第52節 芹乃栄―法廷での証言技術
「沈黙した証拠に、声を与える言葉の術」
芹が冬の泥の中から伸びるように、
言葉もまた、沈黙の底から立ち上がる。
法廷で証言するということは、
単に事実を述べることではない。
それは、「真実を理解可能な形に翻訳する」行為であり、
科学を“人間の声”に変える仕事である。
隆也は、私の準備原稿を見て微笑んだ。
「綾音、法廷では“説明”じゃなく、“物語”を語る。
でも、事実という旋律を決して外さない」
沈黙を恐れず、
言葉に温度を宿す。
それが、法廷証言の最初の呼吸――
証拠が人間の言葉を得る瞬間だ。
ここにお載せしておりますイラストは、私の言葉の羅列により、A.I.が作成してくれました。
Ⅰ 証言とは何か ― 「声の中の科学」
法廷での証言とは、
“科学的真実を、社会的言葉に変換する技術”である。
それは、報告書の延長ではなく、
「呼吸する鑑定書」と言える。
証言は、三層構造で成り立つ。
① 事実(Fact):観察結果そのもの
② 解釈(Analysis):論理的因果の説明
③ 表現(Expression):理解可能な言語化
「綾音、事実を語るとき、
“真実”は静かに姿を変える。
それを見逃さないのが証人の使命」
― 隆也
Ⅱ 図解①:法廷証言の三層構造 ― Triplex Testimonii
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Ⅰ層:観察 Observation │ 科学的事実の提示
Ⅱ層:分析 Analysis │ 論理的因果の説明
Ⅲ層:表現 Expression │ 社会的理解への翻訳
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註:科学の言葉を“人の耳”に届く音に変える。それが証言技術の本質。
Ⅲ 証言技術の四原則 ― Quattuor Principia Testimonii
Ⅰ.明確性(Clarity) :短く、正確に、歪みなく答える
Ⅱ.中立性(Neutrality):感情を抑え、事実に即して語る
Ⅲ.簡潔性(Brevity) :冗長な専門語を避け、平易に置換
Ⅳ.倫理性(Integrity) :沈黙する尊厳を損なわない言葉を選ぶ
註:証言とは“法と倫理の合唱”であり、
言葉は真実の温度調整装置である。
Ⅳ 対話:模擬法廷にて
隆也:「被害者の創について説明して下さい」
綾音:「創長35mm、深度12mm、右手による鋭器刺入。
出血反応は生前陽性で、死因は急性出血性ショックと判断しました」
隆也:「では、“生前反応”とは何を意味しますか?」
綾音:「生体が生きた状態で外力を受けた際、
組織内に血液が滲出し、酸化反応を示す現象です。
簡単に言えば、“生きていた証拠”です」
隆也(静かに頷く):「綾音のその言葉で、陪審員は理解できる。
綾音の証言の技術」
Ⅴ 図解②:科学と言葉の変換過程 ― Translatio Veritatis
(模式図)
科学的記録(Observation)
↓ 論理的変換
法的文脈(Analysis)
↓ 感情的適応
社会的理解(Expression)
註:証言とは、“理解される真実”を作る過程である。
Ⅵ 観察記録 ― 綾音筆(法廷証言準備稿)
Case No. 52-A
主題:左側頸部刺創に関する死因鑑定
要旨:
・創長:28mm/深度20mm/鋭縁/刃圧強
・出血量:推定1.6L(循環血量の30%)
・心筋虚血反応なし、呼吸器内異物なし
・死因:急性出血性ショック(単回刺撃)
証言補足:
「一撃による深い刺創。
ためらい創所見はなく、行為は明確かつ迅速。
被害者は数十秒内に意識を喪失したと考えられます」
― 綾音(法廷提出稿)
Ⅶ 隆也注解 ― 「法廷で語るということ」
「綾音、証言は、
科学の正確さと、法の言葉の優しさ、
その両方を持つ。
事実を語るだけではなく、
聴く人が“理解したい”と思うように語ること。
それが、真実を社会に還すこと」
― 隆也(注解)
Ⅷ 詩篇:芹の声 ― Testimonium Seris
「冬の泥の底から、
芹は静かに声を上げる。
それは、
寒さの中で芽吹く言葉。
法廷で語られる創の記録も、
その小さな芽のように、
声なき声を届ける。
科学が見た真実を、
法が受け取り、
社会が理解する。
その橋が、言葉だ。」
― 綾音
「証言とは、
科学の沈黙を人間の声にする祈り」
― 隆也
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第52節 芹乃栄―法廷での証言技術《手稿資料集:芹の声(Testimonium Seris)》です。
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証言は、真実を社会に“翻訳”する行為である。
冷たい検体も、精密な測定も、
最終的には人の声によって伝えられる。
私、綾音と隆也が目指したのは、
“沈黙の証拠に声を与える技術”――
それは、科学と人間性の融合点に立つ司法医学者の使命であった。
次節では――
第53節 水泉動 ― 鑑定人の倫理と責任
へと続く。
そこでは、
証言の後に残る“静かな余韻”、つまり 「語られた真実の責任」 を描く。
――芹乃栄。
凍てついた法廷に芽吹く、
真実という名の声。




