私は照れ屋さん
一日三善。私は善きことをするチャンスを探していた。
真夏日の今日、満員電車で人々が押しくらまんじゅうを満喫している中で、私は虎視眈々とそのときを待っていた。
――プシュー ガコンガコン
電車から出る人と入ってくる人のラインが交差する中に、見るからにヨタヨタした一人の老婆を見つけた。
(来た。チャンスだ)
私は老婆に視線を送る。私がここで待っているよと。老婆は私の意図に気が付いたのか、どこかホッとした顔でコチラににじり寄ってくる。
――ッス
私は肉壁の中に身体をねじり込むようにして席を譲った。ムシムシした空気が言葉を発するのも億劫なほどに不快だ。
「あぁ、ありがとうねぇ」
返す言葉は必要ない。ただ、微笑み返すだけで全ては伝わる。
(ふっふっふ。善きかな善きかな)
私は心に満ちていく充足感を感じていた。これで心の善タンクが1/3満たされた。
***
到着駅に着いた。さぁ、降りよう。私は鞄を抱え直して押しくらまんじゅう大会の準備をする。
老婆がこちらに視線を送っている気がするが視線は交わさない。私はお礼を言われるために席を譲ったわけではないのだ。
(ふっふっふ。感謝するがよい。その気持ちは次の人に譲ってやってくれ)
私はサラリーマンの群れを押しのけ電車を降りる。生暖かい風が体温をろくに奪うこともなく吹き抜ける。
どこかに次のチャンスはないか。
おや?赤子を抱えた女性が、階段の前でキャリーケースを片手にヨタヨタしているではないか。
(来た。チャンスだ)
私は女性に近づき声を掛ける。
「持ちますよ」
「えっ、あっ、ありがとうございます」
私は手の伸ばしキャリケースを階段下へ運ぶ。うぅ、ずっしり重たい……子連れは大変だ。
「ありがとうございました」
言葉は返さない。私はただ微笑んでその場を去った。腕がプルプルしているのは内緒だ。
「優しいお姉さんだったねぇ」
そんな言葉が聞こえてきたが私は気にしない。その気持ちはその子に注いでやってくれ。
(ふっふっふ。善きかな善きかな)
心に充足感が満ちていく。これで心の善タンクが2/3満たされた。
***
私は改札口を出る。ここは大都会。次のチャンスもその辺に転がっているだろう。
おや?外国人が地図を片手にヨタヨタしているではないか。
(来た。チャンスだ)
私がなんでもないという顔をしてそっと近づくと、獲物を見つけた獣のような目つきで話しかけてくる。
「チンウェン! ****! ドンジン! ********! ゼンマ ゾウ!?」
うっ、激しい……中国語だ。どうすればいい……私も困って立ち往生していたら、あっと、何かに気が付いた表情をしてケータイに話しかけ始めた。
「東京ステーションホテルに行きたい。どうすればいい」
おぉ、これがテクノロジーの進化か。私は何も言わずにニコッと笑顔を見せ、「カモン!」とだけ言う。
まぁ、少し遠回りだが、連れて行ってやろう。
彼らは安心したのか表情がにこやかに……いやとても騒がしい。何やら色々話しかけられている気もするが、良く分からないので私は黙って先導する。
沈黙は金、雄弁は銀、行動はダイヤモンドだ。
私はTokyo Station Hotelの看板が見えるところまで案内し指をさす。
「シエシエ!!」と言われた気がするが、私はただ「グッドバイ」とカッコよく言って、背を見せて会社に向かう。
私の背に向かって何やら叫んでいる気もするが、まぁ、どうでもよい。その気持ちで国に帰ってから日本人を助けてやってくれ。
(ふっふっふ。善きかな善きかな)
―― チーン!
むむ!? 私の善タンクがフルマックスになった―― 時は満ちれりっ!
\うぉぉぉぉぉーーー!ダイヤモンドバーーーストーーー!!!/
やる気は十分だ!さぁ、会社に行こう。今日も上司にいじわるをするのだ。髙橋さんではなく高橋さんとメールを送ることでな!
***
ふぅ……今日も仕事を頑張った。わたし偉い。さぁ、定時だ。こっそり帰る準備をしよう。そう思ったときに、上司が申し訳なさそうな表情で話しかけてきた。
「すみませんが、今日はちょっと残業して、この資料作ってくれるかい?急な要件で困ってしまってね」
「えぇ?マジですかぁ!?仕方ないですねぇ……500円ですよぉ」
まったく。既に上司の500円借金はあふれ返っているんだ。いつになったら払ってくれるんだ。
私は精神を集中し、スーパーテクで急いで資料を完成させる。見よ、この美しいパワポを!
「できましたよ。確認お願いします」
「……あぁ、いいねぇ。助かったよ」
――助かったよ 助かったよ 助かったよ 助かったよ 助かったよ
(……やったぁ)
感謝は不要だ。パワポの表記を"高橋"課長にしておいたからな。はっはっは。
今日も世界をちょっとだけゴチャゴチャにする私は天邪鬼。
読んでくれてありがとう。感想教えてくれたら「やったぁ」ってなります。
感想がむずかしかったら、今日した一善でも書いてくれぇ!