表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
OVER TAKE ❦ 大隅綾音と魚住隆也 ❦ ともに行こう!  作者: 詩野忍


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

112/123

第68節 雀始巣 弐― 司法における女性被害者の尊厳

― Forensic Justice and the Dignity of Women Victims ―


春の陽がやわらかに差し込む解剖室。その静寂のなかで、私は白い手袋を嵌め、深呼吸をした。雀が巣を作る季節――命が再び循環をはじめるときに、私たちは「終わり」を見つめる。女性の身体に刻まれた暴力の痕跡は、単なる医学的事実ではなく、社会の倫理の輪郭を映す鏡である。

司法が暴力の証明を求めるとき、女性の尊厳は、しばしば冷たい数値や診断名の影に沈む。だが私は信じたい。検視台に横たわるその「遺体」は、決して沈黙の存在ではない。声なき声が、きずを通して、なお語っている。

その声を聴くこと――それこそが、司法医学者の使命であり、ひとりの女性としての私の祈りでもある。

今日も私、綾音は、隆也とともに、その尊厳の意味を確かめに行く。

ここにお載せしておりますイラストは、私の言葉の羅列により、A.I.が作成してくれました。

挿絵(By みてみん)

第一章 沈黙の花弁 ― 現場に残された声


「綾音、君は“尊厳”という言葉を、どう定義する?」

隆也の問いは、顕微鏡越しの視界に静かに落ちた。

「生きていたときの彼女が、まだ“人”であり続けること」

私は答えながら、指先でスライドガラスを動かす。そこには、紫に染め上げられた皮下出血の組織像。毛細血管の破断線が、まるで何かを叫ぶように枝分かれしていた。


――司法とは、沈黙に形を与える営みだ。

彼女の御身体は、証拠の集積体ではない。ひとつの物語の、最後の頁なのだ。


隆也は頷き、ノートに鉛筆を走らせた。

「被害者の尊厳を守るとは、つまり“見る”という行為の倫理」

「ええ。でも“見すぎる”ことも罪になる」

「どういう意味?」

「司法の眼差しが、彼女の“人格”を奪うことがある。身体を“物”としてしか扱わない瞬間、尊厳は壊れてしまうの」


私たちは、司法の冷徹さと、女性としての共感のあいだで揺れていた。


第二章 皮膚の記憶 ― 法医学的観察と倫理


皮膚は語る。

創の深さ、角度、血液の流出パターン――それらは、暴力の物理的再現を可能にするが、同時に、被害者の最期の時間を再生する残酷な儀式でもある。

私は顕微鏡の焦点を合わせ、隆也に言った。

「この線状挫創、角度からして加害者が利き手で殴打している。抵抗痕がないのは、恐怖による身体硬直ね」

「つまり、意識下で諦めていた?」

「ええ。心理的拘束も、暴力の一形態よ」


司法医学は、暴力の形態を分類するが、“恐怖の形”までは分類しない。

そこに私は、法と心の狭間を見る。


第三章 被害者の身体と社会的文脈


性暴力事件の鑑定室で、私はいつも思う。

検査の手技は同じでも、彼女たちの“沈黙”の重さは一人ひとり違う。

司法は公平を標榜するが、女性の被害は、社会的文脈によって不公平に扱われる。

「どうして被害者が“説明責任”を負うの?」

私の呟きに、隆也は短く息を吐いた。

「制度の設計者が、被害者を“疑う側”に置いてしまったから?」

――彼の声が震えていた。


“正義”の名のもとに、女性の身体は何度も検証され、再度傷つけられている。

それでも、記録しなければならない。

尊厳を守るために、記録という冷たい線を引く。

挿絵(By みてみん)

第四章 対話 ― 「見る」ことと「聴く」こと


「綾音、君はどうしてそんなに優しく視ることができる?」

「優しさじゃないの。私も“見られている”から」

「見られている?」

「被害者の眼差しに、私は試されてるの。どれだけ誠実に聴けるかを」


彼女たちは沈黙のまま、しかし強く問いかけてくる。

“あなたは私を人として見ている?”

“それとも、事件の一部として?”


私は、彼女たちに応えるために書く。記録する。

それが、法医学における祈りの形。


第五章 尊厳の再構築 ― 法廷における証言の倫理


法廷では、冷たい言葉が並ぶ。

「膣壁裂傷」「外陰部擦過傷」「抵抗痕なし」。

私はその語句を発した瞬間、彼女の存在をもう一度“奪って”いるように感じた。


隆也が小さく囁く。

「言葉が刃になるときがある……」

「でも、言葉でしか守れないものもある」


法廷における“尊厳”とは、真実を語りながらも、人間の痛みに寄り添うこと。

その両立の難しさこそ、司法の倫理の核心なのだ。

挿絵(By みてみん)

第六章 図解図説:司法と尊厳の構造図


┌────────────┐

│ Lex Dignitas(尊厳) │

└─────┬──────┘

┌──────────────────┐

│ 記録(Lex Record)──証言(Lex Testis) │

└─────┬──────────────┘

┌──────────────────┐

│ 判断(Lex Judicium)──救済(Lex Vita) │

└──────────────────┘


> 註:司法における「尊厳」は、単に記録されるものではなく、記録行為そのものが倫理行為である。

“視る”ことと“書く”ことは、命を再び社会へ返すための循環的行為である。


第七章 手稿資料頁(再現)


「創の下には、心の断層がある」

― 大隅綾音・実習手記より抜粋


「法は、生を奪うためでなく、生を語り継ぐためにある」

― 魚住隆也・注釈記録


【印章】

「桜印:Lex Vitae Dignitatis」

(桜花を中心に女性の横顔を刻印した金箔押し印影)


第八章 終章 ― 命が再び羽ばたくとき


解剖台の上に、窓の外の雀の声が届いた。

小さな羽音が、生と死の境界をやさしく揺らす。

「隆也……あの雀、もう巣を作ってる」

「うん。命は繰り返す」

「でも、彼女の声も、もう一度、どこかで羽ばたくように」


私は記録を閉じ、目を上げた。

尊厳とは、生きていた証を奪われた者に、再び“居場所”を与えること。

司法がそれを忘れない限り、春は巡る。


NEXTPAGE

第68節 雀始巣 ― 司法における女性被害者の尊厳《手稿資料(Manuscript Appendix)》です。

挿絵(By みてみん)

ようこそお越し下さいました。

ありがとうございます。

いかがでした?

――雀が巣を作るとき、命は再び「居場所」を持つ。

この章で語られた尊厳は、決して抽象的な理念ではない。司法解剖の現場で、女性の遺体に触れる手が、どれほどの覚悟と痛みを背負うか。その静かな祈りを、読者に感じ取っていただければと思う。

次節「第69節 桜始開 ― 女性遺体の司法的特徴と社会的文脈」では、尊厳を形に変える科学的手法――外表所見・内部器官・社会背景の照応関係を中心に展開し、司法がどのように“女性の死”を社会に語らせるのかを描く予定である。

春の光が、再び命の痕跡を照らす。司法のまなざしもまた、冷たさの中に温もりを孕んでいなければならない。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ