理想郷の設計ミス
血の跡は、いつも完成直前の城に残る。
それは想定外の事故ではない。設計が正しく進行した末に現れる、副作用だ。
地下は洞窟だった。
最初から空洞で、暗く、音が均質に反響する。地上から隔絶され、夜を延命できる。理想郷の基礎として、これ以上都合の良い構造は存在しなかった。だが、わたしたちはここを作ったわけではない。知っていただけだ。
この洞窟がどこへ繋がり、どの層で地上に近づき、どの角度から朝光が差し込むのかを。
人間の計画は、常に地上から始まる。
城を築き、安全を確保し、管理可能な地下施設を併設する。設計図も、調査も、承認も、人間の手続きを経て進む。彼らは自分たちが判断していると思っている。
わたしたちが行うのは、誘導だ。
過去の私が幾度もの失敗で得た記憶――崩れる地点、繋がる層、光の侵入角――それらを地図として保持し、人間の選択肢の配置をわずかにずらす。地下施設が必要に見える理由だけを残し、洞窟へ向かって掘り進める判断が「合理的」に見える状況を整える。
そのために、文字を使う。
ただし、新しく書くことはしない。既存の調査報告書、過去の類似事例、他地域の事故記録。人間がすでに信頼している文脈の中に、記憶を滑り込ませる。強調せず、断定せず、編集する。
文字は不自然であってはならない。存在を怪しまれた瞬間、計画は停滞し、誘導は破綻する。
人間は、地下を管理可能な空間にしたがる。
安全性、防災、維持管理。その名目のもと、洞窟は地上へ向かって掘られる。城の地下施設として、正式に、正当な理由を伴って。
その接続点に到達した時点で、城の土台は人間のものではなくなる。
前回、そこまで到達していた。
供給は安定し、衝動は管理され、統制は機能していた。夜が続く限り、設計は破綻しないはずだった。
だが、城は完成域に達した。
完成とは、機能の総和ではない。
完成とは、光を許す構造になることだ。完成した城は朝を迎え、朝光は血を可視化する。可視化された血は観測になる。
完成した城で朝を迎え、血が観測された時点で、条件は成立する。
世界は巻き戻った。
城は未完成へ戻され、地下は再び洞窟となり、時間だけが初期値へ引き戻された。罰はない。後悔も意味を持たない。設計がそうなっている以上、起こるべくして起きた。
それでも、理解している。
統制は、あと一歩だった。
だから今回は、完成させる。
今回こそ、統制してみせる。人間の血の誘惑に湧きすぎるものが出ないように。衝動が規定を越えないように。夜を越えても、朝を迎えても、血が意味を持たないように。
それは他者だけの問題ではない。私自身を含めての統制だ。 記憶を持つ者ほど、血に意味を与えやすい。意味を与えれば、観測が始まる。
血は数えられる。
数えられるうちは、制御できる。
衝動が形を持つ前に、細分化する。分け、削ぎ、元の姿へ戻れない段階まで落とす。血を物語にする前に、ただの処理対象へと変える。
理想郷は、完成してはならない――そう学んだ。
だが同時に、完成させねばならないとも理解した。
設計ミスは、未完成ではなく、統制にあったのだ。
わたしたちは、まだ知られていない。
その状態を保ったまま、完成へ到達する。
それが、今回の計画だ。




