門番と新人狩り(クリーニング)
朝から、門の前が汚れている。
赤い破片が散乱していた。
ガラスの破片ではない。プレイヤーがHPを全損した際に飛び散る、死亡エフェクトの残骸だ。
キラキラと赤い粒子を撒き散らすそれは、システム上は数分で消滅する仕様になっている。
だが、今日は量が多すぎる。
処理落ちの原因になりかねない。
「……やれやれ」
私は竹箒を手に取り、石畳を掃き始めた。
シュッ、シュッ。
乾いた音が響く。赤いポリゴン片を掃き集める作業は、まるで落ち葉掃除のようだ。
門の内側では、初期装備の駆け出し冒険者たちが震えている。
彼らの視線の先、セーフティエリア(安全地帯)である門の境界線ギリギリに、その男は立っていた。
プレイヤーネーム『Red_Skull』。
名前の通り、真っ赤なドクロの仮面を被った魔法使いだ。
全身を高レベル帯の課金装備で固め、手には禍々しい光を放つ杖。
明らかにこの『はじまりの村』にいるべきレベルではない。
「オラオラ、出て来いよ雑魚ども! 経験値になれ!」
男が叫び、杖を振るう。
痺れを切らした初心者が一人、剣を抜いて飛び出した。
その瞬間。
ドォン!
男の杖から爆炎が放たれ、初心者は一瞬で赤いポリゴンとなって弾け飛んだ。
PK。
他人を殺して快楽やアイテムを得る、ゲームの癌だ。
だが、問題はそこではない。
男の立ち位置だ。
爆炎を放った直後、村の衛兵NPCが槍を構えて反応した。
『警告。殺人行為を確認――』
衛兵が動き出す。
すると男は、ヒョイと一歩だけ後ろに下がった。
そこは、門の内側。システム上のセーフティエリアだ。
ピタリ。
衛兵の動きが止まる。
『…………』
ターゲットを見失った衛兵は、武器を収めて定位置に戻っていく。
セーフティエリア内では、あらゆる攻撃判定が無効化される。システムは「村の中にいるプレイヤーは攻撃者ではない」と誤認し、敵対モード(ヘイト)をリセットしてしまうのだ。
「ギャハハ! チョロすぎ! この仕様考えた運営バカだろ!」
男はまた一歩外へ出て、魔法をチャージし始める。
境界線反復横飛び。
仕様の穴を突いた、卑劣なハメ技だ。
私は箒を持ったまま、男に近づいていく。
男はチラリと私を見たが、すぐに興味を失ったようだ。
NPCは攻撃されない限り、反撃しない。そう高を括っている。
その通りだ。私は攻撃などしない。
ただ、掃除をするだけだ。
「そこの冒険者の方」
私は男の背後に立ち、事務的な声をかけた。
「そこは通行の邪魔だ。どいてくれないか」
「あぁ? うっせえなNPC風情が。テメェも燃やすぞ」
男は振り返りもせず、杖に魔力を込める。
初心者たちに向けて、最大級の爆裂魔法を放とうとしている。
詠唱バーが満タンになる。
魔法が発動する、コンマ一秒前。
シュッ。
私の箒が動いた。
攻撃スキル(アタック)ではない。
生活スキル(クリーン)のモーションを、フレーム単位で加速させただけの動作。
竹箒の先端が、男の足首の当たり判定を的確に捉える。
「うおっ!?」
男の足が掬われる。
魔法の発動モーションで重心が高くなっていた男は、為す術もなく空中に浮いた。
私は箒を大きく払い切る。
「燃えるゴミは、あちらだ」
物理演算が働く。
回転しながら吹き飛んだ男の体は、美しい軌道を描き――門の内側、セーフティエリアの奥深くへと滑り込んだ。
ズザザザッ!
男が石畳の上を滑り、止まる。
「いってぇ……なにしやがんだ!」
男が立ち上がろうとした、その時だ。
村の空気が凍りついた。
『警告。武装状態でのエリア侵入を検知』
『該当プレイヤーを、即時排除対象として認定します』
無機質なシステム音声が響き渡る。
本来、セーフティエリア内では武器を抜くことすらできない。
だが、男は『魔法発動中』という攻撃判定を持ったまま、私の箒によって無理やりエリア内に押し込まれた。
システムから見れば、それは『村の中で攻撃魔法をぶっ放そうとしているテロリスト』以外の何者でもない。
「は? え、ちょ、ま……」
男の顔が引きつる。
空間が歪み、男の周囲に三体の黒い影が現れた。
処刑用衛兵。
バグ利用者やチーターを抹殺するために存在する、無敵のNPCだ。
彼らは問答無用で剣を振り下ろした。
ドォォォォン!!
断末魔すら上げる暇はなかった。
圧倒的なダメージ数値が表示され、男のHPバーが一瞬で消滅する。
後に残ったのは、大量の赤いポリゴン片と、ドロップした高価な杖だけ。
「……ふぅ」
私は額の汗を拭う(フリをする)。
静まり返った門の前で、再び箒を動かし始めた。
シュッ、シュッ。
男だったモノを、淡々と掃き清めていく。
「やれやれ。またゴミが増えてしまった」
怯えていた初心者たちが、ポカンと口を開けて私を見ている。
私は彼らに向かって、いつもの営業スマイルを向けた。
「ようこそ、はじまりの村へ。足元にお気をつけて」
***
【掲示板:『エターナル・スフィア』本スレ Part 9025】
774 名無しの冒険者
【朗報】門番さん、イキりPKのRed_Skullをゴミとして処理完了
775 名無しの冒険者
ファッ!?
あの害悪PK死んだのか?
776 名無しの冒険者
現場にいたけどクッソワロタwww
門番が箒で足払って、セーフティエリア内で魔法暴発させた扱いになったっぽい
処刑用衛兵が湧いて一瞬で消し炭www
777 名無しの冒険者
システム熟知しすぎだろこの門番
778 名無しの冒険者
門番「掃除の邪魔です(物理)」
779 名無しの冒険者
Red_Skullの杖、ドロップアイテムとして落ちてたぞ
初心者が拾って神に感謝してた
マジで義賊かよ




