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この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。

私の初恋

作者: ろろピーナ
掲載日:2026/03/27

恋する乙女は可愛いですよね。そういう話です。

灰が降りそうな空だったのを覚えてる。

日課の散歩をしようと外に出て、少し迷ってから普段は行かない海の方に向かったの。あの選択は、間違いなく私の人生を幸福に導いてくれた。

だって、その先の浜辺で、私は初めての恋をしたのだから。


白い砂浜には程遠い、石だらけの浜辺。私がまだ小さかった頃、小さくはない隙間に足を挟んで危うく落ちかけたことがあってからは近寄ることも避けていた場所だけど。

その日は、本当にたまたま、久しぶりに海を見ようと思ったの。

灰色の雲がいつもより低い場所に浮かんでいて、ぼんやりと暗く深い青は、写真で見るような海とは程遠くて。見るたびに憂鬱な気分になって、実はあまり好きじゃなかった。

だから、あれは運命だったのかもしれない。

海岸線に沿って右に左に気の向くまま進んでた。石の上には乗らないで、歩道と浜辺の間くらいを。

視界の端に、白い何かを捉えるまでは。

最初は珊瑚かと思った。白骨化した珊瑚が脳裏を過った。その次に、そんなわけがないと首を振った。この周辺で珊瑚だなんて見たこともなければ聞いたこともない。

気になって、目を凝らしたの。

少し距離があったせいでよく見えなかったから、ちょっと怖かったけれど、石の上を渡ってもっと近づいた。

徐々に、その白い何かに黒いものもひっついているのに気がついた。ワカメかな、と思ったんだけど、それにしては違和感があって。

もっと近寄って、ようやく、ソレが何なのか、わかった。

ソレは美しかった。

水に浮かぶその人は、雪よりも白い肌をしていて、水に漂う黒髪は黒檀のように綺麗だった。伏せられた目を見たくて、ソッと手を伸ばして、触れたら壊れてしまうかもしれないと思い至ったの。

だって、こんなに綺麗な人。お人形みたいに綺麗な人なのよ。きっと脆いに決まってる。

触れたところからパラパラサラサラ。崩れてしまって私の腕にはきっと何も残らないの。

でもそんなの私は絶対嫌だった!

だって、私の初恋はきっとあの人だから!!

見た瞬間にわかったの!

「あぁ、私、このために生きてたんだ」

って!

その人を見た瞬間にね、心臓がうるさくなって、胸がキュゥってなって、それからそれから顔が熱くってたまらない!!

今もそうよ?思い出したら、あぁほら、また熱いわ。私は恋しているの。つまらない人生に、恋は彩りをくれるの。私の恋はあの人のもの。私の心もあの人のもの。

……名前だって知らない。聞いたこともない。静かな人だから。でも、そばにいるだけでも幸せだったのよ。

大好きなの、あの子のことが。

見たところ私よりも年上だと思った。

高校生か、大学生か。綺麗な黒髪を投げ出して、岩に頭を預けて、眠っていたの。

抜けてるところがあるのよ。そんなところも可愛いの。

暖かそうなニットのワンピースに、黒いタイツ。ほっそりとした足を包んでいて、それがすごく魅力的に見えたの。

そう!それから私も黒のタイツを履くようにしたのよ。頑張って見つけたの。あの人とお揃い!


あの人を見つけてからは、好きじゃなかった海がとても魅力的な場所に思えた。

彼女のための舞台。彼女が身を委ねる広大なベッド。

あの人は溺れることを知らない。きっと、泳ぐのも上手なのね。海に愛されてる人なのかも。そんなことを思ったわ。それくらい、あの人は海にいた。私、あんなに海の似合う人を見たことないもの。

あの人に愛を囁くために、私は毎朝海に行く。

上機嫌に鼻歌混じりで、石の上を軽くピョンピョン渡って、彼女の枕まで飛び移る。

「おはよう」の挨拶から初めて、だいたいは今朝見た夢から、今日の予定、昨日の夜のことを話す。あの人は静かに私の話を聞いてくれる。一度だって、私の話を遮ったことはない。聞き上手で美人なの。私も誇らしく思う。

きっと引くて数多だっただろうなぁと思う。

そう思うと心臓が握りつぶされるんじゃないかってくらい締め付けられて苦しいのだけど、それでも、彼女は私を選んで、私のところにやって来てくれた。

これを運命と言わずに、何を運命と言うの?

私は試練を乗り越えた。その先に、私の一生の宝を得た。

これが人生なんでしょう。


彼女はいつも波にゆらゆら揺られているの。もこもこのブーツを履いていたのに、いつの間にかに脱いでしまっていて、片方がタイツだけになってしまっていた。それじゃあ不格好だから、もう半分も脱がしてあげて、私の家で取ってあるの。もう半分も見つけたら返してあげようと思ってて。

何度かね、勇気を出して触れてみたりしたの。手を握っていいか、とか。抱きついていいか、とか。…キスをしてもいいか、とか。ちゃんと聞いたのよ。聞いても、何も言わないの。答えてくれなくて。海を見てるの。私にはあの人がいたから綺麗な場所に思えたけれど、あの人も一緒だったのかしら。

だから、あの人に聞いたらね、手を握ったり抱きついたり、頭を撫でてもらったりするの。

だって好きなのよ。好きな人なの。しかたないじゃない。

好きな人には触れたいものでしょ。わからないわけじゃないでしょう。

好きだから手を繋ぐの。好きだから抱きつきたいと思うの。好きだから愛を囁くの。……キスは、まだしてないわよ。だって恥ずかしいもの。

わかってたわ。あの人が、私の初めてにして最後の恋。もう2度と、この胸を締め付ける心地よさも、痛みも、感じることはないの。それを、なんとなくわかってたのよ。

あの人はもうないの。

私の心をズタズタにしていなくなった。

好きなのに、あの人は私に何も残してくれなかったわ。

そんなのあんまりじゃない。

だってこんなに好きなのに。家にはあの人を描いた絵がたくさん置いてあるの。見ていってほしいなぁ。どうせ調べるんでしょう?


浜辺で見つけた貝や石でお揃いのネックレスを作ったのよ。あの人は、私があの人の首にネックレスをかけてあげてから肌身離さず持っていてくれて。それがすごく嬉しかったのを覚えてる。

私は、あの人が着ている服を探して買ってよく着ていたわ。お揃いねって、笑ってた。

おしゃれの勉強をして、お化粧も頑張ってみたの。あの人にもお化粧してあげたくて。それまではおしゃれに興味なんてなかったけれど、だって好きな人の前でくらい、可愛くいたいもの。女の子ってみんなそうでしょ?

私、良いところなんてないのよ。不器用だし頭も悪いし鈍臭いし。顔と手にはまぁまぁ自信があるけれど。ふふ、私のお母さん、結構美人さんなのよ。だから、それを磨かないとって思ったの。あんなに美しい人の横に、胸を張って立てる私になりたくて。

あの人にね、膝枕だってしてあげたいの。好きな人に膝枕をするの、憧れで。あの人はよく眠っているから、きっと喜んでくれるかなって思ったのよ。

あの人は無口で、クールなの。私がどんなに話してても、あの人は爽やかな顔をして話を聞くばかりでね。ときどき喧嘩にもなったのよ。

「なんで何も言ってくれないの」って!

すぐに仲直りできるんだけど、でもほら、私もまだ子供だもの。感情のコントロールが苦手なの。

あ、でも喧嘩してからは、本当にときどきね?

少し、お話ししてくれるようになったのよ。懐かしいなぁ。


…え?あぁ。ふふ、私、学校だと物静かな方なのよ。恥ずかしい話、友達もあんまりいなくって。だから、あまり恋バナとか出来なくてね。好きな人の話ができるのって、こんなに楽しいことなのね。でも、私とあの人だけの、二人だけの秘密が秘密じゃなくなっちゃうのは惜しいように思うのよ。

あんなに素敵な人、きっともう会えないわ。

……今思えば、あの人もシャイだったのかもしれないわ。私たち、お互いに恥ずかしがり屋だったのかしらね。

ふふ、共通点を見つけちゃった!

あんなに出来た綺麗な人と、同じところがあるなんて!あぁ、なんだか良い気分だわ!

恥ずかしがり屋な人だから、なにもお話ししてくれなかったのかもしれないわね。

なんだか、そう思うとお姉さんって感じでカッコよかったあの人が、すっごく可愛く思えてきたわ。

うふふ。触れた手の冷たさを、私は今でも鮮明に思い出せるのよ。私の手ってあったかいの。子供体温って言うのかしら。少し前までは子供扱いされてるようで腹立たしかったんだけど、あの人の冷えた手を温めてあげられるからって、ちょっと好きになったのよ。

季節も関係なく海にいるんだから。潮風にあたるだけでも冷えるのに、ずっと同じ服を着て。

静かに海を見ているの。その横顔を見るのがね、私大好きだったのよ。


思えば、私、あの人のこと何も知らないの。

あの人の家も知らないし、家族構成も知らないし、好きな色も、好きな食べ物も、好きな動物も、苦手なことも、…好きなタイプも、知らないのよ。

そう思うと、とても寂しい気持ちになるんだけれど。

それでも、私の好きな人ってことには変わりないじゃない?

例えどんな人だったとしても、私は今後一生、あの人のこと大好きだもの。ずっとよ。ずっと。

言い切れるわ。自信を持ってね。だってだって、あんなにいい人他にいないわ。

綺麗で、可愛くて、美人で、ミステリアスな人。

私は、あの人のほんの一部しか知らないの。

でもね、それでも私幸せよ。

なのに。

あの人に会えなくてもう一週間になっちゃった。

ねぇ、あなた。

私、いつまでここにいればいいの?



「…と、言うのがここ一週間で聞き出せた内容でした」

「なるほど……」

差し出された資料を見て、白衣の男が顎を撫でながら眉根を寄せる。

「あれ、中学生くらいですよね」

「あぁ…そうだな。そう聞いてるが」

資料には、患者である少女から聞き出せた話が文字に起こされて記述してある。

「……ずいぶん、普通な顔して話すんですね」

資料を読む男よりも若いのだろう白衣の女が、顔を歪めてそう言った。

「そんなもんだろ。ここに入れられる患者なんて」

内容を読み終えたのか、男は資料を自身の机に投げ出し、肩を竦めて見せた。

「まさか、知らずに来たわけじゃないだろ?"精神科"って、どこもこんな感じだぞ」

男の言葉に女はさらに顔を歪めた。

「だとしても、あんなの初めて見ましたよ?私」

女がそう言うものだから、男はようやく女に目を向けて呆れたような声を出した。

「あんなのとか言うなよ」

「だって先輩?先輩は見たことあります?」

女は、机の上に放られた資料に目線を落とした。

「……死体に恋した女の子の話なんて」

僅かに声を潜めて、女が言った。

周囲に人はいない。

典型的な病院らしく、無機質な白い壁と床に囲まれたその部屋には、控え室のようだった。彼らの仕事道具が乱雑に置かれているばかりで、二人以外に人の姿はない。

他の医者たちは皆仕事で表に出ている。

ここ最近、検察より引き渡された少女は、良くも悪くも噂になっていた。

___死体損壊・遺棄罪を科された、うら若き少女。

初恋が女性の溺死体だったと言う彼女は、あの死体を、心底うっとりとした顔で語っていた。

ぶくぶくに膨れ、崩れてしまった、酷く醜く悪臭を放つその遺体を。

愛おしいのだと笑う彼女は、どこにでもいそうなごく普通の中学生だった。恋をした少女が、教室の片隅で密やかに行う恋の話をするような、そんな日常的な会話でしかなかった。

警察が、それの通報を受けたのは一週間と少し前。

「女の子が溺死体に抱きついて笑っている」

そんな通報が、匿名であったのだ。

近場の交番から警官が向かった先で見たのは、岩場に頭を預けるようにして水面に揺れている、頭蓋骨の一部が露出した、男か女かもわからない遺体だった。

少女は、その遺体を女性だと断言していた。遺体の状態から見るに、少女がその遺体を発見してから、既に三週間から四週間は経過しているのだろう。

死体に性的魅力・性的興奮を覚える異常性癖を持つ者は、実際に「死体性愛」あるいは「ネクロフィリア」とも言うのだが。

まだ義務教育さえ終えていない少女には、少年法が適用されていた。

少しでも、本人が法に触れることなく生きていけるように導くのを目的とした治療を行うために、今は精神科にて入院しているのだ。収容されている、と表現すべきなのかもしれないが。

「……あの子、どうなるんでしょうね」

「さぁな。若気の至りで恋愛対象が変わればいいんだけどな」

「そうなりますかね?」

「…わからねぇよ。結局、本人次第だろ」

二人だけの部屋では、ポツポツと会話が続く。

薄く開いた扉から、部屋の白い光が漏れている。

廊下の床に細い線を映し出し、無人の廊下を照らし出していた。

廊下の蛍光灯がパチパチと点滅する。

床の隅には埃が溜まっていた。

薄暗く、なんとも言えない気味の悪さが残るそこは、人の気配も感じられない。

そんな廊下を進んで、左に曲がる。自動販売機があって、その向かいにはエレベーターと、その脇に非常階段があった。

階段を上っていく。

金属製の階段は、誰かが歩けばカンカンと音が鳴ってしまうような場所だった。

2階、3階と上って、たどり着いた4階。

廊下に出て、右に曲がる。

道なりに進んで、突き当たりにある部屋。

その中から、鼻歌が聞こえてくる。

「〜〜♪、ふふ!〜〜〜♪」

上機嫌な少女の歌が、無機質な病院の中に響く。

「早く会いたいなぁ」

窓の外に広がる、青い空。

それとは似ても似つかぬ、地元の海。

そこに、彼女の初恋がいた。

もう2度と会えない、世界で一番愛おしい人。

中学最後の、冬のことだった。


「大好きなの!だって、あんなに綺麗な人、見たことなんてなかったもの!」


私、知ってるのよ。

もう2度と恋なんて出来ないって。

きっと世界中の人たちが、私に恋なんてしないでほしいって、思ってるかもしれないものね。

でもね、それでも私、幸せに生きられるのよ。

きっとにこにこ生きていけるわ。

だって、だってね?


最期にはあの人とお揃いになれるって、知ってるもの!

ね、可愛かったでしょう?

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