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はじまりの村の門番ですが、来る勇者が配信者ばかりで毎日が放送事故です  作者: 伝福 翠人


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2/10

門番とセクハラ配信者(ピタゴラスイッチ)

 世界には『壁』がある。


 城壁や家の壁のことではない。我々固定NPCに課せられた、移動制限領域テリトリーの境界線だ。


 西門の前で、私は右手を伸ばした。


 指先が空中で何かに触れる。硬く、冷たく、そして透明な壁。


 そこから先へは一歩も進めない。システムが私の存在をそこで断絶させているからだ。


「……やれやれ」


 私は壁に手をついたまま、二メートル先を見る。


 そこには、道具屋『冒険者の友』の看板娘、ミナがいた。


 栗色の髪を揺らし、店先で竹箒を動かしている。


 だが、動きがおかしい。


 ザッ、ザッ、ザッ。


 同じ場所を、同じリズムで掃き続けている。箒の穂先が地面のポリゴンに引っかかり、移動判定がスタックしているのだ。放っておくと座標計算エラーで彼女自身が弾け飛ぶ。


 私は足元の小石を拾うと、指先で軽く弾いた。


 石は放物線を描き、ミナの箒の柄にカツンと当たる。


「あ、いけない。考え事をしていました!」


 物理干渉でスタックが解消され、ミナのAIが再起動した。


 彼女は私に気づき、花が咲くような笑顔で手を振ってくる。


「アルフレッドさん、こんにちは!」


「ああ。精が出るな」


 私は短く返す。


 これ以上の会話はできない。私は『門番』であり、彼女は『道具屋』。設定された会話ツリーが繋がっていないため、これ以上近づくことも、世間話をすることも許されないのだ。


 近くて遠い、二メートルの距離。


 それが私たちの関係だった。


 その平穏が破られたのは、昼下がりのことだ。


 一人の冒険者が店に入っていった。


 頭上に『Camera_Man』というプレイヤーネーム。


 装備は軽装だが、動きが異様だった。常に中腰で、地面すれすれを這うように移動している。


 視線の先にあるのは、高い棚のホコリではない。


 脚立に登って整理をしている、ミナのスカートの中だ。


(チッ……あのタイプか)


 私は舌打ちしたい衝動をこらえ、門番としての直立不動を維持する。


 いわゆる『迷惑系配信者』。


 過激な映像を撮って、動画サイトの視聴数を稼ぐ手合いだ。


 店内から、異様な気配が漂ってくる。


 男がミナの足元にカメラ(視点)を潜り込ませようとし、ミナがそれを避けようとして、不自然な回転を始めた。


「いらっしゃいませ! いら、いらっしゃ、いら……ッ!」


 ミナの声がレコードの針飛びのようにループし始める。


 まずい。


 過度な干渉と高速移動により、彼女のAI処理プロセッサが限界を迎えている。


 店内の空間がジジジ、とノイズを上げ、テクスチャが明滅し始めた。


 処理落ちだ。


 このままでは店がクラッシュする。最悪、このエリア一帯を巻き込んでサーバーダウンだ。


「ミナ!」


 私は叫び、駆け出した。


 だが。


 ガンッ!!


 鈍い音がして、視界が歪む。


 鼻先に激痛。見えない壁が、私の突進を冷酷に弾き返したのだ。


 顔面を透明な板に押し付けられ、頬がムギュッと潰れる。


 目の前、わずか数メートルの場所で、ミナが白目を剥きかけているのに。


(くそ、届かない……!)


 システム警告音が耳鳴りのように響く。これ以上は進めない。


 私は門番だ。ここから動く権限がない。


 だが、このままではミナが『バグ汚染』で削除デリート対象になりかねない。


 どうする。


 剣は届かない。魔法も使えない。


 私の手元にあるのは、無限に湧く足元の『小石』だけ。


(……小石?)


 私は潰れた顔を壁から引き剥がし、足元の石を拾い上げた。


 重さは数グラム。投擲スキルなし。


 だが、この世界の物理演算(Havok神)の気まぐれな挙動なら、私は誰よりも知っている。


 脳内で、赤い予測線ラインが走る。


 風向きよし。摩擦係数、想定範囲内。


 私は呼吸を止め、指先の石に全神経を集中させた。狙うのはミナでも、男でもない。


 店の軒先にある、古びた看板の留め具だ。


 ヒュッ。


 指先から弾かれた石は、吸い込まれるように留め具の錆びた一点に直撃した。


 ガキンッ!


 金属音が響き、看板の片側が外れる。


 ブラリと下がった看板が、その下に置いてあった『火薬入りの樽』の留め木を、絶妙な角度で叩いた。


 ゴロン。


 留め木が外れ、樽が転がり出す。


 緩やかな坂道を転がった樽は、入り口の段差でポーンと跳ね上がり――美しい放物線を描いて、店内へ飛び込んだ。


 まさにその瞬間。


 ローアングル撮影に夢中だった男が、尻を突き出して屈んだところだった。


 ドォォォォン!!


 物理演算の神が微笑んだ。


 樽と男の当たり判定が重なり、運動エネルギーが爆発的に増幅される。


 男の体はラグドール(人形)のように手足を投げ出し、店の中から凄まじい速度で射出された。


 キラーン、と星になって空の彼方へ消えていく。


「…………」


 静寂が戻った。


 処理落ちが解消され、テクスチャの明滅が収まる。


 ミナがパチクリと瞬きをした。


「あれ? いらっしゃいませ! ……お客様?」


 彼女はキョトンとして、誰もいない店内を見回している。自分の身に何が起きたのか、理解していないようだ。


 それでいい。


 私は何食わぬ顔で、門の前に立ち直した。


 背筋を伸ばし、一点を見つめる。


 ただのNPC。ただの背景。


 だが、私の網膜の裏側では、世界中のプレイヤーが見ている配信画面のログが、滝のように流れていた。


 ***


【動画配信:Camera_Manのチャンネル】


コメント


:えっ


:は?


:今の何?


:ピタゴラスイッチwwwwww


:看板→樽→爆発のコンボ決まったwww


:これ偶然か? タイミング完璧すぎだろ


:門番が動かずにやったぞ


:あの門番、視線すら動かしてなかった


:ゴルゴ13かよ


:運営の物理演算遊びすぎwww


:【速報】初期村の門番、遠距離スナイパー説

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