第3節 苗きらり雫を抱く―風薫る中で、会社法の設立論を語る【続き2】
第3節 苗きらり雫を抱く―風薫る中で、会社法の設立論を語る【続き2】ここでは、判例分析をさらに深掘りし、大隅健一郎氏の学説を引用しながら、制度の冷徹さと人の誠実さの交錯を描き、未来への希望で結びます。
ここにお載せしておりますイラストは、私の言葉の羅列により、A.I.が作成してくれました。
風が一段と強まり、若葉の枝葉を揺らしていた。
私と隆也は、ノートの余白にびっしりと書き込まれた条文や判例の文字を見つめながら、議論の核心へと踏み込んでいった。
「判例は一貫して、会社の存続を優先している」
隆也はページをめくりながら言った。
「たとえば最判昭和57年7月15日(設立無効確認請求事件)。最高裁は、瑕疵があってもそれが重大でなければ無効は認めないと示した。会社が一度社会に出れば、存在を消すことは取引安全にとって致命的だからだ」
「ええ。無効という“宣告”は、会社を巻き込む取引関係全体を揺るがすもの。だから裁判所は、無効よりも“責任”で調整しようとするのね」
私は指でノートの端をなぞりながら言った。
「丸石自転車事件でも、最高裁は同じ立場を示した。手続の瑕疵があっても、株主や債権者に重大な損害を与えない限り、会社の存在を否定することはしなかった」
隆也は少し声を落とし、思索を深めるように続けた。
「つまり、日本の裁判所は“会社の存在そのもの”よりも、“個々の責任追及”に重きを置いている。制度が会社の存続を支え、人間の不正には別の回路で応える。その両立を選んでいるんだ」
「それは人間的な配慮にも思えるわ」
私はふと口にした。
「過ちを犯しても、すぐに存在そのものを否定するのではなく、未来に向けて責任を負わせる。……大隅健一郎先生が“法は人間の弱さを前提とする支えである”と語った意味が、ようやく腑に落ちてきた気がする」
隆也はその言葉にゆっくり頷いた。
「大隅先生の三層モデル――自由、公示、責任。発起人の自由な合意が会社の芽を育て、登記による公示がそれを社会へと知らせ、責任という制度が瑕疵を治癒して未来へ導く。……まるで生命の循環のようだ」
私は目を閉じ、風の音を聴いた。若葉が揺れる音が、先生の言葉を遠いところから響かせているように感じられた。
「自由と責任は、人の心に宿る。公示は制度が担う。両者が結びつかなければ、会社は“生きている”とは言えない」
私は静かに言った。
隆也は少し笑みを浮かべ、私の目を真っ直ぐに見つめた。
「君はやっぱり制度の奥に人を見ているね。僕は条文や判例を追うことに夢中になってしまうけれど……君の言葉に触れると、法がただの文字じゃなく、生きたものに思えてくる」
胸の奥に温かい波が広がり、頬に初夏の風がそっと触れた。
私たちが語っているのは冷たい条文の羅列のはずなのに、そこには未来を照らす光が宿っている。
「設立は、社会との最初の約束」
私は自分の言葉に耳を傾けるように、ゆっくりと口にした。
「その約束を果たせるかどうかは、制度だけじゃなく、人の誠実さにかかっている。だから、私は信じたい。制度は冷徹でも、そこに誠実さを流し込むことができるって」
隆也は力強く頷き、短く答えた。
「僕も、信じたい」
風が再び吹き抜け、青葉が陽光を反射して煌めいた。
議論は終わったわけではない。むしろ今始まったばかりだ。
制度と誠実さ、その両輪が未来を動かすのだと信じながら、私たちはまた次の問いへと歩み出していった。
《次回へ》
ようこそお越し下さいました。
ありがとうございます。
いかがでした?
光に包まれて語られた設立論は、発起設立と募集設立の比較、登記の性質、設立後の節目、判例の示す存続優先の姿勢、そして大隅健一郎氏の「自由・公示・責任」の三層構造を通じて、制度と人間の誠実さの交錯を描きました。制度は冷徹でも、そこに流れ込む人の誠実さが会社を「生かす」。議論を終えた私たちの心に芽生えたのは、未来への小さな希望でした。
次回は、第4第牡丹華やぎて想い燃ゆ ―若葉のごとく膨らむ利益相反取引論 では、利益相反取引をめぐる緊張と誠実の試練が描かれます。




