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幽霊鯨へようこそ  作者: 雪国氷花
第一章 囚われの主
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第四節

 重い目蓋を開ける。照明の光が目にしみた。太ももの辺りが重く目をやると、鯨の少女が本を抱いて眠っていた。

 どうやら、ジーノもリタもあのまま眠ってしまったらしい。

 記憶を取り戻し、辺りを見渡す。部屋の外に先生がいる以外、特に警戒する必要はなさそうだった。

 自分の手や足を見る。

 特に変わったところはなく、ほっとする。

 今日も自分は無事でいられるだろうか。

 そう考えていると、突如リタのブレスレットから電子音がなった。

 ジーノが驚くより先に、リタが飛び起きた。


「いけない!!検査の時間だ」


 急な覚醒に、驚いていると、リタと目が合う。


「どうして、起こしてくれなかったの!!」

「いや、知らねえよ」

「知らないじゃない!!早くしないと、先生に怒られる!!」

「あ、おい」


 ジーノの制止も空しく、リタは脱兎の如く部屋を出て行ってしまった。

 ジーノも慌てて追いかけるが、すでに姿はなくどこに行ったかわからない。

 ジーノが困っていると、入り口にいた先生がのそのそと歩き始めたので、ついていくことにした。


***


 先生についていくとたくさんのパソコンとモニターがある部屋にたどり着いた。部屋は暗く、モニターの光だけが薄暗く照らす。

 モニターには何らかのデータが写っており、先生達が無心でキーボードを叩いていた。

 不気味な部屋の中で、急にリタの声が聞こえてくる。


「それでね、昨日はジーノが本を読んでくれたんだ」


 ジーノが顔を向けると、天井にはスピーカーがついていた。

 部屋の一辺がガラス張りになっており、その中にリタがいた。

 リタは見知らぬ機械が並ぶ部屋で、複数の先生達に囲まれ、注射を打たれていた。

 ジーノは不安に思いながらガラスに近寄ったが、リタは気づかなかった。こちらが見えていないようだった。


「本は好きだけど、誰かに読んでもらえるのは初めてですごく嬉しかった。夢が叶うってこんな感じなんだね」


 リタはうれしそうに、会話をしない先生にしゃべり続けていた。

 ジーノはリタの元に行こうと、扉を探すが見つからなかった。どうやら、ジーノのいる部屋から、リタのいるガラス張りの部屋には行けないようだった。

 ジーノは部屋を出た。

 廊下を歩き、リタのいる部屋を探すが、見つからない。

 大抵の扉はロックがかかっており、ジーノは一人では通ることができなかった。

 時折、廊下を歩く先生が、扉を開けるタイミングで一緒に通過する。

 こんなことをしたら、腰の銃で撃たれてもおかしくないのだが、なぜか先生はなにもしてこなかった。

 疑問に思いながらも、ジーノは行けるところまで行ってみることにした。

 いくつかの扉を抜けたが、リタのいる部屋は見つからない。

 やがて、先生も扉を行き来しなくなり、先へと行くことはできなくなった。

 行ける範囲で辺りの探索していると、ロックのかかっていないドアを見つけた。

 ジーノが恐る恐るドアを開くと、今までとは全く違う雰囲気の部屋が広がっていた。

 小さな葉が描かれている模様つきの白いベットに、低めの机と椅子。横幅が広い本棚に、テレビ。部屋の隅には、植物が植えてあった。


「なんだここ」


 ジーノが物珍しげに部屋に入ると、机にノートを発見し、中身を見た。



 七月八日

 今日はとうもろこしの種を植えた。早く育つといいな。



 下手くそな字と、畑っぽいところに種を植えている人のような絵が描かれていた。

 どうやら、これは絵日記で作者はリタだろう。

 全体的な家具の小ささからも、おそらく、ここはリタの部屋なのだろう。

 机の隣にある本棚に目を移すと、意外にも絵本は少なく、分厚い専門書や図鑑が多く目に入った。

 リタのことを考えると、読めるのか怪しいと思っていたが、本を開いてみると、挿し絵が多い本ばかりだった。

 文章というより、写真や図をみているのだろう。

 本のジャンルは生物に関するものが多く他は雑多だ。広く見れば、人や人の生活に関するものが多い。

 本をめくっていると、栞が床に落ちた。植物の葉が挟まっている栞で、よく見ると部屋で植えている植物と同じ葉だった。

 ジーノは部屋の隅に植えてある植物へと移動する。

 見ると植木鉢には、浅海の植物とラベルに書いてあった。

 近くには栽培用の照明器具が置いてあり、太陽の光が届かない深海でも、植物を育てられるようにしているようだった。

 ジーノが部屋を物色していると急にドアが開く。振り返れば、驚いた顔でリタがそこに立っていた。


「どうして、ジーノが私の部屋にいるの」



「リタ?」


 どうしてここにと思ったが、あのなぞの検査が終わったからだろう。


「大丈夫だったか?」

「大丈夫って何? 遅刻しなかったこと?」

「いや、そうじゃなくて……」


 体とかと言おうとしたが、言えなかった。何を投与されているかなんてリタは知らないはずだ。例えば良くないものであっても。


「いや、なんでもない」

「えー、気になるよ」


 リタはジーノの腕をゆさゆさと揺らす。

 しばらく続いたが、ジーノが口を割らないので、だんだんリタの頬が大きくなってきた。


「ジーノのケチ」

「別にいいだろ」

「だって気になるんだもん。あ、わかった! 注射怖かったんでしょ」

「ちげーよ。なんでそうなる?」

「だって、注射は怖いもん。ジーノは強くなかったの?」

「怖くないし、打ってもない」

「え、そうなの!?」


 リタはジーノの後ろにいる先生を見た。

 先生はその場に立っているだけで何も反応がない。


「……どうやら、ないらしい」

「え、そうなの! ずるい」

「俺に言われても」


 ジーノは、先生の不可解な答えに不信に思っていたが、リタにとっては、どうでもよく、不満からジーノのお腹をぽこぽこ叩いていた。


「ねえ、先生、どうしてジーノはないの」


 リタは先生の手を引っ張ったが、何の反応もない。

 リタがうーと唸り、拗ね始めた。

 めんどなことになる前にジーノは、適当に話題を変える。


「ここは、リタの部屋なのか」

「うん、そうだよ」

「なんかないのか、面白い本とか」

「あるよ。例えばこれ」


 不機嫌だったリタだったが、急に目を輝かせた。本棚から本を一冊、持ってくる。

 タイトルには『ぱーてぃー』って書いてあった。


「ほらこれ、鯨ちゃんが人のお友達を家に呼ぶために料理をがんばるの」

「へー」


 リタがぺらぺらページをめくると、急にジーノの顔をじっと見始めた。


「何」


 ジーノがリタの不可解な行動が読めず、戸惑っていると、リタがジーノを指差した。


「ジーノ、お客様!!」

「は?」

「ジーノは私の部屋に来た、初めてのお客様」

「はあ」

「だから、パーティーをするの」

「いや、なんで」

「だって、そう書いてあるもん」

「なんか、勘違いしてないか」

「してない。ジーノ、本を読んで待ってて。私、なんか作ってくるから。行こう先生!」

「おい、待てよ」


 リタは先生を引っ張って部屋から飛び出した。

 ジーノは本日二回目の展開に、既視感を感じながらも、帰れない部屋に置いてかれるわけには行かず、急いで後を追った。


 リタと先生の移動した先は食堂で、厨房の中へ入っていた。


「ジーノはお客様なんだから、部屋で待っててよかったのに」

「そうもいかない理由があったんだ」

「そうなの」


 リタはきょとんとしながら見つめてきたが、ジーノの事情などどうでもいいようで、部屋から持ってきた料理本をペラペラめくり始めた。

 ジーノは今更ながら、なぜ、リタのおままごとに付き合っているのだろうと思ったが、他にできることもないため、おとなしく従う。


「先生、これ作って」


 リタが背伸びしながら、厨房にもとからいた先生に話しかけるが、本に目を向けるだけで無反応。


「うーん。先生、ゼリーの作り方、知らないみたい。……うーん、仕方ない。先生、材料取ってきて。オレンジ2個、寒天2グラム」


 すると、先生は動きだし、言われた材料を机に持ってきた。


「先生、オレンジをミキサーにかけて」


 先生はオレンジを皮ごとミキサーにかけようとする。


「いや、待て」


 ジーノが慌てて止めようとしたが、冷静にリタが先生に言う。


「違うよ、先生。皮は剥いて」


 すると、先生の手は止まり、皮を剥き始めた。

 ジーノはその奇妙さにリタに問いかける。


「なあ、先生っていつもこうなのか」

「こうってどう?」

「いや、なんていうか。言わないと行動できないのか」

「うん。そうだよ」

「本を見せるだけじゃだめなのか」

「うん、だめ。教えないといけない」

「そうなんだな」


 ロボットのようだとジーノは思った。

 材料は持ってきてではなく、最初からグラム指定。オレンジの皮を剥くという動作を指示しないとできない。

 もし、先生が意思のある人間なら、当たり前のように皮を剥いただろう。

 ゾンビとはそういうものなのだろうか。


「ここで食べた料理は、リタが全部先生に教えたのか」

「全部ではないけど、教えたものもあるよ」

「例えば」

「ちゃんちゃん焼きとか、アクアパッツァかな」

「なんというか、ニッチだな」

「ニッチって何?」

「極小的というか、限られた地域でしか食べられてないみたいな」

「そうなんだ。先生が知らなかったのはニッチだからかな」

「そうかもしれないな」

「じゃあ、ゼリーもニッチってこと」

「ニッチではないが、自分で作ることはほぼないから、知らないんじゃないか」

「そうなんだ」

「現に、リタも先生も作ったことがないから、教えてるんだろ」

「!、そうだね」


 リタははっと、納得したようにうなずいた。



 その後もリタの指示を受けて、先生の調理は続いた。

 その姿を見ていると先生と教え子の立場が逆転しているように見えた。

 今の状況だけで見れば、リタが先生で、先生が教え子のように見える。

 なぜ、リタは先生を先生と呼ぶのだろうか。


「これで、出来上がり。ゼリーって冷やさないと固まらないんだね。ジーノ、固まったら一緒に食べよう」

「ああ」


 疑問が残りつつも、リタの料理教室は幕を閉じた。

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