第7節 竹の子すくすく背くらべ― 清風の中の商法改正の歴史
竹の子は雨を吸い、すくすくと伸びていきます。 その節ごとの成長は、まるで法の改正のよう。
時代の風にしなやかに揺れながら、折れずに、曲がらずに、空を目指す、清風の午後、私は魚住隆也とともに、改正の歴史を辿りました。
大隅健一郎先生が語った「法は節を重ねて呼吸する」という言葉を胸に、制度の裏に流れる人間の記憶と誠実を見つめます。それは、竹林のざわめきのように静かで、確かな響きを持っているかのように。
ここにお載せしておりますイラストは、私の言葉の羅列により、A.I.が作成してくれました。
竹の葉が陽光を受けてきらめき、風が音を運ぶ。
まるで時間そのものが呼吸しているようだった。
初夏の午後、大学の裏手にある竹林のベンチに、私と隆也は腰を下ろしていた。
ノートには太い文字で「商法改正史」と書かれている。
青空の下、議論の続きを始めるにはちょうどいい陽気だった。
「竹って、すごいわね。昨日より背が高くなってる気がする。」
私がそう言うと、隆也は目を細めて竹の節を見上げた。
「竹は一日に数十センチ伸びることもあるらしい。
でも、それを支えているのは見えない“節”なんだ」
「――法も、そうなのね」
私は小さく笑った。
「改正のたびに痛みを経験して、それでも社会の中で倒れずに立ち続ける。
節があるから、次の光を掴める」
隆也は頷き、ノートを開いた。
「今日は、“商法から会社法への道”を辿ろう。
つまり、日本の経済と倫理がどんなふうに呼吸してきたかだ」
竹林を吹き抜ける風の音のなか、私たちはページをめくった。
一、明治の始まり ― “模倣”の中の誕生
最初は1899年、明治32年。
私はペンを走らせた。
旧商法――日本最初の近代的商事法。
ドイツ商法を範に、会社を国家の発展装置として制度化した。
「つまり、“産業国家の骨格”を作る法律だったんだね。」
隆也の声は静かだが力を帯びていた。
「会社は個人の自由の延長じゃない。国家の手足として機能する。
その時代の法は、人を守るより“国家を支える”ものだった」
「制度の模倣――でも必要だったのね」
私はつぶやいた。
「明治は、法を自分で作るより“借りて学ぶ”時代。
でも、それが日本人の法感覚の根を作った」
隆也は頷き、ノートに大隅健一郎氏の言葉を書き加えた。
『輸入された制度も、時間と共に血を通わせる。
模倣が終わるとき、そこに自立が生まれる』
二、戦後の風 ― “民主化”という光
「次の節は、戦後だ」
隆也がページをめくる。
「昭和26年の商法改正。戦後日本が新しい信頼を作り直そうとした時代」
私はその言葉を追いかけるように言った。
「取締役会の制度化、監査制度、株主総会の民主化――。
“会社は社会のもの”という理念が初めて明確になったのよね」
「そう。占領政策下での改革ではあったが、
その背後には“人間の倫理を取り戻す”という意志があった」
隆也はふと、目を閉じて言った。
「大隅先生はこの時代を“倫理の再設計期”と呼んでいた。
“法は規制ではなく、人の誠実を信じる構造でなければならない”と」
私はペンを止め、風の音に耳を傾けた。
その葉擦れの音が、まるで人々の声のように聞こえた。
焦土の中で、何を信じて法を立て直そうとしたのだろう。
三、高度成長の翳り ― “外部監視”の時代
昭和49年改正。監査役制度の強化
私は読み上げた。
「外部から会社を見守る仕組みが導入された時期ね」
隆也が言う。
「“外部性の導入”だ。
人の良心だけでは会社を守れない――そう気づいた時代。
監査制度は、信頼の“構造化”の試みだった」
私は竹の節を指でなぞるようにして言った。
「つまり、倫理を制度化したのね。
でも、制度が人の心を置き去りにしたら?」
隆也はすぐに応じた。
「それが次の課題だ。
昭和の終わりから平成にかけて、“形式化”が始まる。
制度があること自体が“目的”になってしまった」
「皮肉ね。
人を守るために作られた制度が、人を覆い隠すなんて」
四、平成の黎明 ― “社外監査役”と独立の形骸化
平成13年――社外監査役の導入
私は次の行を書き込む。
内部統制の限界を超えようとした試み
でも、“社外”という言葉に安住して、本質を見失った
隆也は眉を寄せる。
「社外性の名のもとに“責任の希薄化”が起きた。
人は立場を変えただけで、透明になった気がしてしまう。
でも法は、見かけの独立ではなく、“倫理の独立”を求めていた」
「大隅先生がその頃、講義で言っていたわ」
私は思い出したように言葉を紡ぐ。
「“独立とは、誰にも頼らないことではない。
正義に従って立ち続けることだ”――と」
隆也は静かに笑う。
「先生らしい言葉だ」
五、平成17年 ― “会社法”の誕生
そして、会社法が独立する
私は声を少し弾ませた。
「商法の一部だった会社編が、ついに独立法に。
――法が、自分の足で立つようになった」
隆也はうなずく。
「理念は“自律と説明”。
取締役会、監査役、株主総会――多様な機関設計の自由が与えられた。
でも、それは同時に“責任の明確化”も意味した」
「自由の重みね」
私は微笑む。
「自由に形を選べるということは、失敗にも自分で責任を持つということ」
「そう。だからこの改正は、“制度の成熟期”だった」
隆也は言葉を続けた。
「大隅先生がよく言っていた。“制度は成熟すると、説明を求められる”」
六、平成26年 ― “監査等委員会設置会社”の登場
竹の葉の影がゆれる。
陽が傾き、風が涼しくなった。
平成26年――監査等委員会設置会社の導入
私はノートに書く。
取締役会の自由を認めつつ、監査の強化を図る。
「“柔軟性”と“説明責任”の調和を目指した改正ね」
隆也がゆっくり言った。
「つまり、“信頼の再設計”だ。
制度の自由は、説明の自由でもある。
法は、人間を縛る鎖ではなく、誠実を可視化する鏡なんだ」
私は竹林を見渡しながら言った。
「透明性って、痛いものね。
光を浴びるってことは、影も見えるということだから」
「そうだ」
隆也が頷く。
「でも光を拒んだ法は、やがて暗闇で折れる」
七、現代の息吹 ― “改正という呼吸”
夕陽が沈みかけ、竹の影が長く伸びる。
私はノートの最後のページに、大隅健一郎先生の一節を書いた。
『法は完成を目指さない。
改正とは、未完成を認める勇気である』
「改正のたびに、法は人間を試しているのかもしれないわ」
私の声が風に溶けた。
「私たちはどこまで誠実でいられるか。
自由をどう扱うか。
社会の信頼を、どこまで支えられるか」
隆也がゆっくり頷く。
「だからこそ、法は生きている。
倒れても根を残す竹のように、次の節を作る」
私は小さく笑った。
「竹の子の背くらべみたいね。
それぞれの改正が、競うように高く伸びていく。
でも、どれも同じ根から生まれている」
風が吹いた。
竹の葉がざわめき、夕空の金色の光を反射する。
私はその音を聞きながら思った。
――法も人も、私達も、痛みと希望を繰り返しながら成長していく。
それはきっと、永遠に終わらない“背くらべ”なのだ。
《次回へ》
ようこそお越し下さいました。
ありがとうございます。
いかがでした?
竹が節を作りながらまっすぐ伸びるように、
商法改正の歴史もまた、痛みと反省を重ねて強くなっています。
法は断絶ではなく連続の記憶であり、改正とはその呼吸の音。
大隅健一郎氏が遺した“法は倫理の樹”という思想が、 清風の中に静かに生きていました。
次回は、第8節 蚕起食桑の小満 ― 走り梅雨と監査役制度の行方 から監査役制度の意義と限界、内部統制・社外監査役制度の変遷、信頼と孤独、誠実の構造などを軸に、走り梅雨の湿った午後、倫理と制度の狭間で揺れる二人の議論を描きます。




