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OVER TAKE ❦ 大隅綾音と魚住隆也 ❦ ともに行こう!  作者: 詩野忍


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第12節 腐草ほたるに生まれなおし ― 螢火の下で天安門事件と趙紫陽談義

梅雨の湿気が抜け、夜の風がやさしく肌を撫でています。水辺には、ほたるが命を照らしているかのように光をともしています。

1989年の天安門事件と趙紫陽の政治的・倫理的立場をめぐり、「権力と良心」「沈黙と誠実」という主題を中心に、大隅健一郎氏の法思想(“誠実は体制を超える”)を引用しながら、英字論説文を手にした私、大隅綾音と魚住隆也の議論が、螢火の灯る夏の夜に静かに展開していきます。

沈黙の中にこそ、真実の声は宿るのかもしれない。私と隆也は、英字論説文の切り抜きを手に、政治と人間、権力と良心――そして、“法の誠実”とは何か。ほたるが舞う闇の中で、私たちの議論は次第に静かな熱を帯びていったのです。

ここにお載せしておりますイラストは、私の言葉の羅列により、A.I.が作成してくれました。

 夏の夜。

 裏の小川沿いは、蛍の光で淡く照らされていた。

 川面には星が映り、風が草を揺らしている。

 耳をすませば、虫の声とが混じり合っていた。


 私は手に持っていた英字論説文を静かに広げた。

 紙の端が少し湿って、灯りの下で波打っている。

 タイトルは “Zhao Ziyang’s Last Stand for Conscience”。


「趙紫陽――あなたは知っている?」

 私が問うと、魚住隆也は頷いた。

「中国共産党の元総書記。

 1989年の天安門事件で、学生たちに同情したことで失脚した人物。

 “国家より人間を選んだ政治家”として、今も論争の的だ」

挿絵(By みてみん)

 私はページを指でなぞった。

「彼のスピーチ、英訳で読むとすごく静かでね。

 “若者の血で正義を覆うことはできない”――

 この一文に、何度も目が止まったの」


 隆也は深く息を吸い、

「……法と倫理の衝突だね」

 とつぶやいた。


 蛍が一匹、川面を横切った。

 小さな光が、風に乗って私たちの手の上に舞い降りる。

 私はその儚い光を見つめながら言った。


「もし、彼が沈黙を選んでいたら、

 権力の座には居続けられたでしょう。

 でも、彼は声を出した。

 “民を守るために沈黙しない”――

 それが、彼の誠実のかたちだった」


 隆也が小さく頷いた。

「でも、結果として彼は孤立した。

 法と体制の中で“誠実”を貫くことは、

 体制そのものを否定することになる。

 それでも、沈黙を拒んだ彼の選択は……

 政治というより、“人間”の選択だったのかもしれない」


 私はノートを開き、ペンで書き込んだ。


  “沈黙は安全を与えるが、良心を奪う。”

 ― Zhao Ziyang

挿絵(By みてみん)

「……この言葉、まるで大隅健一郎先生の講義のようだわ」

 隆也が笑みを浮かべた。

「“誠実は体制を超える”――先生の大切な言葉だね」


 私は頷いた。

「ええ。

 先生はいつも言っていた。

 “制度や権力が人を守るのではない。

 誠実が制度を守り、人を支えるのだ”って」


 隆也が少し真顔になった。

「法学も同じだよ。

 条文の裏に、人間の痛みがある。

 だから僕らは、単に“正しい”だけじゃなく、

 “誠実である”ことを学ばなきゃいけない」


 蛍がふたたび光を放ち、風が通り抜けた。

 私は夜空を見上げた。

「……でも、“誠実”って、どこまで通用するのかしら」


「どういう意味?」


「趙紫陽のように、自分の良心に従って発言しても、

 体制の中では裏切り者にされる。

 日本でも、戦前の滝川事件のように、

 “自由な学問”は国家に押しつぶされた。

 ――誠実って、いつも敗れる側にあるのかもしれない」


 隆也は少し黙ってから、静かに答えた。

「それでも、僕は信じたい。

 敗れるたびに誠実は、次の時代を照らす光になる。

 ほら、蛍みたいに」

挿絵(By みてみん)

 私はその言葉に目を細めた。

 風の中で、蛍がいくつも舞い上がっていく。

 暗闇の中、光が重なり合いながら、

 まるで誰かの魂のように漂っていた。


 英字論説の末尾には、

 趙紫陽が軟禁生活の中で残したという手記の一節があった。


 “The law is sacred only when it protects the weak.”

 ― Z. Ziyang


「弱き者のために法がある――

 この言葉、まるで私たちが日々学んでいることの原点みたい」


 隆也がうなずいた。

「法の本質は、強者のためではなく、

 声なき者のための盾だ。

 それを忘れた法は、ただの命令になる」


 私は静かに言葉を重ねた。

「命令と信頼の違い――

 それが“人間の法”と“体制の法”の境界なのね」


 夜が深まり、風が少し涼しくなった。

 私たちは川辺を歩きながら、

 時折、足元を照らす蛍の光を追っていた。

挿絵(By みてみん)

「綾音」

 隆也が、ふと声を落とした。

「君はもし、趙紫陽の立場だったら、

 やっぱり声を上げたと思う?」


 私は立ち止まって考えた。

 答えはすぐには出なかった。

 けれど、やがて小さく頷いた。


「ええ。……きっと、怖いと思う。

 でも、沈黙している方が、もっと怖い。

 “誠実”を失うことが、私にはいちばんの裏切りだから」


 隆也は少し笑った。

「やっぱり、君は法より人を信じるんだね」

「だって、人を信じなきゃ法は空っぽよ」


 蛍が、指先に止まった。

 その小さな命が、かすかに光を放っている。

 私は囁くように言った。

「この光、どんな闇でも見えるのね。

 たぶん……誠実もそうなんだわ。

 見えなくても、そこにある。

 誰かが見ていなくても、消えない」


 隆也はその光を見つめながら、

「それが法の理想だね」

 と答えた。


 私は静かに頷き、

 その蛍をそっと夜空に放した。

 そして小さな光は、風に乗って遠くへ流れていった。

 《次回へ》

挿絵(By みてみん)

ようこそお越し下さいました。

ありがとうございます。

いかがでした? 

ほたるが無償の光を照らすように、沈黙の中で光る“誠実”があります。天安門事件と趙紫陽の生き方は、法と権力、良心と恐怖の狭間で、“人が信じることの強さ”を問いかけました。大隅健一郎氏の「誠実は体制を超える」という言葉が、夜風の中で再び息づきます。

次回は、第13節 梅の実こつん−恋の音 東京裁判とパル判事を考察、東京裁判をテーマに「勝者の正義」と「普遍の法」の矛盾をめぐり、英語原文の判決文を手に議論する二人の心情と、静かに芽生える恋の気配を、梅雨の終わりのしっとりとした情景に重ねて描きます。恋の音=“こつん”という梅の実の落ちる響きが、正義の揺らぎと心の鼓動を象徴するように物語を包みます。



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