第63節 草木萠動― 死後損傷と犯罪偽装 ― 動物咬痕・火傷・転倒創の鑑別と写真判定法
「偽装の創を見抜く眼、沈黙の証を聴く耳」
冬の硬い土を押し上げ、
草木が芽吹く頃、
死の記録もまた、
微かな“生命の痕”を芽吹かせる。
だが――その痕跡が「真実」か「偽装」か。
そこに、法医学者の眼が問われる。
死後損傷と犯罪偽装。
動物咬痕を人為的傷と誤り、
火傷を事故と見なし、
転倒創を暴行と混同すれば、
真実は容易に姿を変える。
隆也は、写真を光に透かして言った。
「綾音、創は嘘をつかない。
嘘は、人の“手”と“光”。
見抜くべきは“創”ではなく、
光の中の影」
私はその言葉を胸に、
次の鑑定写真を手に取った。
ここにお載せしておりますイラストは、私の言葉の羅列により、A.I.が作成してくれました。
Ⅰ 死後損傷と偽装創の本質 ― Natura Lesionum Falsarum
死後損傷(postmortem injury)は、
生命反応を欠くため、生前損傷とは異なる静的特徴を示す。
しかし、**偽装創(simulated wound)**は、
人為的操作により、あたかも“生きていたかのような反応”を装う。
偽装の目的は多様である――
他殺を自殺に見せるため、
または事故死を偽るため。
法医学者は「創」を観るだけでなく、
**“創が置かれた文脈”**を読む必要がある。
すなわち、生命反応・創の整合性・環境一致性を三位一体で評価すること。
Ⅱ 図解①:死後損傷と偽装創の比較表 ― Tabula Falsificationis
────────────────────────────────────────────
項目 │ 死後損傷 │ 偽装創(人為的)
────────────────────────────────────────────
血液性状 │ 流動性低下・薄膜状 │ 再塗布・外的付着痕
組織反応 │ 炎症反応なし │ 人工加熱・変色模倣
境界線 │ 鈍・乾燥明瞭 │ 不自然な直線・反復痕
環境整合性 │ 周囲物理痕と一致 │ 周囲土壌・虫害との乖離
意図の痕跡 │ 偶発的配置 │ 整列・対称・重複パターン
────────────────────────────────────────────
註:偽装創の特徴は「意図の痕」である。整いすぎた“美しさ”に疑え。
Ⅲ 観察記録(綾音筆)
観察No.63-A
試料:右前腕皮下裂創(Case ID:K64-3)
状況:山間部発見・野生動物活動域
肉眼所見:
・創縁鋸歯状・不均一。
・皮下組織挫滅あり。
・血液流出痕は乾固帯狭小。
組織所見:
・炎症反応軽微、マクロファージ出現なし。
・表層に咬痕圧痕構造あり(間隔3.8mm/犬歯痕相当)。
判定:死後動物咬痕。
偽装の意図なし。
― 綾音(記)
Ⅳ 隆也注解 ― 「偽装とは“整いすぎた創”のこと」
「綾音、
偽装は、人が作る“完全な嘘”。
自然の創は、いつも少し不器用で、
角度も深さもばらついてる。
“整いすぎてる創”を見たら、
それはもう自然ではなく、
虚偽は、整っている」
― 隆也(注解)
Ⅴ 図解②:火傷・転倒創・咬痕の鑑別モデル ― Modelum Distinctionis
────────────────────────────────────────────
創種類 │ 特徴 │ 鑑別指標
────────────────────────────────────────────
火傷 │ 表皮剥離・炭化層形成・境界明瞭 │ 周囲熱凝固帯/泡沫膨化
転倒創 │ 擦過・点状出血・土砂粒付着 │ 方向性・皮下挫滅
動物咬痕 │ 対称的歯痕・円弧列・皮膚欠損 │ 歯列間隔・咬合圧痕
────────────────────────────────────────────
註:顕微鏡像で「圧壊」「炭化」「引き裂き」の力学差を確認する。
Ⅵ 写真判定法 ― Methodus Photologica Forensis
写真は“創の時間”を閉じ込めた記録である。
しかし、角度・照度・焦点距離のわずかな誤差で、印象は変わる。
法医学写真判定の三原則:
1. 光源の角度を記録する
→ 陰影方向が創縁隆起の可否を示す。
2. スケールと参照点を併置
→ 比較解析時の誤差を排除。
3. 三次元再構成を意識した撮影
→ 「創の空間性」を記録。
隆也曰く――
「写真は、光の中の証言。“照らし方”が真実を左右する」
Ⅶ 詩篇:芽吹きの創 ― Testimonium Germinis
「土の下から、
草木が顔を出す。
それは、冬の終わりと、
真実の始まりの音。
偽装の創は、
その音を持たない。
生きた創は、
微かな“脈”を持つ。
それを聴くために、
私は今日も光の下に立つ」
― 綾音
「草木は事実のみ。創も同じ。
虚偽は、人間の意図」
― 隆也
Ⅷ 司法記録文例 ― Relatio Lesionum Simulatarum
【鑑定意見】
本症例の右前腕創は、不均一な裂創構造および鋸歯状創縁を呈し、
組織学的に生体反応を欠く。血液乾固帯狭小、出血拡散を認めず、
また表層に対称性歯痕構造(3.8mm間隔)を確認したことから、
死後動物咬痕と判断する。
火傷・転倒創との比較では、熱凝固帯・擦過痕・皮下挫滅を欠如。
偽装痕(人為的操作)を示す所見なし。
以上より、本創は死後動物活動による自然的付加損傷であると結論する。
司法解剖医 大隅 綾音
NEXT PAGE
第63節 草木萠動―死後損傷と犯罪偽装 《手稿資料集:芽吹きの創(Testimonium Germinis)》です。
ようこそお越し下さいました。
ありがとうございます。
いかがでした?
創は、語らない。
だが――沈黙の中に、
生命の残響と人の意図は交錯している。
死後損傷と偽装創。
それは“自然”と“人為”の境界を見抜く学問であり、
同時に、倫理と詩の交点でもある。
私、綾音と隆也は、
創の中に潜む「嘘の形」を読み解きながら、
法が守るべき“生命の尊厳”を確認していた。
次節では――
第64節 蟄虫啓戸 ― 火傷痕(Burn Lesions)の死後鑑別
へと続く。
――草木萠動。
創もまた、春の芽吹きのように、
真実を押し上げる力を秘めている。




