス ホープ)
「何だよ…コレ…」
エドワードは、学生寮の窓から見える凄惨な光景に、身震いした。
都市が、破壊されている。
巨大な『正体不明』が、衛星都市に侵入してきている――!?
「どういう事だ!?連邦軍の防衛ラインが破られたのか!?」
少年は知らない。
そう遠くない宙域で、α-PEACEの連邦防衛軍の艦隊が全滅している事を。
とにかく、こうしていてはいられない。
早く人民を避難シェルターに誘導しなくては。
「クソッ、クソッ、チクショウ!!」
錯乱した様に叫びながら、エドワードは自室を飛び出した。
まず向かう先は、寮内にある武器庫。
非現実化しているアンノーンに物理攻撃は効果がないと分かっていても、強い力に頼らずにはいかなかった。
寮のロビーには、すでに異常に気付いた士官学生達が交錯していた。
戦おうとする者、人民を守ろうとする者、どうすればいいか分からず混乱する者、逃げだそうとする者。
「貴様ら、何をやっている!早く武器庫で武器を取ってこい!人民の避難が最優先だ!」
頭の悪そうな男の教官の金切り声が寮の廊下に響く。
「テメェがやれクソ野郎!」
逃げだそうとしている者がもっともな正論を返す。
的確な指示が出来ていない。
それでは誰も言う事を聞くはずもないと、何故思い至らないのか。
エドワードには不思議でならなかった。
「おい、エディ!」
と、声をかけられ振り返ってみると、そこには先程遊んでいた友人がいた。
「教官はダメだ、パニクってやがる。頼む、お前が指揮者をやってくれ!」
「バカ、出来る訳ないだろ、俺が。俺はただの士官学生だぞ?」
「お前なら出来る!」
友人の力強い声。俺は思わずたじろいだ。
「お前はいつも俺達を率いてくれた。お前には、それだけのカリスマ性があると思っていたからだ。頼む!」
「いや…それは…」
ちょっと違うと思う、という言葉をエドワードは呑み込んだ。
『求められたからには応える』、それが彼のポリシーだったからだ。
「しゃあねェな…」
ため息を吐き、頭の後ろを掻く。
口ではそう言いながら、顔は笑っている。大きく息を吸い込み、
「静かにしやがれ!」
強く吐き出した。
廊下にいた全ての人間の動き、叫びが止んだのを確認して、告げる。
「クラスAからDの奴ら、アンタらは四人組を結成後、武器を持って避難民の救助!いいか、間違っても人民に当てるなよ!次にEからHの奴ら、アンタらも四人組を結成、AからDの奴らに着いていって後方支援及び避難民の誘導!各々の判断で行動しろ!その次がIとJの奴ら、アンタらは今から校舎の通信技術室に行って救助部隊に適正な指示をしろ!いいか、被災地への最短ルートを教えるんだ。一つのミスが100人殺すと思え!最後に教官達、アンタらはα-PEACE全域に固着現実化(HNRLM)を展開後、連邦軍本部に連絡。その後は三人組を結成して、通信技術室からの指示通りに行動!ただし、通信技術科顧問の教官は通信技術室の士官学生に指示しろ!アンタらが指令塔だ、ミスは許されない!!」
エドワードは叫び終わり、周囲を見渡した。
誰もがポカンと、エドワードを見つめたまま硬直している。
「…分かったら一分一秒瞬時に行動!以上!」
言い切ると、途端にブーイングの嵐が起きた。
「だぁ〜〜〜〜〜!うるせェうるせェうるせェ!!黙りやがれ!!」
エドワードが叫ぶが、それは火に油を注いだらしく、ブーイングは更に強くなった。
士官学生の一人――制服のラインの色を見る限り、上級生だ――が俺の胸ぐらを掴んだ。
様子見をしていた友人に取り押さえられながらも、叫ぶ。
「フザけんなテメェ!大体、テメェはどうするつもりだよ!?」
「いや…俺は、ホラ…指揮者だから…皆に的確な指揮をしてみせるさ…」
詰め寄られ、弱気な声になるエドワード。
ブチ切れた上級生は更にヒートアップした。
「急に指揮者気取りで命令して、自分は安全なトコで高みの見物か!?テメェの生命も賭けないクソ指揮者なんかに従う訳ねェだろうが!!」
上級生が叫び終わると、辺りから
「そうだそうだ!」
とコールがあがり出した。――にも関わらず、エドワードは笑っていた。
「…そりゃつまり、俺が生命賭けるなら自分も戦う…そういう事だな?」
先程の弱気はどこにいったのか。
エドワードは笑いながら、上級生を見つめた。急な態度の変化に、戸惑う上級生。
「そういう事かと聞いている」
「そッ…うだよ…」
今度は上級生が弱気な声を出した。
ただならぬ雰囲気を察したのか、辺りからのブーイングも止み、今ではシンと静まり返っている。
「だったら、俺も戦う。ってか、ハナっからそのつもりだった訳だしな」
友人がいつの間にか持ってきた軽機関銃のベルトを肩に掛け、言い放つ。
「さっきも言っただろ?この救助作戦の指令塔は通信技術顧問の教官だ、ってな」
あっ…、という声がどこかから洩れて聞こえた。ニヤリと怪しく、エドワードが笑う。
「分かったら、さっさと動け!こうしてる時間も惜しいんだからな!!」
パンパンと手を叩きながら、エドワード。
それが合図の様に、一斉に動き出した。
今や、文句を言う輩はいない。
全ては、エドワードの計算通りだった。
彼は、ブーイングが起こり、誰かが詰め寄るところまで瞬時に計算して、実行したのだ。
「さってと、化け物狩りだゼ…!!」
エドワードは、不敵に笑った。
「衛星都市《α-PEACE》より非常通信を受信…どうやら、『アンノーン』が侵入した模様」
「α-PEACEから!?繋いで!」
オペレーターの報告を聞いて、艦長席に座っている齢12〜3ぐらいだろう少女は慌てた。
ここは宙域Χ(カイ).X009655.Y300021.Z008308.を航行している母艦LTKW-00X。
地球連邦軍一の最新鋭艦である。
艦長を務めている少女――ブリジット・D・ブラッド――は、襲撃されている都市を目指していた。この報告を聞いて驚かない訳がない。
「詳しい被害報告を」
「ハイ。どうやら、今のところは士官学校側が反撃を試みているらしく、敵の攻撃が市街に向く様な事にはなっていない様です。ですが、対処をするのがやや遅かったらしく、都市の7分の1が壊滅しています」
「何て事…よりによって、こんな時に…!!」
ギリ、とブリジットは苦虫を噛み潰した様な表情をした。
「…それで、現在の指揮者は誰なの?話がしたいわ」
「分かりました」
言うや否や通信に戻るオペレーターを見ながら、ブリジットは親指の爪を噛んだ。
子供の頃からのクセであり、今ではすっかり定着してしまっている。
やめる気はない。
むしろ、自分の爪が短くなっていく事に快感を覚える程、自分にとって神聖な儀式と感じている。
「指揮者…いえ、指揮者は現在、不在です」
「不在?どういう事よ?」
「…どうやら、指揮者自ら戦闘に出ているみた…い…で…?」
何やら、オペレーターの歯切れが悪い。
「どうしたの?」
「指揮者…エドワード・ヘンデルト…」
「エドワード…・ヘンデルト…ハァ!?」
皿の様に目を見開き、オペレーターに詰め寄るブリジット。
ブリッジに緊張が走る。
「見せなさい!」
言う前にオペレーターを手で退かせ、席を占拠する。
そこには、エドワードの詳細が顔写真付きで載っていた。
間違いないわね、と一人呟く。ザワザワとブリッジ中が騒がしくなってきた。
「仕方ないわね…急ぐわよ。巡航モード解除。宙域Δ(デルタ).X-000875.Y-0800029.Z-.009299.まで重力航行(GCW)」
「了解。巡航モード解除、重力航行。チャージまで後15秒。乗員は最寄りの手すりに掴まり、移行時の衝撃に備えて下さい」
オペレーターが艦内アナウンスしている間にブリジットは艦長席に戻り、爪を噛んだ。
「チャージ完了。重力航行に移行します」
「ハロルド…無事でいなさいよ…」
ブリジットが呟くとほぼ同時、グン、とGがかかり、《ヴィーゴ》は重力空間を駆けた。
少女は、指から血が流れている事に、最後まで気が付かない。