いつもの朝、いつもの定型文(The Daily Log)
瞼を焼くような光で、意識が浮上した。
ゆっくりと目を開ける。
そこには、痛いほどに鮮やかな青があった。
昨日までの安っぽい彩度設定ではない。ピクセルの一つ一つまで計算し尽くされた、高解像度の青空だ。
風が吹いている。
頬を撫でるそよ風の演算処理も、驚くほど滑らかだ。
私は足元の石畳を、鉄のブーツで踏みしめた。
カツン。
硬質で、確かな感触。
物理演算、正常。テクスチャ表示、異常なし。
世界は戻ったのだ。
私は大きく息を吸い込み、肺のポリゴンを膨らませた。
そして、ゆっくりと吐き出す。
それが私の、誰にも気づかれない勝利宣言だった。
ギィィ……。
背後で、聞き慣れた蝶番の音がした。
振り返る。
二メートル先。道具屋『冒険者の友』の木の扉が開く。
出てきたのは、いつものエプロンドレスを着た少女。
手には竹箒を持っている。
ミナだ。
彼女は眩しそうに空を見上げ、それから私に気づいた。
「あ……」
彼女が小首を傾げる。
その瞳に、昨夜の絶望の色はない。
「おはようございます、アルフレッドさん」
彼女は少し照れくさそうに笑った。
「なんだか、すごく長い夢を見ていた気がします。暗くて、寒い場所で……でも、アルフレッドさんの声が聞こえて、安心して眠れたような」
記憶は曖昧か。
それでいい。データの深層に残った傷は、再構築の過程で綺麗に修復されたようだ。
私は定位置に立ち、短く答える。
「ああ。おはよう、ミナ」
たったそれだけの言葉。
毎日繰り返してきた、味気ない挨拶。
だが、その一言を交わせることが、これほど奇重に感じられる朝はなかった。
その時だ。
広場の中央から、シュパパパパッ! とけたたましい音が響いた。
光の柱が林立する。
一本、十本、百本。
サーバーオープン。プレイヤーたちのログインラッシュだ。
「うおぉぉぉぉ! 入れたぁぁぁ!」
「村だ! 村が残ってるぞ!」
「データ消えてねえ! 神運営!」
広場は一瞬にしてカオスと化した。
装備を確認して泣き崩れる者。地面にキスをする者。フレンドと抱き合う者。
そして、彼らの視線が一斉にこちらへ向いた。
「おい見ろ! 門番のおっさんだ!」
「生きてた! 俺たちの最後の砦!」
「ありがとぉぉぉ!」
どいつもこいつも、鼻水を垂らして駆け寄ってくる。
私の周りで土下座のエモーションを連打したり、クラッカーを鳴らしたり。
うるさい。
処理落ちしたらどうするんだ。
私は眉間の皺を深め(フリをして)、無愛想に手を払った。
「通行の邪魔だ。散らばれ」
塩対応。
だが、プレイヤーたちはそれさえも「平常運転だ!」と歓喜している。
やれやれ。平和ボケした連中だ。
ふと、街道の向こうに土煙が見えた。
またか。
私は視線を凝らす。
やってきたのは、一人のモンク(格闘家)だ。
だが、走ってはいない。
逆立ちだ。
腕だけで地面を蹴り、凄まじい速度でバック走しながら突っ込んでくる。
……また変なのが湧いたな。
懲りない連中だ。
だが、それがこの世界だ。
バグと、仕様と、狂気が入り混じる、愛すべきクソゲー。
私は愛用の槍(飾り)を持ち直し、背筋を伸ばした。
表情筋のパラメータを調整する。
口角を上げ、目は笑わず、完璧な『営業用スマイル』へ。
逆立ち男が、門の前でピタリと止まる。
私は一歩踏み出し、腹の底から声を張り上げた。
昨日までと全く同じトーン。
一ミリも変わらない音量で。
「ようこそ、はじまりの村へ!」
***
【System Log: Gatekeeper_001】
Date: Year 21, Day 1
Status: Normal
Note: Routine operation resumed.
End of Report.




