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短編

恋愛小説が好きな婚約者は【皆に愛される異母妹と彼女に夢中な婚約者】について語り倒す

作者: 木蓮
掲載日:2026/09/13

「貴様っ、また妹に嫌がらせをしたそうだなっ」

「ふえぇぇん、怖かったよ~」


 いや、嫌がらせをしているのはおまえたちだろう。俺ジーニアスは心の中でつっこんだ。

 放課後の学園のカフェで、右腕に派手なメイクをした女子生徒をぶら下げた男子生徒が、隅で静かに本を読んでいる女子生徒を「嫌がらせをした」と怒鳴りつける。

 そんな不愉快な光景を強制的に見せつけられるなんてカフェスタッフと俺たち客への嫌がらせだろう。

 何なの、あのうざい動きとドヤ顔。光を見たら本能のまま突っ込む脳みそセミなの? そういえば、あのぶら下がっている女子生徒の謎の鳴き声もそっくりだな。

 とすると、ああやって姉らしい女子生徒にしつこくからんでいるのは、言葉が不自由すぎて誰も相手にしてくれない寂しさのあまりかまってちゃん化しているのかな。同じ親の血を引いているだけで追いかけまわされるなんて気の毒に。

 両親にそっと報告して言語の教師をつけてもらうことをおすすめするよ。


 気の毒な女子生徒にエールを送ると、なぜか周りの生徒たちがふるふる震えながらうつむき、セミ人間かもしれないバカップルたちもぶるぶる震えながらこっちをにらむ。

 え、何。セミ人間なバカップルの鳴き声って自分の身体だけでなく、周りの人間まで震えさせるの? 

 怖くなった俺は、身を守るためにサラダの豆をそっと手にとった。


「お待たせ、ジニー。今日のおやつはそれだけ?」


 と、ここで待ち人こと婚約者がやって来た。俺は視界と脳内から不愉快なモノたちを消し去って愛しのシアティーネに微笑んだ。


「いや、シアを待っていたんだ。シアは何を頼む?」

「私はジェラートとカプチーノにする」


 愛らしいシアのかわいらしい注文にほっこりするとセミ人間が騒ぎ出す。


「……せっかく妹が会いに来たんだ。君だってそう頑なにならずに、家族として歩み寄ったらどうだ」


 うるせえな、俺とシアの時間を邪魔をする奴は即ファイナルにするぞ。

 思わずイラッとするとシアが「まあっ」と返事をする猫ちゃんのようなかわいい声を上げる。


「あれは今流行りの恋愛小説"黄薔薇のため息"の婚約者ジューリオのセリフだわ」

「あ、なるほど。どおりでセミ人間にしてはまともに意味が通じるセリフなわけだ」

「貴様っ、さっきからごちゃ……へぶしっ」


 シアに向かって汚い口を開けたセミ人間を豆を弾いて放り込んで黙らせる。


「セミ人間?」

「うん、珍生物のあだ名。そのうちいなくなるから気にしないで。黄薔薇のため息ってどんな話なの?」


 見苦しくもだえる奴が目に入らないようににこやかに先を促すと、大好きな恋愛小説を語るモードに入ったシアは目をキラキラ輝かせる。


「黄薔薇のため息は、伯爵令嬢イエローローズが次々に押し寄せる困難を乗り越えて幸せと愛を叶える純愛小説よ。

 物語はイエローの異母妹プリムローズが家にやって来るところから始まるの。

 姉妹の父親は亡くなったプリムの母だけを愛していて、貴族の義務として強制的に結婚させられたとイエローたち母娘に辛く当たっているの。

 そして、イエローの母が亡くなるとすぐに別邸に住まわせていたプリムを家に迎え入れて、彼女を溺愛するの。

 イエローは父親に居場所や大事にしていた物を取り上げられたうえに、皆に愛されてのびのびと過ごすプリムを見て、孤独と寂しさを募らせていくのよ」

「そうよそうよっ! お姉さまとその母親が邪魔したせいで、愛し合うお父様と私たち家族は長い間引き離されてとても辛かったんだからっ。お姉さまは私に償うべきなのよっ」

「ふむふむ。嫌々結婚させられたのは奥さんもなのに、自分だけが被害者ぶる男に虐げられる、不幸なご令嬢が幸せになる話なんだね。

 まあ、物語は話を盛り上げるための都合なのだろうけれど。これが実際の話だったら、そんなに嫌だったら子どもができないとでもして正妻と別れればいいのに。ちゃっかり愛していない(笑)妻との間に子どもを作るなんて。

 誠意も甲斐性もない上に下半身も弱い男だね」

「きいぃぃぃっ!」

「そうね。奥様だって貴族の義務を果たすために嫁いで身体を張って子どもも産んだのに、奥様もお子様もいつまで経っても邪魔者呼ばわりされて虐げられるなんてひどいわ。もし、実際にいたら同じ女性として心が痛むわ」


 大変仲のよろしい公爵家の8人目の末っ子として溺愛されたシアティーネは眉をしょんぼり八の字にする。


「大丈夫だよ、シア。そんな人間として最低最悪の悪魔のような所業を行う奴なんているわけがないさ」

「まあ、ジニーがいうのならそうなのね」


 素直なシアはほっとしたように笑う。うんうん、若干生臭いところもあるとはいえ恋愛小説のキラキラしたロマンスに憧れるシアに醜い現実を見せることはない。というか、そんなことしたらシアを溺愛する公爵一家が全力で潰しにくる。もちろん俺もだ。


「それでね、イエローは家に来る婚約者で侯爵令息のジューリオと過ごすのが唯一の楽しみなの。

 でも、プリムと出会ったジューリオは彼女に一目惚れして、それ以来イエローに会いに来ても必ず顔を出しに来るプリムに夢中でね。

 イエローはジューリオに愛されるプリムに嫉妬して、姉妹として仲良くしたいと会いに来る彼女を拒むの。

 悲しむプリムを見たジューリオは『姉妹なのだからそう意地を張っていないで仲良くしろ』と、イエローにプリムと仲良くなるようにたびたび叱りつけてきて。イエローはジューリオにも嫌われてしまったと深く傷つくの」

「当たり前だろうっ! せっかくかわいい妹が仲良くし……うごあっ」


 ちょうど15時のデザートことトマトソースパスタ(1kg)が届いたので、いただきますの挨拶をしながら唐辛子を目標の口にボッシュートする。ふっ、我ながら華麗に決まったぜ。


「自分が妹と婚家の父親に対して良い顔をしたいからと、立場の弱いイエロー嬢に無理やり言うことを聞かせようとするなんてひどい男だね」

「ええ、イエローが昔から父親に虐められて辛い思いをしているのを知っているのに、プリムに夢中になるあまり彼女だけの味方をするなんてひどいわ。実際、ここのジューリオは無神経だとファンからとても嫌われているの」


 ぷんぷん怒るシアをなだめるために、俺はちょうど届いたミルクジェラートをスプーンですくってシアの口に運んだ。シアは「おいしい」とにっこり笑うとまた興奮と喜びに目をキラキラ輝かせて続ける。


「でね、そこでヒーローが颯爽と登場するの。

 イエローには仲の良い幼なじみの伯爵令息ヴィオルがいるの。彼は長く隣国に行っていたのだけれど、イエローのために急いで家にやって来て『俺と婚約して家を出よう』と助けの手を差し伸べるのよ!

 ここのシーン、セリフも状況説明もとっても素敵なの。今はもうお話も終盤だけれどファンたちの間では人気投票上位にいつも選ばれるシーンなのよ。私もヴィオルはジニーの次にかっこいい人だと思うわ」


 シアは俺の名前を呼ぶ時に口の中で甘く溶けていくバニラのような笑顔を浮かべたが、すぐに苦いエスプレッソを飲んだようにむぅとうなる。ころころ変わる顔もかわいいなあ。


「でもね、残念だけれどそううまくはいかなくて。

 ある日、たまたまヴィオルを見かけたプリムがなんと一目惚れをしてしまって。彼がイエローに会いに来るたびにずっとつきまとってくるようになるの!」

「えっ、何それ。妹は婚約者が好きなんじゃないの?」


 俺が思わず首をかしげるといつの間にか話を聞いていたらしい周りの生徒たちもざわつく。シアは悩まし気に眉をひそめる。


「それが、違うのよ。プリムローズにとっては皆から愛されるのが当たり前で、自分に恋するジューリオもその1人だったの。だから、生まれて初めて自分から人を好きになって夢中になっているのよ」

「へえ~。俺はてっきりまた妹が嫌っている姉と仲が良い人間を横盗りしようとしているのかと思ったよ」

「そうね、イエローのことをうらやんでいるのもあると思うわ。

 プリムはヴィオルが自分がいくら声をかけても無視するのにイエローのことは大事にするのに嫉妬して、しつこく邪魔をしてくるようになるの。

 そして、ジューリオはプリムが他の男性に夢中になって自分を無視するのにショックを受けるのだけれど。そこで自分が婚約者として仲良くしていたイエローローズにしたひどい仕打ちに気づいて反省するの。

 そして、イエローへの愛に目覚めて心から謝ってやり直しを求めるのよっ」

「おおっと、ここにきて無自覚悪女にフラれてから本当の愛に気づいた改心系男が登場とな。まさに1人の女性をめぐる恋の大三角関係、これは恋の炎もファンの応援の熱もメラメラに盛り上がってきましたな!!」

「そう、そうなの!! イエローローズは自分を助けに来てくれたヴィオルと、ずっと心の支えになってくれていたジューリオ、2人の素敵な男性に愛されて戸惑い、でもどちらにも心惹かれて揺れるのっ!! ああっ、思い返すだけできゅんとするわっ!!」


 感激してふるふる震えるシアに合いの手を入れると、周りの女子生徒たちからも「何それ気になるわ」「一途に愛する誠実系と改心した溺愛系……ううん、迷うわあ」「そんなの2人ともゲットすればいいじゃない。だいたい、こういうのは皆に愛される健気でかわいい妹が幸せになると決まっているのよ。邪魔者のお姉様は黙ってドアマットになってなさいよ」と感想を呟く。

 最後のはあれか。調子に乗りすぎてざまあされる系妹を目指す人かな。立派なフラグだなあ。無事に叶うと良いね。

 と、最後のジェラートを食べ終わったシアは名残惜し気に眉をへにゃりと下げる。


「でも、ここでまたイエローに不幸が襲い掛かってくるの。

 2人の素敵な男性に愛される異母姉に嫉妬したプリムはかんしゃくを起こして、自分に甘い父親に『イエローを今すぐジューリオと結婚させて家を追い出して。そして、愛するヴィオルを私の婚約者にして』と泣きつくの。

 父親は恋煩いですっかりやつれてしまったプリムを心配して、憎たらしいイエローを屋敷の地下に監禁するの。

 そして『今すぐにジューリオと結婚して、ヴィオルがプリムローズと婚約するように説得しろ』と、魔術誓約を結ぶように脅迫してくるの」

「うわあ、親しい幼なじみを虐めぬいているうえに、しつこくつきまとってくる自称妹ってだけでも顔も見たくないぐらいに嫌われるのに十分なのに。幼なじみを監禁して自分と婚約を結ぶように脅迫するなんて。

 何なの、実は愛されたいんじゃなくて命を狙われるのも致し方ないレベルで憎まれたいの? 怖っわ」


 大げさに怯えるふりをしてふるふる震えるもシアは考え込んでいてスルー。うう、悲しい……。


「そうねえ。これは私の想像だけれど、プリムは今まで誰とでもうまくいっていたのだし、婚約して自分と過ごす時間が増えれば必ず愛されると思っているんじゃないかしら。それに、ヴィオルはイエローには優しいから、自分もそうなりたいと執着しているのもあるのかも」

「なるほど、はた迷惑だけれどそこまで覚悟が決まっているなら、ある意味どうなっても仕方がないな。世の中にはいろんな考えがあるんだな」

「そうよ。12時のランチに普通の人たちの5倍はあるボリュームのある食事を摂ったのに、15時のコーヒーブレイクにさらに普通の人が大盛りと呼ぶメニューをぺろりと平らげる人もいるのだもの。

 世の中には自分が想像もできないようなことをする、いろいろな人がいるのよ」


 シアにジト目で見られた上に、周りの生徒からもドン引きした視線を向けられた俺はふにゃりと笑ってごまかした。

 俺は天才だから魔術を使うとお腹が空くのさ。あとここのご飯何でもおいしいから全部食べたいし。おいしいご飯を作ってくれる皆さん毎日サンキュー。


「HAHAHA、シアと話していると知らないことが知れて見識が広がるよ。ところで、おかわりはどうする? 食堂のお姉様いわく、ブドウを使ったケーキがおすすめらしいよ」

「わあ、本当? じゃあ、それが良いな」


 あっという間にご機嫌になったシアはケーキへの楽しみ半分、小説のシリアスなシーンを語る時の真面目さ半分の、キリっとした顔で続ける。


「地下に閉じ込められたイエローは、毎日父親に脅されプリムにののしられて苦しい思いをしながらも、自分を助けに来てくれた優しいヴィオルを巻きこむわけにはいかないと頑として拒むの。

 一方、ヴィオルはジューリオと一緒にイエローを助けようとするけれど、父親はイエローを解放することと引き換えに『プリムローズと婚約して一生心から愛して大事にしろ。そして、イエローローズのことは忘れて一生関わらない』ようにと魔術誓約を結ぶように脅迫してくるの」

「おう、まさに人の心がない悪役らしい父親だな。まあ、現実の魔術誓約は誓いの内容を破ると罰が下って信用を失うってだけで、人の心や動きを強制するなんて効果は何もないけれどな。

 そういう弱みを狙って的確な嫌がらせをするなんて、何とも陰険親父くさくて嫌らしいねえ」


 セミ人間バカップルどもがニヤニヤしていたので一応釘を刺しておく。魔術誓約なんて幼い頃に教わる貴族の常識なんだが、あいつら地中で生まれ育ったのかな。


「俺は侯爵令息だぞっ、それぐらい知っているわっ。貴様っ、人をバカにするのも……ギュエエェェッ」


 もったいないけれど大きめのミニトマトを押し込んでおく。

 一応言っておくがバカにしているんじゃないぞ。俺の愛しのシアティーネが熱く語る愛する恋愛小説話の邪魔になってうるさいと言っているだけだ。まあ、バカだからシアの話の意味が1ミリも理解できていないみたいだけれど。


「何よっ、ちゃんとわかっているわよ!! ここから邪魔者の姉を追い払って、妹が真実の愛を手に入れて幸せになるんでしょ!」

「シア、ここからどうなるの?」

「愛するイエローを助けるために奔走するヴィオルに、同じくイエローを心配するジューリオが協力を持ちかけるの。

『君と同じく私もすぐにイエローローズを助けだしたい。だから、ここは一旦伯爵の提案にのったフリをして彼女を助け出そう』と。

 そして、ジューリオは自分の両親にかけあって元々婚約しているイエローとの結婚を早めて、安全な自分の家に彼女を保護するから、ヴィオルはプリムローズたちが諦めるまで元いた隣国に逃げるようにと提案するの。

 それでね、もしイエローが望むならばヴィオルがいる隣国に彼女を送り届けると約束するの!」

「ほう。ライバルにもチャンスを与えるなんて、やるな」

「でしょう。ジューリオは元は優しくて公平な方だから、イエローローズとヴィオルが想いあっているのを知っていて、愛するイエローの幸せのためにそう言ったの。

 でも、自分もイエローを愛しているから、彼女を保護したら全力で彼女を愛して、今度こそ幸せにすると決めているの。

 ここのジューリオの決意と宣言のシーンもすごく人気でね。作者の方も『イエローを含めて周りから愛されるのが当たり前だった傲慢な彼が、愛し愛される喜びを知って人間として大きく成長した。書きたいシーンの1つ』と、お気に入りのシーンだと言っているのよ」


 確かに、改心した人って何と言うか懐が深いというか人間らしさが出てなんか応援したくなるんだよな。まあ、シア一筋の俺はヴィオルを応援するが。

 周りの生徒たちも「溺愛スパダリ婚約者と幼なじみパートナーヒーロー……悩ましいわあ」「くうぅぅ、こういう痛い目にあって優しさと尊さに目覚める聖人系に弱いのよおおお」「面白そうだね、後で本を探しに行こうか」とざわついている。

 うんうん、恋愛小説が大好きなシアティーネの推しの本が人気が出て何よりだ。ファンが増えればより良い作品が生まれてシアが喜んで俺も幸せだからね。さあさあ君たち、俺たちの幸せのためにどんどん沼にハマって仲間を増やしてくれたまえ。


「ジーニアス、何か変なこと考えていない?」

「え、そんなことないよ。シアティーネの大好きな恋愛小説の話を聞くのはいつも楽しいなと思っているよ」

「そう? まあ、それならいいけれど。えっと、そうだわジューリオの名シーンよね。

 そうして彼らは動き出したのだけれど、残念ながら少し遅かったの。

 何をしてもうなずかないイエローに怒り狂った父親は、彼女がうなずくまで一切の世話をやめるように使用人たちに命じたの。

 元々、心が弱っていたイエローはこれ以上生きていてヴィオルに迷惑をかけたくないとあきらめて衰弱していくの。そして、ついに動けなくなったイエローを父親は『家で死なれたら迷惑だ』と、残酷にも使用人たちに命じて外に放り出すの。

 もう、ここのシーンは胸が苦しくなってしまって。今でも読み返す時には覚悟がいるのよ」

「確かに。恋愛小説にしてはハードな展開だね」


 顔も性格も素敵な登場人物たちの幸せな恋愛に自分を重ねて憧れる貴族令嬢たち向けの恋愛小説に、そんな主人公が理不尽な理由で虐げられたあげく殺されかけるドロドロでバイオレンスなシーンが良く許されたなあ。

 それ最近流行の人間が怖いホラー小説じゃない?


「違うわ。主人公イエローローズが2人のヒーローに愛されてどちらの手をとるか、ハラハラドキドキしながら見守る恋愛物語よ。まあ、冷酷な父親たちが痛い目にあうのが好きって方もいるけれど」


 おっと心の声が漏れていたようだ。俺は抗議するシアに謝ると先を促した。


「道に倒れたイエローローズは最後に大好きなヴィオルに会いたかったと祈るの。

 そして、その願いが届いたかのように通りかかったジューリオがイエローを助けて、密かに侯爵家に連れて帰って保護するの。

 でも、ジューリオたちの手厚い看病のおかげでイエローは元気になるのだけれど、残念ながら辛い仕打ちを受けたせいで今までの記憶をすべて失くしてしまったの。もちろん、ヴィオルのことも忘れてしまったわ。

 ジューリオは後ろめたく思いながらも、万が一にでもイエローが生きていることを伯爵家に知られないように、すべてを隠して彼女に優しく接するの。

 そして、イエローもまたジューリオに惹かれていくのよ」

「ふむふむ、ジューリオは本当にイエローローズを大事に想っているんだな。ヴィオルはどうしているんだ?」

「ヴィオルはジューリオからイエローを助け出したと聞いて会いに行きたいと思っているの。

 ただ、邪魔者のイエローがいなくなったことでプリムローズと父親はより過激化して、ヴィオルにしつこく付きまとって、ヴィオルの伯爵家にも巧妙に圧をかけて婚約を迫るの。

 そこでヴィオルはイエローを助けるためにわざとプリムに近づいて、伯爵家に入り込んで父親のイエローローズへの虐待と殺人未遂の証拠を集めていくの」

「おお、策士だね。そういうしぶとい害虫はすっきりさっぱり叩き潰す話が好きだな。

 いっそ妹と形だけ結婚して別邸に押し込んで、呼び戻したイエローと一緒に伯爵家を乗っ取る。な~んてのも面白そうだよな」


 やっぱり悪役はすっきり滅ぶのが様式美だしね。俺が笑いながら冗談を言うとシアは「まあ、ジニーは過激ね」と笑って流したけれど、周りの生徒たちは引きつった顔をして、中には距離をとる奴もいる。

 何だよ、その危ないヤツを見ちまったみたいな反応。俺の繊細なハートが傷ついちゃうぞ。


「ふふ、私の話にいつもユニークな感想をくれるジニーにも、きっと面白い恋愛小説話を書く才能があるわ。

 それでね、ある日イエローローズはジューリオに連れられて街に出かけるのだけれど。神様のいたずらかヴィオルと出会ってすべての記憶を思い出すの。

 そして、ヴィオルとの再会を喜ぶのだけれど、運悪くプリムローズにも見つかってしまって。

 イエローは父親に生きているのが知られて、伯爵家に連れ戻されそうになるの」

「へええ、そのまんまジューリオの家に押しつけて婚約させてしまえば、少なくとも性懲りもなく狙っているヴィオルの婚約者の座はフリーになるのに。悪役とセミ人間ってやつはどこまでも主人公につきまとって幸せを邪魔をしてくるんだね。それとも、やっぱりやられ役として成敗されたいのかな?」

「だから、そのセミ……みいぃんっ!」


 まだ生息していたセ(以下略)に残しておいたパセリを押し込んでおく。

 シアはクライマックスでちょっぴり興奮しているのか、意気込んで続きを語る。


「そうなの。ここでついに悪の父親に正義の鉄槌が下るの。

 ヴィオルとジューリオは、ヴィオルが身体を張って集めた父親の正妻の娘イエローローズへの虐待と殺人未遂、ジューリオは密かに調べた伯爵家の不正とヴィオルの家への嫌がらせをそれぞれの家を通じて王宮裁判所に提出したの。

 その内容があまりにも悪質かつ他家にも手を出したことが問題視されて、伯爵は爵位剥奪の上に蟄居、伯爵家は一旦国の預かりになり、プリムローズは戒律の厳しい修道院に送られることになるわ」

「ははあ、自分の娘のわがままを叶えようとするあまりに強引で悪どいことばかりしていたら、めぐりめぐって自分たちの人生が破滅したってわけか。貴族でなくなれば今まで通りわがまま放題できなくなるし、好き勝手にやってきた伯爵にとっては一番こたえる罰かもな」

「そうね。プリムローズはヴィオルやジューリオにも手紙で助けを求めるのだけれど、2人とも閉じ込められたイエローへのむごい仕打ちを怒っていて『これからは君にとっては邪魔者のイエローがいないところで好きに過ごせばいい』と返事をして、無視するの。

 それでも、せめて最後に一目会いたいと街でヴィオルを探し出して『ずっと愛している』と泣きすがるのだけれど、ヴィオルは『愛するイエローローズを助けるために嫌々付き合っていただけだ。彼女を傷つけた悪女なんかもう二度と顔も見たくない。今で忘れる』と冷たく振り払うの。

 生まれて初めて愛した人に憎まれ捨てられたプリムローズはショックで心を病んで、そのまま修道院に送られるの」

「なるほど。主人公の邪魔をしていた父娘はそろって自分のしでかしで破滅して、主人公たちの世界から永遠にすっきりさっぱりいなくなった。まさに主人公にとって最高のハッピーエンドだね」


 うんうん、この作者とは気が合いそうだ。俺が感心するとシアもにこにこ笑いながらちっちっちと指を振る。俺の婚約者がこうしたかわいい技を覚えてくるのは、どこの影響何だろうなあ。


「ふふふ、ジニーならそう言うと思ったわ。でも、イエローローズが幸せになるのはここから。

 父親と異母妹がいなくなったことで、イエローは父方の親戚に爵位を譲ることに決めるの。

 そして、すべての後片付けが終わった後。イエローはずっと好きなヴィオルについて彼が住んでいる隣国に渡るか、ずっと助けてくれて記憶を失くして新しく好きになったジューリオに嫁ぐか、迷うの。

 ここまでが今まで発表されているお話。

 もうね、2人ともとても素敵なヒーローだから、ファンたちの意見も真っ二つに割れていて。イエローがどちらの手を取るかずっと熱く議論しているのよ」

「確かに、これはどっちにするか悩ましいね。シアはどっち派なの?」

「う~ん、どっちも好きだけれどどちらかと言ったらヴィオルね。イエローは元は活発な女の子でヴィオルが隣国に行ってからは彼から聞く生活に憧れていたから、幼い頃からの夢を叶えるのも素敵かなって」

「なるほど、シアらしいね。俺も愛するイエローの敵にきっちりトドメを刺した用意周到さを評価して、ヴィオルだな」

「まあ、ジニーったら。お父様みたいなことを言うのね」


 シアティーネはおっとりと笑うけれど、末娘を溺愛する公爵の情け容赦のなさを知っているらしい生徒たちは顔を見合わせる。あの人、本当に大人げないからなあ。

 と、シアがここで水に濡れて困った猫ちゃんのようなへにょりした顔をする。


「それで思い出したのだけれど、一つ困ったことがあるの。ジニーにお願いしてもいいかしら」

「もちろんだよ、どうしたの?」

「実はね、この小説が人気過ぎて登場人物たちの真似をする人たちが出てきているの。それはもちろんファンとしての応援活動の一環だし、私ももちろんやっているのだけれど。

 困ったことに悪いことに使う人たちが出て来てしまって、困っているの」

「悪いこと?」


 聞き返すと、珍しくシアは怒ったように猫のようにくりっとした目を吊り上げた。


「ええ。序盤で婚約者のジューリオが妹のプリムローズを庇って姉のイエローローズを詰るシーンがあるでしょ。

 あそこを読んで何を勘違いしたのか”姉に虐められていると思いこんでいる妹とそれを本当だと思いこんだ婚約者が、プリムローズとジューリオのセリフをそっくりそのまま真似して、何も悪くない姉を反省しろと罵る”という、トラブルが増えているそうなの」

「んんん~? それ、ついさっきどこかで聞いたな」


 ちらりと忘れかけていたバカップルの方を見ると視線をそらしてこそこそ逃げ出そうとした。が、察した周りの生徒たちに囲まれて逃げられない。

 怒ったシアはぷりぷりと続ける。


「まあ、本当に。どうも最初にやった人たちがうまくいったからと、最近調子に乗って真似している人たちが次々に出ているそうなの。

 黄薔薇のため息は優しいヒーローたちとの恋愛がメインであって、そんな不幸な主人公とそれを助けるヒーローが悪役を倒すような愛憎の話じゃないのに。変な勘違いをした人たちに切りとって利用されて、婚約者同士の関係を乱す悪いイメージがついてしまったの」


 まあ、メインではないけれどドロドロの愛憎関係と復讐の話ではあるな。シアには言えないけれど。

 しかし、実際に婚約者同士の揉め事の種に使われていて、純粋に恋愛小説を楽しむシアを悲しませるなんて許せないな。うん、社会的に抹殺するか。

 と、シアがここで特大の爆弾を落とす。


「おかげですっかり問題になってしまって。一部の過激な人たちから作者の方に、出版を取りやめるようにと圧がかかっているの。このまま続くようだと黄薔薇のため息は完結を前にして良くて販売中止、悪くて廃棄されてしまうかもしれないの!」

「「「「「な、なんだって~!?」」」」」」


 思った以上の大事に俺だけでなく周りの生徒たちからも絶叫と悲鳴が上がる。中には、ショックでふらつく生徒もいる。

 ここまで盛り上がっているのに取りやめになったら、俺もセミになって暴れそうだ。


「そうなの、危機的状況なのよ。だから、お願いジニー。あなたも悪いイメージを払しょくするのに力を貸して」

「もちろんだよ、シアティーネ。愛する君のために今すぐに手を打つよ。

 ……要は、そういう奴らは最初にやらかして運悪くうまくいってしまった奴らを見て浮かれて真似をしているんだ。だから、抑えるには逆にそういう奴らを捕まえて見せしめにちときつく〆あげ……注意すれば大人しくなるさ」


 そう言えば、そこにちょうど良いのがいたなあ。

 俺がシアの父親と会う時のような笑顔を向けると奴らはぶるぶると震え出した。そして、俺と同じ気持ちだろう生徒たちも俺と同じく良い笑顔を浮かべて奴らが逃げないようにみっちりと囲んだ。


「ところで君たち、さっきのセリフはどういう意味で言ったのかな?」


 *****


「ところで、シア。彼女のことはいつから知っていたの?」

「少し前よ。たまたま揉めていたのを見かけて気になっていたの」


 1月後、街に出かける馬車の中で俺はご機嫌なシアに尋ねた。

 あの後、小説と調子に乗ったおバカどもの真似をしてカフェで異母姉にからんでいたはた迷惑な物まね族は、俺と黄薔薇のため息小説ファンの皆様で囲んできっちり矯正しておいた。

 そして、イエローローズほどではないが父親に嫌われて家で苦労しているという異母姉を助けると約束し、彼女はあの迷惑でしかない婚約者と別れてあの場にいた生徒と婚約し直した。

 ちなみに、妹はプリムローズのように異母姉の婚約者を奪おう、なんてことはせずに大人しく過ごしている。うんうん、人を破滅の未来から救ったなんて善行を積んだわ。


 で、俺のかわいくて賢くて優しくて正義感のある公爵令嬢シアティーネは、前からあの気の毒な伯爵令嬢を知っていて助けようとしていたらしい。

 それに加えて、奴らがどこからか聞きつけたお気に入りの小説のセリフを使っていることを知って、俺を巻きこんで小説の調子に乗った登場人物たちの悲惨な末路を語り聞かせて脅し、周りの生徒たちを味方につけて二度と小説を使って悪さをしないようにきつくお仕置きしたらしい。

 恋愛小説を愛するシアはその世界観や登場人物たちを愛していても、現実での悪を許さないのだ。ましてや、愛する創作物を悪用する奴はファンとしてざまあだ。

 普段はおっとりしているのに、そのギャップがたまらん大好きです(ぽっ)


「彼女も幸せになれるといいね」


 今日は黄薔薇のため息の最終巻の発売日だ。これまでの中で一番予約が殺到していて公爵家令嬢で長年のファンのシアでも予約をとるのが大変だったらしい。でも、それだけファンが増えてうれしいことだ。


「ええ。それに、イエローローズがどっちの手をとるか楽しみね」

「ああ。帰ったらお祝いだね」


 俺は推し小説の幸せな結末を夢見る恋人をそっと抱き寄せた。恋愛小説の結末のように愛しい彼女と2人きりでゆったりと過ごせる幸せを噛みしめながら。

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