第4節 牡丹華やぎて想い燃ゆ ―若葉のごとく膨らむ利益相反取引論 【続き1】
第4節 牡丹華やぎて想い燃ゆ ―若葉のごとく膨らむ利益相反取引論 【続き1】では、さらに二人の応酬を深掘りして、法的議論の緊張感と、それに揺れ動く感情を細やかに描き出していきます。
ここにお載せしておりますイラストは、私の言葉の羅列により、A.I.が作成してくれました。
若葉が風に揺れ、葉と葉が触れ合うたびに、かすかなざわめきが耳に届く。私と魚住隆也は、分厚い条文集とノートを広げ、真剣に向き合っていた。
「結局ね、取締役会による承認って、どこまで実効性があるのかしら」
私はペン先で会社法第356条の条文をなぞりながら問いかけた。
「形式的な承認だけなら、取締役会は自己保身の温床になってしまう。取締役会自身が利害関係に巻き込まれるとき、どうやって歯止めをかけるの?」
隆也は少し目を細め、冷静に反論する。
「そこがまさに、利益相反取引規制の核心だろう。制度としては特別利害関係取締役を議決から除外すること、または監査役や社外取締役の存在によって牽制する。手続的統制は、不完全でも最低限のセーフティネットになるんだ」
私は頬にかかる髪を耳にかけ、少し強い口調で続けた。
「でも、それじゃあ根本的解決にはならないわ。取締役が会社のためではなく自分の利益のために動く――その誘惑を本当に防げるの?形の上では承認を得ても、実質的には株主や従業員が犠牲になる。そういう現実を裁判例が示しているでしょう」
隆也はすぐに応じた。
「例えば、丸石自転車事件だな。自己取引が形式上承認されても、会社に著しい不利益を与えた場合には、取引は無効とされた。裁判所は実質を見抜こうとしている。つまり制度は不完全でも、司法審査によって補完されるんだ」
「じゃあ、結局は裁判所任せなの?」
私は少し挑むような視線を向けた。
「大隅健一郎先生は、利益相反取引の問題を“法の形骸化”の象徴と呼んでいたはず。制度の形式に頼るだけじゃなく、取締役自身が忠実義務――fiduciary duty を自覚して初めて意味を持つのよ」
隆也は苦笑を浮かべ、しかし真剣な瞳をこちらに向ける。
「理想論だね。もちろん忠実義務の徹底が本質だ。でも、現実の人間は弱い。だからこそ制度が必要なんだ。裁判所も、制度も、そして取締役会自身も――多層的に歯止めをかけて、ようやくバランスが取れる」
「その“バランス”って言葉、簡単に聞こえるけれど、本当に難しいわ」
私は小さく息を吐いた。
「例えば、社長が関連会社を通して会社に有利な取引をする場合、それは自己取引でも結果的に会社に益するかもしれない。でも逆に、損害を与えるかもしれない。善か悪か、白か黒かじゃ割り切れないグレーゾーンが多すぎるのよ」
隆也は少し考え込むと、柔らかな声で答えた。
「だからこそ、僕らが学ぶんだろうな。条文を超えた実務のリアルを理解して、どう判断するかを探るために。君が言うように、最終的には取締役の心の在り方が試される。でもその心を信じるだけでは足りない。人の弱さと向き合うために法があるんだ」
私はその言葉を聞き、胸の奥が熱くなるのを感じた。
隆也の声は厳しくも優しく、若葉を包む風のように私を揺さぶる。
「……結局ね、法律って、人間そのものを見ているのかもしれない」
私の声は少し震えていた。
「利益相反取引を規制するっていうことは、法律が人の欲や弱さを前提にしているってこと。弱さを抱えながら、それでも誠実に生きようとする人を支える仕組み……それが会社法の本質じゃないかしら」
隆也は静かに微笑み、頷いた。
「綾音、君はやっぱり裁判官向きだな。理屈だけじゃなく、人の心の奥に光を当てようとしている」
風が強まり、若葉のざわめきが一層大きく響いた。
私たちの議論もまた、そのざわめきのように複雑に重なり合い、未来へと膨らんでいく。
《次回へ》
ようこそお越し下さいました。
ありがとうございます。
いかがでした?
若葉の季節に交わされた二人の議論は、利益相反取引をめぐる理論と現実を鋭く照らし出しました。形式と実質、制度と誠実、人間の弱さと理想。その交錯の中で、大隅健一郎氏の思想――「法は人間の弱さを支える構造」――が生きていました。法が人を律するだけでなく、人が法を温める存在であることを知り、
次回は、第5節 蛙はじめて小さな合唱―初夏の予感と株主平等原則では、初夏の光と風の描写を織り込みつつ、新株発行無効と、大隅健一郎氏の学説平等原則の機能的理解を深く取り込みます。




