Chapter-5- 初陣 VSボスコボルド戦
おそらくだ。犬の特徴を有している彼らは、動きが素早く鼻が効く。
そして、武器は見た感じだと近接武器を使用している。それに加えて牙と声があるだろう、と犬の特徴から予測出来る。
それが九匹同時だと言う事は、同種に巻き添えを食らわせる可能性がある声による聴覚攻撃は数が減った時の最終手段となるから、序盤は『声』を気にせず戦えばいい。
僕は左足を前に出し、剣を顔の真横に立て、力を抜いて軽く握る。多対一を想定した場合に有利な『八相の構え』だ。
四方から迫るコボルドの位置を全て把握し、一番最初に到達するのがどの方向か見極める。背後か、右か。
「がうっ!!」
背後だった。骨製の斧を振りかぶったコボルドが僕に向かって飛びかかる。
次に一番近いのは右側の剣を持ったコボルド。だから、僕はあえて右側に避けて、斧を持ったコボルドの攻撃をかわし、斧が地面を叩く。
僕が右側に回避すると、それを好機と察した剣持ちコボルドが剣先を突き出し、全力の速度で突進してきた。
――誘導成功。
ぱしん、と僕はコボルトの剣腹を叩き、その突き方向を若干下へと傾けさせ、
「引きつけて……引っ掛けるっ」
攻撃が当たるギリギリを見極めて後退し、突進するコボルドの足を引っ掛けて、転ばせる。突進したコボルドの突きは僕の狙い通り、斧を振り下ろしたコボルドの首を深々と直撃し、二匹が激突。剣が首に突き刺さったコボルドは首から大量の血を噴き出した。
「ふッ!!」
ゴンッ、と剣の腹の部分で転んだコボルドの頭を力一杯殴打し、気絶させる。
――まずは二匹、戦闘不能。残り七匹。
折り重なるように倒れた二匹を無視して、次のコボルドに狙いを定める。
正面から迫ってきていた剣持ちのコボルドとボスコボルドの二匹は今の攻防を見て、急停止。左側の先陣を切っていた槍持ちのコボルドは気にせずに突っ込んでくる模様。
「がるるっ!!」
骨の槍の矛先が僕に向かって伸びる。その殺意が篭った刺突を剣を使っていなすと、コボルドは更に鋭く突き、突き、突きを連続で繰り出してきた。
骨と石の武器が奏でる剣戟が響き渡る。
「槍は……キツイ」
槍はリーチが長い上にコボルドの突く速度が早すぎて、迂闊に懐に潜ることが出来ない。
僕がその槍の対処をしている間にも後方から槍を持ったコボルドが迫ってくる。
――見た感じ、槍持ちのコボルドはこの二匹のみ。剣の天敵である槍使いを同時に倒せれば状況は攻勢に転じられるはずだ。
背後から槍の突進を感知――わざと背後の槍使いを見ずに、僕は正面のコボルドの攻撃を払いのけて……。剣を下段に構えた。
――油断させて、当たったと思い込ませるんだ。
背後の槍が僕を貫く瞬間、一歩。たった一歩、僕は脇を上げて横にズレた。槍の矛先が脇の間を貫通し、白いワイシャツの一部を切り裂く。
そして、下段に構えた剣を振り上げて、二つの槍の柄を持ち上げる。
二本の槍の軌道は上を向き、丁度、心臓に突き刺さる角度に決まった。
「がう!?」「ぐうっ!!」
そのまま突進の勢いで二匹のコボルドの心臓に槍が突き刺さり、貫通。二匹は互いに支え合うように動きを停止し、程なくして事切れた。
――二匹撃破、残り五匹。ここまで全く力を使わず、宝剣を血で染めることなく、剣道と合気道の応用で勝てている。
そろそろ敵も学習する頃だろう。力任せに戦っては僕に勝てない、と。
その判断を一早く下していたのがボスコボルドだ。今の攻防を見て、手を出さなかった所を見ると僕の戦闘スタイルを観察しているようだった。
他のコボルドも同様で、先ほどの様な無理な猪突猛進をする者はもういない。
「(これはゲームではない。本当の殺し合いだ、絶対に油断は出来ない)」
再度、僕は『八相の構え』を取り、ジリジリ、微動に動きながらと敵の動向を探る。
「がうぅ、がうっ!!」
ボスコボルドが低い声で唸り、周囲のコボルドに指示を出した。
刹那、四方のコボルドが一斉に飛び込んで来た。
正面のボスの右腕と思われるコボルドは剣と木製の盾を持ち、右のは剣のみ。背後は斧で、左は棍棒を持っている。
――ここからは、こっちからも攻めていく。
僕は正面の盾持ちコボルドに向かって駆け出す。
コボルドと僕はほぼ同時に剣を振りかぶり、
「があぁぁうううッ!!」
「せいッ!!」
僕が左手で剣を振り下ろすと盾を前面に突き出した。
――バコッ、と完全に攻撃を盾で防がれ、受け流される。
そして、コボルドはガラ空きの僕の胸元に向かって剣を振り下ろそうと――。
「甘いッ!!」
右手で腰に帯刀していた刀を鞘から引き抜いて、
「『居合切り』ッ!!」
片手で抜刀し、コボルドの胸から腕を下段から切り抜く。すると、美しい赤い花が咲き誇り、生暖かい液体が僕の白いシャツを赤く染めた。
「きゃうぅぅんッ!!」
胸部を切り裂かれ、腕を撥ねられたコボルドは悲鳴を上げ、盾を投げ捨て地面を転げまわる。
――一匹撃破、残り四匹。
目の前にはボスコボルドが鉄製の大剣を構え、待ち受けていた。背後には三匹のコボルドが迫っている。
こちらは二刀流、二刀用の竹刀とは重さも長さも違い、正直に言って扱いにくい。
だが、大剣のような重い武器を相手にするには丁度が良かった。
「ぐるぅろぉぉぉぅ!!」
ボスの大剣が僕に向かって振り下ろされる、が、二本の剣をクロスさせて真正面から受け止める。それでも重い、とても普通の人間の筋力じゃ有り得ない重い一撃だ。
「いやッ!!」
僕は受け止めた大剣を左に流して、ガラ空きとなったボスの右側をすれ違う。交錯際にボスへ剣と刀の二連撃を当てようとするも、大剣を流された瞬間に危機を察したボスコボルドが左に跳ねて避けられる。
だが、正面は抜けられた。これで囲まれる心配は――。
僕は地下神殿の入口に目が行った。柱の影に隠れて二つの影が此方の様子を伺っている。
「(……コボルドの援軍か、それとも逃げ出せないようにする待ち伏せか)」
僕が見ていることに気がついたのか、二つの影は柱に隠れてしまう。今はこちらの戦いに加わる気は無さそうだ。
それでも注意するに越したことはない。
背後も警戒しながら、前の敵にも集中する。
――挟み撃ちの状況は変わらず。だが、後ろの敵の距離は遠く、警戒するだけでいい。
ならば、目の前のコボルド達を速攻で倒すだけだ。
様子見の交戦をしてもうボスを含めたコボルドの力量はハッキリした。
コボルド一体の戦闘力はそんなに高く無いし、群れになった時のコンビネーションもソレナリでしかない。現実世界で言うと『田舎の武器を持ったヤンキーに毛が生えたレベル』だ。
「もう攻撃すらさせないから」
僕は不敵に笑って、本気で戦うために宝剣を地面に突き刺す。
刀を構えるは『上段の構え』、僕が本気で攻める時に使う、速攻高火力型の構えだ。
――逃げるなら今のうちだ。
そう言う意味を込めて、深く息を吐いて、僕は殺気を込めた睨みを効かせる。
「がるぅ……」
僕の雰囲気がガラっと変わったのを感じ取ったのか、コボルド達がたじろぐ。
だが、逃げるつもりは毛頭無いらしい。
それもそうか、女一人にボスを含めコボルト四匹だし、相手にとってはまだ余裕で勝てるラインだ。
――必殺技。ここが試す機会だな。
刀を握る手に力を込めて、僕は最高速度で地面を蹴った。
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