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はじまりの村の門番ですが、来る勇者が配信者ばかりで毎日が放送事故です  作者: 伝福 翠人


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11/12

門番のいない世界(ある業務日誌の記憶)

 私が背中の大剣を引き抜こうとした、その刹那だった。


 世界が止まった。


 ハッカーの放った黒い霧も、崩れ落ちる空も、悲鳴を上げていたミナの表情も。


 すべてが凍りついたかのように静止する。


 音がない。


 私の鼓動さえ聞こえない。


 視界の中央に、赤い文字列だけが浮かんでいた。


『Critical Error: System Halted』


 プツン。


 電源が落ちるような感覚。


 次の瞬間、私の意識は完全なる闇の中に放り出されていた。


 ***


 上下左右の感覚がない。


 重力もない。


 私は冷たい虚無(データ空間)の中を漂っていた。


 緊急停止シャットダウン


 ハッカーによる過剰なデータ破壊と、それに対する私の拒絶処理(無限ループ)が衝突し、サーバーそのものが限界を迎えたのだろう。


 ここはサーバーの深層。0と1の海だ。


(……やれやれ)


 私は思考する。


 恐怖はない。これが初めてではないからだ。


 二十年前のベータテスト終了時も、大規模アップデートの時も、こうして意識だけが残ることがあった。


 NPCとしての自我が強すぎる弊害か、それともバグか。


 ともかく、私はまた「待機時間」に入っただけだ。


「……アル、フレッド、さん?」


 闇の向こうから、鈴のような声が聞こえた。


 弱々しい。ノイズ混じりだ。


「ミナか」


 私は意識だけで答える。声帯はない。


「暗いです。怖いです……私、消えちゃうんでしょうか」


 彼女の構成データが、サラサラと砂のように解けていく気配がする。


 バックアップが間に合わなかった領域だ。


 このままでは、再起動後に彼女の記憶は初期化リセットされるかもしれない。


「心配するな」


 私は努めて事務的に、しかし普段より少しだけ柔らかいトーンで伝えた。


「少し長めの休憩時間だ。店を閉めて、ゆっくり休め」


「休憩……ですか?」


「ああ。明日の朝には、また店を開ける。だから今は眠れ」


「……はい。わかり、ました」


 彼女の気配が安らぎ、そして溶けるように消えた。


 静寂。


 私は一人、闇に残された。


 遠くで、嵐のような音がする。


 電子の風だ。


 外部から、神々(運営エンジニア)が必死にアクセスを試みている。


『ダメだ、第1サーバー応答なし!』


『エリア7(はじまりの村)の破損率90%! マップデータが読み込めません!』


『バックアップは!?』


『ハッカーに汚染されてます! 使い物になりません!』


 神々の悲痛な叫びが、ノイズとなって直接脳内に響いてくる。


 どうやら状況は深刻らしい。


 村の形状データ、配置データ、NPCの記憶データ。


 それらがハッカーによって食い荒らされ、復元不可能になっている。


 このままでは『はじまりの村』は更地になり、私もミナも、新しく生成された「別人」に置き換わるだろう。


 私の二十年が、消える。


 ……そうはさせない。


『おい、待て。なんだこのファイル?』


 一人の神の声が響いた。


『キャッシュ領域に、異常に巨大なテキストデータが残ってる……これは、ログか?』


『NPCの行動ログ? そんなゴミデータ、役に立つわけ……』


『いや、見てくれ! この記述量、異常だぞ!』


 システムが、私のログに触れた。


 展開される。


 二十年分、七三〇〇日分の、膨大な業務日誌。


『X年X月X日 晴れ。 7:00 開門。蝶番の軋み、微増。油を差す』


『12:00 異常なし。ミナが店先で転ぶ。石畳の判定に歪みあり』


『15:30 勇者が来店。銅の剣を購入。店の在庫、残り3』


『X年X月Y日 雨。 石畳の滑り係数増加。注意喚起を行う』


『18:00 異常なし。閉門』


 毎日、毎時、毎分、毎秒。


 私が観測し、記録し続けてきた「村の全て」がそこにあった。


 石畳の枚数。風の強さ。空の色。ミナの笑顔の回数。


 ハッカーが破壊したのは「現在のデータ」だ。


 だが、私が持っているのは「積み重ねた歴史」だ。


 村のどこに傷があり、どこに花が咲いているか。私はその全てを知っている。


『信じられん……』


 神が絶句している。


『この門番NPC、自分の周囲の環境データを、二十年間一日も欠かさず詳細にログに残してやがる』


『破損したマップデータより、こいつの日記の方が正確だぞ!』


『使える! このログを設計図ブループリントにして、村を再構築リビルドできる!』


 光が生まれた。


 私のログが、奔流となって溢れ出す。


 文字の羅列が、質量を持って実体化していく。


 0と1の闇に、石畳が敷かれる。


 壁が立ち上がる。


 屋根が乗る。


 ハッカーが撒き散らした「削除の呪い」は、私の「圧倒的な日常の質量」によって上書きされ、弾き出されていく。


 ただ毎日、同じ場所に立ち、同じ景色を見ていただけだ。


 だが、その退屈な反復こそが、世界を繋ぎ止める鎖となった。


 重みが戻ってくる。


 錆びついた鎧の重さ。


 足裏に伝わる石の冷たさ。


 そして、手のひらに馴染んだ、愛用の槍の感触。


「……やれやれ」


 私は小さく息を吐いた。


「休憩終わりか」


 ゆっくりと目を開ける。


 薄暗い。


 まだ夜明け前だ。


 だが、空には星が戻り、東の空が白み始めている。


 目の前には、いつもの石畳。いつもの門。


 そして二メートル先には、元通りになった道具屋がある。


 誰もいない。音もない。


 世界はまだ眠っている。


 私は姿勢を正し、定位置に立った。


 誰に称賛されることもない。誰に知られることもない。


 だが、私はここにいる。


 それが、私の仕事だからだ。


 ***


【掲示板:『エターナル・スフィア』全サーバー避難所】


998 名無しの難民


おい、メンテ明けるぞ!


ログイン画面まで行けた!


999 名無しの難民


データどうなった!?


初期村消滅したって噂だけど


1000 名無しの難民


入れた!


……ある。村があるぞ!


何も変わってない。いつもの初期村だ!


1001 名無しの冒険者


門番のおっさんも立ってるwww


通常営業だwww


よかった……本当によかった……

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