第38節 霎時施 ― 原因器具の推定 ― 金属の影、刃の言葉 《手稿資料集:刃と金属の声(Vox Ferri)》
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2. 手稿一 「刃の断面記録 ― Ferrum Geometria」
3. 手稿二 「金属分析表 ― Elementum Signum」
4. 手稿三 「創縁顕微観察ノート(綾音筆)」
5. 手稿四 「隆也注解 ― 道具と倫理のあわい」
6. 手稿五 「図解:刃圧と摩耗痕スペクトルの対応曲線」
7. 手稿六 「詩篇:金属の祈り ― Ferrum Oratio」
8. 結語 霎の音の中で
《手稿資料集:刃と金属の声(Vox Ferri)》
― 大隅綾音・魚住隆也 共著・観察録 ―
表紙
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司法医学図説・実務編Ⅰ
第38節 霎時施
原因器具の推定 ― 金属の影、刃の言葉
綾音観察記録・隆也注釈附
於:大学医学部 法医学実験室
日:霜止後雨/気温11.6℃
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印章風題字:『Vox Ferri ― 刃之聲』
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手稿一 刃の断面記録 ― Ferrum Geometria
図Ⅰ 刃断面模式図(手稿写)
/\
/ \
/ \ ← 刃角度:34°
──┴─────────── 表皮層(創縁)
↑摩耗痕ピッチ 0.23mm
↑血滲痕線(創縁反転点)
解析:
・刃角34°→深創(角度30°以下では浅創)
・摩耗痕ピッチと創縁微線が完全一致
・反転点=加圧方向の変化=心理的動揺点
※創は力学と心理の重ね描きである。
手稿二 金属分析表 ― Elementum Signum
表Ⅰ 金属残渣成分分析結果(EDSスペクトル)
元素 │ 反応強度(×10⁻⁵)│ 分析所見
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Fe(鉄) │ 2.1 │ 主体金属、血液酸化層と結合
Cr│ 1.3 │ 防錆加工痕あり(SUS系)
C(炭素) │ 0.6 │ 高炭素鋼推定
Ni│ 0.2 │ 混在低濃度、刃先補強材痕跡
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総合判定:SUS420J2相当のステンレス鋼製刃物と一致。
反応層厚=0.18μm(接触時間短・高圧瞬間接触)
手稿三 創縁顕微観察ノート(綾音筆)
観察No.38-14
創長:6.2cm 創縁:整 血滲:連続線状
皮下出血:均一/擦過痕なし
顕微分析:創縁微粒金属Fe+ Cr+反応陽性
摩耗痕ピッチ:0.22〜0.25mm
解析:
刃物は高炭素鋼製、酸化層薄。
創形成=短時間高圧力接触。
“躊躇い”なし。意識的・制御的行為。
→ 感情の沸点ではなく、理性による選択的動作。
― 綾音記
手稿四 隆也注解 ― 道具と倫理のあわい
「道具には意志がない。
しかし、使用者の意志は必ず金属の面に宿る。
その光沢は、その人の心の鏡である」
「刃の鈍さが赦しであり、
鋭さが祈りであることもある。
君の観察記録は、その“祈り”を言葉にしている。」
― 隆也(注解)
手稿五 図解:刃圧と摩耗痕スペクトルの対応曲線
図Ⅱ 刃圧・摩耗痕スペクトル解析図
刃圧(N)↑
│ / ̄ ̄ ̄\
│ / \
│ / \
│ / \_____
└────────────────────→ 刃進行距離(mm)
註:
・ピーク値:創中央部で7.4N
・末端部で急減(心理的制動点)
・Fe/Cr比の変動=刃先摩耗と圧変化の同調を示す。
手稿六 詩篇:金属の祈り ― Ferrum Oratio
「刃は命を奪うためではなく、
命を映す鏡として磨かれてきた。
それを握る人の心が曇れば、刃も曇る。
けれど、創を読む者が清らかであれば、
刃は再び“光”となる」
― 綾音
「我々は冷たい金属の中に、
なお温かい倫理の温度を探している。
それが法医学の“祈り”である」
― 隆也
結語 霎の音の中で
雨は金属の声を洗い流し、
残るのは冷たい静寂だけ。
だが、その静寂の奥には、
刃の記憶が震えている。
それを聴き取る者がいる限り、
器具は凶器ではなく、証人として生き続ける。
― 大隅 綾音(記)
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