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OVER TAKE ❦ 大隅綾音と魚住隆也 ❦ ともに行こう!  作者: 詩野忍


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第71節 百花斉放 ― 司法と宗教・文化 ― 死の尊厳と多文化社会における法医学倫理

The Dignity of the Dead in a Plural World


春、桜が咲き誇る。

その下で私は、ひとつの遺体に向き合っていた。

宗教も、文化も、国も異なるその人の身体を前にして、

私は「法」がもつ普遍性と、

「死」がもつ個別性の交差点に立たされていた。

司法解剖――それは、科学であると同時に、祈りでもある。

死を調べることは、命を暴くことではなく、

“尊厳を守るための知”を行使すること。

けれど、その尊厳の形はひとつではない。

遺体を洗う手、祈りを捧げる声、埋葬を望む心。

そのどれもが“正義”の一部であり、

司法がそれを理解せずに解剖を進めるとき、

法は容易に“無意識の暴力”に変わる。

「綾音、法は人を守るためにある。

 でも時々、人を切り離してしまう」

隆也の言葉が、春風に融けていく。

私、綾音と隆也は問う。

――法医学はどこまで人間でありうるのか。

ここにお載せしておりますイラストは、私の言葉の羅列により、A.I.が作成してくれました。

挿絵(By みてみん)

第一章 司法の手が触れる前に


司法解剖室は、静かな祈りの空間に似ている。

銀色の台の上で、命が過去形になる。

けれど、宗教の目から見れば、

死は終わりではなく、旅のはじまりでもある。


日本の解剖は合理的で清潔だが、

それはしばしば“宗教的沈黙”を伴う。

イスラム教では解剖は原則として避けられる。

ヒンドゥー教では身体の完全性が魂の還帰を保証する。

キリスト教では復活の信仰のために、身体の保存を望む声がある。


「綾音、科学のために祈りを止めていいのか?」

隆也が静かに問う。

私は答える。

「祈りを止める科学は、どこかで自分も失う。

 司法も、魂を無視してはいけない」


司法解剖は、真実を追う行為であると同時に、

“死者の語りを聴く儀礼”でなければならない。


第二章 死の多様性 ― 文化と身体の倫理


死の扱い方は、社会の倫理観を映す鏡である。


日本では「供養」と「検証」が同居している。

一方、アメリカでは「法」と「信仰」が交錯する。

イスラム圏では「神の領域」を越えぬよう慎重に扱われ、

インドでは「死」が社会階層と結びつく。

アフリカでは、死は共同体全体の儀礼であり、

個人の死も“部族の記憶”として共有される。


「綾音、法は、万能に見えて案外脆い」

隆也が手帳に書きながら呟く。

「文化を知らない法は、目隠しをした神様」


私は微笑む。

「だから私たちが“通訳者”になるの。

 科学の言葉と、祈りの言葉を繋ぐために」

挿絵(By みてみん)

第三章 遺族対応 ― 哀しみの法的翻訳


解剖が終わったあと、私は遺族と向き合う。

彼らの涙の中に、数えきれない言葉がある。

「なぜ切るのですか」

「そのままにしておいてほしかった」

――その訴えを、私は拒めない。


司法は説明責任を持つ。

だが、説明とは論理ではなく、心の翻訳でもある。


隆也は言う。

「綾音、君は“話す心のコンタクト」

「それしかできないから」


私は思う。

科学が行う解剖を、倫理が包み、文化が守る。

それが、本当の“死の尊厳”なのだ。


第四章 図解図説:Lex Cultura Diagram(多文化法理構造図)


┌──────────────────────┐

│ Lex Scientia(科学) │

└──────────┬──────────┘

┌──────────────────────┐

│ Lex Ethica(倫理) │

└──────────┬──────────┘

┌──────────────────────┐

│ Lex Cultura(文化・宗教) │

└──────────┬──────────┘

┌──────────────────────┐

│ Lex Dignitas(尊厳) │

└──────────────────────┘


科学は倫理を必要とし、倫理は文化に根ざし、

文化が尊厳を支える。

尊厳のない司法は、ただの制度に過ぎない。

挿絵(By みてみん)

第五章 対話 ― “死”の国境を越えて


夕暮れの研究室で、私、綾音と隆也は地図を広げていた。

「この国では解剖が許されない。

 でも、この国では義務化されている」

地図の上に、線が幾重にも引かれていく。


「綾音、法は世界共通ではない?」

「ええ。けれど“尊厳”だけは、どの国にも共通している」


隆也は頷く。

「綾音と僕の役目はその尊厳を大切に読み解くこと」


私は答えた。

「そう。文化を超えて、“亡き方の声”を繋ぐの」


桜の花が窓の外で舞い、

白い花弁が手帳の上に落ちた。

その瞬間、私は確信した――

司法解剖とは、“世界の祈りを聴く科学”だ。


第六章 手稿資料頁


綾音筆記:

「死は普遍であり、解剖は個別である。

その狭間に倫理が生まれる。

司法医学は、人間を“数値”にしないための科学である」


隆也注記:

「文化は枠ではなく、色。

法がその色を受け入れたとき、初めて真の普遍性が生まれる」


印章:「Lex Cultura et Dignitas」

意匠:地球儀×天秤×祈りの手(金箔押し)


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第71 百花斉放 ― 司法と宗教・文化 ― 死体の尊厳と多文化社会における法医学倫理《手稿資料集:Lex Cultura et Dignitas ― 文化と尊厳の記録》です。

挿絵(By みてみん)

ようこそお越し下さいました。

ありがとうございます。

いかがでした? 

夜、解剖室の窓を開けると、

どこか遠くで鐘の音が響いた。

異国の祈りが、春の夜気を通して届く。

その音を聞きながら、私は思う。

科学は国境を越えるが、尊厳もまた国境を越える。

だからこそ、司法は謙虚でなければならない。

法の力は、支配ではなく“理解”のために使われるべきなのだ。

次節は、第72節 玄鳥至 ― 女性法医学者の視点・ジェンダー配慮型手技・国際倫理規範

です。


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