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OVER TAKE ❦ 大隅綾音と魚住隆也 ❦ ともに行こう!  作者: 詩野忍


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第1節 虹はじめて頬染む 清明 ―桜舞う廊下で、株主代表訴訟をめぐる邂逅

春の風に舞う花びらのように、偶然の出逢いは儚くも鮮烈だった。手にした判例集と学説は重く、心は不思議と軽やかに弾む。株主代表訴訟をめぐる白熱の議論が、私と彼を、桜色の調べのように結びつけていった。

ここにお載せしておりますイラストは、私の言葉の羅列により、A.I.が作成してくれました。




 春の風はまだ柔らかく、豊橋の大学のキャンパスを歩くと、桜の花びらがふわりふわりと私の髪や肩に舞い降りた。四月の中旬。新しい学期が始まったばかりの私は、緊張と期待を胸に、教養課程の教室を探して廊下を歩いていた。

 片手には大隅健一郎先生の著作と判例集。重みのある背表紙は、まだ読み込みの足りない私に「勉強しなさい」と言ってくるようで、肩が少しこわばる。


 地図を片手に、少し俯きながら歩いていたその瞬間――。

「きゃっ!」

「おっと!」


 不意の衝突。胸に抱えていた本が宙に舞い、白いページが花びらのように散って床へと落ちた。慌てて拾い集めようと膝を折った私の目の前に、同じように本を抱えていた一人の男子学生がいた。


 彼もまた、同じ判例集を手にしていた。

 表紙に刻まれた文字――「株主代表訴訟と会社統治の将来」。


「え……」

 思わず声が漏れる。

 彼も驚いたように私を見つめ、そして小さく微笑んだ。


「君も……大隅先生のご研究を?」

「ええ、そう。偶然ですね」


 頬が少し熱くなる。まだ名前も知らない彼なのに、言葉の奥にある熱を、どこか懐かしいような、不思議な安心感と共に感じてしまった。


「株主代表訴訟……社会正義を担う仕組みだと、私は思うんです。単なる手続きじゃなく、会社の中で見過ごされがちな不正を正す、一筋の光のような」

 私がそう言うと、彼の目がきらりと光った。


「その通りだ。でも、大隅先生はそれを単なる救済制度としては論じなかった。株主の存在意義そのものを問い直し、会社統治の中心に据えようとしたんだ。まるで、株主が会社の魂を守る騎士であるかのように」


 その言葉に胸が熱くなった。

 同じ視点で語り合える人がいること。それは私にとって驚きであり、喜びだった。


「……場所を変えましょうか? このままじゃ廊下が私たちの法廷になってしまうわ」

「いいね」


 私たちは並んで歩き、キャンパスのカフェテリアへ向かった。窓際の席に座ると、桜の花びらが風にのって舞い込み、テーブルの上にひらりと落ちた。


 議論はすぐに再開した。

「株主代表訴訟は、戦後の商法改正で導入されたけれど、実際には長らく利用されなかった。大隅先生は、その眠っていた制度に光を当てて、会社社会にとって不可欠な役割を説いた。まるで春の芽吹きのように」

 彼は熱を帯びた声で語る。私は頷きながらも、心の奥底で自分なりの疑問を抱えていた。


「でも、現実には株主代表訴訟は、濫用の問題を抱えているでしょう? 正義を掲げていても、それが個人の利益追求にすり替わってしまったら……。そのとき裁判所はどこまで関与すべきか、私は迷うの」

挿絵(By みてみん)

 彼は一瞬言葉を止め、真剣に考えるように眉を寄せた。

「君の言うとおりだ。大隅先生も、濫訴の危険は意識していた。でも同時に、裁判所が『公共の秩序』として機能すれば、その危険を制御できるはずだ、と。君はどう思う?」


 私は視線を桜の花に移した。ひとひらが風に揺れて、カップの縁に止まる。

「……もし裁判所が、株主の声を『公益の声』として聴き取ることができるなら。私は信じたい。けれど、それを担う裁判官たちの覚悟は……どれほどのものかしら」


 彼は小さく微笑んだ。

「君、裁判官を目指しているの?」

「ええ。大隅先生のように、理論で社会を導ける存在になりたい。あなたは?」

「僕は……法医学にも惹かれている。母がその道に生きた人だったから。でも今はまだ迷ってる。法の場に立つか、医学の場で証を掴むか」


 少しの沈黙。けれど、その沈黙は気まずさではなく、互いの心を受け止めるような柔らかなものだった。


 議論はさらに熱を増していった。

 大隅健一郎氏の学説、判例の変遷、株主の役割、会社の公共性――。言葉を交わすたびに、私は自分の中の考えが研ぎ澄まされ、形を得ていくのを感じた。

 まるで、彼という存在が私の思考を磨く研石であるかのように。


 気づけば、窓の外の桜は夕暮れの光に染まり、空は茜色に変わっていた。

「こんなに語り合ったのは初めて」

 思わず呟いた私の声に、彼は照れくさそうに笑った。


「僕もだ。名前を、まだ聞いていなかったね」

「大隅綾音」

「魚住隆也」


 互いに名を告げた瞬間、どこか不思議な運命の糸が結ばれたように感じた。


 廊下での偶然の衝突が、ただの偶然ではなかったことを、私はもう直感していた。

 株主代表訴訟という言葉を合図に、二人の時間はこれから、72の季節と共に歩んでいくのだろう。

 《次回へ》


ようこそお越し下さいました。

ありがとうございます。

いかがでした?

次回は、第1節 清明 ―桜舞う廊下で、株主代表訴訟をめぐる邂逅【続き1】を、さらに法学的な二人の議論と感情を掘り下げ、二人の応酬を厚みのある内容へと深化させます。




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