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オモイノトリセツ  作者: 風紙文
第三章
12/18

勝負の理由

目の前からいきなり野球のボールが飛んできたらどうするか?

大半の人は避ける、守るを選ぶだろう。まさか当たるなんて人はいない事を願う。

だが私は、そのどれでもない選択肢を持っていて、あろうことかそれを選んでしまった。

だから、あんな事になったんだ。

「っ!!」

パシッ!

私は飛んできたボールを思わずキャッチしてしまった。

「おぉ!? せっちゃんすごい!」

「まさか取るなんて選択をするとわね」

その時の私は藍沙と、なぜか横に居た蛍奈と会話をしていた。教室で、だ。

まさか教室内でいきなりボールが飛んでくるなんて誰も思わない、そしてそれをキャッチした自分の反射神経にもビックリしていた。そこへ、

「ワリぃワリぃ、今ボール飛んで来なかったか?」

ボールを飛ばしたと思われる人物が歩いてきた。

若干灰色かかった、毛先を尖らせたショートカット。手には雑誌を丸めた物を持っていて、犯人確定だった。

「危ないじゃない、佳子」

井沢(いざわ)佳子(かこ)。口調こそ男っぽいけど、れっきとした女子生徒。クラスメイトだ。

「いやぁヒマだったからさ、で野球のボールがあったからやろうって事になって」

後ろ髪をかきながらけらけらと笑う佳子。

「だからって教室内よ? しかもバットが雑誌ならボールも軽い物にしなさいよ」

硬い野球ボールを打った丸められた雑誌は半分に折れてくしゃくしゃだった。どれだけ力強く打ったのよ。

「あはは、加減難しくてな、弱いと飛ばねぇし」

「ったく……」

私はボールを佳子に投げ渡した。

「それにしても、よく取れたな」

「偶然よ、二度は出来ないわ」

「ホントか〜? もう一回試していいか?」

と言う佳子はすでに投げるフォームをとっている。それじゃただのキャッチボールじゃない。

「ダメに決まってんでしょ。とにかく次は気をつけなさいよ」

「へーい」





そんなことがあった日の放課後。私は一人帰路についていた時のこと。

「そこの人、危なーい!」

「!?」

パシッ!

まさにデジャウだった。跳んできた野球のボールを私は思わずキャッチしてしまい。しかも、

「すみませーん! 大丈夫ですか?」

原因と思われる佳子が金属バットを引きずりながら走ってきた。

場所と時間と打った道具と、ボールの威力が変わっただけでほとんど同じ状況だった。朝より手が痺れている。

「またアンタなの?」

「おぉ!? また竹鳥かよ!?」

「驚くまえに謝りなさい」

「あ、ワリぃワリぃ」

ボールを投げ渡した。

「つかよ、二度は出来ないって言ってなかったか?」

「偶然よ、偶然が続いただけよ」

「いいや、さすがにそりゃねぇな」

佳子は金属バットの先を私に向けた。

「勝負だ竹鳥! アタシと勝負しろ!」

「なんでよ?」

いきなり過ぎて訳が分からない。

「その偶然を偶然じゃないと分からせる為さ!」

「……」

まぁ偶然じゃないのは自分で分かってる。ただそれをわざわざ証明するのは……正直、面倒くさい。

「パスよ」

「なっ!?」

「なにかと忙しいのよ私」

佳子に背を向けて歩き出した。

「こらー! 勝負しろー! アタシは諦めないからなー!」




……今思えば、あそこでサクッと受けて、サクッと負けとけば、こんな事にはならなかったんだ。

「さぁ! アタシと勝負しろ!」

もう何度目かのその言葉、耳にタコができるぐらい聞いた言葉だ。

「いいじゃない取説、一回戦ってあげれば。それで気がすむんでしょ? 井沢さん」

「良いこと言うな水野葉。そうだぜ竹鳥、一回勝負すりゃそれで終わりだぜ?」

蛍奈と佳子が手を組んで勝負を要求してきた。

ふと、佳子が蛍奈に訊ねる。

「てかよ、何で水野葉は竹鳥をトリセツって呼んでんの?」

「フルネームが竹鳥説子、真ん中だけ取って取説よ」

「おー、そういやそうだ。じゃあアタシも取説って呼ぼうかな」

「それはやめて」

これ以上その呼び方はさすがに耐えられない。

「あら、嫌なの?」

蛍奈が首を傾げる。

「元々認めたつもりも無いわよ」

「最初の時は受け入れてくれたのに」

あの時は蛍奈の全貌を知らなかったからね。今までも分からないけど、もとい、分かりたくないけど。

「それはともかく。付きまとわれたく無いなら、いっそ完膚無きまでに勝ってしまえば良いじゃない」

「……」

蛍奈の言う通りだ。あの時は本当に急いでいたのもあり、ついしつこいから拒み続けていたけど。別に今なら時間の余裕もあるわけだから。

「……分かったわよ。ただし一回勝負よ」

「サンキュー、取説!」

「それで呼ぶなら無しよ」

「ふふふ……面白いことになりそうね」




放課後、まだ部活の人が来ない内に端の方を使って私と佳子の勝負は開かれた。

佳子は野球のボールを持ち、私は木製のバットを持って互いを正面に見る。その間はちょうど野球のピッチャーとバッターとの間と同じ距離だと、佳子は言っていた。

「いいか! 竹鳥が三振したらアタシの勝ち、一回でもヒットが出たら竹鳥の勝ちだ!」

勝負方法はやはり野球だった。

「キャッチャー、審判、よろしくな!」

佳子が私の後ろにいるキャッチャーと審判に声をかけた。

「おっけ〜、バッチこーいだよ」

キャッチャーミットを付けたキャッチャー、藍沙が手を振り返し、

「ふふふ……ワタシの審判は厳しいわよ? 遠慮無くボールは宣言するからね」

黒い帽子を被った審判、蛍奈がにやりと笑った。

藍沙のミットは分かるけど、蛍奈のあの帽子はどういう理由で被ってるんだろう。

「いくぜ! 竹鳥!」

佳子が投げのフォームに入った。それを見て私もバットを構える。

「くらえ!」

ボールが佳子の手から離れ、速度を持った。

早いストレートが走り―――




カキンッ!




「なっ!?」

「おぉ〜!」

「ふふふ……」

三者三様の声と共に、私達の視線はきれいな弧を描いて飛んでいくボールに向けられた。

数秒の飛行の後、重力に従ってボールは二塁の遥か向こう側、確かセンターという名前の所に落ちた。

「私の勝ちね」

佳子のボールは早かったけど、所詮はストレート。合わせられればどうってことなかった。実際早くても目は追えていたし。

「ま、まだだ! もう一回だ!」

一回勝負って言ったのに。さすがに佳子のプライドがズタズタにされては黙ってられないのだろう。

「取説、どうせだからやってあげなさい。アナタが最初で拒まなければああも言わなかったでしょうし」

確かに蛍奈の言う通りかもしれない。

「……仕方ないわね」

私はバットの先を佳子に向けた。

「三振分……後二球勝負よ、それで私が二回打てなかったら佳子の勝ち、これでどう?」

条件的には佳子の方が分が悪いけど。

「おぉし! 絶対空振らせてやる!」

佳子はやる気になった。



そして、






カキンッ!










カキンッ!



「ま、負けた……」

佳子は膝から崩れ落ちた。

「わたし何もしてないよ」

「審判の必要もなかったわね。全てセンターヒットよ」

「な、何でだ……? 運動部でもない竹鳥にアタシが負けるんだ?」

ぶつぶつと呟いている。

「……あのね、佳子」

私はバットを地面に置いて佳子に近寄る。

その肩を叩き、

「確かに私は帰宅部で、佳子は運動系の部活に入ってる……けど…」

顔を上げた佳子に、勝てなかった理由を言った。

「アンタ、バスケ部じゃない」

発端が発端だからか、佳子は野球での勝負を申し込んだ。バスケ部なのにだ。

バスケ部で野球を練習する訳が無く、体育の授業で少しするぐらい。私と佳子の野球経験はほとんど同じだった。

「あぁ!? そういやそうだ!」

それに今気付いたっぽい。

「残念だったわね、私の勝ちよ」

ガックリと落ち込む佳子の横を抜けて、私は校舎へと戻ったのだった。






「くっそー! 何でアタシは野球で挑んじまったんだよ! バスケなら絶対勝てたってのに」

竹鳥に負け、悔しがる井沢に、

「ふふふ……なら、勝たせてあげましょうか?」

声がかけられた。

「あ?」

「しかも、コレで勝てばきっと気持ちがいいわよ」

「気持ちがいい?」

「えぇ、偶然を偶然で終わらせない。そういう勝ち方よ」

「何!? それマジか!?」

がばりと顔を上げた井沢の前で、

「えぇ、ワタシに任せない……ふふふ」

マッドサイエンスティストが、にやりと微笑んでいた。


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