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ジムニーの購入理由について~ドライビング・デトックス、そして現代運転哲学の死について~

作者: 魔弾の射手
掲載日:2026/10/18

 まず、私のジムニーを選んだ理由と云うのは、恐らく一般的な日本人の誰もが共感しない理由からだ。

 我が家にはすでに両親の所有するティアナJ32型オーテックのアクシスグレードがある。これは、まぁ中々良い車だと思うよ。

 シートはフカフカなのに革特有の軟らかさと硬さ、クッションも硬すぎるでもなく柔らかすぎるでもなく、程よい反発力のマットレスのような座り心地だ。これが運転席も助手席もリアシートにも施されていて中々のコストのかかり方だ。そりゃそうだ。当時買える中でも比較的安い価格帯(最廉価グレードで350万、最高級で500万程度で、クラウンならそれぞれこの1.5倍に相当する)にありながらコンフォートセダン且つラグジュアリーカーだからだ。

 リアシートも寛げて、フロントシートも寛げる上に、トランクの容積も必要な十分。ジェレミー・クラークソンたち英国三馬鹿トリオに倣って言うなら、旅行先から無期限で借りてきた絵画や密入国してでも自由を得たい人々を詰め込んで長距離を走るには丁度いい。

 ではタイヤの扁平率に関して云えば、今にして思えばちょっと物足りないところはあるが、街乗りや高速道路などを快適に100km/h以上で走る場合、シートの特性も相まって非常に揺れが少なくロードノイズを拾いにくい。サスも程よくしなやかで別荘地周辺のダートを走っても、尾てい骨と臍の穴が仲良しこよしになることはあっても3tトラックほど極端に揺れるわけでもない。

 加速の感じは良く云えばマイルド、悪く云えば昨今の車ほど機敏ではない。2L自然吸気のV6エンジンにアクセルはECUで初期動作が緩く設定されているから致し方ない。が踏み込んで全く反応しないわけでもなく、踏み込み過ぎればトルコンが滑って加速が鈍くなり、踏み込まなさ過ぎればトルコンが空回りして進まなくなるところはあるが、丁寧な操作を心がければ進まないわけではない。

 エンブレの効き具合は悪く、Lやスポーツモードに入れないとあまり強く作用する感覚はないが、かといってエンブレを利かせる目的でこれらに何度も何度も入れていると負荷が掛かってミッションとトルコンが駄目になるから基本はブレーキで止まることになる。がブレーキの性能が良すぎて結局エンブレを使わなくても済んでしまう。

 走っている最中に詩を諳んじてみたり、哲学に対する造詣を深めることもできる。

 間違いなく、良い車だよ。


 だが私はそれに不満を覚えていた。何にではない。何故なのかもわからない。何処がどうとも言えない。だが漠然と不満だった。

 そんな漫然とした不満を覚えながら普通免許を取ってから3年後、初の免許更新の際、漸く私は気が付いたのだ。私は不便さが欲しいわけでもなければ快適性能を全廃したいわけでもないのだと。


 私は、教習所を卒業してから漫然と運転していて、下手になったのだと。


 何が下手になったかと云えば、全般的にというほかにないだろう。

 例えば加減速が雑になったや、例えばブレーキングが下手になったや、例えば車間距離の取り方がATに最適化できなくて詰め気味だったりや、例えば普段の長距離運転で疲れたりや……上げ始めればキリがない。

 多くの人は、じゃあ車が悪いんだなと短絡的に終わらせる。しかし年次点検などで何度か代車にクラウンや3代目インスパイア、シビックやパスポートやランクルなどなど様々な車に乗る機会があった。いずれの場合でも、私が下手になったことには変わりがなかった。

 つまり、運転が下手だから疲れるのだ。


 以前私はこう云った。運転には品位とモラルが必要だと。品位とは即ち運転と云う行為そのものを通して垣間見せる、車と自分自身の対話の結実であり、他者への敬意の表象なのだと。モラルとは即ち運転と云う行為そのもののマナーであり、他者への配慮であると。

 速度を出すことだけが走りの楽しさではなく、速度を出さないことが丁寧な運転だというわけではない。速度は騒音だとか割り込み方など迷惑にならない範囲であれば出したって良いし、エンジンは回すことで内部の掃除になるから時折は高回転で回してやった方が良い。

 品位は車両に付随するものと多くの人が考えているが、それで煽り運転や迷惑運転をしていては、その品位はドライバー自身によって毀損していることになる。つまり品のある車両を買うことは出来ても、ドライバー自身がその品格に負けぬ品位を備えていなければならない。

 ではその品位とは即ち、前方車両の行動を予測し滑らかに加減速し、後続車に余計なブレーキを踏ませず、周囲へ配慮し、車間距離を適正に保ち、落ち着きを持って走る。これこそ真の、金では買えないラグジュアリーさであり、品位である。車の品位とは、ドライバーの品位によってはじめて完成する。

 そしてそれらの品位を手に入れるにはどうするべきか。それは至極簡単なことだ。

 皆さんの車にもドラレコが付いているだろう。その映像を見直し、個人的に嫌いな単語ではあるがヒヤリハットを検証し、何処を見れば予測できたかを考察し、交通状況を再検証し自分の運転姿勢への反省を重ねることである。これこそが運転者が本来持つべき自責と反省であり、つまりモラルこそが運転者の技術を真に成熟させる。


 そんな教習所で習うようなことを再認識するのに三年も掛けてしまった。そして私は自分の運転を見直すところから始めた。アクセルの緩急、ブレーキの踏み方、エンジンの回転数、揺れを少なくする荷重移動、カーブを曲がった後の再加速、改善できるところを改善し、車に合わせられるところを車に合わせ、漸く私は長距離運転で疲れる症状を克服した。

 世間一般ではデジタル・デトックスとか称してスマホを箱の中に閉じ込めたり白黒にしたりアプリを入れられないようにしたりと云ったことが流行っているらしいが、私は運転をデトックスした。つまりそれまでの運転モデルを破棄し、周囲の交通に合わせて適正な車間と車速で追従し流れるように運転する。それが、免許を取ってから下手になった私が行った運転におけるデトックスだ。


 しかしそれでも、まだ不満だった。この時ばかりは原因も理由も知っていた。

 それは本当に私自身の腕によるものか? 車が良い感じに合わせてくれていただけなのではないか?

 そして付きまとってくる、一家に車一台しかないことの弊害足る『家人が誰か一人でも車を使うと私や他の家人が外出できない』と云う問題の解決で在り、選択肢の拡幅の必要性だ。

 そこで私はまっとうに貯金をしながら両親と話し合い、車を購入することを決めた。

 皆さんお気づきの人も多いだろうが、そう、ここまで2700文字ほどを費やしてきてまだジムニーは未登場である。

 私の当初の車の選考基準は、運転モデルを見直したことによって疲れにくく、速く、物が載せられて、長距離を走っても心地よい倦怠感に包まれる、そんな心地よいティアナのように――快適で、長距離が得意で、速くて、物も載せられて、ワンボックスではなくセダンかハッチバックの車両であった。

 だがこれらを満たす車両と云うのは意外と少ないことにも早くに気が付いた。

 私は新車か中古車かについても特に強い拘りはなかった。中古であれば私の父が乗っていたアベニールや、母が乗っていたセフィーロなども視野に入ってくるからだ。

 私はこれらの車が大好きだった。乗るたびに両親が私をどこに連れて行ってくれるのか楽しみで仕方なかった。ああいう、走ることで得られる家族の体験がある車でさえあればそれでよかった。

 しかし中古車となると、総額は伏せられているパターンや、当時は総額だけを表示する義務がなかったため本体価格が400万で整備費用が100万、車体登録料別途、整備に掛かる日数がパーツ供給的に不明なんてことがざらだった。水没車を最低限動かせる程度に整備しただけで500万なんて吹っ掛けてきたところもあり、早々に私は中古車を辞めた。自動車業界の闇だ、あれは。

 だが試乗を重ねていくにつれ、往年のこういった名車たちと、現代的な車は似ても似つかない境地に至っていることに気が付いた。

 私は普通免許を取っている。つまりミッション車で検定を受けて合格した。だから出来ればミッション車を買いたかったが、現代的な車両で新車でミッション車を買うとなると、具体例を挙げるならばN-One RSやN-BOXやエブリィやハイゼットカーゴ、コペンやS660(当時)やロードスターやシビックType-RSやマツダ3やスイフトマイルドハイブリッド中間グレードかスイフトスポーツやヤリスなどなどとなる。

 当初こそこれらで試乗を重ねていたが、どうにもピンとこなかった。例えばスポーツ系ならば回転数を電子制御で勝手に合わせてしまうせいで、回転数が合ってなかったと自覚があるのにすんなりシフトチェンジできてしまう。あんなの、最初こそ楽しいが長続きしないし、私がティアナで覚えた『車側が合わせているのではないか』と云う疑問の最たるだ。

 ではかといってコペンやロードスターでは、父や母がDIYや犬の小屋を買ったり、もしくは米や犬の餌などを30kgの大袋で買い揃えたときに荷物が載せられないしトルクが細いからそもそも積むのに向いていない。

 かといってN-BOXやハイゼットカーゴやアトレーワゴンやエブリィワゴンなどが必要になるほど、物の管理が絶望的に出来ないわけでもそんなに大量に買いこむわけでもなく、しかもターボが付いていないから長距離を100km/h以上で走らせる場合無理がある。

 そしてここが重要なことだが、何れの車種もオフロードも行けるとメーカーは言うが、例えばSUVは『オフロード競技やスポーツレーシングも出来て物も積める』とはいうが、その多くはなんちゃってだ。SUVの皮をかぶって、中身はずっと出来損ないのステーションワゴンだった。

 ではハイトワゴンやカーゴ系はどうかと云えば、私はそこまで大量にドリンクホルダーやUSBポートを必要としていないし、車内で飲食したり縫い包みで戦車のように運転席以外を覆い尽くさなければ落ち着かない性分でもない。何より一人の時は漫然とだらだら走らせることはあっても、沢山買い物をしまくってリアに過重が偏るわけでもない。だが長距離は運転するからターボ付き660㏄か2LのV6くらいは最低でも欲しかった。今にして思えば中々贅沢な悩みだと思う。

 ディーラーの人に無理を言って敢えて舗装の荒れに荒れている私道や市道、市と市の境でお互いに管理責任を擦り付け合った末に未舗装で放置されている上にガタガタに荒れている未舗装路、軟弱地盤や砂地などを走らせたが、あくまでも走れないことはない程度で快適とは言えない。

 そこで大学を一年程度で中退した大して頭の宜しく無い私は考えた。これらを高次元で及第点以上に満たす車両を探そうと。

 そこでまず最初に見た目で目に留まったのが、2018年以降からの現行型ジムニーだった。見た目が旧車チックでボンネットのある先に突き出たボディ。精神年齢八歳の人々を魅了するデカいタイヤにデカいホイール。これに心を奪われた。

 次に諸元表を整理した。ラダーフレームで堅牢でオフロードでもオンロードでも行けて、ワゴンやカーゴ系には劣るものの一般的な軽よりは物を多く積めて、加速は鈍い物のトルクは十分にあるから走らないことも走れないところもない。しかも3リンクリジッドサスで多少の凹凸路であれば衝撃をいなして走ることも出来て、ティアナが苦手としているダートやオフロードでも快適性を損なうことはない。

 私は当初こそ、これでオフロードもイケてオンロードでも100km以上で快適に走れる車だったらなぁとか冷ややかになってしまったが、しかし運転哲学を整理したときと同様に整理するなら、走りの早さを取ると低速が苦手になる。燃費ばかりだと加速が鈍る。積載性と居住性を取ると燃費が落ちる。オフロード性能を取ればオンロード性能が落ちる。全てがトレードオフだ。つまり車選びは用途なのである。

 であれば、ジムニーは実は私に一番丁度いい車なのではないかと思えてきた。

 その後実家の近所のスズキディーラーでジムニーとシエラの試乗ができるということで試乗してきた。

 結果は散々だった。特にシエラだが、多段変速ATなので漫然と運転するだけでは頻繁にシフトアップとシフトダウンを繰り返してしまって坂道の登攀時に必要なトルクが出ず中々思うように進まず、かといって長距離走行もターボ付きのジムニーなら兎も角、シエラはNAエンジンの為加速が非常にもたもたしている。しかも1.5L直4のため2LのV6を持つティアナのようなシームレスな加速ではない。

 勿論速度が乗って以降はシエラの方が快適だろうが、かといって自分でギアを選べない、渋滞中にはアクセルとブレーキを行ったり来たりで疲れ、登攀時も息切れ気味で扱いづらい。私は、シエラには向かないと思った。

 しかしかといってATのジムニーも好きにはなれなかった。やはりATなのでトルコンが滑って走りだしは鈍重だし、渋滞中はブレーキとアクセルを行ったり来たりしやすい。トルコンが無理やり進ませてしまうからだ。ターボのおかげで高速の合流はしやすく最高速度への到達もこちらの方が早いが、ATだと何もかもが車任せで、ティアナ以上に時折覚える気持ち悪さが強く出てきた。

 私はジムニーを買うべきかを悩んだ。確かに私の構築した運転哲学通りに動きはするが、それは機械が補正した結果ではないかと云う意味合いが強い。本当の意味でドライビング・デトックスとなる、機械による誤魔化しの無さを体感するには、やはりミッション車しかなかった。

 しかし実際に試乗してみて、ジムニーは私が要求する『全て及第点以上で突出しなくて良い』という条件に限りなく合致していた。

 結局、愛犬の死期が近いこともあって私は焦り気味にジムニーのミッション車を、半ばパッケージが気に入ったという理由から購入を決めた。

 安く買えるところはいくらでもあったが、結局栃木県で購入した。しかも日東グループの車検の速太郎でだ。

 何故カスタムショップなどで注文しなかったのかと云う意見もあるが、世の中カスタムショップにも当たりはずれがある。私の実家40km圏内のカスタムショップは軒並みはずれの部類だった。

 意味もなくリフトアップやインチアップ、オフロードタイヤへの換装がセットになっていたり、限りなく保安基準的に遭うとになりやすいカスタムが前提だったり、前金で200万と車両本体代と車台登録代行手数料で契約内容通り200万とこちらが求めていないカスタム諸費用で120万でメーカーに恫喝や恐喝を掛ける手数料2万円で急かしに急かして納車2か月なんていうところもあった。

 そんなところで買った車で、17年間も共に過ごしてきた愛犬と胸を張ってドライブなど出来る筈もない。

 結局愛犬が亡くなったのち、2024年の年末に車検の速太郎で購入した。

 納車まで9か月ほどだと聞いていたが、結局納車されたのは7月下旬で、約7か月ちょっとで納車された。しかも本体代金の値引きがない代わりに下回り防錆コーティングとボディのコーティングをタダでやって貰っている。最終的には得をした。

 納車されてからジムニーに乗り込んでみると不思議なもので、ジムニーは私が求めていたすべての要素をやはり兼ね備えていた。

 通院にも使える、買い物にも使える、雪道も走れる、林道も走れる、長距離も走れる、MTが楽しめる、維持費も比較的安い、小回りも利く。

 

 ほぼ全部の要素が80点前後で成立している。

 高速道路だけを見ればティアナの方が快適だ。

 積載性だけで見ればハイエースの方が上だ。

 燃費だけで見ればヤリスやスイフトのハイブリッドの方が上だ。

 スポーツ走行だけ見るとGRヤリスや86、GT-RやZのような週末にラップレコードを更新したい紳士の為の車の方が上だ。


 だが「じゃあ一台だけ残せ」と言われると意外なことに、ジムニーだけが残る。

 いや、少し違うな。「じゃあ通院も買い物も長距離も雪道も林道も積載もこの一台で頼む」と云う、そういう用途に強いと云った方が良いのか。

 泥臭く使えて、何処でも走れて、普段から荷物が積めて、週末にラップレコードを更新しなくても楽しい。この条件、これ実はかなり厳しい条件だ。

 多くの車はどこか一つが突出している代わりに、何かを捨てている。

 だがジムニーは逆で、突出した万能性はないが、致命的な欠点も少ない。


 まぁこんなことを云えば私が

 「ジムニーは最高の車だ。国民全員がこれに乗るべきだ」

 と思っていると曲解するものもいるかもしれない。勿論、内心ではそう思っているよ? この車を乗りこなした経験なしに燃費も走行安定性も何もかも、語れるものではないとすら思っている。

 だがそれでもその内心に蓋をして敢えてフラットな視点のみで云うなら、「ジムニーはトレードオフの着地点が自分に最も合っている」と感じている。


 例えば先ほど例に挙げたような用途だが、全てを高次元で両立して、1~2人乗りで破綻しない車と云うのは存外少ない。普通は用途ごとに最適解が違うが、ジムニーは「最適解ではないが十分解である」を異常な数の分野で成立させている。

 普通は家族4人で乗れる軽が欲しいとなれば積載性や加速性能はトレードオフになる。

 普通は積載性の高い軽が欲しいとなれば空荷の時のリアのトラクションがスッカスカになって滑りやすくなる。

 普通は加速性能の高い車が欲しいとなれば、街乗りでの快適性は落とさざるを得なくなる。

 普通は買い物にも使えて送迎にも使えて家族全員と荷物を載せたいとなるとかなりの大型車になる。

 普通はオフロードで使える車が欲しいとなれば、日本の約70%弱ほどのオンロードでの快適性も燃費も捨て去ることになる。

 だがジムニーは、オフロードを除き、ほぼすべての項目を70~80点で平均を取っている。つまり、世の中に出ている多くの車の中で、この車両だけが唯一と云っていいほど真の意味でオールラウンダーなのだ。

 燃費が悪いとか云うが、空荷か少し荷物を積んだ状態で18.6km/Lがそんなに低い値かね? 十分に高い値だと思うよ。

 結局ジムニーの、それもミッション車に乗り出すと常に車の方から聞いてくる。哲学について、運転姿勢について。これほどストイックな車はないよ。

 私は常々思うのだよ、ジムニーのミッション車に乗った経験無しに走りの質だとか走りの楽しさはわからないとね。この結論はジェレミー・クラークソンがよくアルファロメオに乗らなければ運転の楽しさは分からないというのと本質的には同じだ。

 ジムニーを運転するというのは即ち修行であり、精神的なデトックスでもある。如何に自分が電子装備と快適装備におんぶに抱っこだったかが浮き彫りになる。

 だがこれは当然単純な運転しにくい車という意味ではない。運転しにくい車なんて世の中いくらだってある。

 だがミッション車のジムニーはその点ではニュートラルだ。教習車にして良いくらいストイックで運転しにくく、運転者の技量がほぼ100%で燃費やタイヤ、オイル関係に現れてくる。

 そして最終結論として、他の車に一瞬興味を持ったとしても、大した不満を持っていないことから「結局これでいいな」とジムニーに落ち着く。

 ではそんなジムニーについて、私なりの答えを纏めるならこうなる。


 GT-Rはモンゴル帝国の軍馬だ。週末にラップレコードを更新して普段の街乗りでイキリ散らかしたい紳士の為の車だ。

 フェアレディZは競馬におけるサラブレッドだ。ラップレコードは更新出来ないかもしれないが軽快な走りを楽しみたい紳士の為の車だ。

 偶に見かけるのが、この二車種で荒れ地やダートが快適ではないとか云う間抜けだが、この二車種はそもそも荒れ地に降りることなんて想定されていない。

 ティアナはセスナだ。如何なる速度域や場所でも快適性を損なわずに送り届けてくれる個人向けのセスナだ。

 ではジムニーは何か。ジムニーは歩兵であり牛車であり軍馬でもある。道に迷っても取り敢えず進んでみればどうにかなるだろうと楽観視できる余裕の塊のような車であり、儘ならないことも多いが運転にだけは嘘をつかないへそ曲がりで在り、自分の腕前と技量で対話し哲学を語り合える友人だ。

 こんな車、中々いないだろう?


 そしてだからこそ、ストイックすぎるほどストイックで甘えを許さず常に問いを投げ、試してくる。そんなジムニーのミッション車を愛しているのだ。

 現代の運転哲学においては、車に何でもかんでも電子制御を積めばいいともてはやされている。やれ前後誤発進抑制機能だとかなんだとか、電子装備でおぼれそうになるほどだ。

 だが電子装備や過剰な快適装備、過剰に物を置くスペースを増やし続けた結果、現代的な運転哲学において、ドライバーから主体性と云う言葉が失われて久しい。主体性とはこの場合自責と反省、つまりドライバーと車の哲学的対話、ともすれば社会契約のことであるが、この機会をメーカーの側が奪っている。

 ミッション車だと渋滞がつらい、前後誤発進抑制機能がないと踏み間違えるかもしれない、車線逸脱警報システムがないと車線を逸脱しようとしているかがわからない。

 車の中にドリンクホルダーが最低10個は欲しい、小物を置けるスペースがいっぱい欲しい、ぬいぐるみなどを沢山おいて戦車のようにフロントグラスとサイドグラスを覆いたい。そして煽り運転

 これらは全てドライバーの主体性の欠如であり、つまりは旧来的な哲学の死である。それが現代的な運転の哲学であるならば、私は異端者で構わない。だからこそ私は自分でどういう運転を心がけるべきか、どうすれば運転技術を成熟させられるか、社会契約とは、主体性とは、そしてそれらを現実のものとする唯一無二の相棒足る車とは、それらを哲学した末、ドライビング・デトックスと云う概念に出会い、ドライビング・デトックスこそ、現代の運転哲学を死に追いやると確信している。


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