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OVER TAKE ❦ 大隅綾音と魚住隆也 ❦ ともに行こう!  作者: 詩野忍


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第24節 ひぐらし鳴いて―過ぎ行く夏が名残惜し「毒と癒しの境界 ― 中毒死・薬毒物検査の法的意義」

血中フェノバルビタール濃度:致死域境界。

だが、その死は自殺か、他殺か。薬か毒か――それを決めるのは、物質ではなく“意志”である。

彼女は顕微鏡を覗き込みながら、

「化学もまた、人の心を映す鏡よ」

と呟いた。

ここにお載せしておりますイラストは、私の言葉の羅列により、A.I.が作成してくれました。


 Ⅰ 小暑の午後、白い試験管の森


 午後の陽光が斜めに差し込む分析室。

 棚には試薬瓶が整然と並び、ガラス越しに夏の光が反射している。

 エタノール、アセトン、クロロホルム。

 無機質な香りの中に、わずかな人間の気配。


 魚住隆也が衣を翻しながら入ってきた。

「綾音、例のケース、薬毒物検査の結果が出た」

「ありがとう。フェノバルビタール濃度、どうだった?」

「血中2.3mg/dL。境界値ギリギリ。致死でもあり、治療域の上限でもある」


 綾音は試験管を透かして見た。

 液体の表面に、ゆらゆらと揺れる光。

 それはまるで、狐火のように彼女を誘う。


「……つまり、これは“毒”にも、“薬”にもなる濃度ね」

「判断が難しい。服用意図がわからない限り」


 綾音は顎に手を当て、静かに呟いた。

「毒と薬の境界って、化学的には“量”でしかないの。

 けれど、法医的には“動機”で変わるのよ」


「つまり、“どんな気持ちで飲んだか”?」

「ええ。それを読むのが、司法医学の詩学」

挿絵(By みてみん)

 Ⅱ 化学の証言 ― 分析室の祈り


 試薬滴定。ガスクロマトグラフィー。液体クロマトグラフィー。

 機械のモニターが青く光り、数値が踊る。


 綾音は分析表を見つめ、指先で微かな波形をなぞった。

「ここ、ピークが二重になっている。

 つまり、単剤服用じゃない。

 鎮静剤と抗うつ薬の併用ね」


「……となると、誤服用か、意図的な過剰摂取か」

「ええ。でもどちらでも、心が限界だったのよ」


 彼女は顕微鏡に映る微粒子を見つめながら言った。

「毒物って、体内では“光”になるの。

 代謝され、分解され、そして血液の中で微かに発光する。

 それを私は、“最後のSOS”って呼んでるの」


 隆也は静かに頷いた。

「……SOSか。

 科学って、残酷なほど正確だけど、

 どこか優しいね」


 Ⅲ 図解①:薬毒物分析の基本工程


 ① 検体採取(血液・尿・胃内容物・肝組織)

 ② 前処理(希釈・抽出・濃縮)

 ③ 定性分析(GC-MS/LC-MS)

 ④ 定量分析(キャリブレーション曲線)

 ⑤ 結果解釈(致死濃度/治療濃度/中毒域)


「この工程は機械的だけど、

 私たちは“背景”を読む必要がある。

 たとえば薬の摂取経路、服用習慣、心理的誘因……。

 数字の裏に、物語があるのよ」



 Ⅳ 過ぎ行く夏が名残惜し― 幻覚と真実のあいだ


 夜。

 病院裏の並木道に、綾音と隆也が並んで歩いていた。

 風がぬるく、街灯が蜃気楼のように揺れる。

 遠くで誰かが花火を上げた音。


「きつねの蝋燭、見たことある?」

「昔、山でね。あれ、リン化物が自然発火する現象なんでしょ」

「そう。つまり“毒”が光を生むの」


 彼女は夜空を見上げた。

「人の心も同じ。絶望の中でしか見えない光がある。

 それを“毒の灯”って呼びたいの」


「……綾音、やっぱり詩人だね」

「んん。

 科学者こそ、詩人でなくちゃいけないのよ」

挿絵(By みてみん)

 Ⅴ 法廷の論理 ― 化学の証拠と心の証言


 数日後、法廷。

 綾音は証言台に立ち、ガスクロマトグラフィーのデータを指差す。

「本件被害者の血中フェノバルビタール濃度は、致死域と治療域の境界にあります。

 摂取意図を断定することはできません」


 検察官:「しかし、服薬量は致死量相当です。」

 綾音:「ええ。ですが、“服薬量”と“死因”は同義ではありません。

 代謝酵素の個人差、精神状態、時間経過――すべてを加味しなければ」


 彼女の声は落ち着いていたが、

 その奥には微かな痛みがあった。


  “法は白黒を求める。

 だが化学は、常に“灰色”を描く。”


 Ⅵ 図解②:薬物動態(ADME)模式図


 A:Absorption(吸収)

 D:Distribution(分布)

 M:Metabolism(代謝)

 E:Excretion(排泄)

 --------------------------------

 血中濃度=体内動態×時間×個体差


「つまり、薬も毒も“人の時間”の中で変わるってこと?」

「そうよ。

 薬理学って、時間の詩学なの。

 だからこそ、司法医は“時間”を解剖する仕事」

挿絵(By みてみん)

 Ⅶ 毒の哲学 ― 意図と自由


 深夜、綾音はノートに書き留めていた。


「毒とは、意志の延長にある自由である。」


「ねえ隆也」

「ん?」

「もし“薬”が心を癒すものだとしたら、

 “毒”はその逆。

 でも、どちらも“苦しみ”からの逃げ道であることに変わりはない」


「つまり、人間って、“治りたい”と“消えたい”の両方を抱えてる」

「そう。だから司法医は、“消えたい人の声”も聴かなきゃいけないの」


 Ⅷ 図解③:中毒死鑑定の要素構成


 要素内容解析方法


 薬物濃度血中・肝組織・尿GC-MS/LC-MS

 代謝産物フェノール体等酵素反応解析

 服用経路経口/注射/吸入形態・残留痕

 心理要因自殺/事故/強要行動履歴・遺書


「ここで一番大事なのは、最後の“心理要因”。

 これが科学ではなく、人文の領域。

 司法医学って、まさに“理科と文学のあいだ”なの」

 Ⅸ 衣の灯 ― 科学の祈り


 夜。

 分析室の灯りが一つだけ残っている。

 綾音は一人、検体の最終データを整理していた。

 ガラス瓶の中で、光がゆらめく。


「毒も薬も、すべては“人の痛み”から生まれる。

 それを責めずに、理解しようとするのが、私の仕事」


 隆也がドアの向こうから静かに言った。

「綾音。……その言葉、報告書の結語に残しておこう。」

「ふふ。論文には詩は書けないけれど、心には残しておくわ。」


 Ⅹ 図解④:薬と毒の境界(量的関係モデル)


 │

 │ 治療域

 │───────────→ 投与量

 │ ↑

 │ │ 致死域

 │───────────

 │

 ↓ 効果

 ──────────────────

 “薬”と“毒”を分けるのは、量と意志である。


 ⅩⅠ きつねの灯、風に消える夜


 夜更け、病院の庭にて。

 風に乗って、遠くの森で狐火のような光が揺れた。

 綾音はそれを見つめながら、

「ねえ隆也。あの光、まるで“毒の祈り”みたい」

「でも、あたたかいね」

「そう。毒も、どこかで誰かを癒してるのかもしれない」


 二人の影が並び、

 白衣の裾が風に揺れた。

 その光景は、科学を超えた“慈悲”の絵だった。

 《次回へ》

挿絵(By みてみん)

ようこそお越し下さいました。

ありがとうございます。

いかがでした?

薬と毒。

それは、命を守る手と、命を奪う刃の、同じ指先に宿るもの。

綾音と隆也は、化学の数字の奥にある“心の温度”を感じ取りながら、

新たな真実の扉を開こうとしていた。

次回は、第25節 蒙霧枡降―空気心地良く「雨水の瓶に映る影 ― 毒と血の舞踏」、

血液化学と毒物反応が語る「死の舞踏」を通じて、

“見えない毒”が人の運命をいかに変えるかを探ります。

化学と愛、そして赦しの節が、再び始まります。



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