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幽霊鯨へようこそ  作者: 雪国氷花
第一章 囚われの主
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第八節

 翌朝、食堂で書類を読んでいると、検査が終わったリタが、食堂に入ってきた。


「あ、ジーノ」


 昨日のことで、リタは気まずそうだった。


「おはよう、リタ。よく眠れたか」

「う、うん。あの後、ごめんね。私、寝ちゃったみたいで」

「別に謝る必要なんてない。元は俺が悪いしな」

「でも」

「そんな辛気臭い顔してないで、さっさと朝飯にしようぜ。腹減ってるだろ」

「……うん」


 リタは昨日のことを引きずっているようで、朝食を食べていても、どこか元気がなかった。

 そんなリタにジーノは声をかける。


「なあ、リタ。今日は庭園に行かないか」


***


 ジーノとリタは珊瑚の巨木があるあの庭園に来ていた。


「ここは本当にすごいよな。なんでこんなところあるんだ」

「わからない。でも、最初からあったよ」

「へえ」


 ジーノはその辺の海草の原っぱで横になる。


「今日は休もうぜ」

「え、でも」

「今までがんばってきたんだ。一日くらい休んでも、罰はあたらない」

「うん」


 リタはジーノの隣に座った。

 心地よい水流が肌を通りすぎていく。

 けれども、リタはどこかそわそわしていた。


「ジーノ、私、やっぱり行くね」


 そう言い、立とうとするので、ジーノが止める。


「まあ、待て。休みぐらいゆっくりしろよ」

「でも」


 リタはどこか困った顔をした。


「なあ、リタ。昔話でもしないか」

「昔話?」

「そ、好きだろ」

「そうだけど」



「なら、聞け。昔々……


 あるところに、少年がいました。

 彼はどこからかの潜水艦からやってきた少年で、鯨の民からすれば、よそ者でした。

 民は少年を迎え入れましたが、少年は馴染もうと必死でした。

 そんな少年を気の毒に思ったのか民は、少年を賢者に会わせることにしました。

 少年は賢者と話すことは特になかったのですが、賢者はいつも楽しそうに少年と話をしていました。

 ある日、少年は賢者に言いました。

 なぜ、そんなに、楽しそうなのかと。

 賢者は言いました。

 君と話すことが、私にとっては黄金なのだと。



「黄金って何?」


 話に聞き入ってきたのか、リタは問いかける。


「賢者が言うには、価値があるものらしい」

「価値?」

「ここでは大切なもの。そういう意味かな」


 リタは不思議そうにしながらも、何も聞いてこなくなったので、ジーノは話を続けた。



 賢者は杖で床を叩きました。

 すると、少年の後ろに道ができました。

 賢者は少年に問いかけます。

 君にはこの道が黄金に見えるかい。

 少年は道の形をした、自分の過去を振り返りました。

 辛いこともありましたが、すぐ側にはいつも民がいました。

 少年はよそ者でしたが、少年にとって、民は黄金でした。

 賢者は言います。

 君はとっくに黄金を手に入れていた。そして、私も君を黄金だと思っている。


少年はあまりにも都合がいい話に言葉を失いました。本当に都合がよくて、くだらなくて、少年は悩みなんて、どうでもよくなりました。おしまい」



「なんかすごい投げやりだね」

「本にそう書いてあったんだ。仕方ない」


 ジーノは不満げに答えるが、話を続ける。


「まあ、なんだ。何かに向かって頑張ることは悪いことじゃない。でも、盲目的にやるのは毒だ。この少年のように、何も見えなくなってしまう。昨日までの俺達みたいに。だから、ほどほどにやるのが、ちょうどいいんだよ。そしたら、自ずと黄金も見えてくる」

「でも、それじゃあ、研究区画にいくまで時間がかかっちゃう」

「やりすぎた方が時間がかかるんだよ。気づくのが遅れてな。それに、神経すり減らしてまでやることじゃないだろ」

「それはそうかもしれないけど」

「そんなに不安か」


 ジーノがリタの顔を覗くと、リタがうなずく。


「うん。私が頑張らないとジーノも私も浅海に行けないから」


 ぎゅっと手を握りしめた。

 そんなリタを見て、少し呆れ気味にジーノは答える。


「あのさ、リタ。俺のためになんとかしようと思ってないか」

「そうだけど」

「やっぱりな」


 リタは不安そうな顔をしながら、はてなマークを浮かべる。


「リタは鯨だから、人のために何かしようという思考になりやすいのかもしれない。でも、思い出してみろ、元々はリタが人を乗せるために浅海には行きたかったんじゃないのか」

「あ」

「これが黄金を見失っていたってやつだな」

「でもでも、ジーノも浅海に行きたいでしょ」

「行きたいが、リタに心配かけてまで行きたいとは思わない」

「うー」

「言いたいことはわかっただろ。ほどほどにしとけ。浅海に行ったら何をしたいか楽しみにしながらやるといい。俺が言えたことじゃないけどな」

「……わかった」


半ば納得はいってなさそうだが、リタは渋々答えた。



 それから、ジーノとリタは、お互い研究区画を越える方法を模索しながらも、気軽にやっていった。


「リタの寝ている間に先生に連れていってもらうはいい案だと思うが、目が覚めた後にパニックになったりしないか」

「それは、……確かにそうかも。ちょっと怖い」


 リタは体を縮める。


「なら、あんまりいい案だと思わない。もう少し、他のやり方を模索して、駄目そうだったらやってみることにしないか。俺も付き合うし」

「うん」



「ジーノ、あそこで、グリコするのはどう?」

「やってもいいが、意味あるのか」

「楽しくやれっていったじゃん。それに私、グリコやってみたい」


 もちろん、結果は無理だった。

 しかし、今まで一人遊びしかできなかったリタにとっては初めての経験で、思いの外、楽しかったらしい。

 帰り道まで付き合わされた。

 ジーノはいろんな意味で疲れたのだが、リタの考え方はいつも悪くない気がしていた。

 先生のときそうだったが、リタが実験区画と研究区画の境界を無意識に通れる方法を模索している。

 実際その切り口はかなり、良い考えだと思っていた。

 リタが不安にならず、自然に通れる方法。

 そう考えたとき、ジーノは一つのアイディアを思いついた。

 ジーノは机に乗ってた薬学、医学の本を片付けると、全く別のジャンルの資料を集め始めた。


***


 朝、食堂で朝食を食べていると、先に食べ終わったリタが、ジーノの前にトランプを出してきた。


「ねえね、ジーノ、スピードやろうよ」

「三回までならいい」

「ほんと、じゃあ、待ってるね」


 リタは嬉しそうに向かい側の席でにこにこしながら、ジーノが食べ終わるのを待っていた。

 最近リタは、相手がいるゲームにはまっている。今まで相手がいない遊びしかできなかったから純粋に楽しいようだった。

 ずっとグリコしたいとせがまれるようになったので、ジーノは施設からチェスやトランプを見つけ、リタに与えた。

 チェスは、一手読めれば勝てるようにジーノは駒を動かしていたが、リタには難しいようですぐリタは負けた。

 それ以来、チェスには見向きもしなくなった。

 一方トランプというとルールがシンプルかつ運が絡む要素があり、自分にも勝機があることがなんとなくわかっているようで、すぐにはまった。

 とりわけ、スピードはリタのお気に入りで、一ゲームがすぐに終わるせいかもう一回とせがまれ、一時間くらいずっとやらされたことがある。

 それはジーノにとっては地獄の時間だった。子供の体力はどうかしている。



 ご飯を食べ終わると、リタのスピードに付き合う。

 表情は非常に豊かで、あの頃の追い詰められていた顔はしていなかった。

 そんなことを考えながら、ラストのゲームをやっているとジーノは負けていた。


「やった。私の勝ちだね。ねね、もう一回やろう」

「三回までと言っただろ」

「一回だけだから」

「それで一回だけだったことないだろ」

「本当に一回だけだから」

「だめだ。それに今日は」


 ジーノはちらりとリタを見た。


「リタに来てほしいところがあるんだ」

「私に?」

「そう」


 リタは不安そうな顔をする。


「それって、私が行けるところ」

「たぶん、行ける。俺が調べた限り、実験区画だった。だからリタも行けるだろう。それに」


 ジーノはにっと笑った。


「今日はすごい楽しい日になるぞ。スピードなんて比べ物にならないほどに」

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