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はじまりの村の門番ですが、来る勇者が配信者ばかりで毎日が放送事故です  作者: 伝福 翠人


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7/8

運営の査察(神の操作ミス)

 空気が歪んでいる。


 西門の前。


 視覚的には、そこには誰もいない。


 だが、私にはわかる。空間座標のデータが、そこだけ不自然に書き換えられている。


 まるで透明な水槽が宙に浮いているような、奇妙な違和感。


(……来たか)


 私は呼吸を整え、瞼の開閉速度を調整した。


 四・五秒に一回。ランダムな揺らぎを含ませた、標準的なNPCの瞬き。


 背筋を伸ばし、視線の焦点を虚空の「設定された待機ポイント」に合わせる。


 そこにいるのは、この世界の神。


 運営ゲームマスターだ。


 昨日の『モブトレイン射出事件』が、やはり彼らの目に留まったらしい。


 私の目の前に、半透明のウィンドウが展開されるのが気配でわかる。


 デバッグモード。


 私の内部パラメータ、行動ログ、AIの思考回路。全てが丸裸にされている。


 もし少しでも「異常(自我)」が検知されれば、私はその場で削除デリート対象だ。


 カチッ、カチッ。


 耳鳴りのような音が響く。神がキーボードを叩く音だ。


 私は動かない。


 石像のように、しかし生きているNPCらしく、時折首をかしげる「待機モーション」だけを再生する。


 心拍数は跳ね上がっているが、表面上のテクスチャは平熱を保ち続ける。


 これが私の仕事だ。


 世界観を守るため、私は「ただの門番」でなくてはならない。


 神の気配が、ふわりと動いた。


 私の足元へ降りてくる。


 どうやら、昨日の事件現場――物理演算がバグった門の周辺を調査するつもりらしい。


 カチッ。


 神が何かを操作した。


 瞬間、足元の石畳から「硬さ」が消えた。


 見た目は変わらない。だが、物理判定コリジョンがOFFになったのだ。


 神は床下の構造を覗き込むために、一時的に床を透過設定にしたらしい。


 問題はない。今は誰も通らない。


 神は満足げに頷き(気配)、別のウィンドウを開いて報告書を書き始めた。


 ……おい。


 戻せ。


 判定をONに戻せ。


 私の叫びは届かない。神はマルチタスクに追われているのか、床の設定を戻し忘れたまま、上空の雲のテクスチャ確認に移ってしまった。


 ペタ、ペタ、ペタ。


 間の悪い足音が近づいてくる。


 村の中から、装備もまばらな初心者が歩いてきた。


 手には地図を持ち、キョロキョロと周囲を見回している。


 進路は一直線。


 神が開けた、即死の落とし穴へ向かっている。


(まずい)


 このままでは、彼は石畳をすり抜け、裏世界の奈落ヴォイドへ落下する。


 無限落下バグ。


 プレイヤーの座標が計算不能になり、サーバーに致命的なエラーを吐き出す最悪のバグだ。


 緊急メンテは確実。


 そして調査の結果、穴の近くにいた私が「バグの温床」として疑われるのは明白だ。


 止めなければ。


 だが、どうやって?


「そこの君、止まりたまえ」と声をかければ、神に「設定外の挙動」を見られる。


 動けばバレる。動かなければ世界が終わる。


 初心者の足が、穴の手前一メートルに迫る。


 あと二歩。


 一・五秒。


 私は、大きく口を開けた。


「ふぁ……あ……」


 あくび。


 NPCに設定された、数種類ある待機モーションの一つだ。


 私はだらりと腕を伸ばし、背伸びをする。


 その動作のついでに、軸足のつま先をカツンと動かした。


 足元に落ちていた、腐った木の板。


 誰かが捨てていったゴミだ。


 私のつま先が、絶妙な角度で板の端を蹴り上げる。


 シュッ。


 板が濡れた石畳の上を滑る。


 カーリングのような滑らかな軌道を描き、初心者の足が着地する寸前、その落下地点に滑り込んだ。


 初心者の革靴が、板の上を踏む。


 板の当たり判定が、彼を受け止める。


 本来なら抜け落ちるはずの虚空の上を、彼は一枚の板を橋にして渡りきった。


「おっと」


 初心者は足元の違和感に気づき、板を見下ろす。


「誰だよ、こんなところに板なんか捨てたの。転ぶところだった」


 彼は板を蹴飛ばし、そのまま門の外へ歩いていった。


 セーフ。


 私はあくびを噛み殺し、何事もなかったように直立姿勢に戻る。


『……ん?』


 上空で、神の気配が揺らいだ。


 今の初心者の挙動に気づいたらしい。


 神が慌てて舞い戻り、地面を確認する。


 設定は透過のまま。板だけが、虚空の上に浮いている。


『あっぶねぇ……! 判定戻し忘れてた!』


 焦りの気配が伝わってくる。


 神は慌ててキーを叩き、石畳の判定を修復した。


 そして、私を見る。


 疑いの視線。


 今の板は、こいつがやったのか?


 私は動じない。


 四・五秒に一回、瞬きをする。


 焦点は虚空の彼方。


 神はログを巻き戻し、私の行動データを確認しているはずだ。


 そこに記録されているのは『待機モーション(あくび)』と、それに伴う『軽微な物理干渉(足先の接触)』のみ。


 意図的な操作アクションではない。


 ただの偶然。物理エンジンの気まぐれ。


『……偶然、か』


 神の安堵した溜息が聞こえた気がした。


『NPCのランダムモーションが、たまたまゴミにヒットしただけか。驚かせやがって』


 ウィンドウが閉じられる音がする。


 歪んでいた空間が、元の青空に戻っていく。


 神は去った。


 報告書には、こう記されるだろう。『異常なし』と。


 私は誰もいなくなった門の前で、深く、長く息を吐いた。


 システム上の「ため息」ではない。


 魂からの疲労の吐露だ。


 神様。


 仕事をするなら、もう少し丁寧にやってくれないか。


 尻拭いをするのは、いつも現場の人間(NPC)なのだから。


 ***


【運営内部チャット:チームA】


GM_Tanaka


はじまりの村の門番、チェック完了しました。


挙動正常。昨日のモブ射出も、物理演算のたまたまのバグっぽいです。


GM_Suzuki


了解。放置でいいよ。


それよりサーバー負荷上がってるから、手動でモブ減らしといて。


GM_Tanaka


了解です。


(……しかし、あんなタイミング良く板が滑るか? まあいいか、俺のミスも帳消しになったし)

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