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夫に捨てられたら義娘がついてきたので伯爵家ごと貰いました

作者: 唯崎りいち
掲載日:2026/06/11

「この家からすぐに出て行ってくれ。離縁の慰謝料は払う。セレナ、君はまだ若いから三度目の結婚をすればいい」


 13歳も年上のオズワルド・ローガン伯爵の後妻になって8年、私、セレナは29歳になっていた。


 私に離縁を言い渡すと、オズワルドはそのまま部屋に行き仕事に出かける準備をしている。


 結婚してからほぼ仕事で、滅多に屋敷には帰ってくることのない夫だった。

 浮気をしているだろうとは思ったけど、私の方も夫には興味が無かった。


 ただ、今年で15歳になった娘と一緒に暮らせればいいと思っていた。


 けれど、浮気相手が妊娠したから離縁して欲しいと言う。

 そんな誠実な人だとは知らなかったわ。


 でも、それは夫の連れ子の娘と離れ離れになってしまうという事!


「お母様……」


 娘は話しを聞いていたらしい。


「お父様に昨日言われたんです。13歳も年上の侯爵様と結婚しろと」


 娘のミレーヌが目に涙を貯めている。


 ミレーヌには子爵家の同じ年のアーサーと言う恋人がいるのだった。

 私も何度か会っていて、近いうちにオズワルドに紹介して婚約させたいと言うつもりだった。


 どういうつもりで13歳も年上の侯爵と結婚しろと娘に言っているんだろうか?

 再婚する女が子供を産むから娘が邪魔になったの?


 誠実なのは浮気相手にだけか。


 私は未練なんてないから離縁に文句はない。


 でも、私が離縁されてしまったら、娘のミレーヌとは他人になるのだ。

 娘の結婚になど口を出せない。


 すぐにでも13歳も年上の侯爵と結婚させられて、この家を追い出されてしまう。


 ちょうど私とオズワルドも13歳差だったが、私は前の結婚が理由でもう同じ年の人を好きになれなかったから事情が違う。

 最初からオズワルドと愛し合うような夫婦になるつもりがなかった。


 13歳も歳が違うと、体力や精神的な成熟度が全然違う。

 価値観や考え方が全く違うから、話しても楽しくない。

 ただ、夫の考えを聞いてその通りのしているだけの従順な妻になるしかない。

 愛情があれば違うのかもしれないけど、私とオズワルドの間にはなかった。


 娘と侯爵ともそうなるだろう。

 愛のない関係を欲していた私と違って、恋人と引き離されて無理やり結婚させられる娘には辛すぎるだろう。


「お母様が出て行くなら、私も連れて行って……! あんなおじさんと結婚させられるなんて嫌!」


 もちろん、連れて行きたい……。


 けど、私の実家のエインズワース伯爵家は、ちょうど弟が家督を継いだばかりだ。


 父の代だったら、ミレーヌと一緒に実家に戻って父にオズワルドと交渉してもらえたけど、弟となると心許ない。


 弟は結婚して子供が生まれたばかりだし、義理の妹に負担をかけたくない。


 私の沈黙にミレーヌの瞳が揺れて顔が歪んでいく。


 ミレーヌは私にとって、夫の連れ子という以上に大切な存在なのに、私には守る力がない……。


 ごめんなさい……。


 そんな言葉が出かかった。


 ——本当の母親なら、絶対的に、ここで諦めない!


 私のミレーヌへの想いが、言葉を飲み込ませた。


 方法があるかもしれない……。


 オズワルドは仕事と言っていつも外に出て行く。


 国の文官として要職についているから仕方がないけど、その間に伯爵家を仕切っていたのは私だ。


 最初の頃は簡単な指示がオズワルドからあったけど、ここ数年は私が全て回して、オズワルドに指示されていた時より収入が多い。


 伯爵はオズワルドだからと、伯爵家の財産を取り崩して外で遊んでいるのを黙って見ていたけど……私のおかげで増えたお金だわ。


 慰謝料どころか、もっと貰っていいわ。


 伯爵の爵位を貰ってもお釣りがくる。


 私は微笑む。


 ミレーヌがその様子に気づく。


「お母様、またとんでもない事を思い付いたんですか!」


 パアッと明るい顔になった。


 私の突拍子もない思い付きで、事業がどんどん成功して行くのを間近で見ていたのがミレーヌだった。


 前世の知識を使ったんだけど。


「期待しないで、うまく行くかは分からないから」


「はい!」


 ミレーヌの声にはもう成功したような響きがあった。

 


 玄関から出掛ける夫に声をかける。


「オズワルド、離縁に応じるわ」


 振り返ったオズワルドは笑顔だった。


「ただし——」


 私は手袋をオズワルドの足元に叩きつけた。


「伯爵家の爵位をかけて、決闘を申し込むわ。私が勝ったら領地ごと爵位を貰うのが条件よ」


 この国の法律に、家族間で爵位の事で揉めた場合は決闘で決めるとある。

 想定されているのは兄弟や父子の間だろうけど、夫婦の場合はダメとは書いてないわ。


 まあ、夫も娘も口を開けて驚いているけど。 


 私だって、さっきまでは思ってすらいなかった事をやっている自分に驚いている。


 法律で決まっているこの決闘は、申し込まれたら戦うしかない。


 でも、私を救ってくれたミレーヌの為なら、なんだって出来るの!


 ミレーヌが笑顔になって私を見ている。


 7歳の、私の心救ったあの日と変わらない笑顔で——


◆◇◆


 私、セレナ・エインズワースの最初の夫は大好きな幼馴染だった。


 クロフォードとは、子供の頃からずっと一緒で「結婚するんだよ」と言い合って、本当に結婚した。


 好きすぎて幸せすぎて怖いくらいだったのに、クロウはあっさり死んでしまった。


 同時に、私はこの世界に転生していた事を思い出した。


 中世のヨーロッパ風の何もかもが不便なこの世界で、クロウといられる事だけが幸せだった。


 ずっと泣き続けた。


 三年経っても悲しみが癒えることはなかった。


 もう、どうでもよくなった私は13歳も年上の男の後妻になった。


 オズワルド・ローガン伯爵34歳は前妻に先立たれて三年が経っていた。

 クロウを三年前に病で失った私と、そこだけが共通点だった。


 なんの感情もないまま妻になって初夜が終わって、伯爵夫人と呼ばれた。


 その日から、21歳だった私には7歳の娘が出来ていた。


 でも、娘にも何の感情も持てずに、ただ与えられた自室にこもって過ごす。


 自宅にいる時となにも変わらない。


 違うのは、いつも仕事でいない夫のオズワルドが帰ってきた日だけ。


 夫と寝室で過ごして朝を迎える。

 それだけの違いだ。


 オズワルドはまた仕事にすぐに出かけて行く。


 オズワルドを見送った玄関から去る時に 

娘がこっちに向かって来るのが見えた。


 娘のミレーヌがおどおどした様子で私に聞く。


「お母様、お父様はどこですか?」


「もう出かけましたよ」


 そう伝えるとミレーヌの顔に影がさす。


 私は気にせずミレーヌの横を通って自室に戻ろうとして、ハッと思い出す。


『お父様とお母様が喧嘩していたんだ』


 ずっと昔、小さなクロウがそう言って、こんな影のある顔をしていた。


 そんなクロウが可哀想で、『大人になって結婚したら、私とクロウはずっと仲良しでいましょうね』そんな約束をした。


 約束は果たされたのに、途切れてしまった——。


「ミレーヌ、今日は私と一緒にいましょうか」


 そう声をかけると、ミレーヌは私を見て明るく笑った。


 ——でも、壊れていた私の心がそう簡単に治るはずもなく、ミレーヌには気まずい思いをさせてしまった。


 7歳の女の子といるのに私はやはり悲しみに沈んで何も話さなかった。


 でもミレーヌは健気だった。


 時折り私に話しかけて、描いた絵を見せてくれたり、おやつのマカロンを分けてくれた。


「私はピンクのマカロンが一番好きなの。だから、お母様にあげます」


 何が、だからなんだろう?


 子供の考えてることは分からない。


 ただ、なにも考えずに食べて、その日は夕食までずっとミレーヌと過ごした。


 つまらない一日だった。

 気疲れとはこの事かと、7歳の小さな女の子に、なにも気を使ってないくせに思った。


 そして、ベッドに横になる前にクッションを一つ、ちょうど寝心地がいい場所に移そうと取った。


 ピンクのマカロンみたいな色だった——。


 私は子供の頃にピンクが大好きで、クロウと一緒にいて何かを選ぶ時にはピンクがあると必ずそっちを選んだ。


 どうしてそんなにピンクにこだわったのか、今ではわからないけれど。


 もう一人の1歳下の幼馴染にピンクのお菓子を取られて泣いていたら、クロウがピンクっぽいお菓子を集めて慰めてくれた。

 なのに私は「ピンクじゃない!」と言ってクロウを困らせた。


 大きくなってもクロウは私にピンクを渡したがって、「今は、薄い紫の方が好きなのよ」って伝えたら、すごくショックを受けていたわね。


 クスッと思い出して笑う。


 そして、自分の声に驚く——。


 クロウを思い出して、笑えたのは初めてだった。


 ただ、泣くばかりだった私は、クロウを悲しませていたのかもしれない。


 心を覆っていた霧が晴れて行く感覚。


 クロウの笑顔を思い出しても悲しくはない。


 ——そして、ミレーヌに酷いことをしてしまったと、思った。


 どんな気持ちで一番好きなピンクのマカロンをくれたのか。


 ミレーヌの気持ちを踏みにじってしまった。

 あんなに小さくて可愛い子なのに。


 涙が溢れた。


 これは、クロウの為の涙じゃない。


 明日、ミレーヌと話そう……明日じゃ遅いかもしれない。


 今夜もミレーヌは私に冷たくされて、父親にも会えずに、泣いているかもしれない。


 夜に非常識だと思ったけど、ミレーヌの部屋に行く。

 まだそんなに遅い時間ではないけど、7歳の子なら寝ているだろう。


「ミレーヌはどうしていますか?」


 昼間も私とミレーヌのそばにいた乳母に聞く。


 とても嫌そうな顔をしている。


 昼間のミレーヌへの私の態度を見たら誰でもそうなるだろう。


「……お母様!」


 ミレーヌがベッドの上から駆け寄ってくる。


 とても明るい笑顔だけど、泣いていたのがわかる。


 私のそばに来るまでは笑顔だったのに、そばに来ると笑顔が曇った。


「私が早く寝ないから、うるさかったの? ごめんなさい」


 ミレーヌの健気な様子が愛おしかった。


「……マカロンを……マカロンを貰ったのにお礼を言うのを忘れていたから、ミレーヌに会いにきたのよ」


 ミレーヌの顔が明るくなる。


 私はミレーヌをギュッと抱きしめた。


「眠れないなら、一緒に寝ましょう」


 ミレーヌの目が大きく見開かれた。


「いいの!? お母様!」


 こんなに喜んでもらえて、私も温かい気分になった。


 ミレーヌの暖かさが、クロウとの思い出を温かく塗り替えて行く。


 笑顔のままに寝てしまったミレーヌは天使のよう。


 私は生まれ変わったような気がした。


 この子と一緒に、もう一度、この世界で生きてみようと思った。


◆◇◆


 ミレーヌによって前向きになれた私だけど、やっぱりすぐには元に戻らなかった。


 楽しく二人で遊んでいたのに、急に悲しくなってミレーヌを傷つけた事が何度もあった。


 それでも、気分が落ち込む日は少なくなっていった。


 元の私に戻ると、今度はミレーヌを驚かせるような事ばかりした。


 まずは、私の趣味が乗馬とフェンシングだと言うことにミレーヌが驚いていた。


 泣いて落ち込んでいた私はとてもお淑やかに見えたらしい。


「今は、ちゃんとお淑やかなお母様でしょう? 昔はちょっと女騎士に憧れていただけよ。1歳下の嫌味な方の幼馴染に勝てなくなって諦めたの」


 ミレーヌは、どうかなという顔で聞いていた。


 幼馴染の前の夫の話をするとミレーヌは頬を染めて聞いてくれた。

 クロウを完璧な王子様のように思っているらしい。


 クロウは、本当に私にとって完璧な王子様だった。


 寂しそうにするとミレーヌが抱きしめてくれて、クロウの死を一緒に悲しんでくれた。


 ミレーヌの本当のお母様もクロウと同じ頃に亡くなっているけど、本当に重い病で寝たきりだったらしく、ミレーヌにはほとんど記憶がないらしい。


 屋敷に飾られている儚げな実の母親の肖像画よりも、私の方が本当の母だと思えると言うミレーヌに、嬉しいけど胸が痛んだ。


 肖像画にはソフィアと書かれている。


 ソフィア、ミレーヌを産んでくれた事に感謝します。


 ミレーヌの悲しみを少しでも減らす為に、私が本当の母親のように振る舞うことを許してください。


 絶対に幸せにしますから——。



 ソフィアから貰った、ミレーヌとの8年間。


 オズワルドに離縁されたくらいで終わらせる訳にはいかない。


 だから、私は伯爵家の爵位をかけてオズワルドに決闘を申し込んだ。


 王国の法務局は前例がないと言ったけど、法律は家族間の揉め事と言うだけで性別や条件がない以上は、夫婦間でも有効だと言った。

 数日後に法務官の立ち合いの元で決闘が行われることに決まった。


 女騎士になりたかったくらいだから、文官のオズワルドになんて負けない!


 勝算はある。


 けれど、何年も剣なんてまともに持っていない。

 数年前にちょっとだけ剣を持ってポーズをとったらミレーヌを驚かせたくらいで、身体が鈍ってる。


 だから、私はもう一人の幼馴染に会いに行くことにした。



 子供の頃に、私とクロウが剣で遊んでいるとやって来て暴れ回っていたのが、もう一人の幼馴染のエドガー・グレイだ。


 私が剣を持ってエドガーをやっつけると、「セレナは、一つお姉さんなんだから、いじめないの」と叱られた。


 ずっと私の方がエドガーより強かったけど、エドガーが13歳で本格的な騎士教育を受けるようになってからは、すっかり私より強くなってしまった。


 私は悔しくて泣いた。


 クロウが、「女騎士になるより、セレナは俺のお嫁さんになって」と言って初めて唇にキスしてくれた。

 それからは、前にもましてクロウとずっと一緒だった。



 その嫌な方の幼馴染は、今や王国の騎士団長になっているらしい。


 今は、王立の訓練所にいるらしいので訪ねて行った。


 受付で名乗るとすぐに通してくれた。


 訓練場にいるらしい。


 エドガーとは再婚する前に会ったっきりで、8年ぶりだ。


 思い出すのはもと昔のクロウが生きていた頃のエドガーだから、17歳の姿で、11年も経っていると、


「老けたわね」


 私の来訪に驚いていたエドガーが、一気に嫌そうな顔になった。


「セレナは変わらないな。クロウにしかなつかない」


「娘にも私はなついているのよ」


 私はエドガーに娘のために夫のオズワルドと爵位をかけて決闘する事を話した。


「財務官のオズワルドか、遊び回っているようだし、身体は鈍ってるだろうな」


「前からの知り合いみたいだけど、騎士団長と財務官なんて接点があるの?」


「お前の再婚相手だ。知らないはずないだろう」


 ……。


 エドガーから逃げて再婚した相手なのに、二人はずっと知り合いだったんだ。


「家にも帰らずに最低な奴だと思ったが、セレナが今夜も一人だと思ったらホッとした。家に帰ったと聞いた日は嫉妬で狂いそうだったよ」


 エドガーが私の耳元で囁く。


 訓練場の騎士たちが見ている。


「やめて。あなたとだけは再婚する気はないの」

 

 エドガーがため息をつく。


「着替えてこいよ。オズワルドに勝てるか、相手してやるよ」


 エドガーが言うと、男ばかりだと思っていた騎士たちの中にいた女騎士が、更衣室に案内してくれた。


 凛とした女騎士の佇まいに、かつて憧れていた頃の気持ちが蘇ってくる。


 ミレーヌは13歳年上の婚約者候補をおじさんと呼んでいるけど、私はそれより年上で、ミレーヌから見たら私もおばさんなのかとちょっと不満だった。


 でも、10代に戻った気分で細剣を持って、訓練場に立っていた。


◆◇◆


 エドガーとのフェンシングでの勝負。


 周りの騎士たちが、騎士団長とただの伯爵夫人との勝負に興味津々の様子で集まって来た。


「騎士団長は何を考えているんだ! ご婦人に怪我をさせたらどうする!」


 本気で怒っている騎士。


「流石に団長が手加減するだろう」


 気楽に構えている騎士と、様々だった。


 けれど、私の剣がエドガーの喉元に突き立てられると空気が一変する。


「嘘だろう!? 団長が一本取られた!」

「動きが見えなかったぞ」

「すげー、ただの伯爵夫人じゃないぞ!」


 わあああっと大騒ぎになる。


 エドガーだけはマスクを取って余裕の笑みを見せた。


「変わってないな、セレナは」


「エドガーが、ワザと隙を作って誘導したからよ」


 私の得意技、一瞬の隙を捉えての喉元への電光石火の攻撃。


 エドガーにフェンシングで敵わなくなっても、これだけは絶対に外さなかった。


 ただ、隙をみつけるのが成長するに付けて難しくなっていった。


「そうだなぁ、手加減できるような熟練の騎士と手合わせして勘を取り戻したら、新人と勝負する。新人でも騎士だ、まぐれでも勝てたらオズワルドに負けることはないだろ」


 エドガーは私に言った後に、何人かの騎士を手配してくれた。


「エドガーが相手してくれるんじゃないの? 他の人には迷惑かけられないわよ……」


「そんなことありません! 是非、セレナ様とお手合わせさせて下さい!」

「あんな必殺技を見せられて、みんな真似したくてウズウズしてます!」


 騎士たちが一斉に私に詰め寄った。


 驚いたけど、ありがたく練習相手になってもらう。


 ただ、すぐに体力の限界が来てしまう。

 やっぱり子どもの頃とは違う……全く鍛えてなかったから仕方ないけど。


 私は休憩所で休ませもらう。


 オズワルドとの決闘では先に三本取った方が勝ちになる。


 最初の三回できっちり隙を見つけて、喉元に剣を突きつけられなければ、四回目は私の体力が持たないだろう。


 勝てる勝負だと思っていたけど、体力のなさを確認してかえって自信がなくなった。


 女騎士が紅茶を淹れて持って来てくれた。

 マカロンも載っている。


「マカロンなんて男の騎士は興味がないから、頂いたけど出す機会がなかったんです」


 そう言って一緒に紅茶を飲んでくれた。


「私も女騎士に憧れていたけど、エドガーに全然勝てなくなって諦めたのよ。あなたはきっととっても強いのね」


「そんな事ないんですよ。私は体力があって頑丈なのが取り柄なだけで、お母様のような必殺技はないんです。必殺技を持ってる人はどこか冷静なんですよね。

 私が体力に任せて攻撃し続けても軽く避けて隙をついてくる。さらに焦って大振りの攻撃ばかりになっても、動じずに隙をついてくるんです。絶対勝てる必殺技を持っているんですから慌てない事ですよ」


 とても参考になる話が聞けた。


 ヒョイッとピンクのマカロンが一つなくなる。


 エドガーが来て食べたのだ。


「その話に付け加えるなら、オズワルドが素人って事だ。一度でも君が勝てたら、あとは受けた君の必殺技が怖くてメチャクチャな動きになるから、距離をとって避けて隙を待つだけでいい。

 だが、オズワルドは文官で剣の腕は鈍っているだろうが、貴族なら剣の教育は受けているはずだ。君の実力を知らなければ、最初は舐めてかかるだろうが、知っていたら本気でくる。最初の攻撃を防ぐことが重要だ。騎士と訓練すれば、素人の動きには簡単に対応できるだろう」


 女騎士はエドガーのお茶を入れると礼をして去って行った。

 マカロンの食べっぷりが気持ちよかった。


 でも残ったのはピンクと紫と茶色いマカロンで、エドガーはピンクをまた食べた。


「なんで、ピンクのマカロンを食べるのよ」


「ピンクはセレナだから、俺のものだって決めてるんだ」


 子供の頃にピンクのお菓子を取られ続けた理由が判明した。


「私はもうピンクより紫が好きなのよ。クロウは知ってるけど」


 エドガーが紫のマカロンも食べた。


 残ったのは茶色だけ。


 もう子供じゃないから、お菓子の色にはこだわらないし、色で味が違わないことは知ってるけど、昔を思い出して切なくなった。


 ……クロウ。


 休憩した後に、新人騎士と三回手合わせして、一回だけ勝つことが出来た。


 相手の騎士は相当ショックを受けて、周りは私が勝ったことで大騒ぎになった。


 私自身は一度しか勝てなかった事に不安を覚えたけど、周りはもうオズワルドに勝ったような扱うだった。


 エドガーまでが同じだった。


 不安がまだまだ残ったけど、休憩しても体力が回復しそうにないから、お礼を言って屋敷に戻る事にする。


 待たせていた家の馬車に乗るのも大変で、エドガーに持ち上げられて、馬車に座った。


 決闘までの数日は寝て身体を回復させよう……。


 ねえ、クロウ。


 無意識にクロウに話しかけていた。


 クロウがはじめて私がエドガーに負けた時に、慰めてくれた事。

 マカロンだけじゃない、エドガーに取られたピンクのお菓子を探してプレゼントしてくれた事。

 馬車に乗る時に手を引いてくれた事。


 色々な思い出が押し寄せてくる。


 クロウは死んでない、私とエドガーのそばにいる。


 クロウは、生きてる!



 エドガーに会うと、クロウが死んだコトが曖昧になる。


 思い出が多すぎるから、三人でずっと一緒だったから。


 だから、エドガーとは再婚しなかった。


 何度、家に来られても断った。


 オズワルドとの再婚は、エドガーを遠ざけるちょうどいい理由になった。


 13歳も年上で、クロウを思い出すことがない人。


 エドガーに会いに行ったのは間違いだったのかも。


 苦しい、クロウに会いたい。


 ——馬車が屋敷の前に止まる。


「お母様……?」


 ミレーヌが馬車の中を覗き込んでいる。


 ずっと降りて来ない私を心配して来てくれたらしい。


「お母様、大丈夫なの?」


 瞳が揺れてる。


 この子を心配させてはいけない。


「ええ、大丈夫よ。久しぶりのフェンシングで楽しくなってやり過ぎて、身体が痛いのよ」


「お母様たら。肩を貸しますから、屋敷で休んで下さい」


「ありがとう」


 この子を救うためだもの。


 エドガーに会う意味はあったわ。


◆◇◆


 オズワルドとの決闘の日。


 決闘は中央広場で行われる慣わしだった。


 夫婦間の決闘は前提がなく注目を集めたものの、「どうせ旦那が勝つんだろう」と言う空気があった。


 ただ、訓練場で私が騎士をまぐれでも倒したと言う噂が広まって、騎士を中心に、すごい数の人が集まっていた。


 王様も見に来たがっていたと聞いて、身震いした。


 ミレーヌも見に来ていたけど人が多いから、同じ年の恋人のアーサーと別の場所で待っているように言った。

 ミレーヌは不安な表情を残して行ったけど、アーサーは私を憧れてのヒーローを見るみたいにキラキラした目で見つめていた。


 なんだか色々と変わってしまった。


 その後も人が増えていき、たくさんの人が私の周りに集まってくる。

 エドガーがそばに来て、騎士の部下に私の周りに人を寄せ付けないように命じていた。


 急遽、法務局の方からも警備の手が足りないと騎士団に依頼があったらしいけど、見物人の半分は騎士だからすぐに対応できたようだった。


 オズワルドはなかなか現れなかった。


 決闘の時間は決められていないが、日没までに現れなければ、私の不戦勝となるのが決まりだった。


 この人集りだもの、来なくても不思議じゃないわ。


 私は不戦勝になるように祈った。


 待っている間、ずっとエドガーは私の横にいたけれど、私はほとんど無視した。


 クロウを思い出したくない。


 そろそろ日が沈みかけた頃に、オズワルドがやって来た。


 多分、人の多さに、出てくることを迷っていたのだろう。

 オズワルドには余裕がなく、緊張と疲れが見えた。


 一緒にいるのが、彼の子供を身ごもっていると言う浮気相手だろう。


 ミレーヌの事さえちゃんとしてくれたら、決闘なんて申し込まなかったのに……。


 私は、中央広場の真ん中でオズワルドと向かうあって、最後に確認した。


「ミレーヌの婚約を取り消して。ミレーヌの自由さえ保証してくれるなら、私は戦わずに帰るわ」


 けれど、オズワルドは首を振った。


「あれは俺の子じゃない。新しい家族には必要がない、目障りなんだ」


「え?」


 私はミレーヌを別の場所に行かせて良かったと思った。

 父親がこんなことを言うなんて……。


 あの、肖像画のソフィアさんが浮気していたの……?


 だから、オズワルドはずっと家に帰って来なかった……。


 決闘が始まると言うのに、私は激しく動揺した。


 最初の試合が始まった事に気づくのが遅れた。


 オズワルドの剣が私目掛けて飛んで来て辛うじて避けた。


 でも、動揺して体勢を整え直す事が出来なかった。

 気づいたら、オズワルドの剣が私の手を正確に突いて、私は剣を落としていた。


 最初の一本目を取られた……。


 観客たちがあからさまにガッカリする。


「所詮は女か」


 そん声が聞こえてきた。


 オズワルドが最初の勝利を浮気相手と喜んでいる。


 あの二人が作る家族の中にミレーヌ入れてもらえない。


 だったら、私がしっかりするしかない!


 オズワルドの言った事が真実とは限らない。

 父親の事など今はどうでもいい。

 誰の子だって、ミレーヌを冷遇していい理由にはならない。


 それでもミレーヌを傷つけると言うなら、私が守るだけ。

 私は、ソフィアさんの前でミレーヌを幸せにすると誓ったんだ!


 なら、今はミレーヌの事だけを考える。


 オズワルドの剣は全く洗練されておらず、動きも遅かった。

 動揺していなければ、さっきも勝てた。


 集中しての二回戦。


 オズワルドは勝って油断したのか、ますます剣が大味になっていた。


 軽く自分の剣でオズワルドの剣を跳ねると大きな隙が出来た。

 私は必殺技を繰り出して、オズワルドの喉元に剣を突き立てた。


 わあああああっと観客が盛り上がる。


 一度負けた後だけに、驚きが歓声を大きくしている気がする。


 オズワルドは驚いて腰を抜かしている。


 エドガーが言った通り、一度受けた必殺技を怖がっている様子だった。


 三回戦、四回戦はオズワルドのメチャクチャな動きから距離をとって、隙をつくだけで勝てた。

 距離を取るだけだから、体力はまだ 残ってる。


 観客が私の勝利に湧いた。


 三回目の負けの後に、オズワルドが地面に突っ伏していた。


「まさか、女に負けるとは……!」


 オズワルドは私が女騎士を目指していた事は知らなかったようだ。


「……奥様!」


 微かな声に近づくとミレーヌの乳母がいた。

 今も屋敷で働いてくれていて、ミレーヌと一緒に決闘を見に来ていた。

 アーサーがいるから、ミレーヌよは離れて決闘を見ていたらしい。


「旦那様が言った事は嘘です! ミレーヌ様は旦那様とソフィア様の子です。ソフィア様の病気が悪化していく過程で、旦那様を拒む日が続いて、男性様が浮気してると思い込んでいったんです。ソフィア様は最後まで違うと否定していましたが、旦那様が信じることはなく、失意の内にお亡くなりになりました……」


 それは……どんなにお辛かったでしょう……。


 思った以上のソフィア様の重い過去に絶句する……。


「ミレーヌ様は奥様に出会えて幸せです。また、助けていただいて、ありがとうございます」


 乳母が泣いて私の勝利を喜んでくれた。


 私の方こそ、ミレーヌをこんなに想ってくれる人が私以外にもいて嬉しくなった。


 オズワルドは爵位を私に譲る事に同意する法務局の書類にサインすると、浮気相手といつの間にか消えていた。


 爵位を妻に奪われた事に同情する人もいたが、本人が発した娘の出生の秘密とその真相。

 わずかな人にしか聞こえていなかったが、噂は爆発的に広がった。


 オズワルドは、娘に対する冷遇を非難されて、財務官を辞めると浮気相手と一緒に、いつの間にか王都から消えていた。



 もう日が暮れていた。


 離縁は成立したが、法務局に行き爵位を継承する手続きは、明日という事になる。


 ミレーヌを待って帰ろうとしていると、エドガーに捕まった。


「ミレーヌは部下に送らせる。お前は俺と来るんだ」


 そう言って、馬車に詰め込まれた。


◆◇◆


 馬車の中で私は身体を振るわせた。


「何もしない、話を聞いて欲しいだけだ」


 ずっと昔に聞いたのと同じセリフだった。


「俺はずっと昔から、お前が好きなだけなんだ、セレナ」


 それも同じセリフだ。


『クロウだけじゃなく、俺の事も見て欲しいだなんだ』


 そう言うエドガーに詰め寄られたのは、16歳の時だった。


 庭園の死角になっている場所だった。

 壁際に追い詰められて、逃げ場がない様に両手を押さえつけられていた。


 どうしていいか分からずにいると、クロウが見つけてくれた。


 エドガーを私から引き剥がすと、騎士見習いのエドガーに勝てるとはずがないのに、クロウがエドガーを殴っていた。


 私は止めに入ったけど、エドガーはクロウに反撃する気はないみたいだった。


 私とクロウはそのまま走って、私の部屋に入った。


「クロウ、エドガーは何もしないって言ってたわ」


 私を激しく抱きしめてキスするクロウに言った。


「君のあんな姿を見たら、何もしてないなんて言えないよ。セレナ、大好きだよ。君は俺のものだ」


「……うん」


 クロウが初めて見せてくれた私への独占欲が嬉しかった。


 私たちはそのまま結ばれた。



 ——13年後の馬車の中で、クロウの記憶が蘇る。


 初めてのキスの時も。


 私とクロウが結ばれる時は、いつもエドガーがきっかけだった。


 だから、エドガーとは絶対に一緒にはいられない。


 エドガーといるとクロウがいるみたいに感じる。


 私をいつまでも過去に縛り付ける……。


 私は涙を流していた。


「クロウがいいの。クロウに会いたい」


 エドガーは暗い顔を逸らした。




 決闘から数日後——。


 私は、決闘の翌日には法務局で伯爵の爵位を授かった。


 今は私がこの屋敷の主人で伯爵だった。

 でも、ミレーヌとアーサーが結婚したら、様子を見て早い内に爵位は譲るつもりだ。


 13歳も年上の侯爵と結婚させられそうになって不安だったミレーヌを早く安心させたいと思って、アーサーとの婚約話を急いだ。


 すると、いまだに13歳年上の侯爵との婚約は継続中だと知らされた。


 一体どういう事なのかと、13歳年上の侯爵の元に急いだ。

 侯爵とは、あんな別れ方をして気まずかったけど。


 騎士団の訓練所の受付で、前回と同じく『騎士団長の婚約者の母』だと名乗ると、同じくすぐに、騎士団長のエドガー・グレイ侯爵の元に案内された。


 エドガーは、今日は執務室で書類の整理に追われていた。


「どういう事なの! なんでミレーヌとの婚約が解消されてないの!?」


 この間は、オズワルドにミレーヌとの婚約話を持ちかけられたところに、たまたま宰相もいて断れなかったと言っていた。


 私が伯爵になってミレーヌの後見人が私だけになれば、オズワルドが勝手に進めた婚約話は無効だと宰相にエドガーから話してくれることになっていた。


 私が馬車で泣いて拒んだから、嫌がらせしたの?


 ……でも、エドガーがそんなことする人じゃないのは私がよく知ってる。


「宰相に断りにいったら王がいたんだ。俺がまだ結婚していないのを心配されていて、一度でも婚約するくらい気に入った娘なら婚約破棄は許さないと言われ、王命になってしまったんだ。他の相手がいいなら結婚した後に聞くと言われた」


 淡々と語るエドガー。


「じゃあ、早く他の人と結婚してよ」


「俺はお前以外とは結婚しないと決めてるんだ」


「ミレーヌとは婚約したじゃない」


「お前の娘だから、オズワルドに話を持ちかけられて断るのを一瞬迷ったら、気に入ってることにされた」


「都合がいいわね。私と結婚したいだけじゃない」


 私が呆れて言う。


「そうだ。もうこうするしか、お前と結婚する方法がないからな。利用できるならなんでも利用する」


 エドガーが素直に白状した。


 本人がそう言ってるなら、逃げ場がなかった。

 ミレーヌを13歳も年上の侯爵から解放するために。


「分かったわ。あなたと結婚します」


「そんなに睨んで言う言葉じゃないだろう」


 脅されて仕方なく結婚するんだから、睨むに決まってる。


 寂しそうに笑って、エドガーが私にキスした。

 私は黙って受け入れた。


 エドガーが私を見る。


「……セレナ……!」


 初めての私とのキスに感極まって、嬉しそうな声を出して抱きついてくる。


 私の気持ちなんて、もうどうでもいいみたい。



 そのまま、すぐに法務局に行って結婚して王様にも報告の使者を送った。


 ミレーヌにも侯爵夫人になった事を知らせる使いを送った。



 そして、私は侯爵家のエドガーの寝室にいた。


 エドガーのキスと抱擁に、クロウの思い出がずっとそばにいる。


「クロウ……」


 私が泣きながらしがみついたのはクロウだったけど、エドガーだったのかもしれない。


 家ではミレーヌにクロウを重ねて、ここではエドガーにクロウを重ねる。

 何処までいっても、私はクロウなしの世界で生きていけない。


「聞いてくれ、セレナ。俺はクロウも大好きだったんだ。お前を取られて悔しかったけど、お前を守っていた事には感謝していた。クロウも俺も、ただ、お前を幸せにしたいだけだ……。

 俺はクロウの代わりでいいんだ。お前の悲しみを少しでも減らせるなら、俺はクロウになる。そして、絶対にお前を幸せにするから——」


 エドガーの言葉が響いてくる。


 ——どこかで聞いた事がある。


「クロウは、俺がお前を奪ったら恨むだろうけど、お前が幸せになる事だけはずっと変わらず願っているはずだから。お前とクロウの為に俺が出来るのは、お前を幸せにする事だ」


 私がソフィアに誓った言葉。


 本当の母親なのに忘れられてしまった、ソフィアが可哀想で、でも、ミレーヌにお母様が死んだと教えるのは可哀想っだから、私だけでもあなたを覚えていたいと思った。


 エドガーも、私とクロウを可哀想だと思っているの?

 ずっと悲しみの中にいる私。

 本当に救ってくれるのは、エドガーだったの?


「エドガー……」


 私の声にエドガーは私を見た。


 クロウは消えないけど、そこにいるのはクロウじゃなくてエドガーだった。


 ずっと一緒だった。


 クロウを同じくらい愛していた人だ。


 クロウのことを同じようの思っている、代わりがいない存在——。


「エドガー」


 ギュッと抱きしめる。


『何もしない、話を聞いて欲しいだけだ』

『クロウだけじゃなく、俺の事も見て欲しいだなんだ』


 ずっと、エドガーはそれだけを言っていたのに……。


「エドガーが、今までどうしていたか聞きたいの」


 私がミレーヌにクロウを重ねないと前を向けなかったように、エドガーも私に執着する事でしか立ち直れなかったの?


 夜の間中ずっと話していた。


 朝になって一緒に眠った。


 昼に目が覚めて、私はエドガーにキスした。


「騎士団に行かなくていいの?」


「結婚したばかりだから休みだよ」


 エドガーが言うから、私はエドガーに向かって両腕を開いた。


 エドガーが私を抱きしめて、そのまま私を抱いた。


 クロウの思い出が蘇って涙が溢れたけど、思い出ごとエドガーに抱きついた。

 エドガーが私とクロウを包み込んでくれた。


 この瞬間が私はずっと怖かったの。

 私はずっとクロウだけを想っていたかったのに、エドガーの事もずっと大好きだったって思い知らされる。


 愛を紡いで行けるのは生きてる人とだけだから。


 さよなら、私の中で生きていたクロウ——。


◆◇◆


 朝、起きたらエドガーがいた。


 私にキスしようとしたから避けた。


「ローガン伯爵家に帰らないと! 一日帰ってないなんて!」


「俺も行くよ」


 騎士団には夕方に行けばいいと言うので、一緒に行くけど……。


 ミレーヌにはエドガー・グレイ侯爵夫人になったとしか知らせてない。


 自分が無理矢理結婚させられそうになっている、13歳も歳上の侯爵と母親が結婚したって知らされたらどう思うだろう——。


「ごめんなさい! お母様! 私の為に、こんなおじさんと結婚させてしまって……!」


 私に抱きついてミレーヌが泣きじゃくっている。

 私を犠牲にしてしまったと思うわよね。


 実際に結婚した時点では、私もそのつもりだった、


「違うのよ、エドガー私の一つ年下の方の幼馴染だったの」


「え? あのとても嫌な子……?」


 クロウ中心に話すとそういう印象になるか。


 エドガーがムスッと面白くなさそう。


「……今は、私もエドガーが大好きだから、結婚出来て嬉しいのよ。これも、ミレーヌのおかげよ」


「私の……?」


 私はうなずく。


「ミレーヌが思いやりがあって、とても優しくしてくれたから、クロウの思い出と一緒に生きられたの。エドガーにもう一度会う為に必要な時間だったのね」


「?」


 ミレーヌはよくわかってないみたいだった。


「ミレーヌが大好きって事よ!」


 私はミレーヌを抱きしめた。


「でも、お母様は結婚したんでしょう? ここから、いなくなっちゃうんでしょう? もう私は着いて行けないんでしょう!?」


 ミレーヌがまた泣き出してしまう。


「そんな事、考えてもみなかった……」


 私もショックだった。


「エドガーと一緒に住むなんて、考えてなかった……ずっと、ミレーヌがアーサーが結婚するまでは、ここで一緒に住むつもりだったのに」


 私はエドガーを見た。


 ムスッとしてる。


 ミレーヌは嬉しそうに、私に抱き付いた。



 結局、私は伯爵家に住んで、エドガーが伯爵家と侯爵家を行き来した。

 ほとんど毎日、伯爵家に来ていたけど。


 ミレーヌは自分の婚約者だったおじさんが義理の父になって戸惑っていたけど、健気に「お父様」と呼んでいる。

 エドガーはミレーヌが私を救ってくれたから、実は頭が上がらないらしい。


 ほとんど毎日、伯爵家に帰ってくるエドガーに、ミレーヌが「お父様ってこう言うものなんですね!」と言っていた。


 アーサーとミレーヌは無事に婚約した。


 けど、エドガーがアーサーのことを頼りないと言っている。

 騎士と比べたら随分頼りないと思う。


 伯爵家の庭園をエドガーと歩いている。


「クロウのことも頼りないと思ってた?」


「クロウは剣は得意じゃなかったけど、セレナを守る為ならなんでもやっていたから、頼りないとは思ってなかった」


「守ってもらう必要がある事なんて、そんなにあったかしら?」


 エドガーが何か言いたそうな顔して、何も言わずにキスした。


 少し歩くたびに抱きつかれたり、キスされたり、まともに散歩できない。


 前を見ると、ミレーヌとアーサーがいた。


 キスしたり、抱き合ったりして全然進んでない。


「何やってるんだ、あの男は」


 エドガーが怒っているっぽい。

 やってる事は同じなのに。


 「ミレーヌが楽しそうだからいいでしょう」


 私が言うと、エドガーが少し寂しそうに言う。


「セレナも楽しそうだったよ、クロウと一緒で」


 私とクロウも、くっついたり離れたりして一緒に庭園を歩いていた。


「羨ましかったのね、エドガー」


「……そうだよ」


 照れた様に怒って答える。


 13歳も歳の差があると精神的にも成熟度が違うと思ったけど、エドガーとミレーヌは案外上手くいったのかも。


 想像すると胸が痛んだ。


 ギュッとエドガーの腕に手を絡める。


「エドガーがしたかった事、たくさんしましょう」


「セレナ……」


 エドガーが私を強く抱きしめて、長いキスをしてる。


「お母様! お父様!」

「は、伯爵様! 侯爵様!」


 ミレーヌとアーサーに見られた。


 エドガー以外、なんだか気まずい……。


 ——それから。


 私よエドガー、ミレーヌとアーサー。

 家族って顔をして、四人で庭園を歩いた。


 私は、いつの間にか転生者だったことを忘れて、この世界で生きている。




本作は現代版として先に投稿している同テーマ作品があります。

執筆時に現代・異世界どちらにするか迷い、まず現代版を書きましたが、今回異世界版も執筆しました。


現代版:https://ncode.syosetu.com/n3979lw/

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