表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
はじまりの村の門番ですが、来る勇者が配信者ばかりで毎日が放送事故です  作者: 伝福 翠人


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

4/5

道具屋ミナの無限増殖バグ(物理ロックダウン)

 チャリン、チャリン、チャリン。


 耳障りな金属音が、西門の一帯を埋め尽くしていた。


 金貨の音だ。


 だが、それは商売の繁盛を意味する音ではない。


 経済崩壊インフレの足音だ。


「おい急げ! 運営にバレる前に回せ!」


「薬草を買ってから売る! この手順だ、間違えるなよ!」


 普段は閑古鳥が鳴いている道具屋『冒険者の友』の前に、長蛇の列ができている。


 プレイヤーたちの目は血走り、口元は浅ましく歪んでいた。


 無限増殖バグ。


 特定のアイテムを特定の順番で売買すると、なぜか売却額が購入額を上回るという、古典的かつ致命的な計算ミス。


 店の中では、ミナが高速でレジ打ちをさせられていた。


「あ、ありがとうございます! いら、っしゃいませ! あり、がと、ござ、ます!」


 呂律が回っていない。


 瞳孔が開ききっている。


 彼女のAIは、秒間数十回の取引処理に追われ、熱暴走寸前だった。


 私は門番の定位置で、こめかみを抑える(フリをする)。


(まずい)


 このままでは、サーバー内の通貨流通量が異常値を叩き出す。


 そうなれば運営が取る手段は一つ。


 ロールバック。


 サーバーのデータを、バグ発生前の状態まで巻き戻す緊急措置だ。


 それはつまり、私が今朝から積み上げてきた『勤務時間』が、なかったことになるという意味だ。


 定時退社どころではない。私の人生ログそのものが消される。


 許さん。


 私の労働を無にする者は、たとえ神(運営)でも許さない。


 私は一歩、踏み出した。


 だが。


 グニュッ。


 鼻先に、ゴムのような感触。


 視界が歪み、進路が阻まれる。


 移動制限結界インビジブル・ウォール


 またこれだ。


 私は手を伸ばす。指先が透明な壁を滑る。


 ミナの店の入り口まで、あとわずか二メートル。


 剣も届かない。声も届かない(プレイヤーたちの喧騒で掻き消される)。


 システム警告音が脳内でけたたましく鳴り響く。


『エリア外です。戻りなさい』


 うるさい。戻っている場合か。


 私は足元を見回した。


 転がっているのは、ゴミばかり。


 先日の強風で折れた看板の残骸。修理用のガムテープ。


 そして、誰かが忘れていった長い物干し竿。


(……使えるか?)


 私は瞬時に計算する。


 竿の長さは一・八メートル。私の腕の長さを足せば、ギリギリ届く。


 私は物干し竿の先端に、ガムテープで看板をグルグル巻きに固定した。


 即席のプラカードだ。


 看板には、落ちていた木炭でこう殴り書きした。


『棚卸し中 臨時休業』


 準備完了。


 私は透明な壁に向き直り、大きく息を吸い込んだ。


 行くぞ。


 ダンッ!


 私は壁に向かって、全力で体重を浴びせた。


 もちろん、通り抜けることはできない。


 だが、物理エンジンの「めり込み判定」を限界まで利用する。


 ミチミチミチ……!


 顔面のポリゴンが圧迫され、悲鳴を上げる。


 鼻が潰れ、唇がめくれ上がり、眼球が飛び出しそうになる。


 激痛。だが、数センチ稼いだ。


 私は震える腕で、物干し竿を突き出した。


 竿の先端が、空中を震えながら進む。


 プレイヤーたちの頭上を越え、ミナの店のドアノブへ。


 届け。私の定時退社へいわのために。


 カチャリ。


 竿の先端のフックが、奇跡的にドアノブを捕らえた。


 私は手首を返し、強引にドアを引く。


 バタン!


 店への入り口が閉ざされた。


 さらに私は、その前に看板(竿付き)を突き出し、揺らした。


「あぁ? なんだ急に!」


「おい、ドアが開かねえぞ!」


 暴動寸前のプレイヤーたちが、一斉に振り返る。


 そして、私を見た。


「ひっ……!?」


 最前列の男が、短い悲鳴を上げて腰を抜かした。


 無理もない。


 今の私は、透明な壁に顔面を押し付けられ、白目を剥き、歯茎を剥き出しにした状態で、全身を痙攣させている。


 その形相で、無言のまま『臨時休業』の看板を突きつけているのだ。


 地獄の悪鬼羅刹オーガでも、もう少し愛想が良いだろう。


「な、なんだあの顔! バグか!?」


「違う、あれは……『激怒モード』だ!」


「経済監視AIがブチ切れたんだ! やべぇ、BANされるぞ!」


「逃げろぉぉぉ!!」


 誤解が誤解を呼び、恐怖が伝染した。


 蜘蛛の子を散らすように、プレイヤーたちが逃げ惑う。


 誰も、それが「壁に阻まれた門番の必死の形相」だとは気づかない。ただ、神の怒りに触れたと信じ込み、ログアウトしていく。


 数分後。


 広場には誰もいなくなった。


 私はズルズルと壁から崩れ落ち、荒い息を吐いた。


 顔のテクスチャが元に戻る感覚がある。


 竿を回収し、何食わぬ顔で直立の姿勢に戻る。


 店のドアが開き、ミナが顔を出した。


「あれ? お客様は……?」


 彼女はキョトンとして、首を傾げている。


 瞳孔の開きは治っていた。


「……さあな。在庫切れだと思って帰ったんだろう」


 私は短く答え、空を見上げた。


 少しだけ日が傾いていた。


 今日もまた、私の見えない仕事によって、この世界の経済は守られたのだ。


 ***


【掲示板:『エターナル・スフィア』本スレ Part 9033】


102 名無しの冒険者


【速報】門番アルフレッド、インフレ対策で独自にロックダウンを実施


103 名無しの冒険者


マジだった


増殖バグやろうとしたら、門番が鬼の形相で店を封鎖してた


あんな怖い顔のNPC初めて見たわ……


104 名無しの冒険者


スクショ見たけど、あれ完全にホラー画像だろ


顔が歪んでたぞ


105 名無しの冒険者


運営「バグ対策が間に合わない? あいつに任せとけ」


106 名無しの冒険者


物理的に店を閉めるっていう発想がアナログすぎて草


AIの進化の方向性おかしいだろwww

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ