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幽霊鯨へようこそ  作者: 雪国氷花
第一章 囚われの主
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第五節

 ジーノが『リタ』に落ちてきて、一週間が経過した。

 あの料理教室を経て以来、ジーノにはある仮定が生まれていた。


「ねえ、ジーノ。ジーノはなんで注射打たないの? ずるいよ」

「俺は検査対象じゃないらしいからな」

「なにそれ、ずるい」

「と、俺に言われてもな」


 先生達に交じり、ガラス張りの検査室の中に、当たり前のようにジーノとリタは一緒にいた。

 注射を打たれているのはリタだけで、ジーノはその辺の椅子に座っている。


「そんなことより」

「そんなことじゃない!」

「はいはい、じゃあ、とても大変なリタ。毎日先生が検査している自分の検査結果気にならないか」


 リタが目をぱちくりさせると、顔をずいと寄せてきた。


「……気になる」

「先生にお願いすれば、見せてくれるんじゃないか」

「そうだね。先生、それ、見せてよ」


 リタは記録を打ち込んでいる先生のタブレットを指差すと、先生はあっさりリタに渡した。


「なんか、数字がいっぱい書いてある!」


 最初は嬉しそうに見ていたリタだが、書いてある内容がよくわからないようで、不機嫌になり始めた。

 それを察したジーノは声をかける。


「ほら、貸せ」

「うん」


 あっさり、リタの検査結果を手に入れる。

 仮定はすでに実証されている。



 先生はリタの言うことなら何でも聞く。



「身長、体重、視力とかいろいろ書いてあるな」

「そうなんだ。どこどこ」

「ほらここ」


 リタはジーノに身を寄せ、タブレットをのぞきこんだ。


「昨日と全く変わってないな」

「それって、大きくなってないってこと」

「そうだな」

「そんなあ」


 リタががっくりと肩を落とした。



 ここ一週間、ジーノはこの仮定を利用し、あらゆることを試した。

 その結果、今のように、リタを誘導し、先生に命令を出させることで、先生に言うことを効かせることに成功していた。

 この方法を用いてジーノは『リタ』を掌握しつつある。

 実験区画と研究区画の行き来はもちろん、施設の外に出ることすらも成功している。

 しかし、できないこともある。


「そんなに検査が嫌なら、先生にやめてもらったらどうだ」

「だめだよ。検査はしないといけないって先生言ってたもん」


「先生が言った」は覆らない。

 こればかりはなぜかわからない。

 ジーノはこの現象に頭を悩ませていた。

 リタが命令を出さなければ、先生を動かすことはできない。実験区画を出れないリタは研究区画にいる先生に命令が出せなかった。

 ジーノはリタをなだめつつ検査結果に目を通す。ジーノも医学系のことはわからないが、専門的でないことなら、気づくことがある。


「リタ、今って海暦何年だ」

「えっとね、たしか海暦二一七年だよ」

「なるほど」

「? それがどうかしたの」

「こっちの話だ」


 それは六年前の年だ。今は海暦二二三年。検査結果に書いてある年は海暦二一七年だ。日付は進んでいることから、時間が止まっているわけではなさそうだった。

 どこで時間が止まったか探す。

 すると、ある日をきっかけに、検査結果の記述が著しく増えているのを発見した。

 血液検査の数値、投与されている薬品の数が明らかに違う。

 ジーノがじろじろとタブレットを見ていると、ある記述が目に止まった。


「どうしたの。急に。なんか変なこと書いてあった」

「昔は大変だったんだなって」


 ジーノはかろうじてこわばった表情を隠した。


「そうなの。あんまり、覚えてないけれど、確かに前はもうちょっと大変だったような気がする」

「健康になったってことだろ」

「私、どっか悪かったの」

「まあ、そうだな」


 リタがタブレットを覗き込もうとしたため、ジーノは押し付けるようにタブレットを先生に返した。


「まだ、検査残ってるんだろ。なら、さっさと済ませろ。終わったら、本を読んでやる」

「ほんと! 私、頑張る」


 そう言ってリタは元気に、よくわからない機械の方へ走って行った。

 ジーノは手を振りながら、リタが見えなくなるのを確認すると、顔を戻した。

 過去の検査結果にはこう書いてあった。



 洗脳には問題ないと。



「そういうことかよ」


 ジーノは舌打ちをすると、機械の中に消えていったリタを見送った。


***


 ジーノは検査室を去ると研究区画へと向かった。

 資料を読み漁るとすぐに先ほど見た薬品名を見つけた。

 どれも洗脳に用いるもので、かなりの量を投与されていたことがわかる。

 青ざめたジーノだったが、最近の検査結果には、薬品が全く書かれていなかったことを思い出し、束の間の安息を得る。

 少なくとも今は、薬が投与されていないのだろう。

 落ち着きを取り戻すと、ジーノは再び資料を読み漁った。


 集中力の限界を感じ、本から目を離すと、空腹を感じた。

 いつの間にか時間が過ぎていたようだった。

 たいして成果が得られなかったことに不満を感じながらも、本を片付け始めた。

 一冊一冊本棚に本を戻していくと、同時に自分の頭の中も、整理されていくようなそんな感覚がした。


 リタはどういうわけか先生達に洗脳されていたが、今は先生がゾンビと化し、リタの言うことをなんでも聞く。

 何があったかはわからないが、逆のことが起きている。


 一方、浅海に戻ることについては、状況が芳しくない。

 リタが洗脳されていたとわかった以上、浅海に上れないのは、洗脳が原因と考えられる。

 今のところ、はっきりとした理由があるわけではないが、そうとしか考えられない。

 仮にそうだとすると、浅海に戻るためにはリタの洗脳を解く必要がある。

 ただ、その方法は見つかってない。

 先生とリタの関係を考えると洗脳を解くのは相当難しく感じる。

 仮に、リタが真実を知ったとき、受け止められるのだろうか。


 課題が多いことを再認識したところで、丁度片付けも終わる。

 部屋から出ようとしたところで、入ってくる先生にぶつかりかけた。

 ジーノは慌てて避けたが、先生はぴたりと止まったまま、動かない。前方に障害物があることを認識した機械のようだった。

 ジーノがあきれながら、先生を見ると瞳孔の開いた目がジーノを見つめていた。

 前々から不気味だと思っていたが、洗脳のことを経てさらに気味悪く感じた。

 鯨は人にとって、領土を与える神のような存在で、信仰深い存在だ。

 そんな鯨を洗脳していたとなれば、誰もが悪く思うだろう。

 実際ジーノも、鯨に住む者として、怒りを感じていた。

 けれども、同時にそこまでして、何がしたかったのだろうと思ってもいた。

 目の前の先生は死人に口なしという言葉を体現するかのように、何も語らない。

 ジーノは軽く首を振ると先生を避けるように、部屋から出た。


 研究区画を出て、実験区画にある食堂まで戻ってきたが、リタの姿はなかった。

 机の下や厨房の中を探したが、見つからない。

 少しの不安と不信さを感じながら、ジーノはリタの部屋へと向かった。

 廊下を早歩きで移動していたジーノであったが、聞きなれない音が聞こえてきて、足を止めた。

 微かにだが、遠くで音が聞こえてくる。


「……歌?」


 メロディーに乗せた言語っぽい言葉は歌のように聞こえた。

 ジーノは音をたどり、足を進めた。

 近づくにつれ、歌がはっきり聞こえてくる。

 聞いたことないフレーズに知らない歌詞。けれども、どうしてか惹かれた。

 なぜ、と考えてる内にもジーノは引っ張られるように足を進めていた。

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