モブトレイン(対空迎撃ゲート)
カタカタ、カタカタ。
足元の小石が震えていた。
地震ではない。
空を見上げると、背景演出の鳥たちが、不自然な軌道で一斉に飛び去っていくのが見えた。
大気が重い。
肌にまとわりつくような、不快な粘り気。
これは殺気ではない。
処理落ち(ラグ)の予兆だ。
(……来るな)
私は愛用の槍(飾り)を握り直し、地平線を睨んだ。
描画範囲の限界地点から、どす黒い津波のような『何か』が押し寄せてくる。
土煙ではない。
ポリゴンの塊だ。
「ヒャッハー! プレゼントだぜぇぇぇ!!」
下品な絶叫とともに、一人のプレイヤーが走ってきた。
名前は『Train_Master』。
全裸にマントだけを羽織った、典型的な荒らしスタイル。
彼の背後には、地獄絵図が広がっていた。
ワイバーン、オーガ、キラービー、リビングアーマー。
本来このエリアには出現しないはずの高レベルモンスターたちが、数百体。
怒り狂った赤い目を光らせ、彼を――いや、彼が逃げ込む『村』を目指して殺到している。
モブトレイン。
大量のモンスターの敵対を集め、他のプレイヤーや街に擦り付ける、MMO最悪の迷惑行為。
「う、うわあああ!?」
「なんだあれ、数が多すぎる!」
門の近くにいた初心者たちが、腰を抜かしてパニックに陥る。
無理もない。あれだけの数が村になだれ込めば、NPCもプレイヤーも皆殺しだ。
だが、私が懸念しているのはそこではない。
(あれだけのオブジェクトが密集してエリア移動を行えば、確実にサーバーが落ちる)
私の安眠場所が飛ぶ。
剣を抜いて戦うか?
いや、間に合わない。それに、数百体の死体が積み重なれば、その物理演算だけで処理落ちは免れない。
殺さずに、消す。
そんな都合の良い方法が――ある。
私は、門の脇にある錆びついたレバーに手をかけた。
普段は誰も触らない、装飾用のオブジェクトだと思われている開閉レバー。
だが、こいつには強力な『仕様』がある。
荒らしの男が、私の横を風のように駆け抜けた。
「あばよ門番! 後は頼んだぜェ!」
男が村の中へ逃げ込む。
モンスターの群れが、目前に迫る。
先頭のワイバーンが大きく口を開け、炎を吐こうとした。
その瞬間。
私はレバーを全力で下ろした。
ズゴゴゴゴゴ……!
重低音とともに、高さ五メートルの巨大な木製の扉が動き出した。
閉門。
システムによって制御された『イベント動作』だ。
この動作中、門の判定は『絶対剛体』となる。
あらゆる物理干渉を受け付けず、設定された軌道を絶対的な力で移動する。
つまり、今のこの門は、無敵の壁が動いているのと同じだ。
「ギャオオオオ!?」
ワイバーンの群れが、閉まりかけの門に激突した。
本来なら、木製の門など粉砕される質量だ。
だが。
バヂィィン!!
耳を劈くような衝突音が響いた。
物理エンジンの悲鳴だ。
『絶対に止まらない門』と『高速で突っ込む数百トンの肉塊』。
矛盾した二つの力が衝突し、演算がバグる。
行き場を失った運動エネルギーは、ベクトルを垂直方向へと変換された。
ヒュパパパパパパッ!!
乾いた音が連続した。
激突したモンスターたちが、次々と空へ『射出』されていく。
ダメージを受けて死んだのではない。
ピンボールの球のように、恐ろしい速度で弾き飛ばされたのだ。
ワイバーンが、オーガが、キラービーが。
キラーン、キラーン、キラーン。
空の彼方で無数の星が瞬く。
物理演算カタパルト。
数百体のモンスターは、一瞬にして成層圏の彼方へと消え去った。
ドォン。
門が完全に閉まり、静寂が訪れる。
処理落ちの予兆である空気の重さは、嘘のように消えていた。
「……は?」
村の中に逃げ込んだ荒らしの男が、振り返って絶句している。
彼が期待した阿鼻叫喚の地獄絵図はそこになく、あるのは堅牢に閉ざされた門だけ。
私は、再びレバーを操作した。
ギギギ、と音を立てて門が開く。
目の前の平原は、綺麗さっぱり何もなくなっていた。
「換気だ」
私はポカンとしている男と初心者たちに、短く告げた。
風通しを良くしただけだ。
他意はない。
***
【掲示板:『エターナル・スフィア』本スレ Part 9045】
552 名無しの冒険者
【動画】初期村の門が対空迎撃兵器だった件について
553 名無しの冒険者
クッソワロタwwwww
ワイバーンが紙吹雪みたいに飛んでったぞwww
554 名無しの冒険者
Train_Masterが連れてきた数百匹のモブ、全部ホームランされてて草
物理演算バグらせて吹っ飛ばしたのか
555 名無しの冒険者
門番「入村拒否(物理)」
556 名無しの冒険者
あの門番、タイミング完璧すぎだろ
完全にATフィールド展開してたぞ
557 名無しの冒険者
運営へ
初期村の防衛設備が過剰戦力です。修正してください。




