表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
OVER TAKE ❦ 大隅綾音と魚住隆也 ❦ ともに行こう!  作者: 詩野忍


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

18/123

第7節 竹の子すくすく背くらべ― 清風の中の商法改正の歴史

竹の子は雨を吸い、すくすくと伸びていきます。 その節ごとの成長は、まるで法の改正のよう。

時代の風にしなやかに揺れながら、折れずに、曲がらずに、空を目指す、清風の午後、私は魚住隆也とともに、改正の歴史を辿りました。

大隅健一郎先生が語った「法は節を重ねて呼吸する」という言葉を胸に、制度の裏に流れる人間の記憶と誠実を見つめます。それは、竹林のざわめきのように静かで、確かな響きを持っているかのように。

ここにお載せしておりますイラストは、私の言葉の羅列により、A.I.が作成してくれました。

竹の葉が陽光を受けてきらめき、風が音を運ぶ。

まるで時間そのものが呼吸しているようだった。

初夏の午後、大学の裏手にある竹林のベンチに、私と隆也は腰を下ろしていた。

ノートには太い文字で「商法改正史」と書かれている。

青空の下、議論の続きを始めるにはちょうどいい陽気だった。

「竹って、すごいわね。昨日より背が高くなってる気がする。」

私がそう言うと、隆也は目を細めて竹の節を見上げた。

「竹は一日に数十センチ伸びることもあるらしい。

でも、それを支えているのは見えない“節”なんだ」

「――法も、そうなのね」

私は小さく笑った。

「改正のたびに痛みを経験して、それでも社会の中で倒れずに立ち続ける。

節があるから、次の光を掴める」

隆也は頷き、ノートを開いた。

「今日は、“商法から会社法への道”を辿ろう。

つまり、日本の経済と倫理がどんなふうに呼吸してきたかだ」

挿絵(By みてみん)

竹林を吹き抜ける風の音のなか、私たちはページをめくった。

一、明治の始まり ― “模倣”の中の誕生

最初は1899年、明治32年。

私はペンを走らせた。

旧商法――日本最初の近代的商事法。

ドイツ商法を範に、会社を国家の発展装置として制度化した。

「つまり、“産業国家の骨格”を作る法律だったんだね。」

隆也の声は静かだが力を帯びていた。

「会社は個人の自由の延長じゃない。国家の手足として機能する。

その時代の法は、人を守るより“国家を支える”ものだった」

「制度の模倣――でも必要だったのね」

私はつぶやいた。

「明治は、法を自分で作るより“借りて学ぶ”時代。

でも、それが日本人の法感覚の根を作った」

隆也は頷き、ノートに大隅健一郎氏の言葉を書き加えた。

『輸入された制度も、時間と共に血を通わせる。

模倣が終わるとき、そこに自立が生まれる』


二、戦後の風 ― “民主化”という光

「次の節は、戦後だ」

隆也がページをめくる。

「昭和26年の商法改正。戦後日本が新しい信頼を作り直そうとした時代」

私はその言葉を追いかけるように言った。

「取締役会の制度化、監査制度、株主総会の民主化――。

“会社は社会のもの”という理念が初めて明確になったのよね」

「そう。占領政策下での改革ではあったが、

その背後には“人間の倫理を取り戻す”という意志があった」

隆也はふと、目を閉じて言った。

「大隅先生はこの時代を“倫理の再設計期”と呼んでいた。

“法は規制ではなく、人の誠実を信じる構造でなければならない”と」

私はペンを止め、風の音に耳を傾けた。

その葉擦れの音が、まるで人々の声のように聞こえた。

焦土の中で、何を信じて法を立て直そうとしたのだろう。


三、高度成長の翳り ― “外部監視”の時代

昭和49年改正。監査役制度の強化

私は読み上げた。

「外部から会社を見守る仕組みが導入された時期ね」

隆也が言う。

「“外部性の導入”だ。

人の良心だけでは会社を守れない――そう気づいた時代。

監査制度は、信頼の“構造化”の試みだった」

私は竹の節を指でなぞるようにして言った。

「つまり、倫理を制度化したのね。

でも、制度が人の心を置き去りにしたら?」

隆也はすぐに応じた。

「それが次の課題だ。

昭和の終わりから平成にかけて、“形式化”が始まる。

制度があること自体が“目的”になってしまった」

「皮肉ね。

人を守るために作られた制度が、人を覆い隠すなんて」

挿絵(By みてみん)

四、平成の黎明 ― “社外監査役”と独立の形骸化

平成13年――社外監査役の導入

私は次の行を書き込む。

内部統制の限界を超えようとした試み

でも、“社外”という言葉に安住して、本質を見失った

隆也は眉を寄せる。

「社外性の名のもとに“責任の希薄化”が起きた。

人は立場を変えただけで、透明になった気がしてしまう。

でも法は、見かけの独立ではなく、“倫理の独立”を求めていた」

「大隅先生がその頃、講義で言っていたわ」

私は思い出したように言葉を紡ぐ。

「“独立とは、誰にも頼らないことではない。

正義に従って立ち続けることだ”――と」

隆也は静かに笑う。

「先生らしい言葉だ」


五、平成17年 ― “会社法”の誕生

そして、会社法が独立する

私は声を少し弾ませた。

「商法の一部だった会社編が、ついに独立法に。

――法が、自分の足で立つようになった」

隆也はうなずく。

「理念は“自律と説明”。

取締役会、監査役、株主総会――多様な機関設計の自由が与えられた。

でも、それは同時に“責任の明確化”も意味した」

「自由の重みね」

私は微笑む。

「自由に形を選べるということは、失敗にも自分で責任を持つということ」

「そう。だからこの改正は、“制度の成熟期”だった」

隆也は言葉を続けた。

「大隅先生がよく言っていた。“制度は成熟すると、説明を求められる”」

挿絵(By みてみん)

六、平成26年 ― “監査等委員会設置会社”の登場

竹の葉の影がゆれる。

陽が傾き、風が涼しくなった。

平成26年――監査等委員会設置会社の導入

私はノートに書く。

取締役会の自由を認めつつ、監査の強化を図る。

「“柔軟性”と“説明責任”の調和を目指した改正ね」

隆也がゆっくり言った。

「つまり、“信頼の再設計”だ。

制度の自由は、説明の自由でもある。

法は、人間を縛る鎖ではなく、誠実を可視化する鏡なんだ」

私は竹林を見渡しながら言った。

「透明性って、痛いものね。

光を浴びるってことは、影も見えるということだから」

「そうだ」

隆也が頷く。

「でも光を拒んだ法は、やがて暗闇で折れる」


七、現代の息吹 ― “改正という呼吸”

夕陽が沈みかけ、竹の影が長く伸びる。

私はノートの最後のページに、大隅健一郎先生の一節を書いた。

『法は完成を目指さない。

改正とは、未完成を認める勇気である』

「改正のたびに、法は人間を試しているのかもしれないわ」

私の声が風に溶けた。

「私たちはどこまで誠実でいられるか。

自由をどう扱うか。

社会の信頼を、どこまで支えられるか」

隆也がゆっくり頷く。

「だからこそ、法は生きている。

倒れても根を残す竹のように、次の節を作る」

私は小さく笑った。

「竹の子の背くらべみたいね。

それぞれの改正が、競うように高く伸びていく。

でも、どれも同じ根から生まれている」

風が吹いた。

竹の葉がざわめき、夕空の金色の光を反射する。

私はその音を聞きながら思った。

――法も人も、私達も、痛みと希望を繰り返しながら成長していく。

それはきっと、永遠に終わらない“背くらべ”なのだ。

《次回へ》

挿絵(By みてみん)

ようこそお越し下さいました。

ありがとうございます。

いかがでした?

竹が節を作りながらまっすぐ伸びるように、

商法改正の歴史もまた、痛みと反省を重ねて強くなっています。

法は断絶ではなく連続の記憶であり、改正とはその呼吸の音。

大隅健一郎氏が遺した“法は倫理の樹”という思想が、 清風の中に静かに生きていました。

次回は、第8節 蚕起食桑の小満 ― 走り梅雨と監査役制度の行方 から監査役制度の意義と限界、内部統制・社外監査役制度の変遷、信頼と孤独、誠実の構造などを軸に、走り梅雨の湿った午後、倫理と制度の狭間で揺れる二人の議論を描きます。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
ここまで読ませていただきました。欧米の制度を踏まえつつ、日本はそれらの「調和」を目指しながら試行錯誤してきたことがとても伝わってきました。 風が吹き抜け、パラソルの影が揺れる中、日ごとに節を増しのび…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ