Chapter-4- Sex Change
「うわぁぁぁあああっ」
神殿の天井に近い部分に転移した夢幻は悲鳴をあげて数メートルを落下した。
鈍い音と金属が転がる音が神殿内に響き渡る。
「痛てて……なんで転移するのが空中なのさ……」
どすん、と尻から落ちた夢幻は、尻をさすりながら周囲の状況を確認する。
見た感じは石造りの薄暗い地下神殿だ、現実世界で言うトルコの世界遺産『バシリカ・シスタン』の地下宮殿みたいだ。
柱の各上部には正体不明の光の球体が備え付けられ、それが灯りとなっている。多分、魔法的な何かだと思う。少なくともLED電球とかではない。
道の両脇には水路が形成され、水がさらさらと流れ、道の先にある台座のある水槽へとつながっているようだ。
その台座のある円形の水槽はまるで噴水のようだが、中央の台座には石剣のような物が突き刺さっている。
「……いきなりゲームのダンジョン最奥みたいな場所だけど……ん?」
そう呟いて自分の背後に布袋と鞘に収まった刀が落ちていることに気がついた。布袋を拾い上げてみると、中にはクレジットカードぐらいの大きさの薄い緑色のカードが一枚だけ入っていた。
これが冒険者に配布される『マナカード』と言う奴だろう。カードの中央に電源マークのような印があるが……。
その印に指で触れると――。
『雛桜夢幻 13才/女 500spt ビギナー冒険者』と光の文字が空中に浮き出る。
名前の左横には『ステータス』『スキル』『マップ』『ルール』『決闘』『譲渡』『終了』のメニューが表示され、まるでゲームのメニュー画面のようだ。
「……女?」
はて、と僕は首をかしげる。
年齢の横に表示された性別が完全に、何度見ても『女』と表示されている。いやいや、僕は『男』なんですけれども……。
ふと、身体に目を落としてみる。
服装は現実世界と変わらずに白いYシャツに赤いチェックのスカート。うん、女の子だ。
「いやいや、そうじゃない」
そういえばさっきからブラジャーに入れたパッドがキツイような……シャツの膨らみが大きくなっていて、ボタンがパツパツなような……やけに女性物のパンツの中がすっきりするような……。
「いやいや、まさか……まさか、ね」
僕はパツパツになったYシャツのボタンを外してみた。
そこには、パッドに頼らなくても良い程の胸のふくらみが存在した。大きさは女子中学生ではきっと大きい方だろう。
僕は冷静にパッドを抜いて、自分にくっついている生乳を揉んでみた。
「んっ……」
揉まれた感覚がある。しかも、ちょっと気持ちいい。紛れも無くそれは僕の胸であった。
いや、まだだ。これだけじゃ、判断材料に……なるけれども、まだ分からない。
長年の夢が叶ったと思いきや、実は息子が居ました。なんてなったら落胆が半端ないだろう。
僕は高揚する心を抑えて、スカートを捲りあげ、パンツの中身を確認する。
「……息子が……出家した?」
そこには今まで長年付き添ってきた息子の姿は無かった。息子の亡き跡には二つの小さな丘陵が連なり、丘陵の狭間には秘密の花園。
これらが意味するのは、僕が『女』となったという証明だ。
「……異世界、始まってるっ!!」
思わず僕は胸を露出し、パンツをズリ下げながら叫んでいた。その叫び声は神殿内を反響し、遠く彼方へ伝わっていく。
ふぅ、落ち着け僕。長年の夢『女体化』が叶ったとは言え、澪を救えなければ女になった意味がない。それにココロは依然として男のままだ。女性のえっちぃ裸を見たら興奮する自身がある。
あれ、これって思ってたよりも面倒なような……。たとえ、女性化したとしても澪が知ってるのは男の僕だから、女状態で告白してもまた拒否られるんじゃないか。
そして、女性のことを好きになっても同性愛になるから……拒否られる可能性が高いわけで……。
僕は男の人を好きにならなくちゃいけなくなる。だけど、そもそもの性別が男だから……それもまた同性愛。
結局、どっちに転んでも同性愛じゃないか。ホモとレズ以外は帰ってくれ。
「……まぁ、良いや。『男の娘』から『女』になっただけだし……」
僕はそう自己完結して、メニューの『ステータス』を押して見る。
すると、僕の詳細なステータスが表示された――。
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雛桜夢幻 13才/女 500spt/9881位 ビギナー冒険者
状態異常:『女体化』
アビリティ:『治癒能力』
各パラメーターはレーダーチャートで表示されている。
筋力-Bランク
魔力-Aランク
物理防御-Dランク
魔法耐性-Cランク
素早さ-Cランク
運命力-Gランク
[最低値Gランク――最高値Sランク]
装備:
武器-無名の刀
上半身-ワイシャツ(白) 下半身-スカート(チェック赤)
足-ニーソックス(黒)
靴-ブーツ(茶)
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どうやら、女性化は『女体化』という状態異常らしい。つまり、元々の性別は『男』だってことだ。
「ふざけんなよ……ちくしょー」
期待させて落とすとはまさにこのことだ。結局、僕は『男の娘』じゃないか。
アビリティ『治癒能力』……回復能力が高いのかな、昔から傷の治りが早かったけど、それがアビリティになるとは……。
そして、パラメーターだが、剣道をやっていたからか筋力はそれなりにある。
嬉しいことに魔力はAランクらしい。何を持って魔力がAランクなのかは知らないが。
その他は平均的か……運以外は。
いや、運が最低値って……僕の人生のことを指してるのか?
装備の枠は色々と空きがある。例えば、頭とか手とかの部分が空白になっている。装備すれば名前が表示されるのだろうか。
次に僕はスキルのボタンを押す。
すると、ステータス表示が消えてスキル欄になるが――。
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アクティブスキル
無し
バトルスキル
無し
パッシブスキル
『治癒』
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『治癒』以外何も無かった。これは寂しい。
そもそもスキルって何なんだろう。異世界で覚えることが出来るのだろうか。
もしくは作り出したりかな。わからないけれども。
もしも自分で作り出したとして、ここに表示される名前はどうなるんだろう。
「……あとでやってみよう」
剣道で編み出した僕の必殺技があるからね。恥ずかしくて誰にも見せなかったけれども。
そして、次に僕は『マップ』のボタンを押す。スキル欄が消えてマップが表示される。
――世界地図……ではなかった。四角い空間に無数の丸が整列している。両端には水の様な表示がされ、マップが現在いる地下神殿を示していた。
中央の青の丸い点は僕がいる場所だろう。
そして、上部には『イズムルート地下神殿・最奥』と表示されている。
「これ……もしかしてマッピングしなきゃいけないとか……だったり?」
これもあとで試してみない限りわからない。ただ便利な機能かも……。
次に僕は『ルール』を押して見ると、ただの『スウェズ世界の心得』だった。
追加ルールがあるかどうか見てみたが、あいも変わらず十項目で変化はない。
僕は『決闘』ボタンを押す。
――近くにマッチング可能な冒険者がいません。
そうなることはわかっていたが、近くにいれば決闘を挑むことが出来るらしい。決闘がどんな物かはわからないが、これも冒険していくうちにわかるだろう。
僕はわかっていながらも『譲渡』ボタンを押す。
――近くに譲渡可能な冒険者がいません。
ですよね、知っていましたとも。
そして、最期に僕は『終了』ボタンを押す。すると、光文字が現れて――。
「世界神スウェズ様からのアドバイス:自身のマナカードは詠唱『リムーブ・マナカード』で消滅、詠唱『サモン・マナカード』で召喚することが出来ます」
数秒表示された後、消えて元の薄い緑色のカードへと戻る。
ふむ、言われてみたら試したくなるのが人間の性質だろう。
「ほうほう……『リムーブ・マナカード』」
すると、パッと手元からマナカードが消失する。そして、
「『サモン・マナカード』」
召喚を詠唱するとマナカードが手元に現れる。
「おおっ、これが魔法かぁ……えへへ、魔法使えるようになったぁ」
思わずにやにやしてしまう。
しかし、こんな些細なことで一々感動していたら澪は助けられない。僕は強くなって澪を必ず助けるんだ、と心の中で復唱し気を引き締める。
「さてと、これからどうしようかな……」
ふと、僕の目が神殿中央にある円形の水槽の台座に向く。
近づいてみると、やはりそれは石の剣だった。しかし、石の剣と言えど何処か神秘的な雰囲気があり、柄の装飾は石にしては精工で、刃の部分には所々エメラルドが埋め込まれている。
いわゆる実戦向きでは無い宝剣という奴だろうか。まぁ、西洋剣の本来の叩き切る用途で使えば人を殺すことぐらいは出来そうだ。まぁ、それよりも売った方が良いのは目に見えている。
「……せっかくだから貰っておこうかな」
僕は水を飛び越えて、台座に飛び乗る。
そして、剣の柄に手を付けて、力を入れると――すぽっと存外簡単に宝剣は抜けた。
――ガシャン。
と、足元で大きな音がして、剣の刺さっていた部分から水が溢れ始める。
おお、っと慌てて台座から飛び降りると、次の瞬間、勢い良く水が噴き出し始めた。
予想通り、円形の水槽は噴水だったようだ。それが剣を引き抜くことで本来の役割を取り戻したってことだろう。
しかし、こんな面白い仕掛けがあるとは、この宝剣はかなりの値打ち物かもしれない。
やっぱり異世界始まっ――ばたん。
気の抜けた軽い音を発して目の前の壁が崩落した。
いや、目の前だけではない。いつの間にか四方の壁に大きな穴が開いている。
――嫌な予感がした。
「まさかね。転移地点の近くにあった剣を抜いたら敵が沢山出てくるとか、そんな初見殺しのトラップは……無いよね?」
果たして僕の予想は――残念ながら外れることはなかった。
四方から無数の足音が近づいて来る。音から察するに八人以上はいるだろう。そして、壁の穴から出てきたのは――粗悪な布の腰巻き、茶色と白の毛に包まれた犬の獣人、手には骨の剣やら斧やら様々な武器が握られている。
「ぐぅるるるぅ」
威嚇をする唸るような低い声が犬の獣人らから発せられる。
「……もしかして『コボルド』って奴?」
確かTRPGの『ダンジョンズ&ドラゴンズ』にこんな犬頭の人型モンスターがいた気がする。いや、あのコボルドには鱗とかがあったか。でもまぁ、この世界ではなんて名前なのかは、何の知識も無い僕が知るよしもない。
鋭い牙がチラチラと見え、口からは唾液が溢れていて理性はなさそうだ。仲間との連携が取れそうな野生の知恵はありそうだが……。
敵の数は九匹。その内、一匹は兜を被っていて、少し他のコボルドよりも大きい。多分、あれがボスなのだろう。
「初戦がボス戦で九対一とか……初見殺しにも程があるでしょ……」
相手に人間の雌に対して性的欲求が存在するなら、九匹を相手に性技で枯らせるって手もあるが、この手は最終手段、切り札としてとっておこう。
「まぁ……棒さえあれば、どんな相手でも負ける気はサラサラないけどね」
異世界のモンスターだろうと、なんであろうと、澪を助けるまで僕は負けられない。
どんな手を使ってでも絶対に勝つ。震えてなんていられない。
「ふふふ、この世界の敵がどれだけ強いか測ってあげる」
自分を鼓舞しながら、僕は持っていた宝剣を構えた。
「さぁ、戦闘開始だ。かかって来いよっ!!」
僕が吼えた瞬間、コボルド達は一斉に僕に向かって駆け出した。
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