第2節 よし芽吹いて風くすぐ 穀雨―やさしき雨音と取締役会の権限 【続き2】
第2節 よし芽吹いて風くすぐ 穀雨 ―やさしき雨音と取締役会の権限【続き2】は判例の具体的検討と、大隅健一郎氏の学説を引きながら、二人の対話を一層熱く展開させます。
ここにお載せしておりますイラストは、私の言葉の羅列により、A.I.が作成してくれました。
図書館の窓に流れる雨筋は、まるで時間の糸のように絶え間なく続いていた。
静けさの中で、ページをめくる音と雨のリズムが重なり、私たちの議論はさらに深みへと進んでいった。
「条文上の整理は理解できるけれど……やっぱり現実との距離を感じるのよ」
私はペンを握りしめながら言った。
「株主総会が“最高機関”であるはずなのに、取締役会が実質的にすべてを動かす。これでは株主の声が届かないじゃない」
隆也は静かに笑みを浮かべ、判例百選を開いた。
「そのジレンマを象徴するのが八幡製鉄事件だね。株主総会が業務執行に関する決議をしたけど、最高裁は“取締役会の専権を侵す”として無効とした。あの判決は、株主の期待を切り捨てつつ、経営責任を取締役に集中させたんだ」
私は唇を噛んだ。
「切り捨てる……そうね。制度が株主を守るためにあるのに、その声を封じてしまうなんて」
隆也は真剣な眼差しで続ける。
「でも考えてみてほしい。もし株主総会が個別の業務執行まで介入できたら、経営のスピードは失われるし、株主の多数派の一時的な感情に会社が振り回されてしまう。だから法は、株主に“原則的にノータッチ”を強いる代わりに、代表訴訟や取締役解任という“後からのチェック”を与えている」
私はしばらく黙り込んだ。雨音が胸に沁みる。
そして静かに口を開いた。
「大隅健一郎先生も、こう書いていたわ。“取締役会中心主義は、株主の力を削ぐための仕組みではなく、責任を集中させるための仕組みである”。……でも、責任が集中しても、その責任を果たせなかったら?」
隆也は頷き、資料をめくった。
「そこで次に重要なのが**ソニー事件(東京地判平成12年)**だ。あのときは取締役会が情報開示に関して判断を誤ったとして、株主から訴えられた。裁判所は、経営判断に広い裁量を認めつつも、“情報収集と検討を尽くしていたか”を厳しく問いただした。つまり、取締役会の権限は絶対じゃないんだ」
私はノートにその言葉を写しながら、熱を帯びた声を返した。
「権限は絶対じゃない……。じゃあ結局、取締役会に求められるのは“誠実さ”なのね。制度の裏側に潜むのは、人間の良心だわ」
隆也の目が柔らかく細められた。
「君はいつも制度の向こうに“人”を見るんだな。僕はどちらかというと制度の枠組みを重視するけど……君の言葉に触れると、法が血の通ったものに思えてくる」
私は頬に熱を感じ、慌てて視線を窓の外に逸らした。
雨粒が光を反射し、無数の小さな宝石のようにきらめいている。
この雨音に包まれている限り、制度と感情が一つに溶け合っていくような気がした。
《次回へ》
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次回は、第2節 よし芽吹いて風くすぐ 穀雨 ―やさしき雨音と取締役会の権限【続き3】内部統制義務と取締役会権限の限界をさらに掘り下げ、アメリカ・ドイツとの比較法的な視点を交え、二人の応酬をさらに白熱へと導き、制度の限界と人間的誠実さの必要性を強調します。




