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はじまりの村の門番ですが、来る勇者が配信者ばかりで毎日が放送事故です  作者: 伝福 翠人


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悪意あるハッカー(未実装の通行証)

 世界の色が、抜けていく。


 ふと見た自分の手が、灰色になっていた。


 使い古した鉄の錆も、革紐の汚れも消え失せている。


 のっぺりとした、未着色のポリゴンモデル。


 それが今の私の手だった。


 視線を上げる。


 空の青色がボロボロと剥がれ落ち、その下から無機質なグリッドワイヤーフレームが露出していく。


 風の音が消えた。


 小鳥のさえずりも、冒険者たちの喧騒も。


 代わりに鼓膜を打つのは、キーンという鋭利な電子ノイズだけ。


(……ラグじゃない)


 私は震える手で、愛用の槍(飾り)を握りしめた。


 感触がない。ただのデータの塊を握っているようだ。


 これは処理落ちなどという生易しいものではない。


 世界そのものが、何者かに食われている。


 ズザ……ズザ……。


 ノイズ混じりの足音が、街道の向こうから近づいてくる。


 黒い霧の塊。


 人型をしているが、顔はない。


 頭上に浮かぶプレイヤーネームは、文字化けした羅列『■■■』。


 そいつが歩くたびに、地面の草花が砂のように崩れ、『0』と『1』の数字になって虚空へ吸い込まれていく。


 ハッカー。


 あるいはクラッカー。


 ゲームへの恨みか、あるいは単なる愉快犯か。


 明確な悪意を持って、サーバーのコアデータを物理的に破壊しに来た侵入者だ。


「止まれ! 何者だ!」


 門を守る衛兵NPCたちが、槍を構えて飛び出した。


 彼らはプログラム通り、敵対的侵入者を排除しようとする。


 黒い影が、指を鳴らした。


『Command: Delete』


 パチン。


 乾いた音が響いた瞬間。


 衛兵たちの姿が掻き消えた。


 断末魔も、死亡エフェクトもない。


 最初からそこには誰もいなかったかのように、存在定義(ID)そのものを抹消されたのだ。


 絶対的な管理者権限アドミン・コマンドの行使。


 神の力そのものだ。


「きゃっ……!」


 背後で短い悲鳴。


 ミナが店から飛び出してきた。


 彼女の足元も、すでに灰色に侵食されている。


 黒い影が、ミナに手を伸ばした。


 その指先から、赤黒いスパークが走る。


 触れれば終わる。


 彼女もまた、0と1の藻屑となって消える。


 私は動いた。


 思考するよりも早く、足が前に出ていた。


 ミナと影の間に、私の灰色の体を割り込ませる。


 仁王立ち。


 いつもの門番の定位置だ。


『……あ?』


 黒い影が立ち止まる。


 顔のない頭部が、不審そうに私を見上げた。


『なんだこの雑魚NPC。バグってんのか? まあいい、まとめて消えろ』


 影が私に向けて掌をかざす。


 空間が歪む。


 致死性の削除コードが、黒い稲妻となって私に放たれた。


 回避不能。防御不能。


 当たれば即死どころか、私の存在した痕跡すら残らない。


 だが。


 私は一歩も引かない。


 目を逸らさず、ただ事務的に口を開いた。


「通行証を提示願いたい」


 バヂィッ!!


 黒い稲妻が私の鼻先で弾け飛び、霧散した。


 ダメージゼロ。


 私の体は、ポリゴン一枚欠けていない。


『……は?』


 影が動揺した気配を見せる。


『なんだ今の。Delete関数が通らなかった? ラグか?』


 影は苛立ち、再び指を鳴らす。


『Force Delete(強制削除)!』


 二発目の稲妻。


 先ほどよりも太く、凶悪なデータ破壊光線。


「通行証を提示願いたい」


 私は同じトーン、同じ速度で定型文を繰り返した。


 光線が再び霧散する。


 まるで、見えない受付カウンターに阻まれたかのように。


『な、なぜだ!? なんで消えない!』


 ハッカーが叫ぶ。


 理解できないだろう。


 お前が放っているのは、最強の攻撃魔法でも、絶対的な管理者コマンドでもない。


 私にとっては、ただの『対話の試み(インプット)』だ。


 私のAIはシンプルだ。


 相手が誰であれ、まず『通行証の有無』を確認する。


 持っていれば通す。持っていなければ、通さない。


 そして、通行証を持っていない相手からのアクションは、全て『無効な入力』として処理キャンセルする。


 たとえそれが、世界を滅ぼす削除コマンドであろうとも。


 所持アイテム欄に『通行証』がない限り、私への干渉は一切成立しない。


 これは無敵バグではない。


 お役所仕事ビュウロクラシーという名の、最強の仕様だ。


『ふざけるな! たかがNPCごときが!』


 ハッカーが激昂し、コマンド入力を放棄した。


 黒い霧を腕の形に凝縮させ、物理攻撃で殴りかかってくる。


 愚かな。


 システムで勝てないなら、暴力で勝てると思ったか。


 私は静かに右手を伸ばした。


 背中に背負った、ただの飾りだと思っていた大剣の柄に、指をかける。


 灰色の世界で、私の目だけが微かに光を帯びた。


「業務妨害と判断する」


 ***


【掲示板:『エターナル・スフィア』避難所 Part 1】


5 名無しの難民


おい、なんか世界が消えてね?


ログインできないんだが


6 名無しの難民


ハッキング受けてるっぽい


俺のアバターも消されたわ


村のNPCも全滅してる


7 名無しの難民


待て、配信見てみろ


初期村の門番だけ、まだテクスチャ残ってるぞ!


8 名無しの難民


は?


うわマジだ、あいつハッカーの攻撃全部弾いてるwww


「通行証見せろ」って連呼しながら仁王立ちしてやがる


9 名無しの難民


門番「正規の手続きを踏んでください(削除コマンド無効)」


強すぎるだろwww


10 名無しの難民


最後の砦が、まさか初期配置の門番だとはな……


頑張れおっさん! 俺たちの世界を守ってくれ!

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