Episode-XII:反撃の一手
「フォーメーション・Λ(ラムダ)!?バカ言え!撤退戦の陣型じゃないじゃないか!正面から戦う気か!?」
ベルナデッタが非難の叫びをあげる。
フォーメーション・Λとは三三機編成の<バトルアクス>と<アーバレスト>、計六六機が十一機編成に組み替えて戦う戦術であり、その意図は撤退時における集撃ではなく分散しての攻撃による戦闘法だ。
「あのアンノーンを倒す気でいるのか!?あれは一個小隊と同じなんだぞ!?」
『このまま逃げたところでじり貧よ。それに、策ならあるわ』
ブリジットが冷静に告げ、ベルナデッタは下唇を噛みしめた。
戦闘中における指揮官の命令は絶対だ。
軍曹であるベルナデッタや他の隊員に拒否権はない。
「……勝てるのか、俺たちは?」
今まで完黙を貫いていたステアが囁く。
操縦管を握る手は、汗でびっしょりと濡れている。
『勝ってみせる。私を信じて、ステア』
「……ベルナデッタ。<バトルアクス>と<アーバレスト>に指示を送れ。これより両隊は、フォーメーション・Λをとると」
「正気か、ステア!?死ぬぞ!」
「このまま逃げても同じ事だ。だったら、ブリジットの策というものを信じるしかないだろう」
逡巡するベルナデッタだが、ステアは短く切り捨てる。
「早くしろ!」
その言葉に後押しされ、ベルナデッタは通信機のスイッチを入れた。
スクリーンを眺めていたエドワードは、ほくそ笑む。
(二隊の散撃戦術への移行を確認。これで第一フェーズは完了、っと)
撤退戦時のフォーメーション・Γ(ガンマ)だとしても戦略的には問題なかったのだが、Λに移行する事で二六手分の時間が短縮できた。
これから更に、彼らがエドワードの期待通りの働きをすれば、相乗効果により三〇手分が省かれる。それだけでも戦闘は有利に運べる。
(第二フェーズ……量子魚雷の射出)
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゥン!
全二〇門の量子魚雷が、戦闘宙域にばらまかれる。
追走するアンノーンより少し手前で制止させる事により、まきびしと同様の効果を与える。
「量子魚雷を静寂航行。ガス集合体に散布させて」
極めて冷静にブリジットが命令を下すが、内心では今にも暴れ出したい気持ちでいっぱいだった。
無茶苦茶すぎる作戦を聞いて、しかし効果的だと判断したブリジットは、エドワードの案を承諾した。
ブリジットはちらりと、隣で含み笑うエドワードの横顔を覗く。
狂気の天才・ハロルドの複製人間である青年・エドワード。
人は、ここまで人知を越えられるものなのか。
「<バトルアクス>と<アーバレスト>は、アンノーンの右舷を集中攻撃。当てなくてもいい、牽制のつもりで行け。足を止めなさい」
気を引き締め直し、ブリジットは命を下す。
スクリーンを見てみると、アンノーンの足が若干だが鈍くなっているのが分かる。
量子魚雷の散布はあくまで布石のつもりだが壁の効果も果たし、アンノーンは案の定、回り道をしてきた。
「フロントライト・サイドブースター・フル。艦体旋回。主砲のチャージングをしつつ、副砲を射出」
ゴゥゴゥン!
超電磁砲が二砲、量子魚雷の間をくぐりぬけアンノーンに突き刺さり、貫く。
だが、それだけでは足りない。それだけではアンノーンは倒せない。
「旋回完了」
オペレーターが報告をすると、ブリジットは次の指示を出した。
「ライトサイド・ブースター・フル。パルスはIからXIIまで、全面展開」
「了解」
順調に、事が進む。
アンノーンとの距離が離れてきた今、あの恐ろしい主砲の心配はない。この距離ならば簡単に避けられる。
(第二フェーズ終了。
現在七六手……いや、八五手と言ったところか。
時間に有余が生まれてきた。
俺の予想としちゃあ、命令無視してでも両隊がΛに移行せずに戦い続けると踏んでいたが、上出来だな)
やはり、あの時の二六手は大きい。
お陰で勝算がグッと上がった。
エドワードは映画の悪役みたいな笑顔のまま、スクリーンを凝視する。
(第三フェーズ開始)
天才科学者の複製人間である青年は、ほくそ笑んだ。