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はじまりの村の門番ですが、来る勇者が配信者ばかりで毎日が放送事故です  作者: 伝福 翠人


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門番とガチ恋勢(ヒューマン・ファイアウォール)

 静かすぎる。


 今日の広場には、暴れるRTA走者も、爆発する樽もなかった。


 ただ、異様な圧迫感だけが漂っている。


 道具屋の前。


 そこに、一人の男が立っていた。


 プレイヤーネーム『My_Angel_Mina』。


 全身を白銀の騎士装備で固めた彼は、彫像のように動かない。


 瞬きもしない。


 ただひたすらに、カウンターの向こうにいるミナを見つめ続けている。


 もう六時間が経過していた。


 動いていないのはアバターだけだ。


 私の視界の端に表示される近距離チャットログは、滝のような速度で更新され続けている。


『ミナちゃん今日も可愛いね』


『その服のテクスチャ、昨日より解像度上がった?』


『僕だよ。結婚してくれ』


『結婚結婚結婚結婚結婚結婚結婚』


 無言のスパム攻撃。


 さらに悪いことに、このゲームにはボイスチャット機能がある。


 男のアバターからは、環境音に混じって、ズズッ……ハァ……という、湿っぽい呼吸音が漏れ続けていた。


 ASMRだ。ただし、不快指数マックスの。


(……限界か)


 私はミナを見た。


 彼女は笑っていた。


 正確には、笑顔の形で表情筋が硬直していた。


 NPCには『好意的なプレイヤーに対して微笑む』という基本プログラムがある。


 だが、六時間連続で「愛」という名の過剰データを注ぎ込まれ続けた結果、彼女の感情処理メモリはパンク寸前だった。


 口角がピクピクと痙攣している。


 瞳のハイライトが消えかけている。


 精神的なDDoS攻撃だ。


 このままでは彼女のAIが崩壊し、バグって『ヤンデレ化』するか、自己防衛のためにサーバーを強制切断しかねない。


 私は足を踏み出した。


 三歩で止まる。


 いつもの『見えない壁』だ。


 ミナまでは届かない。剣で男を斬ることもできない(そもそもセーフティエリア内だ)。


 だが、斬る必要はない。


 視界カメラを塞げばいいのだ。


 私は壁に鼻先がつくギリギリの位置に立ち、男の方を向いて仁王立ちした。


 男とミナを結ぶ直線上。


 そこに私の分厚い胸板と、薄汚れた鉄の鎧を割り込ませる。


 男の視界から、可憐なミナが消え、むさいオッサンのドアップが表示されたはずだ。


『……?』


 男が僅かに動いた。


 ミナを見ようと、アバターを横にずらす。


 甘い。


 私は一歩も動かず、ただ首だけを回して男を見た。


 NPCの標準機能『視線追尾ヘッド・トラッキング』。


 近くにいるプレイヤーを自動的に目で追う仕様だ。


 男が右に動けば、私の顔も右へ。


 左に動けば、左へ。


 どれだけカメラアングルを変えようとしても、画面の中央には常に私の無精髭と死んだ魚のような目が映り込む。


『邪魔だぞ門番!』


 男がついに痺れを切らし、チャットを打ち込んだ。


 私は答えない。


 ただ、無言のポリゴンを放ち続ける。


 男は舌打ちをし、強硬手段に出た。


 ミナに近づき、会話アイコンをクリックしようと手を伸ばす。


 システム上、NPCに話しかければ、強制的に会話イベントが発生し、カメラがそのNPCに固定される。


 男の指が、ミナの方へ伸びる。


 だが、その指先が触れるより早く、私が上体を「ぐっ」と前のめりに倒した。


 私の当たり判定ヒットボックスが、ミナの判定の手前に覆いかぶさる。


 男のクリックが吸い込まれたのは、ミナではなく、私だ。


「ミナちゃん! 愛してる!」


 男が叫ぶ(クリックする)。


 ウィンドウが開く。


「通行証を提示願いたい」


 野太いバリトンボイス。


 私の定型文だ。


「は? 違う、僕が用があるのは……結婚してくれ!」


 クリック。


「通行証を提示願いたい」


「ふざけるな! どけよ!」


 連打。


「通行証を提示願いたい」


「好きだ好きだ好きだ!」


「通行証を提示願いたい」


 完璧な防御ブロックだ。


 どんな熱烈な愛の言葉も、私の事務的な塩対応の前では無力化される。


 画面の中では、男が愛を叫ぶたびに、私のむさい顔が「通行証を見せろ」と迫ってくる地獄のようなループが展開されているはずだ。


 十分後。


 男の指が止まった。


 荒い息遣いも消えた。


 男は、私の顔をじっと見つめている。


『……そうか。わかったぞ』


 チャットログに、静かな文字が流れた。


『お義父さん。あんた、娘を守る壁ってわけか』


 ……は?


 私は眉をひそめる(システム外で)。


『簡単には渡さない。そういう試練クエストなんだな? 燃えてきたぞ』


 男は一人で納得し、バッと踵を返した。


『待っていろミナちゃん! 必ずこの頑固親父を攻略して、君を迎えに来るからな!』


 男は夕日に向かって走り去っていった。


 違う。二度と来るな。


 静寂が戻った。


 背後で、ガクン、と音がする。


 振り返ると、ミナがその場にへたり込んでいた。


 痙攣していた表情筋が緩み、安堵のため息を漏らしている。


「……助かりました。変なお客様でしたね」


「ああ」


 私は短く答え、定位置に戻る。


 どうやら、私は知らぬ間に『ヒロイン攻略の必須フラグ』になってしまったらしい。


 やれやれ。私の平穏は、まだ遠そうだ。


 ***


【掲示板:『エターナル・スフィア』攻略スレ Part 520】


45 名無しの攻略組


【朗報】道具屋ミナの個別ルート、条件判明


46 名無しの攻略組


マジ? 好感度MAXにしても何も起きなかったぞ


47 名無しの攻略組


門番(父親)の攻略が必須っぽい


さっきMy_Angel_Minaが門番に挑んで、会話判定ブロックされてた


あれを突破しないと告白イベント起きない仕様だわ


48 名無しの攻略組


あの門番、ラスボスかよ


物理無効だけじゃなくて、恋愛イベントまで妨害してくんのか


49 名無しの攻略組


門番「娘はやらん(通行証を見せろ)」

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